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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第6章 ~疑念~
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ロボットの思考

[PM18:30 東京都江東区有明 東京臨界広域防災公園特察隊本部]




 今日分の任務を終えた特察隊部隊を乗せたブラックホーク2機が、臨界広域防災公園のヘリポートに降り立った。すでに夕日は地平線の下に入り、空は若干赤みが残るぐらいでほとんど暗くなっている。しかし、空は急速に曇り始め、その赤みがかっている空を急速に覆ってきていた。


 ……まるで、今の俺の心の中を抽象的に表現しているかのようである。


 ヘリから降りた俺の表情は優れなかった。少なくとも、こうして自覚できるぐらいには。

 中央区市街地でみた、あの無念極まりない姿を見て以来、任務はしっかりこなせど、その顔は終始暗かった。いや、俺だけではない。他の皆も暗い表情だった。

 ……“1体”を除いては。


「おし、全員そろったかー。点呼とっておけよー」


 地上に降り立った二澤さんが、同じくブラックホークに乗って帰還してきた特察隊メンバーの人員を確認する。ヘリのダウンウォッシュの風に煽られながらも手早く確認し終えた彼は、一先ず全員をまとめた。


「よし、全員帰還で来ているな。今回も無事全員欠けることなく任務を完遂できて何よりだ」


 “任務を完遂”。今の俺には、この言葉が安堵や称賛ではなく、一種のストレスとなっていた。


「(……完遂した結果があれか)」


 助けれる命を捨てて完遂した任務があっても、そんなにうれしくはなかった。しかし、二澤さんはその事情を知らない。ゆえに、解散した後に俺たちを見たときの不審な表情は当然と言えた。


「ん? どうした、具合でも悪いのか?」


「いえ、別に……大丈夫です」


「?」


 そのまま俺はそそくさと退散した。あまり見られたくはないものである。幾ら事情が事情とはいえ、軍人がたかだか数人の命が消えるのを見たぐらいでストレスを抱えているようではマズイからだ。そのような心的不安定さは、戦場に赴く軍人にはふさわしいものではない。


 ……納得のできる形で失ったのなら、まだ理解はできたのだが。


「……」


 命令を遂行した結果失った命に対するストレスなんて、誰だって抱えるものだと、俺はこの時初めて理解した。10年前、同じく過酷な戦場を経験した新澤さんですら、司令部内に戻るときの表情はとても暗かった。いつもの彼女の表情とは思えない。あんな引きこもりしてる女子学生みたいな険しいものではなく、普段はもっと明るい清涼剤の顔だったはずだ。

 ……10年前、戦場ではあの光景は見なかったということである。


「はぁあ~~……」


 深いため息をつきながら隣を通り過ぎたのは、親友の和弥だった。いつもは冷静に情報提供しながらも、時には不意打ちのボケを投げて雰囲気を作るムードメーカーの彼も、今はその面影はない。そういえば、今日はまだ和弥のジョークを聞いていなかった。だが、今のアイツがそんなことを言う元気があるわけもないだろう。


 ……その一方で、


「……いつも通りだなぁ、アイツは」


 うちの相棒は、そんなことはわれ関せずといわんばかりに、帰った後の情報交換に熱心だった。あれからまだ時間は経っていないのだが、もう忘れてるのではないかってぐらいにいつも通りだった。


「(……羨ましい限りだな)」


 冗談抜きで、その切り替えができるのは羨ましかった。この点は、人間と違って優れているといえるだろう。間違いなく戦場向きだ。


 ……だからこそ、


「(……離れて見えるな、妙に)」


 錯覚なのだろうか。少しだけしか離れていないはずの相棒が、妙に離れて見えたのだ。今まで、訓練とかで距離を感じることは多々あったし、それに対しては慣れはし始めた。

 ……だが、ここまで離れていただろうか? 彼我の距離が、結構長いように見える……。気のせいであってほしい。そう俺は心の中で思っていた。






 司令部に対する報告は二澤さんに任せることとして、俺はそのまま一旦トイレに向かった。そこで、一旦顔をバシャッと浴びせる。本来はこの後は風呂とかあるのでそこでやればいいのだが、まだ順番が回っていない。待つまでもなく、俺は無性に自らの顔を洗い流したかった。


