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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
序章 ~遭逢~
10/181

出会い3

『ロボット』とは。


 元の語源はチェコ語で強制労働を意味する“robota”とされており、はっきりした定義はないが、世間一般的に人の代わりに何かの作業をしたり、サポートをしたりする“機械(ないし装置)”のことを指すという認識で広まっている。様々な分野があり、今ここで中心となる人型のものまでこれに当たる。


 アンドロイドやらなんやらといった様々な呼び名があるこれは、非常に定義が曖昧で、人によってとらえ方が異なる存在であり、そこら辺をどう捉えるかが今現代社会の一つの問題にもなっている。非常にデリケートな問題だ。


 そのロボットも、今現代では官民ともに様々。今俺の目の前にいるやつも一応は戦闘用らしい。

 戦闘用と謳ってるくらいだから、理想としては能力自体はともかくとして、まずは俺たち人間と行動するにあたって、互いに高度な、かつ適切なコミュニケーションができるまでにしてもらうのがいい。

 そうでないと、適切な集団行動チームワークが問われる陸上での戦闘ではそれの要素が思いっきり左右されるわけで、戦闘を有利に導く重要なステータスの一つとなるからだ。


 だから、せめてそれができるまでのやつを考えていた。


 俺としては、ぶっちゃけそこらへんを達成してればあとはこっちで適応できると思っていた。



 ……うん、そう。



「……こ……こいつが、本当に戦闘用の……?」



 ……俺は、そう思ってたんだけだ……こいつは……



「……ど、どっからどうみても……」










「まるっきり、“人間にしか見えない”んだけど……」










 俺 の 想 像 し て た の よ り 


 は る か に 人 間 そ っ く り で あ っ た 。









 予想の斜め上というか、元々上に向いていた予想をはるか彼方に天元突破でぶち抜いたようなとんでもない衝撃にさらされた今の俺は、まさにそこいらにある石造の如くカッチカチに固まっていた。

 呼吸すらもたぶん忘れてしてるんじゃないかってくらい全然動かず、その視線は一直線に目の前にいるその“曰く”戦闘用ロボットのほうを見ていた。


 全身を万遍なく見ても、何度も見ても、街頭アンケート100人ぐらいに応えさせても全員人間だって間違えなく応えるぐらい、見てくれは人間だった。


 それくらい、こいつは“精巧”だった。


 さっき、団長が言っていた“精巧”という言葉の本当の意味を俺は思死知った。決して、精密にできてるとか、そういう“ごくありきたりな”意味を持って行ったわけではない。この、ほとんと人間にしか見えない“この様”を精巧という言葉で表現しただけに過ぎないのだ。


 だが、俺は信じられなかった。


 ロボットという認識をするには、俺の脳が持ち得ているロボットの条件とはとんでもなくかけ離れていたのだ。俺は脳内で軽くパニックに陥った。


 そして、その半永久的に続いていた俺の緊急脳内会議ののち、やっと口を開いた俺がいったのは……、



「……えっと、ロボットという設定を持った中二の方ですか?」



 こんな、錯乱もいいところの質問だった。

 ……よし、ひとまず落ち着け俺。あとで頭を冷やそう。冷水ぶっかければ勝手に冷えるだろう。風邪をひくかもしれないが。

 さすがに、団長や爺さんも俺の発した言葉に目を点にさせていた。一瞬の間をおいて一応「ハッ」となった俺は、さっきのいきなりの変な質問に対して少し謝罪したのち、すぐに本能の赴くままに質問攻めに入った。


