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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第5章 ~勃発~
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逃走

 トマホークが突き刺さったタイタンは完全に沈黙した。瓦礫の下敷きになり、完全に死んだ機械の巨人と化している。

 未だに瓦礫の粉塵があたりに舞っているが、それも直に収まった。元々建物だった瓦礫の下から、部分的にタイタンが姿を見せている。だが、あまりにバラバラで、原形らしい原形が見当たらない。


「……やったか……?」


 本来ならフラグとなる一言だが、それでも、これはフラグにはならない自信があった。

 徐々に近づいて確認する。瓦礫の目の前に来ても、タイタンは動かなかった。無残な醜態をさらし、ただの金属へと降格したそれは、忌々しく俺を見ているようだった。


「……やられたみたいだな」


 そして、近づいてもこれっぽっちも動かないタイタンを見て、俺たちは、何とか巨人を倒したのだと確信するに至った。

 ……ひどい戦いだった。まさか、進んでフレンドリーファイヤをし合うことになろうとは。


「とりあえず……最後は、これですかね」


「ん?」


 ユイはそういっていつの間にか持っていた白いハンカチを出して、それをひらひらさせた。

 ……まーた闘牛ネタである。


「それは観客が俺たちに対してやることだろ?」


「いいじゃないですか。ここに観客はいないんですし」


「いてもらっちゃ困るけどな」


 ほんと、真顔でこうしたボケをかます余裕があるコイツが羨ましい。ロボットゆえか。それはロボットゆえなのか。

 白いハンカチをひらひらさせるのは、闘牛において観客が「素晴らしい演技をした闘牛士」に対する称賛の意味合いを込めてやる行為だ。

 また、そうやって称賛された闘牛士は、最後に自分で殺した牛の耳をプレゼントされたり、会場を練り歩いてる時に、これまたその闘牛士を称える意味で観客から帽子を投げ込まれたりするらしい。


 ……よくまぁ、そんなこと知ってるもんである。必要なのかどうなのかは知らんが。


 そんなボケに苦笑をしつつ、俺は無線を入れた。


「シノビよりワービック。トマホーク命中確認。敵撃破。……援護感謝する」


『こちらワービック。確認した。お安い御用だ。本艦は引き続き対地支援任務に入る。要請はすぐに言ってくれ』


「了解。それじゃあまたあとで」


 海軍の艦船が放った正確無比の対地攻撃に礼を言いつつ、今度は司令部にも伝える。


「シノビよりHQ。……タイタン撃破。そっちから確認できるか?」


『確認した。識別ビーコン探知範囲内のはずだが確認できないので、完全に機能を停止したと思われる。……よくやった。お疲れさん』


「お疲れさんじゃないっすよ……一体全体なんでこんな目に」


 一先ず、暴走したタイタンを撃退したのはいい。だが、そもそもの問題としてなぜこんなことになったのか。なぜ俺らが敵と認識され、一切の外部からの操作を受け付けなかったのか。

 疑問は、まだまだ多い。


『その点に関しては現在調査中だ。おそらく、IFF、及び各種通信機能の不具合によるものと思われるが……』


「不具合ね……」


 そんな複数の不具合が一気に来るものなのだろうか。そんなんで操作を受け付けないなんてことがあるのか甚だ疑問だが、今の俺らにはそれは正確にはわからない。向こうにも専門のエンジニアがいるのでそっちに任せるほかはないだろう。


『一先ず、本体の状態をこちらで確認したい。そこからメインAI機器を回収できるか?』


「メインAI……」


 タイタンの頭脳にあたるハードだ。それを回収して、解析にかけるつもりなのだろう。

 だが、この残骸から回収しろと言われても……タイタンは完全に下敷き。無理に動かして実は生きてましたってなったら冗談では済まない。奴にはしばらくの間、ただの金属でいてもらわねばならないのだ。

