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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
序章 ~遭逢~
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出会い4

「爺さん、あれはいったいどういうことだよ?」


 俺は部屋の隅に連れて行ったあと、声をある程度とどめて、なおかつ少し気迫を入れて爺さんに聞いた。ここからはしばらくは少し小声の方針でいく。


 理由はさっきのを見ればわかるんだが、爺さんは「何のことやら」と言わんばかりにとぼけた口調で言いのけた。


「? どういうこととは……」


「あれだよ、あれ!」


 俺は左手であんまり目立たないように彼女に向けて指さした。

 一応相手はロボットとはいえ、そう大げさに指さすのは少し気が引けるので、あくまで小さく。そして彼女から見てもあんまり目立たない程度にとどめる。


 ……といっても、こうさせてるのは半ば彼女の“人間そっくりの見た目”が原因なんだが。


 爺さんは彼女を見た後、「なんのことやら」と言わんばかりにとぼけた感じで首をひねった。


「……彼女がどうかしたのかね?」


「どうかしたのかね?じゃねえよ! なんだよあの見た目!?」


「なにって……普通の女性の見た目じゃが、それがどうかしたのかの?」


「いや、なに平然ととんでもないこと言っちゃってんの!?」


 こんなとんでもない事実を平然と顔色一つ変えずに言いのける爺さんがある意味すごいと感じる。いや、歳とりすぎてそういう大きな感情表現が乏しくなっただけか? つまりボケただけか? いや、仮にも天才野郎がそれはないか。


 ……だが、


「……そんなに驚いたのかね?」


「アンタ確信犯だろその顔」


 新しいおもちゃを見るかのように顔が若干にやけている。隠そうったって無駄だからな。わかりやすすぎるだろそのにやけ顔は。

 この野郎、俺がこんな反応すると思ってわざととぼけおってからに……。こいつ老人だけど、あとで鉄拳制裁でもくらわしてやろうか。


「はは、まあまあ。……まあ姿自体は少し悩んだんだがの。結局、妥当な案で」


「あ、あれで妥当なのか!?」


 我ながらその耳を疑った。どうみても若い18~19くらいのショートヘアな女子大生みたいな姿かたちが妥当な判断だったと? あんたらの研究チームはいったいどんな趣味してんのかちょっと個人的にアンケート調査したくなったぞ。絶対アブナイ趣味一色に染まるだろそのアンケート用紙。


「……そんで、あの女性の姿か?」


「うむ、そうじゃが?」


「そうじゃがって……。彼女、戦闘用ロボットだろ? 高性能なんだろ?」


「あぁ、あとでアウトライン渡すが、自信をもって言えるぞ。“超”高性能と」


「はぁ……」


 超、のところを少し強調させていた。それだけの自信作なんだろう。いや、まあさっきの説明でもそれはわかってたよ。もうそれはある程度はわかってたんだが、それを乗せる母体が……、


「(……あの、人間そっくりの女の人ですかい……)」


 横目でチラッとまた見ただけでも、やはり人間にしか見えないな。いや、遠ざかれば遠ざかるほど人間にしか認識されないわけだが、ほんとに彼女の中にその高い性能を構築させる電子機器類があるのか? さっきのUSBポートで嫌というほど思い知らされたとはいえ、やはりにわかに信じがたい事実だ。


 ……だが、


「……でもさぁ、一つ言っていいか?」


「ん、なんじゃ?」


「いやさ……極端な話……」





「なんでわざわざ“女性型”にしたわけ? 普通こういのって“男性型”じゃね?」





 俺の個人的な偏見というか、勝手なイメージかもしれんが、しかしそれを抜きにしてもやっぱりそれが似合うのって男なのである。どうしても女性だと似合わないのだ。アニメや漫画だとよくある話だが。

 もちろん、彼女がダメってわけではない。ただ、やっぱり違和感がないというとウソになる。尤も、人間そっくりの彼女がロボットだという時点で俺の中の違和感が急遽大仕事してるわけだが、さらにその女性という姿形がそれに拍車をかけている。

