見えない敵
『HQより全部隊へ告ぐ。状況を確認し可能ならば一時撤退せよ。繰り返す。状況を確認し可能ならば撤退せよ』
『撤退しろったってどう行けばいいんだ? こっちはどこもかしこもそれっぽい奴らから撃たれてるぞ』
『マーカス0-1よりHQ。敵の攻撃グリッドはマーキングしておいた方がいいか?』
『スオムス1-1よりHQ! こちら車両がほとんどやられた! 収容しきれない! 無人ビークルを呼んでくれ!』
『待て、一気にしゃべるな! 無線が聞こえんぞ!』
『クソッ、どこから攻撃してやがる! 周りは友軍ビーコンばかりじゃないか! 敵のアイコンがないぞ!』
―――あまりに無線が輻輳しすぎて、唯一司令部が「撤退せよ」と指示した部分しか聞こえなかった。それだけ、混乱しきっていたのである。“見えない敵”からの攻撃に。
『―――祥樹、こっちからは道路に誰も見えない。でても大丈夫そうだぞ』
「スキャン確認。確かに周辺に誰もいません。でますか?」
「おし、今のうちだな。和弥、監視頼んだ」
『イエッサー』
ビルを降りた俺とユイは、一先ず昭和通りに出た。視界の先には室町歩道橋と、その下で鎮座している10式戦車、数台の装甲車がいた。10式戦車の方は内部の消火に成功したようで、黒煙が立ち上るのみだったが、装甲車のほうはそうではなく、時折未だに小さな爆発が起きていた。
これらが完全に道路を塞いでおり、被弾時の破片なども歩道などに一部乗り上げており、とてつもなく歩きにくい。
「シノビよりHQ。保護対象の友軍ビーコン送ってくれ。場所を知りたい」
『了解。対象IDの識別ビーコンを送る。確認せよ』
司令部からすぐさま対象の友軍のビーコンが送られてくる。基本的に誘導はユイにやらせることとした。
対象は3人。今は別の友軍がいる西の方に退避中だが、結構回り道をしまくっている。そして、回収担当の友軍部隊も、見えない敵からの攻撃を躱すためか、常にどこかしらに動いており、双方は合流したくてもうまくできないような状態であった。
戦車乗員の持っている武器なんて、自衛用のハンドガンくらいだろう。しかも、それも弾薬がどれほどあるかわからない。いち早く合流しなければ、犠牲がすぐにでも出ることは火を見るより明らかだった。
「急ごう。割と追い詰められてるっぽい」
すぐに移動を開始した。高層建造物の多い市街地の真っただ中にいる関係で、ビーコンもとぎれとぎれになっている。見えなくなるうちに見つける必要があった。でなければ、どこに保護対象が言ったのかよくわからなくなる。
「でも周り味方の友軍ビーコンばかりなのに、なんで逃げてるんですかね?」
「そりゃ、いきなり戦地にハンドガン一丁で投げ込まれたんだ。味方を敵と誤認しちまってるんだろう」
普通の普通科軍人等のように、戦車乗員が個人装備で識別ビーコンを受信する機器があるわけではない。仮にあっても旧式の物で、精度等はお察しの物ばかりだ。この市街地では使えたものではないだろう。
元々戦車乗員も、何かあった時のための訓練を何度もやっているわけではない。新米がこのような目にあったとも考えられ、下手すれば、緊急時の訓練すらまともに受けてないのにこの状況になった可能性もある。
……今こうして逃げまくってるのは、たぶんそれだろう。俺はそのように予測した。
「一先ずそいつらとコンタクトを取らんと、絶対敵を間違われるな……無線いれたいんだけどなぁ」
無線でその保護対象とコンタクトを取り、合流を図りたいのだが、生憎無線が生憎輻輳しまくっており、若干よくなってきつつはあるものの、中々無線が通りにくい。というか、聞こえない。報告多くないかと思えてくる。
とりあえず、救助が来ること自体はスオムス1-3が伝えているはずなため、それによってこっちを識別してくれることを願うしかない。うまくやれば、他の友軍を引き連れながらでもいいが、下手に警戒心煽るとマズイのでそれは二の次だろう。
