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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第6章 ~疑念~
103/181

明確な相違

[AM10:43 東京都中央区築地 区立築地小学校グラウンド]




 中央区築地にある小学校のグラウンド上空に、特察5班ことチームシノビが搭乗したブラックホークがホバリングした。

 いつものこの時間帯は、児童たちが勉学に励む賑やかな小学校のはずなのだが、テロの発生により厳重な立ち入り規制が張られた今となっては、閑散としているさみしい雰囲気を醸し出している。

 緑色のグラウンドの上空に停止すると、敦見さんの合図を受けて一斉に降下。グラウンドのど真ん中に降り立った。


「着地完了。ロープ上げてください」


『了解。じゃ、こっちは退散するで。気いつけや』


「了解」


 無線交信を終えると、グラウンド上空に低空で占位していたブラックホークはそそくさと撤退していった。あまり都市上空にいるといつ撃たれるかわからないため、敦見さんらも低空にいつつ高速で安全圏へと撤退する。

 それを確認すると、一旦グラウンドの出入口付近に移動した。児童らを移動させた後は放置していたのか、門は開いていた。


「このグラウンドフェンスと木ばっかで見えにくいな……」


「だから降下地点ここにしたんだろ。……HQ。こちらシノビ。戦闘地域に入ったインバウンド現地情報インテル要請。オーバー」


『こちらHQ。インバウンド確認。現在、当該地域に対空火器は確認できない。そこから北に移動し、対空火器の所在を確認。可能ならば最大限これを撃破せよ。現地は敵性部隊の遊弋が確認されている』


「了解。……それで、建物の中も全部調べますか?」


『可能ならば』


「……了解。可能ならば調べます。シノビ、アウト」


『HQアウト』


 ……ここは都市部であって、建物なんてここから眺めるだけでも十数とあるわけだが、これを全部調べろという。ハハハ、こんな数で調べ切れるかクソッたれ。

 さすがにそんなことはできないということで、和弥に少し頼んだ。


「すべてを調べてたら埒あかねえな……いくらか限定するか?」


「任せろ。こうなるだろうと思って、さっき敵が使いそうな場所をある程度チョイスしてみた。向こうとて、スティンガーをバンバン撃ちまくることは弾薬補充の面でも難しいはず。だから、確実に仕留めるために、ある程度開けて視界が確保できる場所で、ヘリが結構頻繁に飛ぶところを調べれば……」


「要は、敵から見て最大限必中できそうな場所なら確実ってことね」


 新澤さんの言葉に「イエェス」とサムズアップを見せる和弥。和弥がタブレット上に表示させた場所は赤いエリアで示される。それでも、細かいところも含めれば結構あるが、まあ、全部探しまくるよりはマシである。


「とはいえ、これはあくまで優先的に調べる位置としておいた方がいい。この赤いエリア以外に、スティンガーとかを隠していないとも限らない。場合によってはここ以外も調べたほうがいいだろう」


「オッケー。じゃ、まずは近いところからしらみつぶしだ」


 グラウンドの門を抜け、一旦新大橋通りに出ると、そこから北上して近くの捜索エリアに向かう。最近、この新大橋通りを結構頻繁に使ってる気がするのは気のせいだろうか。

 捜索エリアのデータはシノビメンバーのHMDに転送される。一々タブレットを出したりはできないので、案内はユイが担当することとなった。


「ここいら辺にGPS信号ってあった? 救難情報ってテロ発生時以降そんなに更新されてなかったわよね?」


「ないっすね。脱出でいる人は粗方救出したはずですから、残りはあのSEA GIRLsの3人みたいによほど目立たない場所に隠れてるかぐらいでないと……」


 新澤さんの小声に和弥がそう反応した。一昨日のテロ発生以降、中央区から脱出を図っていた人たちは結構な数を救出することに成功した。中には重軽傷を負う人もいたが、何れも命は助かった模様である。

 しかし、若干数ながら、不安定な信号を発信するものもあった。これが、未だに見つからない要救助者なのか、それとも敵が仕掛けた罠なのかはわからないが、あまりに不安定な信号のため迂闊に手を出すわけにもいかなかった。敵を引き付ける罠だったら、死ぬのは下手すればこっちである。