 見た目、たしかに可愛いには違いないのだが、本音言えば彼女自身そんなヤヴァイ性能出せるようには見えない。パッと見ただの女の子だぜあれじゃあ。


「あぁ、そのことか……。なんじゃ、ダメだったかの?」


「いや、そこらへんの決定権は俺にないから別にいいんだけどさ……」


 というか、仮に決定権あってももう出来ちまったんだしどうしようもないんですがね。


「でも、なんだって女性型にしたんだよ? 男性型にする案は?」


「あったにはあったんじゃが、取りやめた」


「取りやめた? なんで?」


 少なくとも一応は上がってたのかよ。なんだってそれをやめたんだか。

 別段、男性型でもよかった気もするが。国家機密級の代物ゆえ、そうまでして女性型にするとなればちゃんとした理由があるのには違いないのだろう。だが、今の俺には全然想像できない。男女での身体的特徴に違いは確かにあるが、それがこのロボットに関係するかと言われれば少し怪しいところだ。

 詳しくはわからんが、仮にも設計も手掛けていた爺さんのことだ。こればっかりは真面目なことを考えていたのだろう。

 いくらなんでも、こんなところにまで個人的な要素は……、


「うむ……、まあ、詳しく言えば長くなるから簡単にまとめるとすれば……」


「うん」


 ……そんで、爺さんがおもむろに口を開けていったのが……


「……まあ、ぶっちゃけいえば」







「おぬしら、異性に飢えてるじゃろ? サービスじゃサービス」


「アンタ陸軍をなんだと思ってんだ!?」







 そんな、クソとんでもない個人的理由だった。今まで小声モードだったが問答無用で大声ツッコミモードにシフト安定。


 少しでも爺さんの理性というか、常識を期待した俺がバカだった。

 こんな爺さんに何を期待しろって、前々からそんな頭してるやつだってのをすっかり忘れていた。

 セミブレイン型の奴だってそうだ。今のノイマン型がもう高性能化できないなら「じゃあほかの作ればいい」なんていう子供が真っ先に考えることを平気で言ってそれを実現しちゃうほどの“アホな”頭してるんだよ。一般常識人の頭と同じ考えを期待するのが間違いだったのだ。


 しかし、爺さんは俺のツッコミには何にも動じずにまたなだめ始める。


「まあまあ、そう大きい声出すな。周りに迷惑じゃろ、今何時だと思ってる」


「午後の6時半だよ! そんなの知ってるよ! でも言わせてくれ! アンタ陸軍なんだと思ってるんだ!?」


「しかし、あながち間違ってないじゃろ? 空挺団は女性入れんからの」


「それは昔の話だよ! 今は兵力拡大窓口拡大の関係で男性より厳しい適性検査パスしたら女性も入れるし現にいま一人いるよ! ちなみに俺からすれば先輩だよ先輩!」


「ほう、そうなのか。しかし、一人だけとなれば……。やはり、彼女も疲れるじゃろうな。暇な時とか追い回されて大変じゃろ?」


「否定したいけどできないのが何とも恥ずかしいわ!」


 実際、あの人曰く入隊直後から何度となく変態的素質を持つそのみちの男どもに追い回されるのが日課だって言っていたしな。なお、それは今も続いている模様。俺も俺でまたそれらを止めるのに駆り出される始末である。

 爺さんですら予測されることをなんだってやってるんだって話だが、悲しいかな、これがうちの部隊の一部の男どもでして……。


 爺さんは思った通りといった感じで得意げににやけ顔をかました。


「ほぉれ。じゃから、ワシから一応それの助けになるかと思っての。少しでも戦力多いほうがいいじゃろ?」


「その戦力はいったい何の意味で言ってんだ?」


「それに、仮に追い回されようが手を出されようが彼女なら一発でそれ払いのけるからの」


「そりゃロボットだからね? しかも戦闘用だからね?」


 それこそ、そこらの男も顔負けな感じで大ぶりで振り回して投げちまうんだろう。ハンマー投げみたいにさ。彼女そんなことできるようには全然見えんけど。


「まあ、ぶっちゃけ今まで日本のロボット開発もアンドロイド作った時は決まって女じゃったし、アニメや漫画でも基本こういうロボットは大抵は女じゃからの。今に始まったことではないわい」


