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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第6章 ~疑念~
102/181

機械のお守り

 ―――そこから多くの時間が経過したが、テロ発生による混乱は昼夜構わず続いていた。


 時間がある程度経ったことによって、世界各国、日本各地の状況もようやくまとまってきていた。


 まず、世界各地で起きたテロは、脅威面では前代未聞というほどのものというわけでもないようだった。中には主要国の首都等で起きたこともあって、大きな混乱は発生していたものの、敵対集団の規模はそこまで大きなものではなく、大体は数日の後に収束させえることが出来そうな模様であった。中には、あまりに小規模だったため、すでに粗方制圧し終えた都市もある模様である。

 ただし、ロンドン、パリ、ワシントンDC、北京等一部の都市に関しては例外で、首都圏のほぼど真ん中で同時多発的に発生したうえ、東京と同じように一部が人質をもって立てこもるなど、長期化の様相を見せていた。パリに至っては、2015年末に起きたパリ同時多発テロの再来とあって、今まで以上の厳戒態勢が敷かれている模様であった。


 テロの被害にあった世界各国では、すでに政府から非常事態宣言が発令され、軍・警察が総出で治安維持に出向いている。アメリカでは、世界各国に展開している任務部隊に対して、最低限の戦力のみを残して即時帰国命令が出され、日本からは米軍がほとんどいなくなってしまった。第二次大戦後、ここまで米軍が居なくなったのは今回が初めてであろう。


 各国では多くの都市でテロ対処がされていく中……日本も、ほとんど休みなしの行動が続く。

 というより、なぜかはわからないがテロの規模としてはどう低く見積もっても日本のほうが一番大きかった。日本の主要都市の至る所で大なり小なり同時多発的なテロが発生しており、各地の地元警察や軍の部隊が総出で対処に当たっており、各地方からの援軍がお互い見込めない状態だった。陸軍に至っては予備役の人員も強制的に出動を要請する事態にまでなっている。

 どうやら敵は、主目的としている世界各国の首都の中でも特に東京を重点に置いているようで、先のホテル日本橋立てこもりをはじめとして、中央区完全封鎖を経て、東京とは厳戒状態に陥っていた。未だかつて、戦時以外で国の首都がここまで非常事態になったことは、世界的に見てもおそらく例のないものである。


 札幌、名古屋、福岡、仙台等の政令指定都市のほうでもテロは起きていたが、そちらは比較的小規模だったため、鎮圧は見込めるとのことだった。ただし、完全に治安が回復されるまでは部隊は動かせないため、東京方面への援軍は見込めない。

 特に、東京以外では大阪が一番悲惨だった。三大都市圏の一角なのに、軍の戦力が連隊規模部隊が1個のみ。その代り、安保闘争や西成で鍛え上げられた警察機動隊や特殊部隊はあるが、数に限りがある。

 大規模なテロが起こされたら、さすがに彼らの処理能力を超えてしまう。そして、今回それが実際に起こった形となった。

 東京ほどではないが、パリ同時多発テロみたいな形で、大阪都心の各地で同時多発的な銃撃テロが発生し、機動隊や特殊部隊などが総出で当たっているが、対処能力を地味に上回りつつあり、近隣の自治体から援軍を求めている有様だった。

 そのため、東京が麻痺している間の首都機能の一時的な移設も政府内では考えられていたのだが、このテロのせいでその検討はあっけなく潰えることとなった。

 現在は八尾空港を使って空中機動戦力を投入する等しているが、鎮圧に時間は要する様子だ。




 ……夜が明けて、多くの情報がまとまってくるうちに、日本はもちろん、世界各地で悲惨な状況になっていることが徐々に明確になってきた。

 どこもかしこも大混乱の最中だった。そんな中で、日本、その首都の東京は、世界で見ても一番深刻な状況にあることは事実であった。一部区画を大規模封鎖したのはいいものの、ここから中にいる、未だに大規模な敵の戦力をどうやって鎮圧するか。ゲリラ戦力としても動ける上、まだ行方不明の一般人が紛れている可能性もあり、動きは慎重にならざるを得なかった。



