中央区奪還作戦
「―――多くの日本国民が、作戦の成功を願っている。必ずや、この任務を成し遂げてもらいたい」
そんなお言葉を、本司令部の実働部隊総司令官たる国防陸軍第1師団長から頂いたのは、作戦開始1時間前のことである。
『東京都中央区奪還作戦』と称されたこの作戦では、作戦開始における先遣隊として、特戦群と、空挺団・第1師団1普連の特察隊が投入される。特戦群は指揮官以外、会議室に来ていなかった。すでに投入は開始されており、詳細は会議の場では言わないという。機密性の高い部隊ゆえ、大勢が集まる場では細かくは言わないのだろう。ただ、司令部の面々には伝えているはずだ。
先遣隊としては、先に中央区に入って進軍ルートを中心とした情報収集となる。対空火器はこの日までに大分削ったため、基本的には地上戦力中心となる。また、先遣隊の任務の性質上、あまり味方にすら位置などが知られているのはマズいため、先に入って味方にも見つからない様にこそこそと配置に就くことになった。
なお、人員削減のため、中核部隊の中にはロボットも護衛として大量に使うことになった。企業貸し出しなのだが……というツッコミはしないほうがいいと思う。どうせ国負担で修理するようであるし。
投入されてから1~2時間後には本隊が中央区になだれ込む形となるため、この先遣隊の動きは特に迅速でなくてはならない。
そういうこともあり、俺たち特察隊の現地入りというなの中央区派遣は0730時に始まった。
[AM07:48 東京都中央区 作戦指定道路A]
進軍経路は東西南北から計6つに分かれる。すべて陸路を使って、装甲車や機動戦闘車、中には戦車を使ったものまで出てきており、わざわざ静岡の駒門から第1戦車大隊の10式戦車を貨物輸送で持ってきたらしい。
この10式戦車も、市街地戦用に改良させたもので、各種データリンクシステムのアップデート、IED検知レーザーシステムの搭載の他、至近距離からのロケットランチャー等の対戦車兵器にも耐えうる新型の複合装甲を搭載する等、元から市街地にも使える戦車がさらにグレードアップした『10式戦車“改”』ともいえる仕様となっている。
この10式戦車を擁した部隊には、真正面から入って敵を引き付ける役目を負うこととなっていた。使用するのは、6つ指定された作戦指定ルートの一つである『ロードA』である。
都道406号線に乗って、千代田区から新幹線高架を通り、鍛冶橋通りに入って鍛治橋、京橋交差点を通過後、昭和通りを左折し、後はひたすらホテル日本橋めがけて一直線に全力で北上しまくるという、広い道路を面一杯使っての真正面突撃ルートである。間違いなく、戦車がいないとやってられない進軍であろう。
俺たち5班は、このロードAの路上の情報収集と進軍援護が命ぜられた。所謂囮の役目も引き受けているが、できるならそのまま本気でホテル日本橋に突っ込んで奪還に移ることも視野に入れている部隊であるだけに、生半可な誘導はできない。
「……ここでいいかな」
俺らは情報収集も兼ねて、まず昭和通り沿いにあるビルの一つの屋上に上がり、周辺を警戒していった。UAVや付近を警戒中のロボットとのデータリンクを密にしつつ、いざとなった時の敵勢力の迎撃に備える。
「……朝の~太陽が~まぶ~し~くて~」
和弥がそう口ずさみながら、愛銃のMGS-90のバイポットを展開しつつ狙撃の体勢を整える。結構余裕な様子を見せている親友。その歌、どこぞの軍艦擬人化アニメのOPだった気がしないでもないが……いや、気のせいだろう。
和弥の言っている歌詞を聞いて、ふと、太陽の方向を見る。今日は少し雲があり、ざっと見て雲量6~7程度であるが、うまい具合に朝日は見えていた。日の出から結構経つので、陽もそこそこ高い所にまで登り、直では見れなくなるほどの光の強さとなる。
「(……決行にはそこそこいい日かね)」
反撃作戦の決行には、もうちょい雲が少ない天気でもよかった気がするが、雨が降ってないならまあいいだろう。中央区上空は、そんな若干雲が多い晴れ間の中、なんとも言えない静寂が漂っていた。