 ……とはいえ、事が事である。確かに、今後のためにそれを回収する意味は大きい。


「鉄筋コンクリートばっかだからなぁ……X線スキャンかけても届かんだろ?」


「ちょっと無茶ですね。というか、仮にX線が届いても手が届く範囲になければ意味ないんですけどね」


「だろうな」


 適当に手探りで探してみる。ユイにはその間周辺を警戒してもらった。

 タイタンのメインAIのハードは頭部にある。頭部は、両肩に背負い式で乗っているガトリング砲と中型グレネードライフルの間にあるが、その頭部が中々見つからない。

 トマホークが着弾する直前までは瓦礫からはある程度露出していたため、そんなに深く潜ったりはしていないはずなのだが……。


「(あれ~? どこにあるんだそれ……)」


 元々そこまで大きくないハードであるため、瓦礫の積み重なり具合によってはうまい具合に隙間に入ってしまっている場合もある。そうなると、タイタンの暴走の原因を直接調べることはできない。

 間違いなく、これの原因はタイタン本体にあるのだ。どうにかして回収はしたいが……


「(後回しにしたら、下手すりゃ他のタイタンも同じことが起きる可能性もあるし……)」


 俺らみたいにどうにか対処できるとも限らない。その被害が、まだ逃げ遅れている一般人にも及んでしまっては厄介だ。

 できる限り今のうちに見つけておきたい……


「……あ」


「?」


 ……が、そう簡単にさせてはくれないらしい。


「……敵襲です。データリンクより、南から重武装集団が接近。もうこっちに来てます」


「なッ!?」


 くそ、こんな時にか。俺は思わず舌打ちをした。


「編成から……さっき、私たちを追っていた奴らですね。復活したようで」


「チッ、しつけぇ野郎共だ。そのままぐったりしてりゃいいものを!」


 タイタンに襲撃されるまで、俺たちを追っていた奴ら……まだ完全に撃退してはいなかったらしい。

 体勢を立て直してこちらに再度攻め立てて来たのだ。マズイ、まだこっちはハードを回収してないってのに。


「どんくらいでくる?」


「5分ちょいぐらいできますよ。どうします? 盾になりましょうか?」


「相手は重火器だ。あの巨人みたいに木端微塵になりたいか?」


「金属に戻りたくはありません」


「ならあんま無理すんな」


「……了解」


 妙に残念そうなのは気のせいか。とはいえ、一先ずユイに時間は稼がせる。その間に、メインAIのハードを見つけねばならない。


「ちょっと時間稼いでてくれ」


「いいですけど、倒してしまっても……」


「構わんけど無理はするな」


「ですよね」


 毎度毎度、時間稼ぎをただの無双タイムか何かと勘違いしてるから困る。尤も、そのほうが本人的にもやりやすいのだろうが。

 ユイが瓦礫の元から一旦離れ、少し南下した。その間に、俺は瓦礫をかき分け、ありそうなところを徹底的に探す。

 ユイが戦闘を始めるのにさほど時間はかからなかった。ユイから「戦闘開始」の無線が入るとともに、南側では銃撃の音が反響して響いてきた。


「(始まった)」


 こっちも急がねばならない。向こうは数に任せて押し込んでくるはずだ。ユイとて長くは持つまい。

 どけるだけの瓦礫をどかし、奥にあるものを全部外に出す。案の定、残骸と化したタイタンの金属類も大量に出てきたが、未だに若干熱い。相当熱せられていたらしい。


「どこだ……どこにある……?」


 どかせるだけの瓦礫をどかしまくり、それっぽい金属類を探していた時だった。


「……お?」


 やっと、頭部を見つけた。頭部自体はそこそこの大きさがあるため、中にあるメインAIを抜き取って、それをさっさと持ち帰られればいい。

 頭部をいじり、メインAIに該当するハードを探す。設計図は司令部に問い合わせて手に入れたものを、HMDを通じて視界内に表示させている。

 メインAIのハードはそこまで大きいものではなかった。頭部に完全に接着しているわけではなく、メンテナンスも考えてハード自体は取り外しできる箱型の仕様となっていた。それを取り出そうとするも……