 ……多くの混乱をきたしながら、テロは3日目を迎える……






[10月28日(月) AM09:45 テロ発生3日目

           東京都江東区有明 東京臨界広域防災公園特察隊本部]




 テロ発生3日目。特察隊の司令部は、各機関・部隊の本部機能の集約のため、有明にある基幹的広域防災拠点である『東京臨界広域防災公園』に移動することとなった。

 ここは本来、首都圏で発生した地震などの災害時に基幹的な防災拠点として活用するために設置されたもので、総理官邸や各省庁などとの連絡網が繋がっているほか、各種災害対応設備を有する施設だ。しかし、テロの発生地域が中央区という、総理官邸と結構近いこともあって、テロ発生現場より遠く、周囲が川で、橋を通じての進入に対して警備がしやすいここに本部を移すことになった。つまり、他と比べて比較的敵が大っぴらに出入りしにくいのである。そのため、今現在総理官邸は一部の政府官僚がいるだけでほぼもぬけの殻である。

 一応、ここにも危機管理センター並の緊急対応設備は備えられている。そこを中心に、軍・警察・各防災・治安対応機関の本部機能をまとめることとなった。特察隊の本部も、それに伴い皇居前公園から急いで移したのだ。


 ……その東京臨界広域防災公園にある、地下の一室。結構広いこの部屋は、特察隊の本部として充てがわれた。中には、通信機器や東京都内の地図、特察隊が運用しているUAVの制御サーバー等、様々な機器が置かれていた。

 そのうちのとあるスペース。空間投影機器を操作し、壁の近くに東京都の中央区の地図を戦況図として投影されている場所に、都市迷彩を身に纏った者たちで形成された一つの集団がいた。


「―――本日の行動をするにあたって、改めて、今の状況を確認する。現在、東京都の中央区は厳戒状態にある。一昨日から、戦線はこれっぽっちも動いていない」


 その空間投影画面の横にいる羽鳥さんが、険しい表情を浮かべながら状況を説明する。その前には、俺ら特察隊の中から、所謂特察1班チームハチスカ特察3班チームノブナ特察5班チームシノビの3個班が集合していた。

 羽鳥さんの言葉に、俺を含め皆真剣な表情で耳を傾ける。


「俺たちが担当する東京都心部の各地域では検問が設置され、空は羽田空港がテロの収束を待つために全面閉鎖。海は都の周囲にある港は、緊急船舶を除いて原則出入り禁止。完全に人が自由に出入りできないよう厳重な管理がされるようになった」


 空間投影された地図の画面に、幾つかの×印と赤い点がしめされる。×で示されたのは、羽田空港と週にある幾つかの港。これらは使用不可の意味合いを示す。ただし、羽田空港は民間機の運用は禁止されたものの、代わりに空軍や警察の空中機動戦力の一拠点として代替運用されている。なんだかんだ言って、あそこは周囲がほとんど川、ないし海なため検問が起きやすく、警備が容易に可能なのだ。


「当然、中央区の封鎖は厳重に行われ、中にいるはぐれた一般人の救出も適宜進んでいる。しかし、未だに行方不明者はわかっているだけでも500以上。おそらくもっといる可能性がある」


「それは、ホテル日本橋にいる人質の数は抜いてですか?」


 二澤さんの質問に、羽鳥さんは頷いて答えた。


「そうだ。だが、正確な人数ではない。テロ発生時にホテルにいた人や、衛星写真から、周囲にいた人をある程度含めた人数を抜いた形となる。厳密には、この人数に若干の差があるかもしれん」


「ホテル日本橋のほうに犠牲者は?」


「まだその報告はない。元より、簡単に人質に手を出すとも思えんが、どれだけ低く見積もっても100前後の人数はいる。一人や二人なら、簡単に手を出す可能性も考えねばならん」


