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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第6章 ~疑念~
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上層部の摩擦

[4日後 AM05:31 東京都江東区有明 東京臨海広域防災公園全体本部]




「……マジっすか」


『マジっす』


 ―――そんな俺の願いは、割と早い段階でぶっ壊れることとなった。


 テロ発生から8日目のこと。和弥の話通りなら一昨日には作戦が始まるという話だったのだが、その後ゴタゴタしてさらに遅れた。これは和弥も予想外だったようで、「ガセネタ掴まされたか?」とちょっと焦っていたらしい。いや、普通はその情報を掴んでくること自体おかしいのだが。


 その後、何やかんやで本日、作戦結構になるということで、早朝のこんなクソ朝早い時間帯に作戦会議に臨むことになるのだが……その前に、隠れて少し電話をしていた。


「それで……実際、マジでうるさいんですか? “彩夜さん”」


 電話の相手は、現在官邸のほうで色々と調整を行っている彩夜さんだった。例の政府専用機ハイジャックの件以来、お近づきのしるしにということでメールアドレスを交換していたのだが、向こうが忙しいことを承知で確認のために使わせてもらった。もちろん、中身が中身のため電波は秘匿性の高いものを使っている。

 とはいえ、運よく向こうも小休憩していたらしい。彩夜さんも彩夜さんで結構寝不足気味で、ついさっき起きたばかりのようだ。しかし、まだ若干疲れがあるのか、眠気交じりの深いため息をついていた。


『うるさいも何も、結構初期の頃から要求がありましたよ。うちの父に直接。「テロの長期化はビジネスチャンスの逸脱にもなるので早急な解決の努力を期待する」って……よくまあ仮にも総理の人にそんなこといえるなぁなんて思いましたけど』


「“企業連”の連中ですか?」


『ご名答』


 だろうと思った……と、俺は小さくため息をついた。


 “日本企業連盟”、通称『企業連』。日本国内の大手有力企業を中心に形成される企業団体であり、企業団体の中では随一の規模だ。日本を支える大企業は大抵この企業連に入っており、政界とも大きなかかわりを持っている。

 上層の人事が大抵大手企業の幹部が占めていることもあって、政界に対してその企業連の声のデカさというのが結構目立っている。ただ、あくまで経済重視の観点での提言ばかりが多い関係か、他の分野をよくないがしろにしたりしている部分があると、TVでは時折専門家から批判の的になることがあった。最近はそんなに目立ってなかったが……。


『数年前から、理事会内の会長をはじめとする理事の大半が、大なり小なりロボット産業に関わる企業の幹部ばかりになってるんですよ。会長は桜菱のロボット統合事業部の会長ですから、ロボット経済界に大きな影響力がありますし、その下の理事たちも大体同じ感じです。唯一、常務理事に日本のナショナルフラッグの『JAPAN AIRWAYS』の社長が付いているぐらいで……』


「ですが、JAR-WAYSジャルウェイズは数年前に破産申請を受けて再建したばかりで、その経営再生には、JEVICジェーヴィック(日本経済活性化支援機構)を中継して企業連の主要企業から多額の資金援助を受けていたはずです。それゆえ、“助けられた恩”もあって、あまり理事会の決定に強く反発することはできず、企業連内でも発言力は小さい」


『おまけに、企業連幹部に入っている企業の中には、JAR-WAYSの第三者割当増資として200億円程の引受人にもなっているのもいました。助けられた恩の対象が、理事会の中にありすぎるんです』


「となると、結局は……」


『企業連が「経済活動における“多角的な分野”での提言」を掲げる看板にされてるだけです。今の企業連は、多角的なんてのはただの建前で、実際はロボット経済界の主導的経済活動の“温床”にしかなってないですよ』


 彩夜さんがまたため息をついた。彩夜さんも、この件に関しては秘書の立場として色々回っていたようで、寝る前に胃薬飲む程度にはストレスが溜まっているらしい。


 要は、JAR-WAYSは企業連のトップたる理事会にいながら、ほとんど“空気”でしかないということだ。JAR-WAYSは、数年前に経営難から事実上の倒産状態となり、JEVICという専門の企業再生機構から再生支援を受けていたが、この際、企業連所属の企業から多額の資金援助をしてもらうという形で助け舟を与えられたのである。

 彩夜さんのいっていた第三者割当増資とかいうのも、ほとんど実態は同じようなものである。これは、企業が何らかの目的で外部から資金を調達する手段の一つで、特定の第三者に対して新しい株を発行して、その分お金を借りるやり方である。普通の株とは違い、相手が最初から特定されているのが特徴だ。