 ……洗い流したかったのは、“記憶ごと”かもしれないが。


「……」


 目の前にある鏡で、自らの顔を見た。よく知っている、自分自身の顔。水で洗ったばかりなので、顔肌には水滴が幾つか残っている。水が入らない様に、目も見開いていた。


 ……なぜだろうか。その時に限っては、自分の顔がひどく“醜悪”に見えていた。


「(……幾度となく人が死ぬところは見てきたのに……)」


 つくづく、人間とは複雑でめんどくさい生き物であると実感する。敵である武装集団や、ハイジャックしたテロリストは殺しても、そんなに拒否反応は起きなかった。東京でテロが起きた後も、何人か民間人が犠牲になったことを聞いても、心は痛めても、そこから先はなかった。なのに、こんな形で民間人が死んだらこのザマだ。


 ……考えてみろ。同じ人間じゃないのか。今更ながらこんな感情を抱くとは、随分滑稽な話である。


 ……しかしだ。


「(……今回のは、助けれた命だった……)」


 難しい話ではなかった。やろうと思えば、十分救いの手を差し伸べれる命だったのだ。だが、それを判断一つで“見逃した”。

 俺にとっては、何より“助けれるとわかっていて見逃した”という事実こそが、深く胸に傷をつけていた。俺は、そんな判断をするつもりで、ここに来たわけではなかったのだ。いつから俺は、そんな判断をするような男になったのだろうか。


  そして、そんな形で人間が死んだことに、今、大きな悔恨の念を抱いている。


「……」


 少しの間、俺はその醜いようになってしまった自らの顔を見つめていた。いつから俺は、こんな顔になったのだろうか。その答えを、鏡の奥にいる“自分自身”は答えるわけもない……。


 そうして一旦トイレを出て、近くにあったベンチで休憩。日中の身体的・精神的疲労をできる限り取るが、やはり風呂にでも一回入らんとどうにもならない。リラックスの限界というのがあった。


「……水あるべか……」


 そう考えた時である。


「その水でしたらここにありますけど?」


「お?」


 ナイスタイミングだった。ユイがペットボトル入りの水を持ってきたのだ。前から見たことあるミネラルウォーターなので、おそらく自販機から水を持ってきたのだ。

 ユイから受け取り、キャップを取って一気にその中身を喉に通した。一口で結構飲み込んだが、今更ながら、自身の口が渇いていることに気づいた。よほど意識が日中のアレに向いていたらしい。


「はぁ~……」


 ……飲んだ後、少しの間無心だった。なぜかはわからないが、何も考えたくなかったというべきか。


「(……もう一回休んだ方いいんだろうか)」


 今日何度目かのため息をついて、また水を飲もうとした時だった。


「……見逃したの気にしてるんですか?」


「え?」


 唐突に横からそう口を挟んできた。すまし顔のユイが、後ろで手を組んで壁に背を持たれながら、目線だけこちらに向けている。俺は目線すらあまり向けずにいたが、小さく力なく答えた。


「……ロボットにもわかる?」


「むしろこれしかパターン見つからなかったんですけどね」


「はぁ、まったく、分かりやすい男やな俺は」


 周りから鈍感と言われ、そして今度はわかりやすいことが判明し。俺はどこのラノベの主人公なんでしょうか。それともアニメか漫画のラブコメで出てくる高校生かな? そんなキャラが現実にいてたまるかっていう話だ。


「……まぁ、実際その通りなんだけどさ」


 ロボットにも見破られちゃどうしようもねえわということで、正直に俺は話した。


「二択だったとはいえ、俺は化学兵器のほうを選んだ。それが長期的に良い結果を生むとはいえ……一人の人間として耐えれるわけもなかったんだよ」


「ですが、あれは司令部からの……」


「確かに、あれは命令でやっただけだ。軍人として、個人的感情によって本来の任務を怠ることは許されない。だが……それを理由に、助けられる命を見捨てた」


「見捨てた……?」


「見捨てた。故意だろうが過失だろうが、結果的に見捨てることになったのは間違いない。……それも、助けようと思えば助けれたんだよ、あれは」


 自らが思っていることのすべてだった。助けれる命を見捨てた。幾ら命令とはいえ、国民を守る軍人として、これほど恥ずべきものはなかった。無念でしかなかったのだ。……ロボットではあるが、ユイとて擬似的ながらも感情があるなら、分かるとは思う。