 二澤さんがつばを飲み込む様子が見て取れた。顔では冷静を装っているが、地味に焦りを感じていることはそのわずかな動作からうかがい知れる。額には、一筋の汗も流れていた。

 羽鳥さんは続けた。


「政府としてもすぐに奪還に動きたいところだが、敵の詳細がまだ完全に把握しきれておらず、未だにどこにいるかわからない行方不明の一般人に対する誤射も懸念してか、若干足踏みなところがある。情報をとにかく集めてから動くことだろうな」


「情報もいいっすけど、さっさと動かんとまた犠牲者増えそうっすけどねぇ……」


 和弥がわざとらしく周りに聞こえる声で“独り言”を言った。和弥なりの嫌味みたいなものである。ただ、和弥の言うこともご尤もだが、これはどっちの政府の考えもあながち間違いともいえないため、どっちを取るかは慎重に決めねばならないということも頷ける事実であった。

 羽鳥さんもそれを頭に入れていたのか、和弥のそのあからさまな嫌味は斥けなかった。


「まあ、二次被害があまりに多くてもマズイ。ここは我慢のしどころだ。……とにかく、まずはこちらが動きやすいよう、さらなる情報の収集が必要だ。特に、対空火器の位置情報はしっかり把握せねばならん」


 そういって、羽鳥さんはさらに空間投影された地図に情報を追加する。先ほどのバツ印や赤い点は消え、今度は赤い三角マークが幾つか示された。中央区内に、ざっと数えるだけでも十数個ある。


「現在わかっているだけでもこれだけの対空火器の存在が確認されている。UAVなどで確認したところ、ほとんどは旧式のスティンガーと思われる。だが、携行型のもののため、おそらくいくつかは移動している可能性が高い。わざわざ定点的にその場所に留まる必要もないからな」


 スティンガーは、今回の武装集団が持ち込んだとされる旧式の携行型対空ミサイルだった。旧式ではあるが、低空を飛ぶことがあるUAVにとっては脅威になり得る。ヘリならまだしも、UAVにはフレアなどはない。撃たれたら最後、貴重なUAVはただの鉄くずに帰する。

 しかし、かといってヘリは安全かと言えば当然そうではない。フレアなどの回避機能はあるとはいえ、死角から近距離で撃たれたらひとたまりもない。市街地の中でも、特に複雑な都市部のため、その撃墜率は必然的に上がらざるを得ない。

 対空火器がどこにどれほどあるか。少しでも排除しなければ、迂闊に中に入ることはできず、軍の機動展開能力は低くならざるを得ない。


 そのため、目下最優先として、この対空火器の存在をできる限り特定、できることなら極力排除することが目標とされた。


「武装集団の詳細についてはまだ不明なところが多いが、まず敵の持つ対空火器の位置のさらなる調査が必要となる。今後数日は、この中央区内にある対空火器の存在を突き止め、後に行われる奪還作戦における空中機動展開に向けた驚異の排除を実施する。お前らはその先鋒だ。いいな?」


 間髪入れず威勢のいい返事が返った。中央区にある対空火器の数や、粗方の位置さえわかれば、それを元に事前の脅威の排除も容易に進む。あわよくば、その場所で排除することもできれば、空の上にいる連中は安泰だ。

 羽鳥さんによれば、すでに特戦群の連中も中央区の中に入り、人命救助と並行して、この対空火器の捜索・排除を実施しているらしい。俺たちは、いわば追加戦力のようなものだ。


「あの、一つよろしいですか?」


「ん? どうした、篠山」


 一つ気になっていたこともあって、俺は羽鳥さんに質問した。


「一昨日から、警察や我々軍のほうにむけられた“爆発物”の件、あれは我々は動かないということでいいですか?」


 爆発物。それは、一昨日にSNSに放たれた“ルール”に基づいた、4つの高層建築物に設置された爆発物のことだ。

 あの後の調査で、HNWIを用いたものであることはほぼ間違いなく、その威力ならいずれの建築物にも大きなダメージを与えうることが可能とされた。 晴海シーサイドオフィスタワーや東京タワーのような老朽化した奴の場合は、下手すれば建物を支える支柱が幾つか破壊され、バランスを崩して倒壊する可能性も否定できないという情報もある。