昭和通りを右に抜けて、建物の合間にどんどんと入っていく。保護対象との距離はそんなに離れていない。そこそこ急いでいけば、どれだけ遅くかかったとしても10分前後だろう。……向こうが余計な所に行ったりしていなければだが。
……が、異変はすぐに表れた。
「ビーコンどんどん識別切れてきてます」
「あれ? さっきまでこんなに切れやすくなってなかったろ?」
「……向こうバッテリー切れしはじめましたかね?」
「なんで充電してなかったんだコンチクショウ」
識別ビーコンも、一応バッテリー充電仕様となっていた。普通科とかなら太陽光などを使った自然発電系統を持っているのだが、すでに言ったように、戦車乗員が持っているのは旧式ばかりである。そんな自然発電系統はスペースの関係上持ち合わせておらず、バッテリーが切れたらそこでもう場所はわからなくなる。
これとは別に、手動発電系の充電器はあったはずだが、おそらく持ってないのだろう。
徐々に反応が薄くなるビーコンを追って、薄暗い高層建造物の隙間を縫っていく。しかし奇妙なことに、ここまで友軍ビーコンのどれかに当たらなかった。妙に避けるように動いているのだ。
……いや、それだけではない。
「……なんか無線通じなくなってないか?」
さっきから無線が少しノイズが混じってきていたのだ。高層建造物の多い所なのでそれの成果と思っていたが、にしては今までも似たような場所を通って生きたにもかかわらず、無線は通じていた。道理に合わない。
幸いにして保護対象のビーコンには近づきつつある。ただ、そのビーコンがもうほとんど表示されていない。時々大通りに出たりしているのに、それでもついていない。
……まるで意味がわからなかった。無線がノイズ混じりなのでよく聞こえず、事情を確認しようにもうまく通じてくれなかった。
「こっちも通じません。今度は無線機の故障でも起こしたんですかね?」
「今度は司令部の通信科の連中を怒鳴り倒さなあかんのか」
「してる暇ないでしょうけど」
違いない。そう呟いてそのまま淡々と保護対象へと接近していった。
……気のせいか。この時俺は、ここら辺の友軍の反応が若干多くなってきているように感じていた。反応がまばらであるので気のせいの可能性が高いのだが、それにしては反応が万遍なく散らばっているように見える。
ただ、どうやらそれに気づいているのは俺だけらしい。ユイはそれには見向きもしなかった。
「(……保護対象を助けに来たかな?)」
ただ、回収担当のスオムス1-2はもうちょい別のところにいる。そっちの反応とは違うはずだ。……というかスオムス1-2はなんでこっちにこないのか。反応切れてるとはいえビーコンの大まかな位置ぐらいはわかるというのに。
「ここをとりあえず抜けて、そのあと左に曲がってそのまま……」
「じゃあさっさとここ曲がって突っ切ったほうがはええな」
そんな会話を交わしながら、そろそろ10分かかりかけていることに焦りつつも目の前の細いT字路を曲がった時である。
「……おっと」
曲がった先に、1体……いや、今2体目が現れた。白いロボットが背を向けて突っ立っていた。
形が丸みを帯びているあたり、たぶん桜菱製のものだろう。胴体部に増加装甲が薄く追加されているあたり、やはり派遣されてきた軍仕様に改造されたものだ。さっきからあった友軍ビーコンはこれだったのだろう。
「(ちょうどいい。ついでに連れていくか)」
味方が増えるに越したことはない。さっさと指揮下に入れちまおう。詳しい操作はユイがR-CONシステムを経由して行ってくれる。システムに要請すれば、こうして一部のロボットを配下にすることもできるのだ。本当は端末から行うのが基本だが、ちょうどユイがいるのでそっちからやってもらう。
「一先ずこの2体を指揮下に入れてくれ。2体いりゃ十分だろう。周りは味方の反応ばっかりだし」