「……あっつッ!?」


 そのハードはひどく熱せられていた。機能を停止させてから少しばかり時間がたち、大分冷やされたと思っていたが、そんなことはなかった。というより、使用頻度が高いメインAIはその熱暴走を防ぐために冷却機能は万全に備わっていたはずで、このタイタンにもそれがなかったわけではない。

 冷却機能がない状態であそこまで長時間稼働するのは無理なので、間違いなく機能はしていたはず。それでもここまで熱せられているということは……。


「(……どれだけ動かしまくってたんだコイツ……)」


 CPUがどれほどフル回転されていたのか、こればっかりは想像できない。機能が止まった後でもこれなので、先ほどまで動いていた時は、どれほど熱せられていたか……もしや、暴走はそれのせいなのか?

 様々な憶測と疑問が脳裏をよぎるが、とりあえず、手で持てる程度には冷やさないといけない。

 ちょうどよく小型の水筒を持ち合わせていた。中には水が満タンで入っていたが、どうせ使うことはほぼないので、中身をほとんどぶっかける。

「シュ~」という熱が急に冷める音と、それによって急激に冷やされた熱が水蒸気となってハードから立ち上ってきた。ハードには排熱として幾つか穴が開いているため、本当は水なんてかけたら間違いなくそこから水が入って壊れるのだが、元からほとんど壊れているようなものだし、解析する過程では別に水がかかっていても修復はできるので問題はない。今は、持ち運ぶこと優先で行く。


 水をかけたことにより、どうにかグローブ越しに持てる程度には冷やされた。あとは冷たい10月後半の空気に当てていれば、勝手に冷えていくだろう。

 回収は成功。あとは逃げるのみである。


「ユイ、こっちは回収した。さっさとずらかるぞ」


『すいません、あと1分待ってください。スコアがやっと10行くんです』


「ゲームじゃねえんだぞアホんだら。さっさと亀島川方面に行け」


 ジョークにしても悪質過ぎるわ。FPSゲームだけでやってろってんだ。


「亀島川に向かって、近くの船着き場からボートをかっさらう。それで川を下っておさらばだ」


『ボートありましたっけあそこ?』


「あることを願え。少なくとも船着き場はあったはずだ」


 亀島川のほうには、小型のボートの船着き場があった。あそこにあるプレジャーボートを借りて、隅田川方面に逃げれば、向こうはまず追いつけない。隅田川は川幅が広いため、南側を通っていけば敵の重火器といえど簡単には届かない。届いても、あたりはしないだろう。

 後は月島あたりで味方のヘリか何かに拾わせればいい。ヘリはすでに新澤さんを通して要請をすることにした。


 ユイと合流し、今度は東へと向かう。


「船着き場を目指す。援護頼むぞ。こっちは両手塞がってんだ」


「了解」


 カバーはユイに委任し、後はとにかく東の亀島川へと向かう。記憶が正しければ、ここから亀島川の船着き場までは200mと離れていない。そう遠くない距離だ。

 しかし、敵はいつの間にか増えていた。よってたかって俺たちを殺しに来る当たり、よほど俺たちが生きてるのが都合が悪いらしい。もしかしたら、このタイタンのメインAIを狙っている可能性もある。


「(今回のタイタン暴走に奴らが絡んでるなら……確かに、証拠として持ち帰られるわけにはいかないだろうな)」


 そう考えれば、俺たちを必死に追いかけるのにも納得がいく。だが、仮にも国防軍のクラウドネットワークの制御下にあったタイタンを、ただのテロリストがどうやって掌握できたのか。そういった疑問もある。最近のテロリストは軍を相手にクラッキングもできるのだろうか。