 あれを解決するヒントは、東京都23区のどこかにばら撒いたといっていたが、あれ以降、情報がこっちに来ていなかった。解決したわけではない筈なので、たぶんどこかで探していることであろう。


 羽鳥さんは思い出したように続けて解説した。


「あぁ、そうだ。それについてだが、警察の方ですでに幾つかのヒントは見つけたらしい」


「え、もうですか?」


「案外近くにあったらしい。すべて、港区の方だった。計2つ」


「港区……」


 中央区のすぐ隣じゃないか。23区にばら撒いたって言ってながら、案外その範囲は小さいのだろうか。羽鳥さんもその可能性を示唆していた。


「もしかしたら、割とすぐ近くにあるかもしれない。警察の方から、中央区の方にもヒントがあるかもしれないことが報告されており、あわよくばそれも見つけてもらいたいということだ」


「ちなみに、どこにそのヒントがあるんです? ご丁寧に封筒にでも仕舞ってるんですか?」


「残念ながら二澤准尉、封筒ではなくただの紙切れだ。A4サイズの紙がどこかに放り投げられてるらしい」


「それを見つけろってんですか? 4枚どころか1枚も見つけれる自信がないっすよ。よくまあ警察2枚も見つけましたね」


「人海戦術と運だそうだ。とにかく探したそうだぞ、夜通しで。ゴミ箱の中から公園の砂場の中まで。結果的に、近所のポストの中に二つとも隠されてたそうだ」


「二つともですか?」


「二つともだ。もしかしたら、残り二つもポストの中に隠されてるのかもな。まあ、仮に中央区の中にそのヒントが置かれてたとして、そのポストがぶっ壊されてたりしたら、その時点でアウトだけどな」


「うわ~ぃ……」


 二澤さんはそのまま苦笑した。そんな目にはあいたくはないと顔で言っている。

「ポストにあるならそれくらい言いなさいよケチ」という新澤さんの愚痴に全力で同意しつつ、これから行く範囲にあるポストがどこにあったか思い出す。前回中央区に行ったときにポストなんて見てる暇はなかったが、記憶をたどって思い出せる範囲では数個あるにはあった。

 今時コンビニにもポストは設置されてるので、それも含めるとなると結構な数になると思われる。


「……なあ、中央区にポストってどんくらいあるんだ?」


「ざっと数えるだけで3桁は優に超えますよ。厳密に数えるのも面倒なんですがご希望ですか?」


「いや、いい……」


 ユイに聞いたはいいものの、即行で帰ってきた数を聞いて絶望するしかなかった。少なくとも100以上あるポストの中からA4の紙を探せという。こっちはたかが数十名しかいないんだけど? それを戦闘とかしながら探せというのかな? ……バカかな?

 それで、結局中央区になかったら俺たちの努力はすべて無に帰するわけで……ハハハ、勘弁してくれませんかね。


「(……なるほど。そういう意味での“ばら撒く”なのかな?)」


 ポストなんて至る所にびっしりある。文字通りの意味でのばら撒くというよりは、そのばら撒かれたように無造作に配置されたポストのどこかに向けてばら撒いたということなのだろうか。ポストに放り込んだよ、みたいな。都内23区にむけて、というのも、あくまでその先はポストであることを前提で言っていたのだとしたわあまり納得できないでもない。


 ……でも、やっぱり初見でその意味を読み取れと言われても無茶な話で、誰もそんなことわかるわけもないし、ただのゲーム感覚でいるんだとしても、結局「せめてポストにあるよぐらいいってくれりゃいいのに」という新澤さんと同じ愚痴に至る。