「この近くにはいないんですから、まずはエリアを捜索してしまいましょう。……でも、隠す場所って結構ありそうですね」


 ユイが周囲にある高い建物を見ながらそういった。ここいら辺は少し高めのマンションや賃貸住宅等々が密集していた。さすがに建物の室内からぶっ放すなんて暴挙はしないと思うが、それでも建物の陰から……とかを含めたやり方を考えるなら、探す範囲は結構増える。

 ……こちとら4人しかいないというのに。


「スティンガーを発射するにあたっては、そんな狭いスペースは使えないはずだ。発射煙や後方への衝撃波などを拡散するための一定のスペースが必要だったはずだし、まともに撃とうと思ったら少なくとも建物の中は無理。……部屋の中を改造でもしてたら別問題だが」


「勘弁だな」


 まあ、ここいら辺は開いている部屋なんてそんなになかったはずだし、簡単に改造できそうな場所は限られてはいるが。


 近くのコンビニに一旦寄る。店内には、レジのところに赤い磁石設置型の小さいポストがあった。和弥が中身を確認する。


「えっと、抽選ハガキに、速達のレポート用紙に、マイナンバーカード関連資料要請書の束、可愛らしいお手紙ちゃん……。あー、なんにもね。A4サイズの紙なんてどっこにもないね」


 ほんの少しイラついたようにポストの蓋をバンと閉める。ポストの中を探せば、例の爆弾のヒントも見つかるとは思っていたが、さすがにおいそれと簡単には見つからないらしい。


「ないならいい。次だ。近くにあったっけ?」


「この先の十字路を右に行った薬局の前に一つ。それもちょいとでっかいの」


 ユイが地図のポストマップで検索しながら移動する。直線距離で100m弱ほど離れたところに、さらにもう一つのポストがあった。薬局前。そこまで荒れていない。

 ポストは扉に施錠がされていたが、和弥が事前に渡されていた鍵を使って開け、中にある袋を確認。結構中身が多い。


「えっと、抽選ハガキ、抽選ハガキ、大学資料請求、政府への抗議文書、抽選ハガキ……って、多いな抽選ハガキ。どっかの雑誌で抽選でもしてんのかよ」


 中身に対してちょっとばかし愚痴る和弥だが、結局中にヒントの紙がないことを確認すると、また元に戻してポストの扉を閉じる。施錠もしっかり行った。


「これを何回もやんのかよ……あとで誰か変わってくんねえか?」


「まともに手が空いてんのがお前ぐらいしかいねんだ。我慢しろ」


「はぁ……なんだってポストなんかにヒントぶち込んだんだか。堂々と道端にでも張ってればいいのに」


 肩に回していたフタゴーを再び構えながらそんな愚痴をまたぶちまける。だがまあ、そうもいいたくもなるというものである。

 この後も、近くにあるポストの中身を探しまくるが、一向にそれっぽいのは出てこない。スティンガーを探しながら、こっちも探すため、地味ではあるが結構な苦行となる。その間にも、何度か敵らしい人影はあったが、幸いにも見つからずにやり過ごすことができた。

 ここいら辺はもうちょっと敵がいたはずだが、この3日間のうちに少々状況でも変わったらしい。


「次、このポスト。……で、ある?」


 和弥が道端にある古いポストを強引にあけて、中身を調べる。


「え~~~っと、抽選ハガキが大量なのと、企業間の交換文書、公官庁に対する人事書類……うわ、中身多い。ちょっとまって、これ探すのキツイな……」


 このポストに限っては、妙に中身が多いのか、ガサガサと中身を漁りながら探していた。A4サイズとはいえ、それが折られていない状態で入っているとも限らないので、根気よく探さないと見つからない可能性もある。和弥の目は必死だ。