「(……そんなハイレベルな奴らばかりとも思えんが)」


 そんな疑念を抱きつつ、俺はさらにユイに言った。


「ユイ、今敵どんくらいいる?」


「軽トラ3台。ボスらしきバン1台。その上に機関銃やらアサルトライフルやら、あとRPGやらを持ったのが複数人。数えるのがちょっと面倒なんですけど、正確な数字知りたいですか?」


「いや、大体どんくらいかは察しが付く。ボートに着いた後ちょっと時間がほしいが、稼げるか?」


「稼げますけど、私としてはさっさと接近戦でですね」


「人間の世界には急いては事を仕損じるってことわざがあってだな」


 別に焦ってるつもりはないのだろうが、あまりここで一々前面に出る必要性はない。この後の戦闘もある。今の段階で無理にリスクをしょわせるわけにはいかなかった。

 俺たちはそのまま、高いビルが乱立する場所を右へ左へと道を変えながら逃げる。亀島川はもうすぐ近くだ。船着き場の場所をHMDに表示させた地図で確認し、そこへと到着する。


「えっと、ボートは……、あ、あった!」


 今回は運が良かった。船着き場には、小型のプレジャーボートが停泊していた。ウインドシールド付き、大体2、3人ぐらい乗れるくらいの大きさだった。

 小型の奴ならある程度速度も出せるだろう。これを使って、全速力で隅田川のほうに逃げる。


「ユイ、後ろで援護射撃を頼む。俺が運転するから」


「いいですけど、祥樹さんいつの間に免許持ってたんですか?」


「免許? そんなん持ってねえよ」


「……はい?」


 ユイがボートの後ろでフタゴーを構えながら、若干呆れた表情でこっちを振り向いた。


「……ないんですか?」


「ないよ。そんなんとる暇もねえ」


「免許もないのに運転できますかね?」


「10年前に沖縄に旅行いった時、何度となく親が運転してるの見たからな。今でも覚えてら」


「うっそーぉ……」


 若干苦笑気味のユイだが、これはほんとの話で、昔沖縄に行った時、親がプレジャーボートの免許を持っていたこともあって海で何度も載せてもらった。そのせいか、簡単にではあるが今でもそのやり方を覚えている。

 今乗っているのも、大体同じ型の奴だった。運転する「だけ」なら、俺も一応できる。


「よし、エンジンかかった。燃料は……わお、ほぼ満タン」


 元々別の用途で使うためにとっておいたのだろう。ボート自体は万全の態勢だった。


「きましたよ。早く出してください」


「あいよ、じゃあ掴まってな!」


 すぐにエンジンを全開にし、ボートを出す。目指すは隅田川。すぐ目の前にある高橋の下をくぐり、一気に川を南下。

 向こうも、仮にも車を使ってるため、ボートの右後ろの位置から全力で追いかけてきていた。だが、ユイが牽制の弾幕を放っていたためまともに弾が撃てず、すぐに今度は南高橋の下を通過。あとは亀島川水門を突破し、無事隅田川に出た。割とすぐ近くに隅田川への出入口があったのだ。

 その後もどうにかして川沿いを南下しながら追いかけてきていたが、ボート自体が隅田川の対岸の佃島・月島方面に行ったのを見ると、追跡を諦めたのか、急いで内陸側に車を向けていた。


 ……すると、


「……おお、サムライが来たぞ」


 鋭く風を切るローター音とともに、低空をJAH-1サムライ攻撃ヘリが飛んでいった。隅田川の上を通って北上してきたのだろう。敵が追跡をあきらめたのは、コイツの接近を知ったからのようだ。

 サムライのスタブウイングから、2発の対地ミサイルが放たれ、それが途中で破裂。中から小型の誘導弾頭ミサイルが複数放たれ、それぞれが独自の意思をもって建物の隙間に突っ込んでいった。