 ……やはり、本当の意味で遊びゲームやってる感覚なのだろうか。俺たちは遊ばれてるのだろうか。


「(……爆弾を扱った遊びなんてあまりしたくないんだがな)」


 爆弾遊びなんて子供でもやらん、と思う。

 そんな呆れたような、そんな複雑な心境になっていると、羽鳥さんはまとめた。


「とにかく、例のヒントとやらを確保しつつ、中央区内にある対空火器の捜索・排除を行う。先ほど、規定に則って政府に貸し出される予定だったロボットも、R-CONシステムの改修によってどうにか運用のめどが立った。今日の午後には現地に投入されることになる」


「やっとかよ……」


 周りから一様にそんな感じの声が漏れる。例の政府が管理して治安維持戦力にするロボットは、不具合があったR-CONシステムの改修を受けてどうにか運用できるようになったらしい。勝手に処理落ちしていらん負担をこっちにかけやがって、みたいな不満は結構周りからあったようだ。元より、治安維持においてはあのロボットらが色々と動くこと前提で想定していたのが大きい。

 とにかく、やっとロボットが動かせるなら万々歳であろう。あとは、危険なことはロボットに粗方任せることができる。


「各自に対する詳細な作戦は追って伝える。突入は1100時に3個班同時に実施。それまでに、各自準備を整えておくように。……では、解散」


 出撃前のブリーフィングはいったん終わり、出撃に向けた準備のために皆バラバラに分かれていった。一先ず、一種の敵情偵察と脅威の排除になるため、極力武装は軽めに済ませることとなる。新澤さんは他の機関の部隊との調整のために部屋を離れ、和弥は愛用のMSG-90の整備をしに武器庫へ行った。


「(よし、あとは自分たちの装備の整理をして、作戦が言い渡されたら二澤さんたちと今後の動きの調整をして……)」


 頭の中で今後の予定を組み立て、自分の装備の整理をしようと部屋を出た時だった。


「……うん?」


 廊下には、少し遅めにトボトボと足を進めるユイの姿がいた。元気がないわけではないと思うが、顔を下に向けて、両手で持っている何かを見ているようである。

 ……静かに後ろに近づいた俺は顔をひょいと覗かせながら声をかけた。


「……何してんだ?」


「ひぃぇッ!?」


 どんな驚き方だよ、と今更なツッコミを心の中でしつつ、肩をビクッとさせながらも両手ではしっかり落とさず持っているものを見た。


「……ん? なんだ、俺があげたヘアクリップじゃん。どうしたんそれ?」


 手に持っていたのは、俺が結構前にプレゼントしたお手製の桜色のヘアクリップだった。裏面に刻んでつけた『My Buddy』の文字もしっかり残っている。時間経ってるしそこそこ削れてると思っていた。この文字も一応縫って書いたものである。

 ……ずっとこの文字見てたんだろうか?


「え、えっと……別に、その……」


 別に、という割には結構動揺しているように見えるのは、おそらく目の錯覚ではないと思う。誤魔化しきれてないのは、ロボットだからなのか、それともそういう性格なだけなのか。