いつもならこの時間帯から慌ただしくなる首都の都心部だが、今は不気味なまでに静かである。嵐の前の静けさとは、まさにこれのことを言うのだろうと、この言葉を残した先人の感性の豊かさを実感しながらそう考えた。
「HQ、こちらシノビ。配置終了。狙撃準備完了です」
『HQ了解。もうまもなく全部隊配置完了する。しばし待て』
「シノビ、了解」
「……そろそろ全員配置に就くころね。祥樹、そっちどう?」
新澤さんがHMD上にデジタル時計を表示させながら聞いてくる。
「大分配置につきましたよ。一部の部隊が遅れるらしいですが、そんなに作戦開始に影響は出ないかと」
「オッケー。……にしても寒いわね。今年は暖冬じゃなかったの?」
そういって両手で口を軽く覆いながら息を吐く。もうすぐ8時になるのだが、ギリギリ白い息が出る程度には寒い。夏頃に聞いた天気予報とかじゃ、今年は暖冬だなんだといっていた割には、まだ東京都内の平均基本12度前後くらいの11月初めからこの寒さである。暖冬ならもうちょい暖かくてもいいだろう。少なくとも、白い息は絶対出ない。
「ゆ~い、今気温何度?」
「……11.2って出てます」
「11.2って、今は12月かよ」
今時の11月初めなら15度くらいは当たり前のはずなのだが、11度台なんて中々でないぞ。しかもそうでなくても暑い東京都でだ。
「こりゃ天気予報嘘ついたかもな。間違いなくこれじゃ11月のうちに雪降り始めるぜ」
「冗談ぬかせ。今時東京で11月に雪とか珍しいじゃ済まんぞ」
「だがわからんぞ? 暖冬とか言っていながら11月初旬のうちにこれじゃ、このまま寒気が降りてきてちらほら降り始める可能性もゼロじゃあない。事実、なんか最近の天気予報じゃ、北の方の寒気の南下が例年より早いらしいからな」
「マジで?」
「らしいな。温暖化だなんだって言ってるが、たまにこういう時もあるんだろうな」
和弥が狙撃の姿勢のままそう締めた。地球温暖化で気温がどんどんあがるぞーとかいう割には、確かに時々こういう風にめっちゃ寒くなるときもある。……今年はそれに当たったんだろうか。
「念のため冬用のグローブもってきといてよかったぜ。このビルそこそこ高いから風強くて寒いやろーとか思ってたら案の定だ」
「11月の時からこんな手袋使うことになるとはね……カレンダー間違えたかしら、私」
「壁掛けカレンダー一枚めくるの忘れてたんちゃいます?」
「本当は12月なのにまだ11月のカレンダーってなんか笑えるわね」
スポッターとスナイパーの何気ない会話である。新澤さん、あんた部屋に壁掛けカレンダーかけてませんやんってツッコミたくなったが、会話を邪魔するのも申し訳ないという妙な考えによってそこは押しとどまった。
「……この寒さ朝だけだろうな……」
そんなことを思いながら、片手を軽く握って息を吹きかける。白く変化した息はその手の中で無色な気体となって消えていくが、寒さは衰えなかった。こりゃあ、たぶん昼頃まではこの寒さのままいくんじゃないだろうか。
「……寒くないか?」
話すこともないため、割といつも通りの感じでユイにそう話しかける。
「別に」
だが、帰ってきたのはこれだけ。妙に素っ気ない。
「そうか。……でもいいよなぁ、お前は。こういうのには強いんだろ?」
「寒さぐらいは感じますよ。少しだけ」
「少しで済むなら羨ましいもんだ。こっちは直で受けるからな」
「そうですか」
「ああ。本当に人間は恒温動物なんだろうな……?」
「人肌は暖かいでしょう。ロボットは冷たいですけど」
「違いない」
「……」
「……」
……。
……なぜ、続かない。
「(おかしいなぁ……割と普通に話してるつもりなんだが……)」
返しが素っ気ないのは、もう戦闘モード(命名俺)に入ったからなんだろうか。でも、まだ早いんだよな。いつもならもう少し気軽なのだが……。
「(……まあ、これやっぱりまだ……)」
しかし、そんなすっとぼけもたぶん通じない段階だろう。大体理由はついているのである。