 この場合は、企業連所属の、しかも一部は理事会に所属する企業が、この株の引き取る役として名乗りを上げ、総額200億円にも上る資金を受け取ることになっている。これも、結局は「お金を貸してくれた」という“恩”に該当する。


 ……となると、今ではすっかり再生したJAR-WAYSも、企業連内の立場は低い。ある種、この今いる企業ラの支援のおかげでここまで復活できたようなものである。助けられた人に、一々反抗しにくくなるのと同じものだ。理事会内での決定に、この会社は口を一々挟めない。


 ……そういう意味での、“空気”なのである。


『父が所属している“政民会”も、企業連の支援を受けている側面があり、迂闊に拒否するわけにはいかないのが現状です。実際、会派の中にも、さっさと攻勢に出ろって一方的に圧力をかけてる議員もいまして……』


「情報戦のこと知らんのか彼らは……」


 今時の戦なんぞ、情報を制する者が戦争を制するみたいなことはもはや常識だというのに、現場を三年だからこんなこと言える……。一度司令部にでも来てみろってんだ。絶対そんなこと言えなくなるぞほんとに。


『企業連との交渉のこともあり、作戦の設定は急いでいました。何れにしろ長期化は望ましくないので、徐々に包囲を狭めるやり方でどうにか手を打ったそうです。……ただ』


「ただ、なんです?」


 彩夜さんが若干口ごもった。


『……一応、それで企業連側とは話が付いたそうなんですが、どうやら今度は別の問題が……』


「別の問題?」


『ええ。これ、たぶんそちらの斯波さんあたりが詳しいんじゃないかと思いますが……、軍と警察、“揉めてる”らしいんですよ』


「揉めてる?」


 こんな時に揉める? だが、なぜにそんなことに? とはいえ、彩夜さんも、あくまで“噂”だと前置きしたうえで、さらに口を開いた。


『あまり詳しいことは言えないんですけど、どうやら今回の奪還作戦を、警察手動でやるか、軍主導でやるかっていうので色々と揉めまくりまして……』


「そんなことで?」


『そんなこと、って言えば確かにそうなんですが、どうも単純にいかないようなんです……。詳しいことはわからないので、そちらの斯波さんに聞いてください。実は昨日に電話を貰いまして、色々と持ってる情報はそっちにあげたんです。ですので、私からよりは、そっちからのほうがいいかと』


「わかりました。まあ、守秘義務もありますしね」


 本当はここまで色々としゃべるのはマズイことでもあるのだが、ちょっと隠れての情報交換である。なに、しゃべっちゃマズイ部分は伏せているので何ら問題はない。……はず。


『ええ、お願いします。……ちなみに』


「?」


『そっちはどんな感じですか? 少し気になりまして』


「どうって……」


 そりゃあもう、いつも通りというか、何だかんだで皆生きてますって感じでしか……。


『お願いしますから死んだりしないでくださいね? ……なんて、軍人にそんなん要求するのは無茶ですかね?』


「いえいえ。死ぬなと言われたら嫌でも現世に残りますよ。絶対に」


『幽霊になるのは勘弁ですよ?』


「たぶんならないと思いますよ。いろんな意味で」


 むしろそうなったら即行で天国にでもいっちゃうんじゃないかと思う。会いたい人もいるし。


『あ、そうそう。ユイさん調子どうですか? 元気でやってます?』


「え゛……」


 ゆ、ユイねぇ……そりゃまあ、元気っちゃあ元気なんだろうが……。


「(……あれ以来あんま口利いてないんだよなぁ……)」


 感情的になったとはいえさすがにキレたのはマズかったのか、あれ以来会っても少ししか話さなくなってしまった。従来ならばまず考えられない事態だけに、俺自身はもちろん、周囲も異常さに即行で気が付いた。