「もう少し何かできたんじゃないかって、今更考えるのはただの傲慢でしかないのはわかってる。ただ……やっぱり、考えちまうんだよ。他に手立てはなかったのかってな」


「……」


 ユイは静かに聞いていた。壁に背を持たれる体勢を保ったまま、顔を下に向けてどうともいえない普通の表情を浮かべたまま動かない。あまりに動かないので、下手すればただの独り言か何かになってしまうくらいである。

 とはいえ、思っていたことをさらけ出したことで少し精神的に楽にはなった気がした。よく悩みは他人に相談しろとは言われたが、やはり効果はあるのである。……相手はロボットではあるが。


「どうにかできたんかなぁって……たぶんしばらくは考えるんじゃないかね、俺は。たぶんお前なら―――」


 ちょっとは気持ちわかるだろ? そう続けようと口を開いた。


 ……が、


「……お気持ちは察しますけど」


 静かに聞いていたユイから返ってきたのは、




「あれは、ただの致し方のない犠牲コラテラル・ダメージでしょう?」




「―――え?」


 ……少しだけ、いや、少しどころでなく、信じがたいワードが出てきたような気がした。ユイ、お前、今なんて言った?


「……コラテラルダメージ?」


「そう、コラテラルダメージ。成功のための致し方ない犠牲ですよ。違いますか?」


 俺はユイの顔を見た。何のことはない。「私変なこと言ってます?」と言わんばかりに首をかしげていた。


「(……あれが、やむを得ない犠牲だって?)」


 コラテラルダメージは、副次的な被害を示す英語だが、民間犠牲・やむを得ない犠牲という意味でも使うダブルスピークでもある。ここで言うコラテラルダメージは、所謂後者に値する。

 化学兵器を回収し、将来的な被害を抑制するための“致し方のない犠牲コラテラル・ダメージ”。それに選ばれたのが、あの4人の若い民間人だというのか。


 ……“見捨てた人が死んだ”ことが、“ただの致し方のない犠牲”?


「……ハハ、おいおい、冗談はよせ。今は戦闘中じゃないぞ。もう元に戻っていいんだぞ?」


 我ながら何を言ってるんだとばかりに言葉を繰り返す。司令部にいて何で戦闘中だなんだという言葉が出てくるのだ。しかし、強く意識せずに自然と出た言葉だった。それだけ、信じられなかったのだろう。

 だが、ユイから返ってくる言葉はかわらない。


「いや、冗談も何も、実際問題としてあれはそうだったとみるべきでしょう。確かにあの4名の方は残念ですが、長期的な考え方に基づけば、実際ああいう判断と結果になるのは必然で―――」


「必然?」


「え?」


 ……聞き捨てならない言葉まで飛び込んできた気がした。勘弁してくれ、お前がそれを言うのか? 冗談だといってくれ、今なら悪質なジョークとして許す気はあるぞ?


「待ってくれ、お前だって見ただろう? あの4人の死体の場所を。俺は最初、化学兵器を回収する前にあの4人の生きてる姿を見た。お前も、姿は見てなくても、位置は知っていたはずだ。そこからどれだけ動いていたと思う? 俺たちが化学兵器を回収するために戦っていた時も、あの人らは必死に走ってたんだ」


 自分でも知らないうちに早口になっていた。信じられないとばかりに、声を震わせてもいた。それが怒りなのか、困惑なのか、それは俺にすらわからない。


「あれは事と場合によっては助けられた。確かに、命令を遂行するのが俺たちの役目であるし、そこから先のことを一々考えることは、さっきも言ったようにただの傲慢でしかないのは理解している。だが―――」


「なら、それでいいじゃないですか」


「―――え?」


 俺の顔は固まっていた。どんな顔だろうか。たぶん、相当ひどい顔になっているに違いない。口はひきつり、顔の筋肉も変な形で固まってるんじゃないだろうか。もはや、そんなことを意識することすらできなくなっていた。


 ……そんな俺のことはそんなに問題ではないのか。


「そこから先は結局は結果論でしかないですし、今更考えることではありません。あれはただのしょうがない犠牲だったで済む話ですよ。これで解決では?」


 そんなことを、“表情一つ変えずに”いいのけていたのだ。別に励ましているわけでもなさそうである。まるで、今更何でそんなことで悩んでいるのかと、そっちのほうで妙に疑問を持っているようであった。