「……もしかして、ああいう手間をさせたいがためにポストに突っ込んだんじゃないの?」


 小声で新澤さんがそんなことを俺に呟いていたが、正直それもありえそうな気がしてならない。

 奴らとて、この爆弾解体自体ゲームをするかの如くヒントを用意しては都内にばら撒かんでもいいはずだ。それをわざわざするということは、要はそういうことなのだろう。


「(……ったく、クッソ面倒なことさせおるわ)」


 そう思いながら、周辺警戒のためにフタゴーの銃口を周囲に向けていた時である。


「……ん?」


「ん? どうした?」


 ユイが一瞬声を発したように聞こえた。ユイは左こめかみに手を当てじっとしていると、次の瞬間にはフタゴーを構えて一点に意識を集中した。


「……ちょっと何かきます」


「くるって、何が?」


「デカいのが」


「はぁ?」


 なんだそりゃ、と思いながらもユイと同じ方向に意識を集中させる。新澤さんは後方を警戒し、和弥もポスト漁りを一旦止めて、フタゴーに手をかけた。


「んで、何が来るって? こんなところで銃撃戦は勘弁なんだけどよ」


「こっちには郵便物あるんだぜ? お客様の大切なお手紙が満載だ、銃弾で穴あけた日にゃ間違いなく俺らに責任がふっかからぁ」


「オーケーわかったから少し黙ってようか我が友よ」


 よくまあこんな時に軽口が叩けるものであると感心しながら、その砲口から来るであろう何かを待つ。


「……きます」


 その言葉と同時に、その「何か」が陰から出てきた。

 ……が、


「……ゲッ」


 一瞬体がこわばった。そこには両肩にデカい中型グレネードランチャーにガトリング砲。一昨日、めっちゃ嫌なトラウマを植え付けられたそれがいた。


「た、タイタン……」


 金属製の巨人たるそれは、移動砲台のタイタンである。さっきまで識別ビーコンなんてなかったはずなのだが、やはり狭いビル陰からでてきたあたり、電波がうまく届かなかったのだろうか。

 それも、こちらの存在に気が付いたのか、頭部をこちらに向けた。……しかし、それも数秒して、


「……あ、識別ビーコン返信きました。大丈夫ですね」


 そのユイの言葉通り、味方だと判断したそのタイタンは、そのまま俺らをスルーして別の道へと入っていった。その後ろには、護衛の人型ロボットが3体ほどついていっている。その手には、軍から貸し出された旧式の89式が装備されていた。


「ホッ……あぶねあぶね」


 あれ以来、タイタンを見ると「また撃ってくるんじゃないか」と若干警戒心を持つようになってしまった。ロボットが大好きとはいえ、あんなことがあってはさすがにトラウマというものは残るモノなのであろう。


「……お前もすっかりトラウマ持っちまったな?」


「うるせぇ」


 そんな和弥の指摘は実際図星である。言い返しもそんなに力強いものではない。


「ロボットを引き連れてたけど……あの企業貸し出しのやつってもう中に入ってるわけ?」


「早朝から入れるもんはどんどんと入れてるみたいですよ。タイタンの護衛、周辺警護、武装集団の牽制、その他諸々……。俺たちもそろそろ端に追いやられるんじゃないですかね」


「そのロボットにポストの中身調べさせろよ。もしくはスティンガー捜索でもいいからよぉ」


 和弥が再び近くにあったポストの中身を探していく中、そんな愚痴をまたもやぶちまける。この日ずっと雑用のため、ストレスも溜まっているようである。


「まあ、何れそうなるだろうよ。俺たちはその隅で色々と情報収集だ。ロボットは前線で盾と矛かな?」


「人間って偉いわね」


「まったくですわ」


 新澤さんがそう皮肉る様に言った。嫌な仕事は全部ロボット任せ。俺たち人間“様”は後ろからあれこれ指図しながら安全に情報を集めるだけ。そしてことを成し遂げて賞賛を受けるのは基本その人間。


 ……便利な立場だな、ロボットと人間て。


「人間が言うのもなんだが、こういうのやってるとほんとロボット様々っつーか、機械に頼りっぱなしっつーか……そう思わんかね、相棒よ」


「とはいっても、それが機械の役割でしょう。私がそうですから」


「ハハハ……」


 すました顔でよくまあいいのけるもんである。ロボットが言うと妙に説得力あるようなそうでないような……。


「ロボットどころか、機械が何で生まれたかっていったら、そりゃ人間のサポートですからね。そちらが何を思うかは自由ですが、私はずっと全うしますよ。サポートを」


「……それがめっちゃ危険でもか?」


「当然」


「……そうかい」


 ……その時の俺は、何事もないように言ってのける相棒が、妙に寂しく思えてしまった。いや、これが当たり前なのである。それが、ロボットとしてのコイツの本来の姿であるのは、前々から知っていたはずなのだ。