「もしかして、糸緩んでるのか? 何なら、あとで結い直すけど……」


「ユイだけにですか?」


「……ごめん、今気づいた」


 ユイのヘアクリップを結い直す、て、気づかないうちにギャグになってるのを、お前はなぜ動揺しつつも見逃さず指摘できるのか。そこは譲らないのか。


「んで、そのヘアクリップどうかしたのか?」


「え、え~っとぉ……特にどうかしたというわけでもなくて……その……」


「ん?」


 最後らへんが聞こえない。ぼそぼそと呟いてはこっちを窺っている。……いや、人間の耳はそんな小さい声聞き取れるほど高性能じゃないのだが。


「いえない……ずっと文字みてたなんて言えない……」


「あん? なんか言った?」


「ひぃえ! な、なにも言ってません!」


「思いっきり噛んでんじゃねえか落ち着けマジで」


 冷静さを欠くロボットというのも新鮮である。正直な話。


「え、えと……別に、ヘアクリップがどうかしたわけでもなくってですね……」


「じゃあお前がどうかしたのか?」


 というか見る限り絶対どうかしてるんだと思うが。


「え、わ、私は元から正常ですよ、ハイ! ええほんとに!」


「……」


 ……そんな思いっきり誤魔化すような声だしたら余計怪しまれることを知らない純粋さが、コイツの一種の魅力である。

 図星なようなそんな感じの顔を浮かべてはいるが、取り合えず触れてあげないようにしつつそのヘアクリップに話を戻す。


「まあ、正常ならいいんだけどさ……そのヘアクリップどうしたんだよほんとに。何か壊れた?」


「壊れたっていうか……壊れるのが心配っていうか……」


「なんじゃそりゃ」


「いや、ほら。今まで私、これを一先ずお守りがてら持ってたじゃないですか」


「ほう、そうなのか」


 じゃないですか、って言われても俺それ初めて聞いたんだが。お守りにしてたのかそれ。俺の作ったヘアクリップに神のご加護はあるのだろうか。


「でも、鉄帽とかつけてる内側にこれをつけるのもまずいので、一先ずポケットに入れてたんですけど……」


「おう」


「……入れてると、下手すれば銃弾当たった時壊れますよね、これ」


「……あー」


 ……なるほど。理解した。妙に遠い目で目線をそらしながら気まずそうな顔を浮かべているが、要は俺が手作りしてプレゼントしてあげたヘアクリップを、銃撃受けたときに当たったりして壊したくないということか。

 でもお守り代わりにしているのでどっかに置いていくわけにもいかず、どこにしまうかでさっきまで悩んでいたわけだな。ようやく理解した。


「一昨日あの3人の娘たち助けたとき、ちょっと銃弾受けたじゃないですか。あれは背中だったんでよかったんですけど、あれ逆に真正面から受けてたら間違いなく胸ポケットに入れてたこのヘアクリップに命中するんですよ……。それからちょっと持ってるの怖くなって」


「お守りを持つのが怖いとかなんという皮肉」


 縁どころか無用な心配のネタになるあたり、お守りの役目をなしていないようなそうでないような。


「でもそんな気にするもんでもないだろ。壊れたら直せばいい話だし」


「いや、でもせっかくもらったものをそうむやみやたらと傷づけるのは私の良心が……」


「え、お前良心あったんだ」


 初めて知った。


「あの、私どんなふうに見られてるんです?」


「そりゃもう下手すれば殴りかかる暴力そうt」


「あーさいきんみぎうできたえてなかったなー」


「ごめんマジごめん冗談だってそれ仕舞ってお願い」


 とてつもない棒読みで右手に拳を作り始めたため即行で止める。……でも、こんな感じのボケみたの久しぶりのようなそうでないような……。


「(……まあ、すぐ赤面しやがるわけだが)」


 でも、そうなってすぐにため息をつきながら目線を反らして、羞恥と若干の怒りを覚えながら震えているあたり、まだ“治っていない”らしい。……ボケが繰り出せる程度には回復したとみればいいのかどうなのか。でも若干涙目なあたり耐えてたのだろうか。


「(……耐えるぐらいなら無理せんでもいいのに……)」


 そんなことを言ってもたぶん無駄なのだろう。自分なりに回復しようという努力の結果なのである。水を差すのはうまいことではない。


「まあ、なんだ。大切にしてくれてるのはありがたいことこの上ないのは間違いないんだが、そこまで神経質にならんでも大丈夫だぞ? 壊れたらなおしゃ即行で復活するんだよ。ロボットと同じだって」