 爆発はすぐに起こり、無線から、敵の撃破を知らせる報告が入ってきた。


「マルチヘルファイヤですか……便利ですね、あれ」


 ユイが感心したようにそういいながら、フタゴーを下ろす。


 マルチヘルファイヤは、多弾頭型の対地ミサイルで、複数の小型目標を個別に撃つときに便利な武装だ。今回みたいに、ビルの隙間に逃げ込んだ敵に対して放ち、小型の誘導ミサイルへと分裂した状態でビルの隙間に起用に入り込んで撃破する。ある意味、市街地戦に特化したようなものだ。


「向こうは仮にも車使ってんだし、チェーンガン使うより手っ取り早いって思ったんだろうな。隙間に入られたら地味にチェーンガン届きにくいし」


「しかし、なんでここにサムライが……来るって言ってましたっけ?」


「どうせ新澤さんが気を聞かせて寄越したんだろう。あとで礼を言っとかないとな」


 タイミング的にもバッチリだし、まず間違いないだろう。あの人ならやりかねない。

 敵を撃破したサムライは、そのまま俺たちの上に張り付いて上空からの援護体勢へと入ってくれた。時折、先ほど撃破された仲間から連絡を受けたらしい敵が隅田川のほうに顔を出すが、適宜サムライのチェーンガンや対地ミサイルが火を噴いて撃破してくれた。おかげでこっちは悠々と隅田川をクルージングである。


 月島に到着すると、月島川水門から月島川に入り、屋形船の止まる船着き場の横を進みながら、さらに奥の月島橋の奥にあったボートの船着き場にプレジャーボートを止めた。

 幸いなことに、予測されていた激しい銃撃戦はそこまで起きなかった。船体にも傷らしい傷はなく、運転に支障がなかった。こればっかりは運が良かったとみるべきだろう。


「いやぁ、うちの相棒が妙な特技を見せてきてちょっとびっくりでしたわ。ボートの無免許運転とか」


「見様見真似でやったらうまくいっただけだ。……よし、後はヘリとの合流地点へ行こう。時間が時間ならすでに待ってるはずだ」


「了解。やっと休めるわけですね」


「ああ、やっとだ」


 ようやく一休みできる。そういった安堵感を俺たちは互いに感じていた。

 一先ず月島川をそのまま南東へ進み、近くの5階建てのマンションの屋上へと登る。そこが、新澤さんへ連絡を入れて設定した合流地点だった。

 マンションを登ると、ちょうどいいタイミングでヘリが到着した。陸軍のUH-60JA。部隊マークからして第1ヘリ団のものだ。

 狭いスペースに起用に降ろすと、屋上の床からほんの少し浮かせた状態でホバリング。これはそのまま降りると下手すれば屋上の床が抜け落ちることからの配慮だった。ほんとに器用に浮かせている。


「待たせたわね、お疲れ」


「お疲れ様です」


 ヘリのドアが開かれると、新澤さんが出迎えてくれた。新澤さんに持ちよったタイタンのメインAIを預けるとともに、自分らも中に入ってやっと一息入れる。


「ふぅ~……」


 ようやく体の力を抜ける時間となった。俺とユイを収容したヘリは、すぐさま上昇し、特察隊の仮設本部のある皇居前公園へと針路を向ける。


「お疲れさん。ほれ、水」


「お、サンキュー」


 和弥が水の差し入れをしてくれた。ペットボトルのミネラルウォーターなので、たぶん時間の合間を縫ってそこら近所の自販機から買ってきたものだろう。結構冷たいので、まだ買ったばかりのようだ。


「災難だったな、二人とも。まさか心強い味方であるはずのタイタンにブルーオンブルー喰らうとは」


 和弥が少しおちょくるようにそういった。災難では済まない、と愚痴りながら俺はため息をついた。


「あんな災難はまっぴらごめんだ。何がうれしくてあんな巨人からガトリングやら鉄鋼榴弾やらの雨を喰らわにゃならねんだ。お前の助言がなかったら、まず間違いなく死んでた」