「了解」
システムへの要請から、ロボットの帰属対象の変更までは数秒とかからない。その間に小走りしながらそのロボットらの横を通ろうとする。その先に保護対象がおり、横を通るとほぼ同タイミングでこのロボットもすぐについてくるはずだ。
とりあえずこの2体を前衛に出そう。何かあったら弾幕を張ったり、後は盾になってもらったりと色々と使いどころは……。
「……あれ? おかしいな……」
「どうした?」
ユイが訝し気な声を上げた。
「こっちの信号を受け付けない……? そんな、システムには間違いなく通ってるのに、送信系の故障……?」
「信号がなんだって? よく聞こえねえぞ」
小さくぶつぶつ言っているためよく聞こえなかった。その間にも、ロボットとの距離はどんどんと近くなる。どうやらロボットへの操作がちょっと遅れそうだが、それでも今は急いでるのでロボットの横を通って保護対象へ向かうことを優先する。どうせ後から追い付いてくるだろう。こいつらも走れば結構早いのだ。
「……いや、まさか……」
そう思いながら、そのロボットとの距離が20mと近くなった時だった。
「……へッ?」
眼の前にいたロボット2体がいきなり「ぐりんっ」と体の向きを180度変えた。
……と、それを目で確認した次の瞬間には、
「祥樹さん伏せて!」
その言葉に、思わず反射的に体が反応し、地面に伏せていた。
……それと、コンマ0.数秒の差だったであろう。
「―――ッ!?」
俺の頭のすぐ上を、大きな破裂音とともに、数発の弾丸が高速で後方に飛んでいった。敵の反応がないはずの目の前から。
……目の前?
「(―――まさか!)」
冗談だろと思いつつバッと顔だけ上を向けた。
……そこには、
「……マジ?」
その冗談だと思っていた光景が映っていた。
……銃口はこちらに向いていた。だが、その向けているものが……
「……なんでお前が向けるんだよ!」
さっきまで目の前にいた、“桜菱製のロボット”だったのだ。
「祥樹さんそのまま!」
伏せて2秒とかからないうちに聞こえてきたその言葉通り、俺は頭を片手で抑えて数秒だけ伏せた。
ユイはすぐに目の前のロボットを敵と判断したようだ。まずロボットの頭部を数発の弾丸で完全に破壊し、引き続き、俺に銃口を向け、今まさに射撃しようとしているロボットを阻止するために、銃を持った手に射撃しそれを破壊。さらに首部に2発だけ放って、頭部と胴体を分離させるように破壊した。
1秒にも満たない離れ業。さすがロボットと感心せざるを得なかった。高い命中率。しかもこの近距離だから外しようがない。
……一先ずは助かった。それに礼を言いつつも、俺の関心はやはり……
「……なんで撃ってきたんだコイツ?」
この2体のロボットに向けられていた。今は完全に破壊され機能を停止しているが、電気だけは残っているのか、むき出しになった配線や基盤などは時折ショートするように電流がはじけていた。
「同行信号を送っても、システム経由でロボットからの返答がありませんでした。システムは修理したばかりで故障とは考えにくいですし、もしかしてと思ったら……」
「俺たちを敵と認識していた……ってか?」
「ですね。たぶん例によって例の如く誤作動でしょう」
「……俺は味方のロボットにつくづく縁がないらしいな」
「私は?」
「お前は例外だ」
「そりゃあよかった」
そらまあお前は別にいいのだろうが、先のタイタンといいこれといい。なんで俺らは敵と間違われるのか。タイタンの次は桜菱か。ふざけるなという話だ。
「時間喰っちまった。さっさと行こう。もう向こうも限界が―――」
そう言いつつ、再び足を速めて急ごうとした。
……が、
「……え、ちょ……」
「え?」
ユイが後ろを向いて言葉を失っていた。「今度はなんだ?」と多少うんざりしながら振り向くと……
「……は?」