……とはいえ、今回ばかりは結構長い。キレてしまっただけでここまでとは……どうやら相当なやらかしをした模様である。
「(……とりあえず、ここは俺の方から謝っといた方がいいだろうか……)」
正直な話、未だに「あれ、俺だけが悪いん?」って自問自動しているのだが、いつまでもそんなことを考えているのはさすがに大人げないこともあるため……一先ず、こっちから言ったほうがいいだろうか。向こうから来ないのなら、こっちから来るというのはしょうがない話でもある。
「……なぁ」
「なんですか」
「えっと……もしかして、まだ怒ってる?」
「何がですか?」
素っ気ない声からでもわかる。一瞬視線をさらに俺の逆の方向に反らした。これ、確実にこれが原因でこうなっていると。
やっぱりあれのせいだった……というか、「怒ってる?」と聞いただけですぐに視線反らすあたり、俺が何言いたいのかすぐにわかってしまっているらしい。予測変換が優秀で話が早い。しかもずっと視線がそれたまま。
話はさっさと終わらせたいし、一応謝っておこう。
「えっと……あ、あの時は―――」
……が、そこまで言った時、
『―――時間だ。全部隊に告ぐ。作戦開始。フェーズ1発動。繰り返す。フェーズ1発動』
とてつもなく絶妙かつ悪いタイミングで無線がそう告げた。今まさに謝罪をしようというタイミングなのに、あまりにも逆の意味でナイスタイミング過ぎてむしろ苦笑がこみ上げてきてしまった。
「(……もしかして狙ってるんじゃねえのかと)」
実は無線の音声漏れててそれに合わせたんではないかという愚考すらしてしまったが、一先ず、作戦は作戦である。止む無く謝罪等々は後回しにし、この目の前の任務に集中しなければならない。
『HQより全狙撃班。友軍とのデータリンクを密に。狙撃開始。データリンクに入らないものはすべて撃ち抜いて構わない』
「シノビ、了解。狙撃体制“攻撃”に移行。……新澤さん、近くに敵います?」
「ちょっと待ってね……」
新澤さんが和弥から借りたタブレットを用いてデータリンクを調べる。すると、ちょうど上空を飛んでいたUAVからもたらされたデータより、周辺の敵一が判明する。
「おー、いたいた。ここから距離200。ポイントDG-445。ロードA路上に監視っぽい機関銃持ちの歩兵2。とりあえずどいてもらいましょうか」
「了解。目標確認。対戦車火器は??」
「まだ見えない。上から撃たれたら厄介だから早めに見つけないと」
ここは10式戦車も通っていく。現状一番の脅威はこの対戦車火器であるため、使ってくるか、もしくは、そもそも持ってるかすらわからないが、仮にあったらそれを優先的に潰せというのは、作戦前に言い渡された命令であった。
今のところ周囲にそれらしいものはない。和弥と新澤さんは、主に10式を中心とした部隊がくる南方を見ているが、俺とユイはその逆の北方を見ていた。そっちにもそれらしいものは見当たらない。
「安全装置よし、弾込めよし、単発よし」
「よーい……、てぇッ」
双眼鏡で目標を見たまま射撃を指示した新澤さんの声と同時に、和弥はトリガーを2回だけ押した。強い反動とともに放たれた7.62mmNATO弾は、立て続けに二人の歩兵役をしていたらしい敵に命中。頭部を撃ち抜いてしまったのか、そのまま倒れてピクリとも動かなくなった。
「命中」
「確認。敵2撃破。……血しぶき上げて倒れたわ。よくよく見なきゃよかった」
「吐くのはトイレでしてくださいね」
「しないわよ……」
それを聞いた俺が地味にトイレ行きたくなった。飲み込んでやり過ごすが、あまり想像したくない光景でもある。昔を思い出すのだ。
「……あ、歩道橋に一人いるわね。しかもATMよ」
「……わ~お、ほんとだ。室町歩道橋の上……3人ですか?」
「3人ね。距離120。敵3。……あれ、もしかしてスティンガー?」
「え?」
その新澤さんの声に、思わず俺は反応して南にある室町歩道橋を見た。そこは昭和通りの上に通っている歩道橋なのだが、その橋の上を双眼鏡で覗くと、確かに3人いる。しかも全員スティンガーを持っていた。