「(……あれが、結果論?)」


 ……確かにそうなのだろう。戦場では、一つ一つのことは起きてから一々反芻したところで始まらない。そこはスパッと切り替えていくことも確かに大切だ。


 ……だが、


「(……あれが、結果論的に“ただの”致し方のない犠牲コラテラル・ダメージだった?)」


 ユイの言ってることは、要はそういうことになる。

 命令を遂行するために片方を捨てたこと。動き方によっては、もう少し救いがあったこと。あの4人が、助けを信じて死ぬ気で走っていたこと。男性に至っては、自分を犠牲にして女性を救おうと勇敢な行動に走ったこと。……そして、


 ……そんな人たちを、俺たちは命令とはいえやろうと思えば助けれると知っていて“見捨てた”こと。


 ……それらすべてが、


<あれは、ただの致し方のない犠牲コラテラル・ダメージでしょう?>


 “致し方のない犠牲”で、ひとくくりに処理されていた。アイツの中では。


「状況からすれば、ああなってしまったのはしょうがないともみれるんですよ。ですから、そこまで気に病んだところで何も―――」


 ―――そこら辺まで言っていたのは覚えている。そこから先の俺は、


「―――え?」


 気が付けば、隣で壁に背凭れていたユイに、“掴みかかっていた”。


「え、ちょ、何を―――」


「お前はあれを全部“ただの致し方ない犠牲コラテラル・ダメージ”で処理しちまうのかよ! 正気かテメェは!?」


 ……そして、俺はおそらく人生で初めて、“自分の相棒にキレた”。それでも、至って涼しい顔でいられるその相棒に、俺はさらになんとも表現しがたい怒りを感じていた。


「……何がですか?」


「何がですかじゃねえよ! 確かにお前の言ったようにあれは正しい判断で、そうするしかなかったのかもしれねえよ! それは認めるよ! でもよ! あそこまで救いの手を信じて走ってきて、それで無念のうちに死んじまってるのを見てそれを“犠牲”で済ませられるかよ!」


「……助け舟の1艇もなかったのにですか?」


「なかったんじゃねえ! “あったのに出さなかった”んだよ! 命令を遂行することはできた。それは軍人として喜ばしいことだが、一方でこんな事態が起きた! それをお前は全部コラテラルダメージで済ますのか!? 「確かに救えなかったのはしょうがないけど、もう少し何かなかったのかな?」ぐらいは考えてねえのかお前は!」


「出せなかったものはしょうがないじゃないですか」


「だから、その「しょうがない」の後は何も考えねえのかって言ってるんだよ!」


 気が付けば、俺はユイの胸倉すら掴んでいた。今ここに誰も人が通っていないことを何より感謝した。同時に、俺は一体何をしているんだと静かに思っていた。

 自らの相棒の胸倉をつかんで、不満を早口でぶちまけるという光景。第三者から客観的に見れば「なんかの事件か?」と疑われても文句は言えない状況だ。だが、俺は止まらなかった。いや、“止めれなかった”のだ。


「(俺の知っているユイは、こんなに冷たい奴だったか!?)」


 拒否感もあったのかもしれない。怒りとそれがないまぜになった結果、あの“暴挙”にでたのだろう。だが、ここにそれを止める者は誰一人としていなかった。


「もう一度聞くけどよ、お前だって知ってるだろ? あの人らは最後の最後まで走って、しかも俺たちがあの4人の元に行くギリギリまで生きてたんだよ! ギリギリまで、走れるだけ走って! 最後まで救いがあることを信じて! それが結果的にはコラテラルダメージではあったとしてもだ! お前はそれに対して何にも感じないのか!?」


 気が付けば、俺は泣いていた。おそらく、初めて面と向かって泣いたと思う。胸倉をつかみながら、そのまま、ユイの胸倉の俺の手のところに頭を落としながら。なんで泣いていたのだろうか。嘘と言ってほしかったのか、キレすぎてもう泣かずにはいられなかったのか。もう、細かい所まで考える頭の余裕がなかった。

 例えあれがコラテラルダメージではあったとしても、いや、軍事的に考えればコラテラルダメージであるのは間違いないとしても、せめて、あの状況に対して何かしらの感情は抱いてもいいはずだった。正常な人間なら、たとえ軍人でも“悔恨の念”ぐらいは抱くような状況だった。それが傲慢でしかないとしても。本能的に、胸が痛むようなものではあったはずなのだ。あそこにいた俺と和弥、新澤さんは少なくともそうだった。でなければ、終始あんな暗い表情にはならないはずなのだ。