「いやあれはただそうしたほうがマスコミとか大衆受けが良かったからだけだろ! どうせそれなだけだろ!」


「趣味が入ってないと限らんぞ?」


「可能性は否定しないけどそっちは二の次だろおい!」


「まあそれにだ……」


「はぁ?」


「……まあ、本音を言えばじゃ」









「単純に、“女の子が作りたかった”ってだけなのもあるんだがの」


「変態だァあ! こんなとこに変態がいるァああ!!」









 俺はその場で思わず頭を抱えてしまった。

 一番の理由がひどすぎる。女の子を造りたかったとか、聞いた人が今までの会話の脈絡聞いてなかったら思いっきり勘違いを起こしかねない爆弾発言だ。しかも、それが一番だという。もっとまともな理由を一番に持って来いよ。他にいくらでもあっただろ。

 バカと天才は紙一重とよくいうが、まさに爺さんの事だろう。バカ、を変態、に変えるとあらびっくり。そのまんま爺さんのことを指してしまうじゃないか。これからは変態クソジジイと呼ばせてもらおう。


 ……あれ、てことはちょっと待てよ?


 よく考えてみろ。それが理由であったとしてもだ。これはちゃんとチーム内、そして各関連役所内に届け出ないといけないだろ? そうでないと認可が下りないだろ? その時、仕様とかも含めてどういうのにするか見せるだろ?


 ……ってことはまさか……


「……なぁ爺さん。これ、国家機密級の奴なんだよな?」


「―――? うむ、そうじゃが?」


「てことは、国がしっかり見てるってことだろ? そんでもって、何かするにも国の厳正な審査を……」


「そうじゃな。今までも何度かそれを受けてたしの」


「……つ、つまりさ……」


「?」


 チーム内で見るのはまあ当たり前として、国の許可とか認可とか、そういった“政府のオーケーサイン”をもらわないといけない中でこれができたってことは……、


 ……まさか……


 俺は少し顔を青ざめさせて恐る恐る聞いた。


「……まさかと思うけどさ、政府ってこの形になることって、“知ってた”のか?」


「ん? あぁ、そうじゃな」


「てことはつまり……この姿形になることを“許可した”ってこと?」


「あー……、まぁ」








「一応、“二つ返事で”許可もらったのぅ」


「しまったぁああ! 政府ぐるみで変態だったァアア!!」








 またもや俺は頭を抱えた。

 時の政府までもがグルだったことが判明した。戦闘ロボットという名の国家ぐるみの計画の実態像がこんな美少女になるのを認めたあたり、俺は今後どんな目で政府を見ればいいのかわからない。

 結局そういったサブカルチャー面では同類かお前ら? ダメとは言わんが、どうせここまでやるならメイドとか介護とかをやらせろよ……。


 ……はぁ。こりゃ、国家ぐるみで“変態でした”でファイナルアンサーか。技術的な面でも、“発想や外見的な面”でも。この国の将来が違う意味で心配になってきた。


 そろそろツッコミも疲れてきた。もういいや。いろいろとあきらめたわ俺。

 別段あの姿でも問題自体はないし……。尤も、違和感はありまくりなのだが……。


 爺さんが少し空気を沈めるように話題をちょっと転換した。


「まあ、それにちょっとしたつながりで言えば、いちばん最初にアンドロイドが登場した『未来のイヴ』じゃそのロボットは美少女だったしの。書面で出てきたアンドロイドが女性なら、現実で初めて登場した人型アンドロイドも女性でもなんとなく面白いじゃろ?」


「なんつーとこからつながり求めるんだよ」


「ハハ。でもまあ、真面目な話をすれば、これは戦意高揚の意味もある。女性が近くにいたほうが男なら力がわくじゃろ? それじゃそれ」


「まるで女いないとまともに動けんみたいな言い草だなおい」


 まあ、言ってることは否定はしないが。


「そうはいっとらんよ。実際、チアリーダー効果ってもんも世の中にはある。それに、お前の場合はさらに戦場、ないし戦闘訓練場という場所で起こる吊り橋効果で二倍の効果じゃ」