 そして当然のように「お前何があった?」「アイツに何したんだ?」と質問攻めを受ける始末。しかも、全部俺にばかりである。

 何かあったら「俺が原因だろう」という風に思われてる節があるが……まあ、今回のことに関しては間違いなく俺に原因があるわけだが……。


 ……さて、どうしたものか……。


「まぁ、その……色々と元気ですい。アイツは」


 顔には絶対に出さないが。特に戦場では。


『それはよかったです。最近あってないので、あの王子様に傷とかついてないかなぁなんて心配で心配で』


 何度か付きましたよ。肩とかに。


「それはそれは。……しかし、相変わらず彩夜さんの中ではアイツは王子様なんすね」


『そりゃあもちろん! 前に助けてもらった時ほど王子様の存在を確信したことはないですよ! このテロが終わったらお願いですからもう一度あの時の再現を――――』


「無茶言わんで下さい。できるわけないでしょ。というか、王子様だなんだ言うてますが、アイツ一応性別上は女ですよ?」


『よくいるでしょう! ボーイッシュでカッコいい女性とか!』


「……いやまぁ、どこぞのアイドル育成ゲームとかにならいますけど、それはアイツには該当しないような……」


 ……あれ、でも前に北富士演習場にいたときに、自分を白馬の王子様がどうたらって自称してたような……。まあ、政府専用機の時はいざ王子様だなんだと言われたら反応微妙だったが。


「その王子様とやらはたぶん今回のテロが終わっても色々と忙しくしてると思うんでしばらくは無理ですよ」


 ロボットだし修理とかアプデとかあるし。


『じゃあせめてお姫様抱っこだけでも! あれがまたロボットらしからぬアレがですね!』


「アレってなんすかアレって……」


『そりゃあ決まってるでしょ!』



『“人間味”ですよ! “人間味”! あの腕からほんと温もりが感じれまして、あぁ~やっぱりもう一度あの腕に抱かれたいなぁ……』



 そのまま電話の向こうで確実にうっとりしているのであろう。妙に艶やかさがある声が聞こえてきた。そんなに良かったのか、あの抱かれた感触。


「(……人間味ねぇ……)」


 ……実際、そう実感する人もいるのだろう。というか、電話越しに一人いるのである。

 だが、4日前のアレを見た人間としては……少し、その言葉に複雑なものを抱くのであった。しかし、彩夜さんはそんなことはないらしく、少し思い出したようにトーンを低くしながら言った。


『それにほら、前に、その……政府専用機で、色々相談乗ってもらったことあったじゃないですか。あの奪還後の』


「……あぁ、ありましたねぇ。あのわんわん泣いてたやつ」


『そこまでさすがに泣いてません』


 うっそだろお前。最後の最後思いっきり大号泣してたくせに。


『その時、最後の最後思わず涙してしまって、その際にユイさんに優しく抱いてもらってたの、覚えてます?』


「ええ、覚えてますよ。あのわんわん―――」


『泣いてません』


「……」


 ……もうそういうことでいいか。うん。そんな記憶修正もつかの間、さらに続ける。


『あの時とかも、ほんと優しくて、体温はあまりないはずなんですけど、妙に暖かくて……普通に考えても変ですけど、温もりを感じたんですよね。少なくともあの時は、ユイさんがロボットだってことを忘れてしまいまして……おかしいですよね、ロボットなのに。それだけ出来が良かったとかそういうのなんでしょうかね?』


「さあ……どうなんでしょうね?」


 尤も、どこまで温もりがあるのか、俺もよくわからないが……考えてみれば、俺は実際にアイツに抱かれた経験は少ない。訓練の時に何度かあったっちゃああったが、その時はそんな温もりやら何やらなんてことはこれっぽっちも考えている暇はなかった。当然、逆の方はもっとない。というか、まったくない。


『もう一度あれ体験してみたいな~……一度でいいから許可してくれません?』


「国防省のお偉いさん方にでも直談判してください。朝井さんでもいいでしょ」


『あの人に言ったって絶対許可くれませんよ。妙に頑固なところありますから』


「あるんだそういうとこ……」


 というか、なんであなたはそんなことを知ってるんだ……。


『いざとなったら大臣にでも直接お願いしに行きますかね。新海さんならたぶんオーケーくれるでしょう。可愛い総理の娘さんのお願いですし』


「……」


 ……一瞬、女性の暗い闇の部分を感じたようなそうでないような。実に巧妙というかなんというか、これ、一歩間違えれば確実にハニートラップなのだが……。

 しかし、電話の向こうは妙にキャッキャウフフしている。勝手に。最近、女性のこういう部分をよく見るようになったのは気のせいだろうか。これが女性の現実か……って、そんなわきゃないか。