 ……だが、


「……考えたって始まりません」


 ユイから返ってきたのは、その一言だけだった。


「……ウソだろお前?」


「ウソも何も、私はそう考えてるってだけです」


「ッ……」


 ユイは表情を一つ変えない。……いや、でも、少しだけ目を細めているあたり、“若干ロボットらしい表情”をしているとみるべきなんだろうか。


「傲慢だとわかっているなら、そこから先を考える必要はありません。あれは命令を受けた結果起きた犠牲で話は終わりです。“そこから先は必要ですか?”」


「ひ、必要かって……」


「命令によって起きた必然に対して、わざわざ考える必要はどこにもないはずですが、“強要はしないですよね?”」


「ッ……!」


 ……何も言い返せなかった。確かにそうであると、俺自身も認識していたのだ。

 よくよく考えれば、これは“人間が考えるべき部分”であり、それをロボットも一緒にやる必要はなかったし、強要もできなかった。極端な話、“別にわからなくても、ユイ自身は何も困らない”のだ。


 ……俺は一体何を考えているんだ?


「(……でも、普段のアイツなら……)」


 絶対、こんなことは言わないはずだ。直感的に、俺はそう思っていた。たった半年ではあるが、今まで普通に日常を過ごしていたからこそ、そんな直感を導き出していた。


 ……だが、現実というのは、実に非情なものだった。


「(……忘れてたのか……?)」


 ユイが、“ロボット”だということを。


「……あの、もういいですか?」


「あ……」


 胸倉をつかんだまま泣いていた俺の手を離しながら、ユイは静かに言った。


「とにかく、今回の件は任務遂行のための致し方のない犠牲です。そこから先はないですし、それ以上でもそれ以下でもありません」


「……」


「……じゃあ、私はメンテありますので。失礼します」


「あ、ちょ……」


 そういう俺の引き留めようとする声も、力なく小さいものだった。

 ユイは来た道を戻っていった。どんどん離れていくユイ。いつもみる光景のはずなのに、何か、突き放されたように遠い感覚を感じた。こんな感覚、俺は一体何度感じればよいのだろうか。

 同時に、俺は静かに実感していた。


「(……アイツの言ってることは、間違ってはいない……)」


 ユイの言ってることは、完全に間違っているとは言えなかった。

 結局、あれは事務的には確かにコラテラルダメージで処理される案件ではあるだろう。現場に立つ人間として、そこから先は考える“必要はない”かもしれない。


 ……だが、事務的にはそうでも“人間の本能として”、それを感じるかどうかは別問題だ。


「(……やっぱり、そこは人間と違うのか……)」


 今まで人間らしいアイツばっかり見てきたので、やはり忘れてたのかもしれない。そういう意味では、本来のアイツを思い出すいいきっかけだったのだろうか。……でも、こんな感じのこと、前にもあったような気がする。北富士演習場の訓練だったろうか。


「……」


 でも、正直、“寂しかった”。

 いつもの、人間らしいユイが、俺は気に入っていたのだ。ロボットのユイが嫌いとは言わない。だが、いつもの人間らしく、愛嬌のあるアイツに、俺は慣れていたのだ。

 ……だからこそだった。あそこまで“機械的な”ことを示すユイに、俺は人間とロボットの差を実感し、寂しさを感じていた。たぶん、これはデジャヴかもしれない。前にもあったと思う、このような気持ちになったのは。


「……“ロボット”……か」


 道をまがって陰に消えていくユイの動きが、妙に機械的に見えたのに対して、これほど幻覚であってほしいと願ったことはない。やはり、心の奥底では未だに信じられない気持ちで一杯なのだ。