「ま~たマニアックな現象を……」


 これらの現象は実際にある(ないし、あるとされる)もので、別段バカにできる内容でもない。


 『チアリーダー効果』というのは、まあ簡単に言えば“近くに女性がいると男性が張り切る”的な現象を言ったもので、実験でもこれは立証されてる。

 チアリーダーがサッカーとかの試合で応援するのとしないのでは思いっきりプレーの中身が違ってくることもあってこの名前が付けられたらしく、こうなると男はギャンブルしたりお金使いまくったりと、いつもとは違ったリスクある行為に走るのだそうだ。

 これは男性のほぼ特有といってもいい性質で、女性はない。尤も、これは男性が女性に対して見え張りたいって思った時に自然的に起こる悲しいさがなのだが。


 そして、『吊り橋効果』というのは、異性と二人で“危険スリルによるドキドキ”を感じると、お互いに“恋愛感情によるドキドキと勘違いして恋に落ちる”と言う効果のこと。

 独身男性を大量に集めて、一人ずつ女性からのアンケートに答えて実際にその女性に興味がわいたかという実験を二手に分かれてやって、一方は普通に陸で、そしてもう一方は“吊り橋で”行ったことからこの名前が付いたんだが、その結果吊り橋でやったやつらはほとんどがその女性に興味がわいたとかどうとか。

 これは科学的に立証はされてなくて、あくまで実験でそうなったってだけなのだが、結構信憑性は高いとされてるらしい。


 爺さん曰く、これらの効果が相まって戦意高揚につながり、そして戦況を有利に進める材料になるとか言っていた。現実的に考えれば、そんなの焼け石に水にすらなるかも怪しいのだが、まあ、あって損なことはないだろう。たぶん。


 ……ていうか、


「……って、ちょっと待て。その理論で行けばあの変態共があいつに好意抱きすぎる可能性もあるんだが?」


「ん? ……あぁ、まあ、その時はなんじゃ」







「そっちで頑張れ」


「いやあとは全部丸投げかい!」







 それじゃ結局なんの解決にもなってない。その結果度が過ぎて変な気起こしたらこっちが大迷惑なのだが、あいつらちゃんと理性働いてくれるよな? 常識持ってるよな? 頼むからあいつらがさすがにそこまでアホでないことを祈る……。


 ……あれ、てかちょっとまて。


「……てか爺さん、俺の場合は吊り橋効果も期待できるって言ってたろ?」


「ん? あぁ、そうじゃが」


「なんで俺はこれも追加なんだよ……。俺のもとに来るわけじゃねえだろ?」


 こんな国家機密級の超兵器なんだ。どうせ本部中隊直轄で管理するに決まってるだろ。俺が関係あるかって話だ。


 爺さんはおもむろに「あぁ~……」と、言葉を探すように目線を上に向けていたが……。


「……まあ、今にわかるわい」


「?」


 そんなよくわからんことを言うにとどめた。理由は知らんが、まあ、一々ここで聞くまでもないだろう。どうせ後々わかることだ。……嫌な予感しかしないがな。


 まあ、とにかく、一応の事情は聴けた。爺さんに対する用はこれで済んだが……。



「……」


 ……それにしてもだ。


「……ほんと、人間そっくりだな」


 彼女のほうを見ると、未だにこっちをじ~っとみている。ここまで微動だにしないあたりが、まだロボットらしさは出してないことはない。とはいえ、完全にロボットらしいともいえないが。それくらい、人間だって人によってはできるだろうし。