その光景に目を疑った。そして、HMDを即行で見ると、その視線の先にいるのはすべて友軍ビーコンである。……友軍なのである。それも、10には満たないまでも複数あった。
……だが、
「……なんで全員こっちに銃口向けてんだ!?」
俺は今日何回自分の目を疑えばいいのだろうか。そう叫んだ瞬間には、俺はユイに腕を引っ張られて近くの路地に入り、そのまま突っ走っていた。
だが、ビーコンを見る限りそれでも追ってきていた。手に持っているのは89式自動小銃。どうやら旧式の銃だが、命中精度は中々のもの。こんな距離でバンバン射撃された日には、いつ頭やら胴体やらに命中してもおかしくない。後ろをユイに任せ、ひたすら道を複雑に走った。
……そして、思わず叫んだ。
「……お前さ、まさかあれ全部誤作動なんていうつもりはねえだろうな!?」
「いやああんだけ都合よく誤作動起こるならこれほどの欠陥商品ないですよ」
「まったくだ! 桜菱の責任者ちょっと連れてきやがれ!」
そしてそこら辺の受け答えを全部冷静にこなすお前にやっぱり感心しかしない。
見ただけでも数体。しかも、さらに後ろから追ってくる数が徐々に増えているようにも見える。逃げるのに必死でしっかり見ている暇はない。ただ、仮に増えていて、そいつらも同じく俺らが目的だとしたら……
「(……俺は味方になってついてこいっていったのによ!)」
誰が敵になってついてこい等といったのか。どういう風な信号を貰ったらそうなるのか聞いてみたいぐらいだ。
だが、冗談抜かしている場合ではない。すぐさま司令部に無線通信した。
「シノビよりHQ! 緊急事態! そっちが雇ったロボットがまた暴走してやがった! こっちを敵と認識してる! さっさと止めてくれ!」
出来うる限りの大声で叫んだ。あのノイズだ。これだけの大音声でないと聞こえはしないだろう。
……しかし、期待した答えは返ってこなかった。
「……あぁ? どうしたHQ! 応答しろ! HQ!」
どれだけ叫んでも、ノイズばかりが響いていた。時折、無線の声が響くことはあったが、ノイズが邪魔で、少なくとも人の耳では聞き取れなかった。だが、ここまでノイズが厚いと、ユイでもすぐに解読するのは不可能だろう。元より、そんなことをしてる暇もなさそうである。
「クソッ! どこもまともに取り合わねえ!」
「無線は軒並み使えません。こっちだけで対応するしかないでしょう」
「ああ。だが、まずは保護対象とも合流しなきゃならん。ちょうどすぐ近くだ!」
逃げている途中で、偶然にも保護対象の逃げている場所と結構近くなった。ついでなのでそっちとも合流し、一刻も早く離脱するか、撃破するしかない。
ビーコンの最後の表示によれば、この先をさらに何回か曲がればすぐそこだ。大体どこら辺に向かっているかはそこから推測できる。俺たちはすぐさまそこへと向かった。
その間にも、ユイは何とか数体撃破することに成功した。だが、逃げながらな上、向こうの攻撃を躱しつつ、そして俺を守りつつな関係上、命中はさほど期待できない。ユイも割り切って、命中は諦めて牽制程度にとどめているようだった。
「そこ左! すぐ目の前にいます!」
「オッケー! さっさと合流してこっからおさらばだ」
そういってユイの指示通り次の曲がり角を左に曲がった時である。奥の方から、全速力で走ってくる3人の人影が見えた。普通科、ないし特殊部隊系の軍人にしては身に着けている装備が軽い。
間違いない。例の戦車乗員だ。ハンドガン片手にここまで耐え抜いてきたのだ。
「―――ッ! いたぞ! おい! こっちd―――」
……だが、その後ろを見た時である。
「―――うえぇ!? マジで!?」
彼らは、俺たちと同じように“味方のロボット”に追われていた。その数……大体、5体ほど。
手にはアサルトライフルらしい何かを持っている。おそらく89式だろうが、ここからではよく見えない。
「(彼らが逃げてたのはこいつらからだったのか!)」