 ……それと入れ替わる様に、


「あ、ユイさーん……あれ? 無視されちったよ……」


 和弥が見えた。俺を見つけると、「お、いたいた」と手を軽く振りながら近づく。


「やっと見つけたぜ。そういえばお前トイレ言ってたんだったな」


「お前に言わなかったか?」


「忘れちまってたぜ」


「おいおい……」


 そんな会話を交わしていると、




 …………ドン




「ん? なんか音しなかった?」


 和弥がそう言って振り向いた。確かに、ちょっと壁を殴るような音がしたような……


「……何も起こらんな。気のせいじゃね?」


「だな。たぶん気のせいだな」


二人そろって幻聴でもきくもんかなとは思うが、まあ、何も起こらない以上たぶんそうなのだろう。


「……んー……?」


「ん? なんだ?」


 すると、今度は和弥が俺の顔をじろじろとみつつ、指さして言った。


「お前、ここ水ついてるぞ?」


「え?」


 触ってみると、左頬のところに水滴がついていた。泣いた後が残っていたのだろうか。さっき気づかれない様に吹いたはずなのだが。


「あ、あぁ、わりぃ。さっき水飲んだ時にむせてよ」


「なんだ、てっきりユイさんと喧嘩して後から泣いちまったりでもしたのかと思ったよ。ハハハハ」


「ハハハハ、んなバカな。ハハハハ」


 ……正解を自覚してないあたり、こいつは無意識にエスパーをしている。間違いない。なんで頬に水空いてるってだけでそんなジョークが出てくるのか。実はわかってるんじゃないだろうか。

 ……まあ、どっちにしろもう終わったことなのだが。そう思って、涙をふく。


「(……あれ、涙ってこんなに冷たかったっけ……?)」


 軽くふいたその涙と思われる水は妙に冷たかった。でもまあ、この季節だし、時間がたてば冷めるものだろうか。よくわからないが、そういうことにした。


「……随分と元気ないな、どうした?」


「え? ああ、別に……」


 そうしていると、俺の内心を悟られたらしい。誤魔化しはしたが、結局ばれた。すぐに、例の4人の民間人の事だと把握されたのだ。


「まあ、命令だったとはいえな……どうにかできんかったのかねぇ。俺も、狙撃の時屋上なんか登らずにしたからさっさと狙撃しながら動いてたら、また時間節約的な面で何か違ったかもしれねえな」


「今更考えたって始まらないけどな」


「確かに。でもまぁ、やっぱり考えちまうんだよなぁ、俺らとて傲慢な人間だし。今後は、ああいう人を出さない様、全力を尽くすべきだな。やっぱり、近くに民間人居ないかってのをもっと念入りに……」


 そう独り言のように言葉を発している横で、


「……ロボットと人間の差なんだろうか」


「ん? なんか言ったか?」


「いや、別に」


 ふと、そんなことを呟いてしまった。人間である和弥らしい、そんな感想である。

 もちろん、人間にも色々いるのは間違いないが、少なくとも、俺の周りはこんな感じだ。ユイにもこんな感じのを期待したんだが……やはり、差は出てしまうのだろうか。こればっかりは、無理に教えるなんてこともできない。ユイが言っていたように、別に必要ない部分は教える義務もないのだ。


「(……戦闘用だしなぁ、そこは)」


 そういう風に考えるしかなかった。それ以外、今はどうとも考えれなかった。


 ……少しこの話から腫れたかった俺は、話題を変えるように話を振った。


「んで、なんでお前がここにいんだ? 俺を探してたんじゃないのか?」


「あぁ、そうそう。お前に伝言。さっさと第2会議室にこいってさ」


「これまたいきなりだな。なんでだ?」


「それがな……」


 和弥は、周りに誰もいないことを確認して小声で言った。


「……まだ全員には周知されてないらしいから念のため小声で言うけど、明日か、遅れても明後日に、“警察・軍総出の奪還作戦”を開始するらしい」


「―――ッ! いよいよか?」


「あぁ、いよいよだ」


 数日ぐらい期間は開いてしまったが、いよいよ本腰を上げての攻勢ということだ。

 聞けば、政府が総指揮をとり、中央区の包囲網を徐々に縮める形で大規模な攻勢を仕掛けるとのことだった。詳しいことは、会議で逐一通知されるらしい。


「俺たちも、先遣隊として色々先導の役割があるっぽいからな。……満を持してってところだ」


「しかし、もう情報は集まったのか? 十分集まったという報告はなかったぞ」


 対空火器の件や、例の懸念された化学兵器、さらに民間人の場所まで。そういった情報の収集や処理が済んでからこの攻勢に出る手筈だったはずだ。それらがしっかり集まったという報告はなかったが、和弥はそれに関して、