 しかし、全身を改めて見渡しても、やはり人間だ。それも、外見が美人だ。しつこく言ってしまうほどやはりそういった特徴に目が行ってしまう。俺もやはり健全男子か。

 「ヒュ~」と小さく口笛を吹く。そして、爺さんのほうを向いて言った。


「……しかし、よくもまああんな大層なもん作ったもんだよ。それはやっぱりたいしたもんだわ」


「そうじゃろ、そうじゃろ。ワシの最高傑作じゃからな」


「最高傑作ねぇ……」


 まあ、あんな見た目してあのさっき言ったような高性能さならそりゃ言っても文句はないわな。


「肌触っても全然感触人間だったからなぁ……」


「そりゃ感触が人間そっくりなのは当たり前じゃろう。ESやらIPSやらの技術を応用して、一から複製した人工皮膚を使ってるからの。ちなみに、遺伝子操作によって弾力や耐水、耐火性が強くなってるから人間ほど外部からの刺激に弱くないぞ」


「うっほ~い……」


 これもまた初めて聞いたスペックデータだが、何気に説明自体には納得してしまった。

 今となってはある程度は既存の技術だが、遺伝子操作か。さすがに爺さんの専門外だからほかの奴らが作ったのだろうが、やはりすごくな。

 これどう考えても人間のものと見分けがつかない。しかも、耐火、耐水ともに強いとなれば、感覚的に一段弾力が強いのもなんとなく納得だ。それほど厚いものなんだろう。

 ……しかし、感触からして、中に何か仕込んでるなこれ。大方衝撃吸収材かなんかだろうが、衝撃吸収のために特殊加工されたαゲルでも淹れているのだろうか。

 昔から衝撃吸収材としてαゲルを使うことはあったから、一番の候補としてはこれなんだろうが。


 このほかにも、探せばちょっといろいろと見つかるかもな。なんとなく面白そうだ。


 ……でもなぁ、


「……でもさ、あんなヤバいの作れんなら、なんで軍用に作っちゃったんだよ。どうせなら他の介護用とかで使えばよかったものを。そっちのほうが平和利用だろ?」


 そんな感じのことを思った。

 ネットとかでも、「どうせロボット作るならまずメイドロボね」とかジョークのたまうのがテンプレなんだが、でも実際そっちでやったほうがアピールになるだろう。

 それこそ、介護用とか、そのネット住民が言っているようなメイドロボとか。それのほうが日本らしくていい気がするが、どう考えてんだろうかそこは。

 爺さんも「う~む……」と難しい顔をしていた。


「……まあ、簡単に言えば日本政府の方針なんじゃ。あくまで、そのロボットは“国家機密として開発する”という方針だったために、それの実地試験をするには、周りに野ざらし状態の民間よりは、機密保持が比較的容易な軍内部でのほうが都合がいいんじゃよ」


「ふむ……」


 方針……、か。早くに技術を開示して、まだ実験の段階でその技術が盗まれたり妨害されたりすることを嫌ったか?


 確かに、メイドロボとか介護ロボとか、そこらへんで民間に任せてしまった時、それを快く思わないやつらは必ずいるだろうし、最悪破壊行為に突っ走る、なんてことも考えれないことはない。

 尤も、もしそういうところで実地試験となればほぼ必ず厳重な警備が入るだろうが、それでも場所によってはどうしても目立ってしまうし、破壊されたとなれば莫大な損失になることは明らかだ。それを嫌ってのことか?


「まぁ、詳しくは聞かされておらんが大方そんなところじゃろう。かつて、似たようなことがイギリスで起こったしの」


「確かにな……」


 実際、似たような事例はかつて起きたりしている。それは、産業革命期真っ盛りで、まさに絶好調の様相を見せていた当時のイギリスで起きた『ラッダイト運動』という“産業機械の打ちこわし運動”のことだ。


 イギリスにて起きた産業革命に伴い、繊維工業の機械化が急速に進んだことによって発生した失業者らが生活難に陥ったことによって、これは爆発的に増加した。

 大半はそういった産業機械開発者の自宅や工場が狙われ、イギリス全体として莫大な損失を出した。

 後に当時のイギリス政府は、これに対して死刑も辞さないほどの厳重な厳罰を与える法案を可決させ、軍隊による鎮圧作戦を行うことによって一応の終息は迎えることができたが、これら一連の出来事は、産業や科学の発展による、一種の“変遷”によって起きた破壊運動ともいえるものであった。