彼ら3人のビーコンが中々味方に合流しようとしなかったのは、このロボットの暴走をすぐに理解したからだったに他ならなかったのだ。決して、何らかの理由で味方すらも避けていたのではなく、文字通り逃げていたのだ。
「そこを左に曲がれ! 早くしろ!」
すぐに俺は叫び、近くに見えた左側の路地に入る様に言った。この度重なるうるさい銃声の中でも、俺の声はしっかり聞こえていたようで、彼らはすぐにその路地に入った。それを追おうとするロボット5体に対して牽制弾幕を張り、動きを封じる。
「俺たちも入るぞ! 細い路地に入ったら手榴弾ぶちかませ!」
「了解。手榴弾スタンバイ」
ユイは牽制の弾幕を張りつつ、片手で手榴弾を取り出す。俺もすぐさま破片手榴弾を取り出し、ピンを抜いて目の前の5体に向けてサイドスローで投げた。
うまい具合に5体のうち中心の1体に飛んでいった手榴弾は、そのロボットの足元で爆発。
脚部を破壊されたロボットはその場に倒れ移動制御不能。その手りゅう弾の破片を喰らった周囲のロボットも、大きなタメージはなくとも、その破裂に一瞬動きを止めた。
その瞬間を狙い、すぐさま残り4体の脚部に万遍なく5.56mm銃弾をまき散らした。ある程度装甲化はされていたとはいえ、連射に耐えうる程のものではない。すぐさまバランスを崩し、その場に軒並み倒れた。
「よし、入れ入れ入れ! 急げ急げ!」
路地に入った俺がユイに退避を促すと、路地に入る前に捨てゴミとばかりに手榴弾をやはり一発その場に“置いて”路地に退避。ちょうどそのロボットらが路地に入ろうとした瞬間に爆破し、ロボットらは沈黙した。一部生き残ったのが破損しながらも、路地の曲がり角に盛られた“残骸”を登ろうとしたものの、ユイが個別にご挨拶とばかりに銃弾を放った。本人曰く「プレゼント」である。要らないプレゼントである。
「よし……とりあえずこれで安心だ」
ロボットの襲撃はそれ以降はなかった。戦車乗員3名も、多少の負傷はあれど、問題なく動ける程度には無事だったようだ。
……また、ユイが最後に潰したロボットが機能を停止すると同時に、さっきまで地味に煩く響いていたノイズが消えていった。そのロボットを見ると、他の桜菱製ロボットとは違う改造がなされているタイプのものだった。
「……電子戦タイプですね、これ」
「ノイズの原因はコイツだったのか……」
機体構造から、電子戦タイプの桜菱ロボットだとわかった。元は戦地での各ロボット間の電子的な支援を行うために使用されているものだ。その能力を使って、あろうことが味方に対して電子的な妨害工作を行っていたということなのだろう。母体が停止したことで、その妨害機能も役目を果たせなくなったのだ。
その効果範囲がどれほどかはわからないが、そのロボットのいる場所に近づくにつれて無線が繋がらなくなったことを考えると、妨害範囲は限定的だったということなのだろう。
「(電波的なジャミングか、内部の電子機器への工作かはわからないが、無線機能を潰すことで孤立無援状態を作り、後は各個撃破する……といったところか。自分たちは無線が通じるようにしていれば、造作もないことだな)」
ロボットのくせに中々考えていやがる。だが、コイツがやられたことで無線は繋がるようになった。ただの故障にしては、妙に戦術面で考えられている。
とにかく、無線を使って回収担当のスオムス1-2を呼び寄せた。数分もしないうちに来るらしいので、一先ずここで待つことになった。さらに、司令部にもこのことを伝えたが……はっきり言って、伝えるまでもないと悟った。
「……なんだなんだ、どこもかしこも同じ状況か?」
「みたいですね」
無線に響くノイズが消え去り、ある程度輻輳状態も回復した無線から入ってくる声は、俺たちが今まさに報告しようとしたものと似たような内容ばかりだった。