 ……前に、北富士演習場であったことを思い出す。あの時、ユイの“本来の姿”を見た自分は、一種の拒否感、ないし違和感を抱いていた。考えてみれば、それが“当たり前であるはずの姿”であってもだ。


 俺は、それ以外の姿を当たり前に思っていた。だが、戦場ではそれは真逆の価値観となることを改めて思いしる。


「(……自分の常識は他人の非常識とはよく言うが、ロボット相手にもいえるんかね、これは)」


 俺が当たり前と思っている姿は、ユイにとってはただの仮の姿でしかないのだろうか。いや、どっちも本来の姿と言えなくはないのだろう。……だが、ユイの役割に照らした場合、その理論は必ずしも通用しないのかもしれない。


「……?」


「あ」


 ふと、ユイが俺の視線に気づいた。


「何かしました?」


「あぁ、いや……すまん。別に」


「? ……そうですか」


 素っ気ない態度で、再び周辺警戒へと戻る。日常的に見せるような明るさはそこまでない。クール、という言葉がしっくりくる。


「(……なんだかなぁ)」


 北富士演習場の時以降、慣れよう慣れようと思っても、どうしてもあと一歩慣れきれない自分がいる。どうにか克服することはできないのか。尤も、戦場で考えることではないのかもしれないが。


「あー、もう。ここにもねえわ。次行こうぜ、次」


「了解。ユイ、案内よろしく」


「了解。次は、この通りを北に行って―――」


 ユイの案内を受けながら、さらに俺たちは北上する。

 スティンガーらしいものは中々見つからない。そこら近所をうようよとしている時間だけが無駄に過ぎていった。

 しかし、成果がないわけではなかった。その間にも、他の部隊ではスティンガーの排除の報告が幾つか上がっていたのだ。


「北方に一部集まってるっぽいな。どうやら、例のホテル日本橋を固める構えらしい」


 和弥は自らが表示したHMDに示した表示から、そのような推測をたたき出した。事実、報告のあるスティンガーの場所は、中央区の中でも若干北の方に位置していた。そこは昨日あたりは報告が少なかったはずで、もう少し中央区の外側にもいくらかいたはずである。


「移動した可能性があるわね。私たちもそっちに移動する?」


「いや、俺たちの担当地域の外ですよそっちは。俺たちの出る幕じゃないですわ。特戦群の連中にお任せですよ」


 敵の本拠地があるとされるホテル日本橋周辺は、敵の攻撃の危険度がとても高いため、一般の部隊や空挺団は基本的に立ち入らず、今のところ特戦群のみが情報収集のために隠密裏に出入りしているのが現状だった。こればっかりは、さすがにロボットに頼ることも難しいと判断されたためである。


「俺たちはここいら周辺で色々と探しモノオンリーですよ。そろそろ次行きましょう。えっと、次は―――」


 HMDにマップを表示し、次にポストがある場所を探している時だった。



 ――――バァン…………



「―――あん?」


 一瞬、遠くで爆発音が響くのを耳にした。小さかったため正確な場所まではわかりそうにないが、間違いなく銃撃の音ではない。銃撃音なら連続しているはずだ。

 ……爆弾か何かが爆発したか?


「……なんか今爆発したよな? どの方向だ?」


「南西方向だな……反響の具合からして、そんなに距離は遠くないはずだが」


 和弥がそう曖昧ながらも答えると、俺はユイにすぐに聞いた。


「ユイ、あの方向に味方っていたか?」


「いえ、近くに味方はいなかったはずです。あそこら辺も、後々私たちが警戒する範囲だったはずですので」


「どうする? 行ってみるか?」


 和弥の問いに、俺は肯定して答えた。


「だな……後に回すつもりだったが、予定変更だ。ポストとスティンガーは後回しでいい。新澤さん、HQ通じてEODに連絡しといてください。なんか爆弾っぽいの爆発したって」