 ……そんな短い会話の後、腕時計を見た。0547時。少し長めの電話となってしまった。残り数十分で会議が始まるため、そろそろここで切り上げることにする。


「すいません、そろそろ時間です。では、また後ほど」


『あぁ、はい。わかりました。……ちゃんとユイさんと仲良くやってくださいね? 何かあったら承知しませんよ?』


「ハハハ、はいはい。わかってますよ」


 そういいつつ、内心とてつもなくビビっている自分がいる。おそらく、この今の状況を知られようものなら、俺は間違いなく彼女から一発顔面にアッパーあたりを喰らうに違いない。王子様年て見ている彼女のことだ。それくらいやってきてもあながち不思議じゃないだろう。

 政府専用機の時は「王子様は一人とは限らない」と、事実上俺も王子様のようにされたが……お姫様だって、王子様と喧嘩するときはある。


「じゃあ、失礼します」


『はい。どうかお気をつけて。無事を祈ります』


「ええ。お願いします」


 そういってお互いに電話を切った。

 久しぶりの彩夜さんだったが、向こうも向こうで結構元気のようで何よりだった。あれ以来、父である総理の厚意で母親との交流も徐々に増えてきたようだし、精神的にも何とか持ち直せて行けるだろう。あとは、俺たちもしっかり“友達”でいてやるだけである。


 ……しかし、温もりか……。


「……彩夜さんは、戦場でのアイツを見てないしな……」


 仮にみたとしたらどうなるだろうか。それでも、彼女は今まで通りの認識でいてくれるだろうか……。俺がこんなことになってしまった以上、彼女だけはそのままでいてもらいたい。そんな思いが、いつの間にか俺の心の中で生まれていた。


「(どうか、あなただけは純粋なままでいてください)」


 これが、彼女にとって良いことかはわからないが……今の俺は、思わずそう願わずにはいられなかった。




 会議室に行く途中。近所で今日使う愛銃を朝早くから手入れしていた和弥を釣って、彩夜さんが言っていた件を聞いてみた。……すると、


「あぁ、らしいぜ」


 あっさり答えた。しかも、若干曖昧さはあれど肯定のほうだった。


「そうなのか?」


「ああ。噂も含めて集めた情報をまとめるにな、どうやら、確かに警察主導の作戦にするか、軍主導の作戦にするかで色々と揉めたらしいんだわ。作戦開始が妙にずれ込んだのはそこら辺に原因があるらしい」


「マジか」


 やはりか。和弥によれば、ずれ込んだ原因がこれなのかは曖昧さがあるらしいが、少なくとも、どちらが主導を握るかでもめたこと自体は、どうやら確からしい。とはいえ、これは現場レベルの話ではなく、あくまで司令部レベルでの話のようだ。尤も、そんなもめ事が下のほうにまで来てしまったらたまったものではないが。


「元々、対テロ作戦を主導する現代型の特殊部隊は、“警察系特殊部隊”と“軍隊系特殊部隊”に分かれているが、それぞれ役割が違う。前者は、あくまで国民の保護のために動く側面が強いが、後者は国益のために動くことが多い。ゆえに、後者の方が非合法なやり方もある程度は辞さないな?」


「確かに」


「んで、今回のこのテロは、あくまで治安維持だ。市街地での治安維持活動は、本来は警察の担当だ。そんで、俺たちはあくまでその“援軍”として来ているだけ。それはお前も知ってるはずだ。今までの訓練でもそうだったからな」


「ああ、確か私幌の奴でもそうだったな」


 私幌をはじめとする治安維持訓練でも、基本的には主導権は警察が持っていた。そこから、自治体や派遣された軍部隊を交えて、合同での司令部を立ち上げる形だった。しかし、そこでも、やはり主導権は基本的に警察だった。少なくとも、軍は表立ってはいかない。


「だが、今回のこれはあまりに規模が大きすぎてな。従来の訓練でも想定していなかったものだ。何だってバンや軽トラックを使った簡易型装甲車を用意してきやがるんだって話だ。ましてや、首都のど真ん中でな」


「ああ。それゆえに、警察も援護を頼んで、俺たちが来た」


「そういうことだ。だが、状況を見てみると、相手はガッチリPMCばりに武装し、装甲車モドキもある上、さらに、ある程度排除したとはいえ対空火器も持ってる」


「そこに、化学兵器という名の貧者の核兵器も追加だな」


「ああ。そういった状況を見てみると、どう見てもこれは警察でははなっから手が出せるものではなく、軍が表立って対処した方が効果が高いという見方が、司令部内で強くなったわけだ。事実、中央区封鎖網の中で表立って行動しているのは軍の部隊ばかりで、SATをはじめとする警察部隊は、包囲網の外で検問を敷いたり、中に入っても、外縁部で細々と援護をしてばかりだった」