「いきなりロボットが攻撃してきた」「ロボットのせいで無線が通じない」「ロボットが監視の目をこっちに向けている。身動きが取れない」……等々。こりゃあさりげなく相当マズイ状況とみる。もしかしたら、どこもかしこもそうかもしれない。
まさかと思い、和弥と新澤さんにも連絡を入れてみた。すると案の定というべきか、撤退指示を受けて一旦俺たちと合流しようとした矢先、味方のロボットの大群に追われ、うまく合流できないでいるという。
「(……なるほど。敵が“見えない”わけだな)」
誰も味方を潜在的な敵だと思うわけがない。攻撃を受けても、そこにいるのは味方ばかり。敵が見えないのだ。……本当の敵が、その味方であるなんて、考える人間はいないだろう。
『灯台下暗し』というやつである。見えないと思われた敵は、実はすぐ目の前に存在したのだ。となると、あのスオムス1-3の時も、近くにいたロボットに、何らかの重火器を用いてやられたのだろう。……何を使ったのかは不明だが。
とにかく、双方の位置は把握できているため、とりあえずロボットへの警戒を怠らず、できる限り急いで合流できるようにすることで確認を取った。
ついでなので、その間に戦車乗員からこれまでの事情を聞き出す。するとやはり、彼らも戦車から降りた瞬間、味方であるはずのロボットらに襲われたのだという。
「あれは明らかに組織的な行動をしている。ただの故障ではないだろう」
そういうのは、彼らの戦車長だという中年の男性軍人だった。二人もそれに同意しており、事実俺らもその様子はこの目で見てきていた。確かに、アレはただの故障という割には妙に組織的ともいえるものだった。しかも、その数も結構多い。
「無線を潰してこっちの相互協力体制を潰しながらっていうのは、人間でもよく考えることだが……それをロボットが実践してくるとはな」
「ただの電子戦タイプがそこら辺を考えるかどうかは別として……なんでこうなったんでしょうか?」
戦車長の軍人にそう聞くが、困った様に首をかしげるだけだった。
「わからんな……今まで何度も電子戦タイプを用いた対テロ訓練ってのはあったことは聞いているが、こんな形でやるんか?」
「いえ、電子戦ロボットはあくまでロボットたちの中で活動します。人間の電子環境には何ら干渉はせず、するとしても人間側からの要請を通じて行うはずでしたが……」
「だが、誰がやれというまでもなく自分たちで……か。こりゃ何か細工されたな?」
同感だ。ただの故障がここまで巧妙な動きを誘発するとは思えない。
……何か仕込まれた。だが、問題は誰が、何の目的でやったかということだ。後者の方は大体察しはつかなくもないが……犯人はまるっきしわからない。
「こりゃあ作戦は完全に中止でしょうね。こんな事態になったら作戦もなにもない」
とある戦車乗員が言ったのを、戦車長が同意した。
「だろうな。こうなってしまっては一旦退いて、体勢を立て直すのが先決だろう。撤退命令も出たんだ。出直すしかあるまい」
「しかし、奇襲的な作戦だっただけに、後々痛いですよ、これは」
「間違いない。……司令部の大誤算だな」
俺がそういったのに対して、彼はそう答えてため息をついた。元々、注意力が散漫になる朝方に奇襲を仕掛けることで、一気に制圧する作戦だった。これが失敗したとあっては、敵の態度に悪影響を与えることにもなろう。今後の向こうの出方に嫌なムードが漂う。
……人質が無事だといいのだが。
「(……しかし、一体だれが……)」
当然、この場では答えは出なかった。
その後、スオムス1-2が回収地点近くに到着したことで、そこまでさっさと移送して送ってもらうこととした。それを追えたら、俺たちは和弥と新澤さんらと合流を図らねばならない。向こうも向こうで、最善は尽くしているものの、未だにうまく身動きが取れない状況だということで、先ほど無線があった。急がねばならない。
「よし、ここを曲がったらいるはずです。急いであそこへ―――」