「オッケー。……HQ、こちらシノビ0-2。現在、ポイント―――」


「よし、方角は……あっちだな。ルート選定は?」


「今しました。ビル陰から進んでこそこそといきましょか」


「オッケーィ。じゃ、いきますか」


 少しばかりの予定変更となる。爆弾っぽいのが爆発した方向は、東京駅八重洲方面出入口の南東方向に位置する。あそこは高層ビルが幾つか立ち並ぶ場所で、人通りも激しい場所だ。

 今は誰もいないすっからかんな空間となっているはずだが、それゆえに、場所によっては結構開けたところでもある。


 南西方向に移動していると、上空を飛んでいるUAVの画像データから、若干の煙が立ち上っている場所が確認された。そのデータから場所を特定し現場に向かうと……


「……ん? あれか?」


 それっぽいのを確認した。周囲に高層ビルが立ち並ぶ間にある狭い二車線道路。そこの道端から、ほんの少し薄い灰色の煙が立ち上っていた。

 もう一般人なんていない閑散とした状態であるため、被害らしい被害はなかったようだ。そこには、地下鉄有楽町線の銀座一丁目駅の出入口があった。


「あそこの出入口の中からだな……なんか置かれてたのか?」


「さあな。テロ発生以降一般人なんて通ってないから、たぶん見逃してた奴だろう」


 ましてや、こんな狭き道路をわざわざ使おうという人も中々おるまい。銀座の一角で、色々な店が立ち並んではいるが、ここも今となっては寂しい雰囲気しかない。

 ……そんな場所で一体なんでこんなちっこい爆発が今更起こったんだと思わなくはないが、あまり放置しておくのも今後に支障がでる。さっさと処理してしまおう。


「まあ、たぶんただの爆弾だ。ちょっと見てくるわ。HQに伝えといてくれ」


「あいよ。見て来いカルロってね」


「やめろよ、フラグ立たせんな」


「あそこにいるのは絶対味方ですから、吹雪さんちょっと見てきてください」


「そのあとの駆逐艦吹雪が気の毒でならないな」


 その後、ワレアオバ連呼しても全然効果がなかったどころか逆効果というのは誠に残念な話である。他人事っぽいが。


「(普通の爆発音だったし、たぶんちっこいIEDでも暴発したかな……?)」


 そんな予測を立てながら、地下鉄の駅入り口の奥にある爆発場所へと近づく。



「……あれ、この反応って……」


「ん? どうしたユイさん?」



 未だに煙が立ち込めているあたり、可燃物は燃え残っているのだろうか。また例の構想建造物爆破の奴みたいに、ぬいぐるみにでも隠してたか。そうなったら消火の必要も出てくるな。


「(まったく、妙なところでなんだってこんな爆破が起きてるんだか……)」


 そう思いながら、徐々にその銀座一丁目駅の地下へ繋がる出入口に近づいた時である。


「どれ、さっさと爆発物を確認してEODの連中に報告を「祥樹さんストップ!!」―――え?」


 後ろからいきなり叫び声が聞こえたと思うと、突然口の周りを誰かの手で押さえられ、仰向けに倒された。


「(ユ、ユイ!?)」


「そのままにして。今すぐ目閉じてください。今すぐ」


「(え、え?)」


 その手はユイのものだった。いきなり手で口を覆ったと思ったら、そのまま仰向けに倒し、まるで空から降ってくる何かから守る様に自らの体を上に一定距離空けて置きながら、俺の腰につけていた小型の防護マスクを素早く俺の口周りにつけさせた。その間、顔は俺の顔のすぐ近くに位置し、やはり若干上にかぶさるような形だった。