「だろうな。俺に感謝しろよ?」


「気に食わんが、こればっかりはそうするしかなさそうだな」


 地味に忌々しいことではあるが、今回はコイツに助けられたのは事実だ。よくまあ飛行機墜落が作った残骸を使うという手法を思いついたもんだ。こういうとこは感謝せねばならない。


「(そういや、あれ遺体とかどうすんだろうか……)」


 まず間違いなく事前に脱出できたとも考えにくいので、おそらく近くに機首ごと転がっている可能性が高いだろう。遺体もそこにあるのだろうが……それ、いつ回収するのだろうか。というか、この混乱で回収なんてのができるのかすら怪しいが。

 ……遺体回収に関しては、あとで羽鳥さんあたりに相談するしかないか。


「でも、なんでタイタンがいきなりこんな暴走しでかしたのかしらねぇ……TCN側が何かドジやったとも考えにくいし」


 新澤さんが、俺が回収したタイタンのメインAIを軽く叩きながらそういった。和弥がそれに対して少し気さくに答える。


「まあ、そこらへんは本部の連中がさっさと解析しますよ。ただの事故でしょう。事故」


「それで済めばいいんだけどね……。な~んか変だなぁって」


「心配性ですねぇ新澤さんも。タイタンなんてめったに故障することはないんですから、たぶん運が悪かっただけでしょう。調べれば、このタイタン結構年季が入ってるやつで、メンテに入れる直前だったらしいっすわ。ですんで、たぶん年老いて認知症的なのになっちゃったんでしょう。運悪く」


「認知症て」


 ロボットに認知症なんて言葉を使う発想がまたすごいが、まあ年季が入った古い奴なら……とも思わなくはない。

 だが、それでも定期的に整備ぐらいはしてるから、それで不具合の原因になりそうなのはわかる気もするが……。それに、敵が妙に俺たちに執着していたのも気になる。


「(……謎だなぁ)」


 俺は首をかしげるしかなかった。ただの故障で済んでくれればありがたいが、はて、そんな都合よくいくだろうか……。


「……あぁ、そうだ。彼女らどうなった?」


 考えていても始まらないので、少し話題を変えた。俺らが時間を稼ぐだとかしている間、和弥たちにはあの3人の護衛に当たらせていた。今この場にいないということは、すでに保護されたということだろう。


「ああ、あの3人ならすでにヘリで送ったよ。二澤さんたちがついていった」


「そうか。んで、お前らは?」


「二人の回収。ついでだから専属のヘリ連れて、攻撃ヘリの護衛もつけて」


「なるほど、あのサムライはそういうことか」


 聞けば、やはりあれは新澤さんが気を聞かせて呼び寄せたもののようで、ついでに上空援護に当たらせてくれたらしい。ありがたやありがたや。

 また、先ほどから敵の対空火器の排除も徐々に進み、UAVだけでなく攻撃ヘリも徐々に追加で進出させていっているようだ。昔風に言うところの制空権が確保できれば、後はヘリを常時張り付かせて陸上部隊の上げ下ろしが高頻度でできるようになるらしい。


 ……が、


「……一つだけ、ちょっと厄介な部分があってな」


「厄介?」


 和弥は頷き、近くにあったタブレットを操作して、その画面を見せた。

 画面には中央区の地図。しかし、日本橋の一点に赤いマークがされていた。そこには、数十階建ての高層ホテルが建っていたはずだ。


「ここには“ホテル日本橋”がたってる。40階建て。1~2階には銀行やショッピングモールも入ってるちょっとした商業施設も兼ねてるとこだ」


「ああ、それが?」


「それが……“占拠”されたらしい」


「はッ?」


 こんなドでかいホテルを、ただのテロリストが占拠とな? どれほどの規模の戦力を投入したのかはわからないが、和弥が言うには、ここに捕まえた一般人を放り込んでいるという。


「俺たちが一般人の保護に当たっているように、向こうも人質として一般人を根こそぎ引っ張り出してはこの中に放り込んでるんだ。あまりにデカい建物のため、救出しようにもどこから入ればいいかわからんし、屋上はすでに対空火器を満載した敵で埋まってるため、中々近づけない。……ここの周辺だけ、妙に守りが固すぎる」