……しかし、それでさっさと終わらせてくれなかった。
「―――ッ! 祥樹さん、反応があります。友軍です」
「友軍?」
だが、今この場において、友軍という言葉がこれほど信用できなかったことはない。この場合の友軍……まさか、
「奴等か?」
「でしょうね。妙に集団な上、動きも早い。慎重さのかけらもないです。人間のやる行動じゃないですね」
「確定だな。すいません、すぐに走って行ってください。ここでひきつけます」
「……すまない。よろしく頼む」
保護対象3名はさっさとスオムス1-2に回収させることとし、こっちに来ているロボットはこちらで引き受けることにした。向こうがさっさと離脱してくれれば、こっちも離脱が可能だ。別に全部を潰す必要はない。逃げるときは、逃げるだけだ。
3人が離れていったのを確認すると、足止めと引き離しにかかるためにロボットのいる方面に接近した。幸い相手は数体の集団。無線等もクリアなあたり、電子戦タイプは持ってきてないらしい。
そこそこ小さい路地から、すぐに二車線道路のほうに出れるような位置に占位し、向こうがきたら即行でこの道路に出て撃退できるような体制をとった。
「よし、さっさと追っ払うぞ。どうせ向こうが持ってるのはただの89式―――」
そう思って楽観していた。個人的には、同じアサルトライフル同士なら、戦術で勝ったほうが勝ちだと。
……だが、
「……え?」
……いざそのロボットを見ると……
「……なんでスティンガー持ってんのあのロボット共!?」
本来、敵が持っているはずのスティンガーを持っているロボットが3体もいる。しかもうち1体は弾薬を持っている。とてつもなく重そうだが、軽々しく持っているあたり、機械的な何かを伺わせる。
「(なんで敵の武器を!? まさか、あいつら何か仕組んだのか!?)」
ただの故障したロボットが、わざわざ敵が使ってる武器をあんなに持ってくるとは思えない。もしや、これは奴らが仕組んだ罠なのか? それなら、最初スオムス1-3が重火器によって奇襲的攻撃を喰らったのにも納得がいく。
10式と言えど、仮に弾頭が改造されたりしてた場合は、スティンガーでもエンジンくらいなら……。
「(……これは、俺たちが思っている以上にマズイ事態になってるかもしれない)」
となると、やはりここで死ぬわけにはいかない。生きて帰り、目の前で会ったことすべてを司令部に持ち帰って確かめねばならない。
俺らは全力で逃走を図る。牽制は相変わらずユイだが、弾薬が不足し始めていたため、俺のを一部恵むことにした。
持っている89式らしいアサルトライフルはまだしも、あのドでかいスティンガーを向けられたら、俺は元より、さしものユイと言えどただでは済まない。確実に仲良くあの世行きだ。まずは逃げるのみ。
……そもそも、仮にも対空火器をやっぱり対地火器、しかも対人火器として使うのはあまりにもオーバーキルもいいところなのだが、ロボットたちはそこをまるっきり無視しているらしい。あまりにも都合のよすぎるAIである。
「……うちの軍はいつからロボットに対空要員作ったんですか?」
「知るかボケ! さっさと走れ!」
「はいはーい」
あまりに暢気すぎる声とは裏腹に、美しいぐらいにキレイなフォームでロボットから逃げる。もちろん、向こうが見逃してくれるはずがなく、さっそくスティンガー1発目を発射。しかし、これはユイがCIWSよろしく途中で落としてしまった。前にもどっかで見たことあるこの光景に、驚嘆の念で「嘘やん」と呟いてしまった。
2発目、3発目は同時に放たれたが、ノーロック状態で撃っても当たるわけがなく、左右の道端にあった道路やら街頭やらをぶっ壊して終わりだった。
……倒れてきた街頭に1体潰されていたが、生憎それはスティンガーの弾薬運びだった。この時点で、敵にはもうスティンガーの弾が2発しかない。
「あの2体を撃っちまえ。狙いを外させるだけでいい」