 今でも“ネオ・ラッダイト”という形で世の中にはびこっており、急速に発達したIT産業によって自分たちの職が追われるかもしれないという、まさに当時の人たちと同じことを考えた人たちによってこれを阻止しようとする考え方もある。


 下手をすれば、ロボット産業の発展という“火種”によって、これと同じようなことが起きかねないとも予測され、事実日本でも数年前に一部の労働者団体と野党が結託して政府に規制を訴え、国会前でデモが起こるまでに発展したことがあった。

 当時の政府は「あくまで少子高齢化に伴う労働者不足の補充のためで、決して失業者発生の原因にはさせない」といってこれを抑えていたが、もしかしたら、今の政府はそういったことを懸念しているのかもしれない。

 ネオ・ラッダイトならぬ『ロボ・ラッダイト』なんていう形でこれまがいのことがおきたら、今ロボット産業を基幹産業に加えようとしている日本にとっては致命的だ。

 日本のロボット業界の評判にとってもあまり好ましいことではない。


 今はまだ、それをするには時期尚早すぎる。


「……そう考えると、ある程度警備が厳重なところにおいて試験をしたほうがいいってことか」


「そうじゃな。彼女が軍用になった理由の一つにそれがある。どうせ軍でやるなら、仕様も軍用にしたほうが都合がいいということじゃ」


 なるほどね。ちゃんと世間の事情を踏まえたうえでの決断ということか。まあ、そういうことなら致し方ないことでもある。


「……それに」


「?」


 爺さんはさらに付け加えた。


「……まだ、完全自律のロボットを世に出すには“世間の信頼性や許容性が低い”んじゃ。考えてみろ。たとえば介護福祉施設とかで、介護ロボットとして実際に介護の仕事をさせた時、雇い主である介護センター側からすればどう考える?」


「え? どうって……」


「こうは考えんかね? 確かにありがたい戦力にはなるが、“はたしてまかせっきりで大丈夫か。途中で変な故障とか起こさないだろうか”。……とな」


「……あ」


 俺は爺さんの説明に思わず納得してしまった。


 なるほど。考えてみれば、その考え方も間違ってはいない。


 さっき言ったメイドやら介護やらも、結局はそのロボットに任せっきりのことだ。何でもかんでも判断するのは初めてで、そうなると、「ほんとに任せて大丈夫だろうなコイツ」となってもおかしくはない。ましてや接客業なんて一つのミスが店全体に響くからとてもその点に関しては敏感だ。


 それに、ぶっちゃけ行ってしまえばいきなり人間そっくりのロボットが来たといっても、なんとなく違和感があるだろうし、それに、言葉は悪いがはっきり言って“気持ち悪い”と感じるかもしれない。いきなり多くの民間の人と触れ合わせるにはハードルが高すぎるんだろう。

 そこらへんの許容性の配慮もあるのかもしれない。


「……その前段階として、こうして軍隊内で“人間側の反応及び許容力の面でも”試験してみるってことか?」


「そういうことじゃ。そして、それを通じて今後のロボット開発に役立てるためにな。何事も、段階を踏まねばならん」


「ふむ……」


 なるほどね。一応、爺さんや政府側なりに考えてるってことか。こりゃこっちの読みも甘かったわな。

 それなら納得だ。一応、説明はつく。……とはいえ、それでも美少女にしたのは解せんわけだが。


 ……というか、


「……だとすれば、そこまでの高性能さはこれのせいか?」


「まあ、そうじゃな」


「……ちょっと、つめこみすぎじゃね? 下手すりゃ昔の旧海軍の友鶴ぜ?」


 友鶴(ともづ-る:動詞)

 ……冗談である。要は友鶴事件みたいなことになるってことだ。


『友鶴事件』

旧海軍の水雷艇“友鶴”が波浪時に大きく傾いて転覆した事件で、よくよく調べた結果、この船自体が小さい船体に無理な重武装をさせるというアンバランスな設計になっていたことがわかったのだが、後々さらに調べたら、当時の最新鋭艦のほとんどがこの傾向にあることがわかって慌てて全部改修騒ぎになったというものだ。