「奴らの本拠地ってことか?」


「可能性は高い」


 ドでかいホテルをうまく使えば、確かに敵を容易に監視することは可能だ。あのホテルは40階建て。近隣にある建物と比べると結構高いほうに分類されるため、そこから大体周辺を見渡すことだってできるし、空を飛んでる航空機の監視もできる。無線を使う上でも、結構有利になるだろう。


 ……そこら辺まで考えてるとなると、これまた厄介な悩みの種となる。


「(高層ホテルが本拠地に使われたんじゃ、闇夜に乗じて救出って言われてもどこから行きゃいいんだかなぁ……)」


 それに、そもそもの問題としてこのホテルは敵の支配地域の真っただ中にあるため、ホテルを占拠しうる大部隊で行こうものなら即行見つかってしまう。かといって、奇襲に即した小規模部隊で行ったとしても、このホテルすべてを確保するのに多大な時間を要するだろう。迅速さがカギのこの手の任務には向かない。


 ……敵ながら考えるものである。


「簡単に近づけるものじゃねえな。中央区の幾つかは奪還できても、たぶんここの周辺は話は別だろう」


「だろうな。……中にいる人の安否は?」


「不明。でもまあ、奴らの目的が人質なのだとしたら、そう簡単に手を出すとも思えない」


「他の住民のほうは?」


「東京都内の避難区域に集めてる。さすがに適当な場所に放置しているわけにもいかないからな。震災とかで指定されている保護区域に一斉に集めて、そこでことが収まるまで籠らせるらしい」


「ふむ……」


 まあ、妥当な判断だろう。テロの脅威がもはやどこで起こり得るものかがわからなくなってきた以上、自宅待機なんてさせるわけにもいかない。政府や自治体の目が届きやすい場所に置いておいて、一斉に守ってやった方がやりやすい。

 これは、東京都を通じて、政府がすぐに実行したものだった。


「住民のほうは問題ないだろう。向こうも国防軍と警察、あと予備役の奴らも全部投入して警護に当たらせてる。守りは厳重だ」


「了解。とりあえず、そっちは任せるか……」


 予備役まで投入とは、相当ガッチリと守りを固める腹積もりらしい。聞けば、もう一部の装甲車すらその近くに置いているとか。仮に敵が重火器を使って攻め立てようとしても、この装甲車が文字通り盾になる形のようだ。


「(……皆必死だな……)」


 “久しぶりの”緊急事態とあって、どこもかしこもパニックにはなりながらも、最大限冷静な対応を進めていった。“経験”があるだけに、動きも素早い。


「一先ず、保護された住民はこの指定された避難所で待機だな。あとは、引き続き中央区の住民の保護に努めるとともに、奪還できる範囲はできる限り―――」


 和弥がそう言って、タブレットをしまった時だった。



「……え!? なんやて!?」


「?」


 コックピットにいた敦見さんが突然叫んだ。いきなりの叫声に思わず肩をビクッとさせたが、新澤さんがすぐさま聞いた。


「どうしたの? 今度は何?」


「あ、いや……マズイことになったで」


「はぁ? またぁ?」


 もう疲れた、と言わんばかりの声に全力で同意しつつ、敦見さんの次の言葉を待った。

 少しの間無線に耳を傾けていた彼だったが、無線を聞き終えるや否や、すぐにこちらを見ていった。


「……どうやら、休憩はそんなに取れそうにないで」


「え? どういうこと?」


「さっき、司令部から連絡があった。……幾つかの避難所の近くの建物に……」






「爆弾……仕掛けられてたそうや」






「……爆弾!?」



 思わず俺はそう叫んだ。



 初めての国民保護出動を一旦終え、休息をとったのもつかの間。







 事態は、さらなる展開を見せ始めていた…………

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