「ところだがな、政府が結構焦ってるらしい」


「焦る? なんで」


 焦る要素なんてあったか? という疑問に関して、和弥は少しあきれ顔で言った。


「各国では、すでにテロの処理が済んだか、もしくは見通しが立ち始めてるらしいんだわ。んで、一方日本ではあまりに規模が大きかったこともあってこれっぽっちも解決の見通しが立たない。そこに、経産省や財務省が圧力をかけたって情報がある」


「経産省と財務省?」


「ああ。ほら、うちらはロボット大量にあるだろ? それを、治安維持とかに使ってるだろ? 訓練じゃ成果はあがってるが、実戦の場で使ってみたら、先のR-CONシステムの件やらもあって、中々思うように解決しない。日本は治安関連のロボットを大量輸出する手前、「日本じゃロボットを使ってもテロを解決できない」なんてイメージが付いたら、そのロボット関連のブランドにも傷がつくと考えたんだろうな」


「おいおい、ブランドと治安のどっちが大事だよ」


「そこな。ただまあ、これはあくまで俺がとある知り合いから譲り受けた情報であって、確定的なものではない。とはいえ、あっても不思議じゃなさそうだな。ロボットの輸出は、日本の経済回復の象徴でもある。ブランドが傷つく前に、さっさと解決してくれってのが本音だろう。経済界も絡むから、政府とておいそれと蹴るわけにもいかない」


「……勘弁してくれよ」


 経済に振り回されまくる治安維持部隊ってなんだ。治安と経済のどっちが大事だっていうんだ。これが、ただのガセ情報であることを願うばかりだが、和弥がそんなガセネタ簡単に掴まされるとも思えないしな……。こっちの身にもなってもらいものである。


「まあ、それでも一応大規模攻勢に出る手前、ちゃんと情報はある程度集まったとも言えなくはない。あとは、上の連中を信じるしかないわな」


「今の司令部が信じるに値するか微妙だけどな……」


 前々からちょっと偽情報掴まされてるし。


「あぁ、その件でも一つ。耳寄りな情報がある」


「なんだ? あんまり物騒なのは勘弁だぞ?」


「……残念、物騒なのでした」


「ええ……」


 うさわした後のフラグ回収早すぎだろ。5秒と経ってないぞ。

 しかし、和弥はそれには構わず続けた。


「二つあってな、まず一つ。例の司令部の誤情報連発あったろ?」


「ああ、あったな。それが?」


「あれ……俺、偶然司令部の連中の会話耳にしちまったんだけどよ。“スパイっぽいの”いたらしいぜ?」


「え゛、マジで?」


 まさかな、とは思っていたが、まさかほんとにいたとは。しかも、きけば情報統括部門の幹部の一人だったらしい。


「偽の情報とかを流して現場をかく乱していたらしいな。そりゃあんだけ混乱するわけだ。たぶん、これは敵が流し込んだ分子だろう。今詳しく調べてるところだろうぜ」


「スパイってそいつだけか?」


「わからん。たぶんそこも含めて調査だな。……んで、二つ目だが、例の高層ビル爆破の解除暗号あったろ? あれ最後の見つかったって」


「マジで? どこに?」


「それがだな、まさかの中央区連発だ。ノブナのとこが偶然みっけたらしい」


「あそこか……」


 チームノブナといえばうちらの部隊だ。ヒント4つのうち二つも戦闘地域にあるとか、敵は本当にヒント見つけさせる気が合ったのか非常に疑わしい。


「今調べてるところだけど、さっぱりわからんってことであとでこっちにも情報回すってさ。謎解きの時間になりそうだな」


「お前が一番得意そうなものだけどな」


「収集と考察は得意なんだがな。残念ながら頭をひねるのは得意じゃねんだわ」


「……そうかい」


 にしては、たまにいい妙案出したりすぐけどな。昔とかとくに。


「まあ、とにかくそういうことだ。一応頭に入れておけ」


「はいよ、ご苦労さん。……んで、俺は会議室か?」


「そゆこと。んじゃ、さっさといってらっさい」


「ん。行ってくる」


 簡単に情報を貰った俺は、本来の目的である第2会議室へと向かう。時間はもうすぐらしいので、少し急ぎ足に行かねば。


 ……しかし、和弥の言っていた経済界からの圧力による攻勢強行……





「……ウソであってくれよぉ、マジで」






 現場に立つ人間として、ほんとにそれを願うばかりであった…………

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