「警察が、表立って出る場面がなくなってきたわけか」


「だな。だから、今回の奪還作戦も、基本的に軍主導で行って、治安をある程度回復させた後、警察も協力してさらなる治安の安定化を図る、といった段階を踏んだ方がいいという意見が出たわけだ」


 なるほど。和弥の説明を基にするなら、ある種真っ当な意見だろうと思う。

 事実、和弥も言うように中央区内部で活動しているのは軍の部隊と、あと企業が規約に基づいて派遣してくれたロボットばかりで、そのほか内部の情報もほとんど軍が集めたようなものだ。警察などの他の組織とも情報はある程度共有しているとはいえ、中央区の中のことは、軍のほうがよく知ることとなった。

 なら、その中央区の現状をよく知り、そして戦力も多く投入できる軍が主導で奪還を行ったほうが、効率面で考えてもメリットが高いと考えることができる。


 ……しかし、そこに警察が待ったをかけた。


「あくまで警察は、今までの訓練にも合った通り、治安維持行動の主導権は自分たちにあるべきと考えているらしい。事実、ここまでやっても、軍の立場はあくまで“警察の援軍”だ。作戦行動に関しても、警察が関わる部分をある程度は確保しなければ、“面子”ってもんがない」


「……こんな時に面子気にしてる場合か?」


「まあ、単純にそうもいかないんだろうよ。もちろん、面子だけがすべての理由じゃない。例えば、これもちょっと聞いた話なのだが、奪還作戦といえば、最終的には『ホテル日本橋』の中にいる国民もすべて保護することにはなるだろう」


「ああ」


「そうなると、警察系と軍隊系でまた違ってくる。……そこら辺は、お前もたぶんわかってると思うが」


「“国民重視”か、“国益重視”かだろ?」


「そういうこと」


 何度も出てきている警察系特殊部隊と軍隊系特殊部隊。同じ特殊部隊だが、細かい所で性質が違ってくる。

 今回の場合は、人質奪還においてその姿勢が変わるだろう。日本ではSATに代表される警察系特殊部隊は、人質の保護が最優先事項であり、さらに日本の場合は、犯人はできる限り生きて捕らえることを重視した行動をとる。これは、やってることはあくまで治安維持のため、人名重視の傾向からきている。

 他方、軍隊系特殊部隊は事情が違ってくる。軍隊系特殊部隊は、当然ながら政府の管轄下にある。政府の行動は基本的に国益に基づくため、軍隊の行動も、やはり国益に基づくものだ。そうなると、仮に人名重視をした場合、それが原因で犯人を取り逃がすことになったら、場合によっては国益の損失に繋がりかねない。その犯人が、テロリストだった場合はなおさらだ。ゆえに、場合によっては国益重視の立場から、ちょっとばかしは人質に被害が出てしまっても「しょうがない。国益のためなんだし」という話になる。それで犯人、若しくはテロリストが確保できるなら、少しばかりの人質の被害は無視してしまうのである。


 ここらへんで、意識の違いがある。警察は、表面ではそれを理由にして軍と揉めているのではないかと、和弥は予測したのだ。


「もちろん、あくまで警察の援軍として来ている建前上、よほどの緊急事態でない場合は、警察とほぼ同じ権限を持っているし、行動規範も警察のそれに基づいている。警察が「人質は傷つけるな」というならそうするし、元より傷つけるつもりはない。そこらへんで軍は説得してるはずだが……」


「俺たちってどう思われてるん?」


「さあな。だが、一応最終的には妥結したらしいぜ。現状から考えると、どうも警察はどうしても表に出ることはできないってことでな。それに、軍隊系特殊部隊とは言ったが、実際にはうちら陸軍はもうちょい他の普通科部隊も投入するから、少し事情は違ってくる。……とはいえ、やることは基本的に警察のそれから逸脱しない様にするのは、違いないだろうさ」


「ふむ……」


 今までは、あくまで情報収集や住民保護などをしていただけなので、こういった問題は表には出てこなかったが……なるほど、いざやるってなると、どちらがメインに立つか、作戦の骨子と各種最優先事項などを勘案すると、簡単においそれと決まるというのは都合がいい話であると考えることはできる。

 今回は、敵側の戦闘力の高さから軍が主導となることには決まったが……やることは、警察系特殊部隊のそれとほぼ同じ規範に則るものとなったようだ。そこは、この後の作戦会議でもしっかり聞かれることだろう。