その指示通りにユイは、その2体を的確に攻撃。被弾の拍子にスティンガーを放ってしまい、1発は反対車線側に、もう1発は俺らの頭を掠めて、なぜか上の方に飛んで行ってしまった。翼が変な方向を向いていたのだろうか。
「バカやろう! もっと狙って撃ちやがれ!」
後ろを振り向いてそんなジョーク混じりの文句を言い放つ。
「いや、狙って撃ったらしんじゃ―――」
ユイが小さくそうツッコもうとした時だった。
「……あッ!」
「ん?」
ユイが上を見て、青ざめた表情をしている。ふと、その走った状態から上を見た。
「……え?」
……その上の方には、本来あるはずの空の風景はなかった。
代わりに、“大きな破片”が降ってきていた。
「(しまった! さっきのスティンガーか!)」
制御不能になり上の方になぜか飛んで行ってしまったスティンガーが、あろうことか左側にあった建物の外壁をぶっ壊してしまったのだ。その破片が、大小様々な落下物となって、地上に落ちてきていた。
気が付いた時には、大きな破片が、自分の目の前に……
「(……クソッ、“あの時”と同じか!)」
唐突に湧き上がる既視感。そうだ。この光景、あの沖縄の時に……。
今から走ってももうギリギリで間に合わない。当然、止まっても結果は同じだ。
今から、何をしても躱しようがなかった。
「(ダメだ、間に合わない!)」
ぶつかる。頭部からの衝撃を覚悟した時だった。
「祥樹さん危ない!」
その声と同時だった。
後ろから、誰かに突き飛ばされる感覚を感じた。まるでタックルでも受けたような……いや、
「(後ろから、タックルか!?)」
そのまんまタックルを仕掛けてきたのだ。
一瞬宙に浮きあがった自分の体は、1秒としないうちに地面にたたきつけられた。瞬間的に受け身をしたものの、あまりに突発的だったため若干体勢変換が間に合わず、体の節々に痛みを伴った。
……しかし、それとほぼ同時だった。
「―――ッ!?」
後ろから、コンクリートとコンクリートが大量にぶつかり合う大きな音が聞こえた。大きくはっきりしたものから、小さく細かいものまで。それは数秒間続いた。大きな風と細かい塵があたりを舞い、俺は身動きが取れずにいた。
それらが収まり、若干咳を伴いながらも、自らの相棒を呼んだ。
「ゆ、ユイ! どこだ!」
まだ粉塵が漂い目を手で覆いながら、その相棒の姿を探した。ロボットらからの銃撃もない。おそらく、この瓦礫の落下に巻き込まれたのだろう。見ると、奥の方から電気的なショートを起こす音が聞こえてくる。まさに、自爆というやつだ。
だが、俺の目下の関心はそっちではない。
「ユイ! どこだ! ユイ!」
粉塵を手でどかしながら、ユイの姿を探す。ようやくそれらが収まり、視界がクリアになってきたとき……
「……ッ! ユイ!」
自分の相棒らしい影を視界に捉えた。
「よかった、無事だったか」。一安心した俺はすぐさまユイの元に急いだ。
……だが、
「……ッ! ユイ!?」
相棒は、決して無事というわけではないらしかった。
ユイは床に倒れていた。幸い五体満足で済んではいるらしい。
……しかし、うつ伏せで倒れているユイの上には、大きなコンクリートの瓦礫がのしかかっていた。そして……
……ユイは、そこからこれっぽっちも動かない。
大きなコンクリートの直撃。俺を突き飛ばして庇い、代わりにその瓦礫を自分自身が受けたのだ。だが、この大きさだ。ユイの胴体とほぼ同じくらいの大きさがある。
こんなの、当たり所が悪ければ最悪の場合は……。
「ッ……まさか……!?」
ここでもまた、既視感を感じた。
これもそうだ。この光景……沖縄でみた。いや、それだけではない。
“夢”でみた、あの……
……あの通りだとしたら、この場合は……
「……そんな、まさか……ユイィ!!」
夢であってくれ。そう必死で願い、俺は自分の相棒の元に駆け寄った…………