 固定は一先ず自分でやったが、いきなりのことで少し整理がつかない。


「おいおい、いきなりどうした? 何があった?」


 突然の行動に、俺だけでなく和弥と新澤さんも動揺した。


「ちょっと、どうしたのユイちゃん。何かあった?」


「なんだ、いきなりちょっとラブコメの展開にでも走ったのかと思ったらそうでもなさそうですわい。何があったんで?」


 コイツまた変なことを、とか思っていると、二人もこっちに近づいてきた。しかし、


「ストップ! それ以上近づかないで!」


「え?」


 それはそれはものすっごい険相で捲し立てると、その少なくともいつもの様子とは違うユイの反応に思わず足を止めた。さらに、


「今すぐマスクつけて! あとゴーグルも早く!」


「ま、待ってください。一体何があったんです?」


 ユイの言う通りマスクとゴーグルを急いでつける和弥が、動揺したままユイに聞いた。

 ユイは俺を立たせて二人の元に近づくと、爆発現場を見ながら言った。


「遠距離から向こうを粒子スキャンしました。……あれ、ただの爆発じゃありません」


「は?」


「……あそこ」




「“サリン”の反応があります。微弱ですが、あそこで爆発したのはサリンではないかと」




「ッ! さ、サリン!?」


 その瞬間、俺らは一斉に銀座一丁目駅出入口から離れ、ビル陰に入った。幸い風はないため、ここならサリンが飛んでくる心配はない。

 ……しかし、サリンだと?


「サリンで間違いないのか?」


 俺の問いに、ユイはその爆発現場を見ながら答えた。


「はい。向こうで微弱ながらサリンの反応が検出されました。あそこ、サリンまかれてます」


「あの爆発は、サリンのものだったのか。だがなんでこんなとこで今更サリンを?」


 和弥がマスクを改めて固定させながら聞くが、ユイの返答は曖昧だった。


「わかりません。しかし、何らかの目的で、あそこに設置したのは間違いないでしょう」


「サリンがまかれたとなってはマズイわ。アンタ、どんくらい息吸ってた?」


「結構吸ったような気がするんですけど……俺じゃあマズくねえか?」


 そんなにあの出入口に近づいたわけではないが、その間、少なくとも俺の顔面はほぼ無防備だった。爆発から少しばかり時間がたってたから、空気中への拡散状況によっては、間違いなく俺は吸ってるはずなんだが……


「顔面からはサリンの物質は確認できません。仮に吸ったなら、そろそろ何らかの症状が出ていいはずですが……どうですか? 苦しいですか?」


「いや……別にそういうのはない。苦しさは感じないな」


「なら、一応今は大丈夫だと……。でも、何かあったらマズイので、祥樹さんたちはここにいてください。私が確認してきます」


「……は? 確認て何が?」


 ユイがマスクとゴーグルをしながら、スリングを締めてフタゴーを背中に回した。


「決まってるでしょう。サリンがどこから、どういう風に爆破したのか確認しとかないと。あと、濃度とかも検出する必要がありますから」


「いやいやいやいや、ちょっと待て。それ化学防護隊の仕事だから。お前の出る幕じゃないから」


「でも、化学防護隊がこんなところにまですぐに出張れるとは限りません。それでも、ある程度のサリンの情報ぐらいは必要ですから……」


「いや、でも、お前相手はサリンだぞ?」


 その瞬間、俺は「ハッ」とした。この言葉は、ユイに対しては何ら意味のなさないことであることを、言った瞬間に察したのである。

 そして、その答え合わせ化のように、ユイは少し首をかしげていった。


「……あの、私“ロボット”なのでサリンは効きませんよ?」


 ……その言葉を発するとき、何より俺らの口を閉じさせたかといえば、その顔である。

 相手はサリン。人間にとっては、ましてや日本人にとってはトラウマともいえる相手に対して、「何の恐怖も抱かない顔」をしていたのである。

 ……ロボットだから、当たり前なのである。だが……


「大丈夫です。そこで待っててください。即行で終えてきますし。あ、除染スプレーの用意お願いします」


「あ、あぁ……」


 そのまま、ユイは小型マスクとゴーグルのみという超軽装備で、銀座一丁目駅の出入口に向かっていった。

 その足取りに、何ら躊躇はない。そこにあるのがサリンという猛毒であることを知りながら、それに対する恐怖は微塵も感じられなかった。


 ……そこが、まさしく“人間との差”であった。


「(……人に見えるのに、人ではない行動……か)」


 人の姿をした者とは思えない行動を目にした俺たち人間勢は、そんなことを思っていた。隣にいる二人も、顔がそのようなことを考えていることを示しているかのように、不安そうな表情を浮かべている。