「尤も、いずれにせよ俺たちはやれって言われたことをやるだけだな。上の事情なんてあんま関係ないや。せめて、誤報はしないようにしてもらいたいものだな?」


「お前、まだ根に持ってたのか……」


 和弥として、件の司令部の誤報事件は相当体力的に堪えたそうで、「あれのせいで無駄に働いちまった」と結構根に持っているらしい。まあ実際問題として、あれがなかったらその体力を他の部分に使えたはずなので、そう思うのも無理はないが……さすがに数日経ったら忘れろよ。


「……根に持つって点では、お前には言われたくはないんだがな」


「あん?」


 和弥が妙に口元をニヤケた感じで歪ませていった。


「……お前、4日前にユイさんと何があった?」


「―――ッ」


 一瞬、顔がこわばった。和弥はそれを見てさらに口元をニヤッと歪ませる。若干の反応でもバレる。コイツの観察力の高さは相変わらずであった。

 ……やはり、和弥にも見破られていたか。しかし当然である。周囲にいる普通の団員が気づくものを、和弥は気づかないなんて虫のいい話はない。


「さすがに様子が変だぞ? お互い妙に話そうとしないじゃねえか。こればっかりは、今後の作戦にもいくらか支障が出かねない。……まだ原因が話せないなら落ち着いてからで構わないが、そのコミュニケーションの部分は今すぐに直してけ。この後は、重要な“奪還作戦”だ」


「……ああ」


 そういうと、和弥はそのまま「じゃ、ちょっと装備磨いてくる」といって俺の横を離れた。途中、後ろを振り向いて妙にニヤついた表情を投げていたあたり……俺とユイの間に何があったか、ある程度予測は疲れているものとみていいだろう。


「……わかってる。わかってはいるんだ……」


 だが、どうしたものか。これは自分から開けた穴だ。自分から勝手に開けた穴に自分から嵌って、今更その穴をあける原因になった奴との関係をどうにかしろと言われたって、そう簡単な話ではないのだ。


 ……今考えてみれば、幾らなんでもなんであそこでキレたんだろうか。よほど、俺の目の前で人が“あのような形で”死んだということがショッキングな出来事として記憶されたのだろうか。軍人らしからぬ、大層な混乱様である。


「……でもあれ、俺ばっかりが悪いのか……?」


 ……ふと、そんなことを考えてしまった。確かに、キレたのは俺に問題があるのは確かである。ただ、あの件に関して、何もかもが俺が悪いで済ませられる問題なのか。ユイに何もなかったのか……。


 ……なぁんて、自分も大層な御身分になったもんである。俺はこの期に及んで何を考えているのか? ここにきて「お前はロボットなんだから人間様の言うことを聞け」などというのとあまり変わらないことを考え始める自分に、妙に嫌気がさしてきていた。


「……はぁ……」


 ……後で顔でも洗ってこよう。少し疲れが溜まっているのだろう。一旦改めてすっきりするしかない。それが一番だ。


「……お」


 そう考えつつ、会議室へ向かうための通路から、ふと、空を見た。

 木材埠頭の先の東京湾を望む方向には、若干ながら太陽が見え始めていた。たまには朝の空気を吸おうと外に出ると、中々に寒い。最近は暖冬気味になったが、やはり冬に入ったと思わされる。


 気が付けば、もう11月に入って2日目なのだ。


「……そういや、もうすぐか」


 ふとあることを思い出しながら、徐々に上がってきていた太陽を見ていた。よくよく見ると、ほんの少しずつ陽は昇ってきているのが見れる。ただ、さすがにある程度昇ると、その光は強くなり、思わず目を少し伏せて手で光を遮った。


「……今日、終われるだろうか」


 せっかくいい朝を迎えれたのだ。もうこんなテロは今日で最後にしたい。それは、誰もが思うことであろう。

 ……いや、だろうか、ではない。終わらせるのだ。そうでなければならない。最前線に立つ人間ならなおさらだ。


 一つ深呼吸をし、外の冷たい空気を肺に取り入れると、今度は暖かい空気を外に深く吐きだした。寒さはあるが、まだ白い煙に変わるほど気温は低くないようだ。


「……よし、やるぞ」


 静かに気合を入れると、俺は再び中に入り、会議室へと急いだ。



 ……テロ発生から8日。





 東京は、いよいよもって“反撃の狼煙”が、立冬直前の空に上がる…………

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