 仕様面は政府が許可したんだろうし、爺さんたちもある程度は配慮したのだろうが、それでも、そこは少し心配だった。


「おまえもとんでもなくマニアックな事件を……。まあ、そこはぁ、なんじゃ、いわゆる、“拡張性スケーラビリティ”というやつじゃ。様々な状況に柔軟に対応できるものを政府が望んだのでな」


「はぁ……。んで、あの女性型にする意味は?」


「それも拡張性じゃ」


「……あそこまで精巧に作ったのも?」


「拡張性じゃ」


「……」


 そのままジト目の眼光を送る。

 すべて拡張性の一言で済ませるあたり、絶対爺さん深いこと考えないでこうしたな? まあ、爺さんらしいといえばそれまでだし、これも一応は将来を見越してのものだからこれ以上は言及はしないが。

 どっちにしろ、ここまで精巧に詰め込んだ爺さんはじめ研究チームの技術力に感服だ。友鶴みたいなことにならないことを信じるしかない。


 そんなことを思いながら、俺はまたあいつのほうを見る。

 やっぱり、さっきと変わらない。団長はもうすでに暇してるらしくて、ソファに座ってコーヒーを飲んで一服しているが、彼女はこれっぽっちも動かずこっちを見ている。

 ここまで動かないとか、やっぱりロボットゆえ、疲れないだろうね。うらやましい限りだ。


「(……となれば、あいつは、その今後出るであろうロボットたちのためのお姉さんってわけか……)」


 少し興味深そうな目線を送りつつ、中々面白い立場に生まれたなと俺は思った。

 爺さんの話を全て鑑みれば、つまりは彼女が発揮する性能や試験結果如何では、今後のロボット開発界にも大きな影響が及ぶということだ。こりゃ、あいつはとんでもなく重大な責任を背負わされたことになったが、これはまた、彼女自身の運命ってやつなんだろう。


 ……しかし、なんだろうなぁ、


「……なぁ、爺さん」


「うん?」


 俺はふと、一つ質問をぶつけた。

 ……少し、暗めの声で。


「……あの外見」





「わざと“似せた”のか?」





 俺の少し真剣なまなざしを向けた質問に、爺さんは少し目を細めて考えた後、また鼻で一つ小さなため息をついて俺の言いたいことを面白おかしく察したようにほくそ笑んだ。


「……はて、なんのことかの」


「ハッ、とぼけんなよ爺さん。……どうみても、あいつにそっくりなんだが?」


 俺の少し苦笑い気味の質問にも、爺さんはいつも通りのとぼけた口調で言った。


「ははは……、やはり、ばれるかの」


「露骨すぎんぜ。あいつとは一体何年の付き合いだと思ってる?」


「わかってるさ……。なに、モデルにしただけだ。モデルにな」


「モデルねぇ……」


 ほんと、いやな性格してやがるぜこのクソジジイ……。


 ……ったく、


「(……ほんと、“あいつ”にそっくりだな……)」


 考えてみれば、あれからそこそこの年数が経つが……、まあ、今はこのことはよそう。別に今更一々考えることじゃない。

 俺は一つため息をついつつ、少し懐かしむような目線を彼女に送りつつそう思った。


「ほれ、そろそろ戻るぞ。話も長くはしたくないしの」


 爺さんがせかすように言った。そして、一足先に団長のもとに戻る。


 気が付いてみれば、もう結構な時間が経つ……。とっくに自由時間だし、まだ就寝時間にも早い。

 ……本来ならこの後さっさと寝る予定が、もうすっかり起きちまったよ。どうしてくれるんだこの野郎。


 ……はぁ、まあいいや。



「……せっかくだ。少し、この状況を楽しんでみますか……」




 俺は視線を移しつつそうつぶやいた。


 相手が誰かは、もう言うまでもないがな…………

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