「こんな低地でスティンガー?」と全員が思った。ヘリとかを落としたいなら、周りがビルで囲まれたそんな視界が限定される場所ではなく、もっと上に言ったほうがいいはずである。しかし、そこに全員スティンガーをもってきて、さらにそれを上に向けて撃つ様子もないあたり……。
「……まさか、対空火器を対地兵器にするつもりか?」
そんなFPSゲームでしかやらないであろう荒業を想像した。まさかとは思ったが、確かにそのスティンガーを地上に向けて撃とうとする準備が進められているらしいのを見ると、どうやらそのFPSゲーム限定の荒業を本気でするらしいことを確信した。
……対地攻撃に使われる対空火器て。
「……まあ、10式の装甲なら、スティンガー程度は爆発反応装甲もあることだし十分防げるだろうが……」
「撃たれないならそれに越したことはないわね。それに、当たり所が悪いとまずいし、あと、あれが必ずしも10式に行くとは限らないし」
「履帯にでもあたったらさすがにアウトですし、随伴の普通科にでも向いたら死にますからね。……どれ、では申し訳ないっすけど……」
そういって和弥は射撃の安全を確認し、3発立て続けに7.62mm弾を放つ。正確無比の射撃により、その銃弾はすべて敵に吸い込まれ、頭部から胴体までそれぞれ万遍なく命中。絶賛スティンガー準備中だったところに与えられた不意打ちに対してはどうにもできず、そのままその場に倒れた。頭部に当たった一人は、勢い余って手すりを頭から乗り越えて下に落ちてしまった。
……落下したところで起きた光景はただの自殺現場と違いはなく、すぐに双眼鏡は反らした。
「命中」
「確認。敵3撃破。考えてみたら、あそこもあそこで隠れていたら路上の味方を撃つにはちょうどいい場所かもしれないわね……」
「あそこ爆破して封鎖してた方がよかったっすかね?」
「歩道橋爆破することで得られるリターンが妙に小さい気がするわ……」
そんなことを呟きながら、新澤さんは次のターゲットを指定し、和弥に狙撃させる。その間、6つの各部隊はそれぞれのタイミングで進軍を開始。同時に、遠くからAH-64DやJAH-1をはじめとした攻撃ヘリも到着し始め、スティンガーの脅威が薄まった中央区の空をわが物顔で飛び始めてきた。
いよいよ、ここも騒がしくなる……。
……しかし、
「(……変だな)」
内心、若干“胸騒ぎ”も覚えていた。
「(……妙に“いいタイミングで”攻撃ポイントに入ってきた……)」
その胸騒ぎの対象は、先ほどのスティンガーを持ってきた3人の敵に向けられていた。
一見、路上を通るであろう敵に対して攻撃を仕掛けるため、本来対空火器のスティンガーを即興で対地兵器として使用するという、FPSゲームでも荒業認定される所業を実行しようとしたところを、和弥の狙撃によって阻止されるといった形であった。
……しかし、おかしい点がある。なんで敵は、あろうことかこの“10式戦車がまもなく通るというタイミング”で、この準備を始めたのか。
あの準備の速度なら、一応10式戦車がここを通る前に準備は完了する。室町歩道橋は、足元の方は網目が細かく見えにくい。そこに伏せていれば、少なくとも道路上からはそこに誰がいるかはわからないだろう。
隠れて攻撃するなら、近くにあるビルの隙間から攻撃するのが一番だろうが、それだと側面攻撃になる。戦車の側面は基本増加装甲・爆発反応装甲で覆われており、履帯付近も増加装甲のスカートを形成している。スティンガー程度の攻撃では、ただ単に自分らの存在を教えるだけにしかならないだろう。
だからこそ、上から見つかるというリスクを冒してまで、歩道橋の上に上がって、唯一の弱点である戦車の上部分を攻撃する手に出たのだ。しかも、UAVのデータリンクや監視を避けるため、ギリギリまでその歩道橋のところにはいかず、10式戦車が通る少し前の段階になって初めて歩道橋に姿を現した。実際問題として、この敵はUAVの監視外に一時的に外れていたため、データリンクとしては届いていなかった。新澤さんが見つけていなかったら、おそらく10式に対する攻撃が行われていたかもしれない。