「道具って大切にしません?」


「大切にはするけど、限界ってもんが世の中にはあるよ。大丈夫だって、お前ならまず当たる前によけるだろうし」


「……否定できないのがなぁ」


「あ、しないんだ……」


 いやまあ、あのタイタンの銃撃をすらすらとかわしちゃうような奴だし間違いないか。


「なに、タイセツしてくれるのがわかっただけであげた側としては感謝感激の極み。その気持ちはしっかり大切にしてな」


「はぁ……わかりました」


「ん。そんじゃ、出撃前に装備の点検でも終わらせるか。ヘリの出発は1035だからな。さっさと終わらせろよ」


「……了解」


 そういって、自分が持っていたヘアクリップを少し見つめていた後、胸ポケットにしまって自分の装備を取りに行った。仕舞うとき、少し微笑んでいたようなそうでないような……。


「……まったく、細かいところまで気にかけんだからよ……」


 結局は一つのお手製ヘアクリップなだけなのだが……それでも、アイツにとってはよほど傷つけたくはないものらしい。でも、気持ちはわからんでもない。人間でもよくある。傷つけたくないものは一つや二つ持ってるものだ。


「(……まあ、俺は失ったけどな)」


 アイツにはそんなことはさせたくはない。せっかく人間らしく傷つけたくないものができたのだ。それを守りたいというなら、それの手助けをしてやるのも相棒の役目である。

 そう思いつつ、時間は10時を回り出発が迫ってるのを確認して、自分の装備を取りに行くためユイの後を追った。





 ―――その後の1035時である。


「よし、全員集まったか?」


 東京臨界広域防災公園に設けられているヘリポートには、3機のブラックホークが待機していた。すでにローターを回し、いつでも飛び立てる体制となっている。


「全員集まりました。いつでも行けます」


「よし。これより再び中央区に乗り込む。担当地域はすでに渡っているな? これより現場に入り、対空火器を中心とした敵情偵察を開始する。ただし、途中で一般人を保護した場合は、敵情偵察の任務を一時放棄しそちらの避難を最優先。いいな?」


「了解!」


「オッケーィ。そんじゃ乗り込むぞ。搭乗!」


 二澤さんの威勢のいい合図とともに、俺たちは3つのそれぞれの班に分かれてブラックホークに乗り込んだ。俺たち5班の担当するのは、いつもの敦見さんと三咲さんのペアの機である。


「全員、持つ物持ったか?」


「こっちはオッケー」


「隊長殿ー、おやつは1000円までですかー?」


「持って行けるかバカ。ていうか1000円って高いわ」


 今時遠足でそんな豪華におやつ代持って行く子供がいるだろうか。いや、時代も変わったし、もしかしたらいるかもしれない。


「……ん?」


 ふと、ユイのほうを見た。

 ユイの右手には、例の俺が挙げたヘアクリップがあった。ユイは一瞬だけそれを胸に当て、祈る様に目を閉じたと思うと、すぐに胸ポケットにしまった。

 ……ほんとにお守りにしてんだな。


「(……ロボットのお守り、か)」


 機械であるロボットも神頼みをするようになったということなのだろうか。いや、それは今までも何度もあったが、これはそれが行動となって表れたものだろう。科学の存在であるロボットが、非科学である神に祈るというのはなんとも皮肉が効いている。これは、一種の“成長”とみるべきなのかどうなのか……。前より人間的になった、という意味では、成長に値するのだろうか。


 しかし、いずれにせよあげた側としては、やはりそのような使われ方をして感謝感激の極みである。よほど大切なものなのだろう。あまり傷つけたりしないよう、こっちも配慮しなければ。


「祥樹、こっちは閉めたぞ」


「オッケー。ドア閉鎖確認」


 時間が来た。すぐにコックピットに知らせる。


「ドア閉鎖。離陸オッケーです」


『了解。ほんじゃいくで。シートベルト締めなはれや』


「了解」


 座席についてベルトで体を固定すると、機体はふわりと浮き上がった。外では、他の班が乗った2機のブラックホークも地を離れ、列を成して中央区へと向かい始めた。

 もちろん、向かうといってもヘリにとってはすぐそこである。



 テロ発生3日目。






 俺たちは、2回目の中央区進入を行う…………

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