「……あ、ちょっとポスト見てくるわ、俺」


「ん? お、おう……」


 和弥は、近くにあるポストを見に一旦この場を離れた。HMDで確認すると、確かに近くにポストがある。そこの中身を確認しに行ったのだろう。

 その間、ユイは地下鉄の出入口からその地下のほうを確認していた。中にこそ入らないが、そのギリギリの場所から、未だに煙田立ち上る中通路内を確認している。


 ……そこが、自らがサリンがあるといった場所であっても、何ら躊躇を示さない。


「……よくまあ、あんなことができるもんね。私は無理だわ」


 新澤さんが、感心したような違うような、妙に複雑な表情を浮かべながらそんなことを言っていた。誰に向けるわけでもなく。大きな独り言を言うかのように。


「ええ。ほんとですよ」


「あのマスクとゴーグル。あくまで携行できるタイプであることもあって、完全に化学物質を防護できるとは限らないのに……サリンの濃度や顔に取り付けるタイミングによっては、化学物質がそのマスクを通ってしまうことだってあるのに……」


 新澤さんの言う通り、このマスクはあくまで携行できる程度の機能しか果たさない。化学物質を防護する役目はあるっちゃあるものの、あまりに高濃度だと微量ながらそれを透き通る可能性だってある。サリンのような凶悪な毒性を持つガスだった場合、それすら一歩間違えれば死に至る可能性がある。


 ……このマスクをした状態で、あのような毒ガスが充満しているところにいくことは想定していない。あくまで、離れるまでの時間稼ぎを想定して作られているものだった。


 ……そういう意味で見ると、今見ている光景は“非人間的”ともいえるものだった。


「……ユイが向こうに行くとき、俺たちのところからどんどん離れていくのを見て、やっぱりアイツは人間ができないことをするのが本来の役割なんだなって、改めて思い知らされますね」


「こうしてみると、やっぱりユイちゃんってロボットなんだって思えるわね。人に見えるけど」


「……ええ」


 新澤さんの言葉が、今はなぜか心に重く響いていた。


 ユイがさっき俺を助けたときいった「ストップ」の声。あの時は、感情に任せたような人間味が溢れる叫び声だった。そのあと、すぐに俺の口を覆って、そして、おそらく空気中に舞っていたサリンから守るためだったのであろう、あの自らの体を俺の体の上に位置させる行動なども、俺のことを思っての人間的な行動に違いなかったのだ。


 ……しかし、そのあとにやっているのはお世辞にも人間がやるものではない。ここに、一種の差を感じていた。

 お互い、顔が寂しそうなものだった。ユイはすごい能力を持っている。人間にはできないことを平然とやってのける。それにしびれるし、憧れもする。

 ……だからこそ、妙に俺たち人間にとっては、いろんな意味で“遠い存在”にすら感じてしまうのだ。


「(……あれだけ人間なのに、肝心なところで人間じゃない……)」


 俺を助けたとき、すぐ近くにユイの顔があった。その時だけ、正直俺は心臓が高鳴っていた。人間の女性の顔が、近くにあるという“錯覚”がそうさせたのか、それとも、単純にユイだったからそうなったのか……そこはわからない。

 ……だが、それは人間の面なのである。あくまで、“人間の面”を見せただけなのだ。


 調べ終えたのか、ユイがこちらに足を向けてきた。その時も、走りはしているが、そんなに急いでいるとは思えない。サリンから一刻も早く離れたいはずなのに、そんな思いはこれっぽっちも感じられなかった。


「(……人ならざる者が、これほど限りなく人に近いとは何たる矛盾か……)」 


 見た目人間の物がするとは思えない行動を見ながら、俺と新澤さんは複雑な表情を浮かべ続けていた。その目は、人間味あふれる友を見る目とは違う、寂しい目であると言えた。

 戻ってきたユイに、すぐに除染スプレーを大量にかけた。自らが受けたサリンの濃度はそんなに高くなかったようで、しばらく除染スプレーをかけてやったらほとんどのサリン物質は消え去った。

 ここまで低ければ、仮に吸い込んでも俺たちの体内で何らかの悪影響が起こる可能性はほとんどないだろう。


「どうやらパイプ爆弾に括り付けてサリンをまき散らしてたみたいです。あくまであの出入口の通路内部に散布することを目的としていたらしく、今は外にはそこまで漏れていません。しかし、たぶん時間がたてば結構漏れ出てくる可能性も」