……あまりにも、“行動が考え抜かれている”。
「(タイミングはもちろんだが……この行動、今から10式戦車が来るってことをわかってるかのようなものだ。でないと、あそこまでタイミングよく、味方の監視を最大限免れる無駄の少ない行動は中々できない。偶然にしては出来過ぎている……)」
しかし、10式戦車が、この時間帯に、この道路を通るという事前情報がもたらされているのだと仮定すれば、あそこまで準備よく、しかも現状一番効果的な場所から、タイミングの良い時間帯を狙って、準備し、攻撃することはできる。機動戦闘車のような普通の戦闘車・装甲車を想定したというのも少し難しい。それなら、別に側面攻撃でも十分撃破は狙えるからである。見通しは悪くなるが。
「(……何か変だな。あの敵、本当に“何も知らない”のか?)」
偶然あそこでスティンガーを準備した……そう解釈してしまってよいものなのか、自分は妙な違和感にかられた。
……しかし、考えても始まらない。もうその問題の敵は撃破した。それなら、一応今のところは部隊の進軍を援護することに思考を注力させなければならない。気になりはするが、今は任務である。
『こちらチームエリカ。スオムス1-3通過。まもなくそちらに見える。オーバー』
無線が入った。別の部隊の特察隊からだった。スオムス1-3は、例の10式戦車を中心として編成された本隊である。
「シノビ了解。確認する」
無線を一旦終え、新澤さんと和弥にその部隊が見えてくるはずの交差点を確認させる。
……すると、数秒としないうちに、
「……あー、見えた。部隊確認。識別、スオムス1-3」
双眼鏡で俺も確認する。見ると、交差点の方から、正三角形の陣形を組んだ10式戦車3両を先頭に、軽機動装甲車4両と、後ろに数量の装輪装甲車がいた。MTGがいないが、それは別の部隊にいたはずだ。
間違いない。スオムス1-3の編成だ。結構早い速度での進軍である。
「確認した。スオムス1-3」
『了解。そちらに引き継ぐ。援護を頼む』
「了解。……HQ、こちらシノビ。スオムス1-3、ポイントB通過」
『HQ了解。フェーズ2に移行。援護射撃を実施せよ』
「シノビ了解。新澤さん、援護射撃に切り替え」
「了解。援護射撃に切り替え」
立て続けに指示を出していく。その間も、10式戦車3両を中心とした重武装部隊であるスオムス1-3は、昭和通りを北上してきていた。本来路上走行が苦手な履帯持ちの10式戦車だが、その持ち前の身軽さをもって軽快に突っ走っていく。コンクリート製の路上ではあるが、戦車はそれをものともしない。演習場でよくやるような全力疾走をわが物顔でやっている。
市街地でも戦闘できるよう改良された、10式戦車ならでわの能力といえるだろう。
「周囲に敵が見えないわね……援護するまでもない感じだわ」
「どいつもこいつも、戦車が出てきたからってんでビビッて怖気づいたかな? まあ、10式の44口径120mm滑腔砲が放つあのAPFSDSを、あろうことか真正面から受けたい奴なんざいるわけないがな」
「なによその誰かに説明するかのような妙な説明仕様……」
そう言いつつ、新澤さんは双眼鏡を至る所に向けて、進軍の邪魔になりそうな敵を探す。しかし、中々見つからないのか、顔が若干しかめっ面状態となっていた。
俺も俺で、北方にいる敵がいないか探してはいるが、中々見つからない。これはもしや、和弥の言っていることはあながち間違いではないのかもしれない。UAVをはじめとする味方のデータリンクからも、敵の情報はあまり更新されず、されたとしても、味方の進軍経路からはそこそこ離れた場所だった。上空を飛んでいる攻撃ヘリも、進撃を援護するつもりで来たのだが、中々射撃する機会に恵まれず肩透かしを喰らったであろう。もちろん、撃たないで済むならそれに越したことはないのだが。
「(……もしかしたら、案外何もしないでいけるかもしれない)」
本当に怖気づいてくれたのならこれ幸いだ。そもそも、こうして真正面から突撃を喰らうというのは、精神的にも厳しいものなのだ。
ましてや、こうした“民兵”ともいえる奴らは、普段から頻繁に人を殺す訓練を受けていない。近くなれば近くなるほど、相手に対する攻撃には抵抗が増える。
しかも「声を出す」「全身を晒す」「近づいてくる」となると激しい恐怖に襲われる。今で言えば、装甲車が全身を晒し、走行音や射撃音という声を出し、そして出せるだけの全速で近づいてくるのである。心理学的に突撃ってのは非正規兵にはものすごく有効なのであるが、案外、和弥の言うようにこれはうまくマッチしたのかもしれない。
敵からの妨害もなく、悠々と先ほど敵を撃破した室町歩道橋に差し掛かる。もうすぐ俺たちの目の前も通る。ここら辺まで来れば、味方も結構深部へと入り込み、少なくとも敵への威圧をかけることができるだろう。
「(よーし。そのままこっちに北上してくれれば……)」
そして、そのまま室町歩道橋に差し掛かった……
「スオムス1-3、現在室町ほどうk―――」
……が、先頭の10式戦車がそこを通った時であった。
「―――ッ!? ひ、10式に何か当たったぞ!」
「えッ!?」
無線をすぐに止め、双眼鏡ですぐにそれを確認した。
見ると、確かに先頭にいた10式戦車が、室町歩道橋の下を通ったところで、向かって右後部から火を噴いている。そこはエンジンが備え付けられているはずだが、そのエンジンがやられたせいなのか、徐々に速度が落ちていった。
しかし、あそこは爆発反応装甲で守られていたはずである。一体なぜ?
だが、疑問を抱く時間は与えられなかった。徐々に速度を落とした10式戦車は、燃料か何かにでも引火したのか、エンジン付近から強力な出火を起こした。車体には爆発反応装甲があったため、そっちにも火が回ってしまってはマズイ事態になる。そうならない仕様にはなっているはずだが、不安でしかたなかった。
「敵の攻撃!?」
すぐに新澤さんがそう叫んだ。一番に考えられるのはそれしかない。だが、
「いや、周辺には敵はいなかったはずですよ。いても味方のロボットしか!」
そうだ。周囲には敵らしい敵はいなかった。事前に周辺を偵察もしていたし、UAVも頻繁に飛んでいるくらいだ。ましてや、戦車のエンジンを一発で仕留めれるような精密対戦車火器を持つような敵を見逃すなんてことは、どう考えてもないはずだった。
「スオムス1-3、聞こえますか? スオムス1-3、応答ください。どうぞ」
すぐに無線に声をかける。しかし、繋がりはしたもの、応答はなかった。……いや、“できなかった”のである。
『1号車がやられた! どこからだ!?』
『1号車! すぐに脱出しろ! エンジン出火がひどいぞ!』
『ラヴ1号車、すぐに確認しろ! 後ろだ! 後ろに何かいるぞ!』
『こちら2号車、左の方に敵の反応なし! どこから撃ってきやがったんだ!?』
向こうは突然の攻撃に少なくないパニック状態となっていた。味方しかいないことは何重に確認した状況での攻撃は、心理的な平静を奪うには十分であった。
さらに、残りの車両2両にも相次いで攻撃が加えられたらしく、エンジンや履帯部分が撃破された。その時、攻撃は部隊の後部から遠距離で、しかも“誘導されたように”命中した。
「(誘導兵器!? そんなもん敵持ってたか!?)」
誘導能力のある対地火器など限られる。しかも、こんな市街地で使える優秀なものなんて、少なくともテロリストなんかにはめったに渡っていないはずだった。しかし、今見たのは間違いなく誘導能力のある“物体”だった。
その後、突然の襲撃に混乱したところを、何度か攻撃が加えられ、幾つかの装甲車がやられた。脱出した人たちは、どうにか生き残っている車両に乗り込み、定員オーバーであるはずの車内に入って撤退をしようとしていた。
「おいおいおいおいおい、何がどうなってんだ? 一体どこのバカが撃ちやがった?」
和弥はこれをどこかの友軍が誤射でも起こしたと考えたらしい。しかし、新澤さんは否定した。
「友軍誤射なんていっても、こんな重量兵器を見間違えるなんてことはないはずよ。敵は10式戦車を持ってないもの」
「となると、一体だれが撃ったんだ……?」