「了解。んじゃ、こんなとこさっさと離れるとしよう。サリン吸って死ぬなんて御免被るわ」


 少しの間は、マスクとゴーグルをつけたまま行動することとなるだろう。ここをできる限り離れ、その間に各友軍にこのサリンの情報をつたえる。早めに処置して、サリンの外への散布をできるだけ防ぎたいところだが、この状況である。すぐには難しいだろう。


 新澤さんがHQにサリンの情報を伝える中、和弥の元に近づいて聞いた。


「どうだ? ポストなんかあったか?」


 しかし、和弥は手に持ってる何かを見つめて動かない。それをじっと見つめているようだった。


「どうした? 何かあったか?」


「いや……もしかしてこれってさ」


「あん?」


 そういって振り向いた和弥は、手に持っていた紙を俺たちに見せた。

 2回に折られていたらしいその紙は、ちょうどA4サイズだった。そこには、『ベトナム センター 街 名前 返ってくる数』というよくわからん単語の羅列。それしか書かれていなかった。


 ……こんなのが、ポストに入っているわけがない。


「……あれ、これってまさか……」


「……そのまさかっぽいと思うんだよ。ほれ」


 そして、和弥はその裏面を見せる。すると、そこには右下に小さく「Hint」と書かれていた。


 ……あー、これは……


「……あったんか。こんなところに」


「偶然って怖いな。つか、俺らいつもこんな役目じゃねえか」


 ヒントである。おそらく、例の爆弾解除に関するものだろう。

 まさか、ほんとに中央区の中にあるとは。わざわざ戦闘地域の中にぶち込むあたり、あいつらまともにヒント見つけさせる気がないだろうとすら思えるが、何はともあれ、おそらくこれで間違いないだろう。


「報告にあったヒントの形態と似てる。たぶん、これがあのヒントなんだろうな」


「ですが、これ何の意味があるんですかね? ベトナムに、センターに、街、名前、帰ってくる数?」


「ベトナム野球チームのセンターをやっている人の住む町の名前をみて、そこに帰った回数ってことか?」


「そのチームだってよ、ベトナムにだって野球チームいくつかあるぞ。センターやってる人なんていっぱいいるし、第一街に帰った回数なんてプライベートなんだからわかるわけもない」


「だよなぁ……何のこと言ってるんだこれ?」


 一種の謎解き要素となってきそうである。ヒントと銘打ってるから、簡単に数字は示してはくれんだろうとは思っていたが、ここまで意味不明とは思わなかった。クソテロリスト野郎どもは、どうやらフィクション刑事ものであるような、爆弾解体の時にやる謎解きクイズ大会でもやりたいらしい。


「(もうちょい簡単なのにしろよ……こんな難解なものにする必要ないだろ絶対)」


 そんな愚痴を心の中で吐きながらも、一応ヒントの回収は成功したので、持ち帰ることとする。


「まあ、一応ヒントは見つかったし、あとは引き続き任務をこなすとしよう。……新澤さ~ん、そろそろ次に―――」


 と、新澤さんを呼んで次の場所に移ろうとした時である。


「―――ハァ!? それほんと!? どこ!? どこにあるのよ!? ……え!? わからない!?」


「……え?」


 新澤さんが珍しく……というわけでもないが、それにしても結構な険相で怒鳴っていた。さっきのユイとどっこいである。女ってガチで怒るとそんなに般若のような表情をするのか。


「ちょちょちょ、新澤さん、どうしたんです? 顔が完全に獅子舞か何かになってますよ」


「そんなボケしてる場合じゃないわよ! ……でもこれ、さすがにデマか何かじゃないの……?」


「デマって、何がですか?」


「いや、さすがに状況からして考えにくくて……」


「なんです、何か持ち込まれたりでもしたんで?」


「ええ。その……」


「?」






「……司令部が、ここに“核”があるって情報掴んだらしいんだけど……、さすがにこれ信憑性低いわよね?」







「…………核ゥ?」


 俺らは一斉にそうハモった。そして、怪訝な表情を新澤さんに向けるのだった。



 サリンに続いて核兵器。もしこれが本当だとすれば、間違いなく一大事この上ないが……、はて?



「(……そんなのがあるって、島国に簡単に持ち込めるものじゃないぞ……どこの情報だそんなの?)」





 こればっかりは、少し情報自体に疑問を持つほかはなかった…………

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