二人の疑念は尽きない。しかし、俺は状況をすぐに伝えるべく、無線に手をかけた。
「HQ、こちらシノビ。今スオムス1-3が―――」
……だが、俺はその言葉をつづけることはできない。
「―――うえぇぃ、うるっさッ!」
思わず変な声を出したが、無線を入れた瞬間とんでもなく大量の無線の声が響いたのだ。その一つ一つに耳を傾けると……
「……なんだこれ……?」
その内容に、大きな違和感を覚えることとなった。
『こちらスオムス1-1! 敵の攻撃を受けた! 10式戦車がすでに3両やられている! 一時撤退を……う、うわああああああ!!!??』
『こちらエーディトリーダー! 目の前にいたMCVが軒並み誰かに撃たれて火ィ吹いたぞ! 一体どこのバカだ撃ったのは!?』
『スオムス1-6より各車、一時撤退する。損害が大きい』
『おい! そこの機動車今すぐ逃げろ! ぼけっと突っ立ってんじゃねえ! 撃たれるぞ!』
『な、なんでお前らがそれむk―――ちょ、や、やめろ! うわああああ!!!!』
『マリーよりスオムス1-5! 応答しろ! 聞こえるか! おい、返事しろ!』
……大混乱だった。あれほど訓練され、どのような状況下においても動じない鋼の心を持った男たちが、完全に足元を掬われていた。
いきなりの事態に、司令部も何から手を付ければいいかわからない様子だった。無理もない。報告が多すぎるのだ。こうなった根本の原因もわからない。下手すれば、無線の回線がパンクしてしまうだろう。とりあえず、すぐに撤退して体勢を立て直すのが精いっぱいといったところだった。
「……何が起きたんだ……?」
一部の部隊は攻撃を仕掛ける奴を見ているような無線を放っている。近くに、攻撃する奴らがいるのだ。だが、一体どこの誰が? 事前にいないことを確認したのに?
「マズイぜ祥樹、味方が完全に浮足立ってる」
そう和弥が言った瞬間だった。
『スオムス1-3より近隣の部隊! 誰でもいい! 応答してくれ!』
先ほど俺たちの目の前で攻撃された部隊だった。一番近くは俺たちである。俺はすぐに答えた。
「こちらチームシノビ。どうぞ」
『ああ、よかった、すぐに通じた。今現在、正体不明の攻撃を受けて撤退中! しかし、一部の戦車乗員がもう収容ができない! こっちのキャパシティは限界だ! 収容できなかった戦車乗員は3名!』
「どこにいますか?」
『座標を送る! すぐにそちらに向かってくれ! 近くにロードBの部隊がいるはずだ! 護衛を頼む! そっちには話をつけた!』
「了解。すぐに向かいます」
無線を終え、すぐに座標を貰った。割とすぐ近くだ。どうやら、ビル陰に潜んでやり過ごしているらしい。近くには味方しかいないが……なぜだ? そこを避けている。すぐにそっちに行けばいいものを、一体なぜ?
「味方の救援要請ね。どうする?」
「俺が行きます。すぐ近くにロードBを通っているスオムス1-2がいますので、そちらに」
「了解。えっと、誰か同行を―――」
「ああ、はい。わかってます。ユイ!」
すぐに俺はユイを呼んだ。狙撃状態をほどいて、ユイはすぐに俺の元に来る。
「ちょっとついてきてくれ。状況確認がてら、救援に向かう」
「了解。先頭ですか?」
「よろしく。……それじゃ、行ってきます」
「ええ。こっちはいかなくて大丈夫?」
「お二人はここで援護していたください。もしかしたら、さっき言った3名が出てくるかもしれません。何かあったら上からの援護射撃を」
「了解」
和弥と新澤さんはここに残した。データリンク上では、部隊はまだ撤退しきっていない。それまでの援護をした後、こっちに合流してくれるよう頼んだ。
ユイを引き連れて、すぐにビルを降りていく。戦車乗員3名は今逃げている最中だろう。すぐにでも合流しなければ、命が危ない。時間はなかった。
……しかし、時間とともに混乱を増す状況。未だに鳴りやまない無線からの“悲鳴”。それらを聞きながら、俺は違和感を覚えずにはいられなかった。
「……なんだ……一体何が起こった……?」
奇襲的な状況変化に、俺は戸惑いを隠せずにいた…………