 ……当然、半ば、パニックになりながら。


「え、ま、マジで!? 冗談でなく!?」


「ここでわざわざ冗談を言う必要もないだろうに。正真正銘だぞ」


 涼しい顔ですんなりと言いのける団長。しかし、俺の表情はその真反対をいっている。俺の脳はその事実を必死に否定していた。


「だ、だけど待って? どっかだどう見てもただの人間だろ? 人間の女じゃん! 若々しくて、お世辞抜きでも結構可愛い女性じゃん! 新澤さんといい勝負ですよこれ!」


「それ、あとであいつにもいっていいか?」


「いやいや、なんでそうなるんです! 比べた結果そうなっただけですから一々言わなくていいです! はいそこ! にやけるな! 一々にやけるな!」


「わしは何もにやけてはおらんが」


「ウソこけ爺さん! 顔は正直だぞコラァ!」


「ハッハッハッ」


「ハッハッハァ!? 何言ってんだこの爺さんは!?」


「まあそういうな。あいつも喜ぶぞ?」


「顔赤くして恥じらい任せにフタゴーぶっ放されて終わるだけですよ! 本気で死にますから俺!」


「その時はむしろ昇天しなよ幸せに。他からうらやましがられるぞ」


「やめてくださいよ! 俺まだ死にたくありませんから!」


 疲れた。なんだってこんな漫才やらにゃならないんだ。俺が求めてる答えはそっちじゃないんだよ。

 こんな感じの寸劇が少しの間続いた後、俺はさらに少し行動的に出た。

「えぇ~……?」と少し不審に思うつぶやきを出しながら彼女の目の前にたった後、少し体全体を訝し気の目で見渡しつつ、質問の矛先を爺さんに変えていった。


「で、でも待ってくれよ。爺さんそれはさすがに冗談かなんかだろ?」


「ここまで来てまだ信じとらんのか」


「そりゃ信じれるわけないじゃん。いやぁほら、見てよこことか……」


 そう言いながら彼女の左頬を少し指先でつついたり、右手指の甲で軽くさすってみたりした。彼女自身は少し驚きながらもあんまり抵抗したりせずにすんなりと受け入れてくれてたとはいえ、冷静に考えれば今の俺は全然冷静じゃない。だからこそのこの大胆な行動なわけで、むしろ軽くパニック状態なのだ。


 だが、収穫はあった。感触自体がただの人間の肌だ。それも、彼女結構弾力があるサラサラした肌を持っていて、直感的に肌触りのいいと感じたくらいだった。女性の肌に直で接する機会は最近ほとんどなくなったが、それでもわかる。これは、ただの人の肌だ。

 俺はそのままさらに怪訝な顔を深くして首を傾げた。


「ほら、これ、どう見てもただの人の感触だぜ? 全然ロボットには見えないんだが?」


「見た目と感触はの。ただし、中身は完全に機械じゃ」


「えぇ~……?」


 俺はまた彼女を見つめる。体全体を万遍なく疑い深い目で凝視していた。

 傍から見ればただの不審な若い男性であるが、しかしこの場だからこそ一応は許せる行為。尤も、されてる本人はたまったものではないだろうが。

 ここまで来てもまだ信じない、というより、本音信じたくなかった。これは夢かなんかか。悪質な夢ならさっさと覚めてくれ、と、割と本気でそう思っていた。

 ちょっと後ずさりして全体を怪訝そうに見ながら、俺はさらに考え込んだ。


「確かに、人間そっくりではあるけど……。いや、でもなぁ……」


 あーでもない、こーでもない、と、一向に信じようともしてくれない俺を見て少しじれったくなったのか、爺さんがため息をつきながら「しょうがないなぁ」といった表情である提案をする。


「はぁ、そんなに信じれんのなら、証拠でもだそうかのぅ?」


「……え?」


 いきなりの提案に俺は思わず爺さんのほうを目を見開いてみた。

 その証拠とやらを提示できるのならぜひとも見せてもらいたいものだが、しかしこの場合出せる証拠ってなんだよ、とも思う。


「……え、マジで? 出せんの?」


「まあ、一応はのう。何がお望みじゃ? ある程度ならご希望にこたえるが」


「あ、あぁ……そう……」


 まあ、爺さんが直々に言うんだ。とりあえず提案に乗ってみることにしよう。

 何がいいか、と言われても言われたら言われたで中々思いつかないものだが、すぐにある一つの提案を思いついた。


「あぁ、そういえば爺さん、たしかさっきの説明で動力は外部からの充電に依存してるって話だったよな?」


「ん? あぁ、内部で発電するためのジェネレーターを入れるスペースがなかったし、あと別にワイヤレス充電なり接続充電なりでも動ける分の一定の電力は確保できるからのう。……それがどうかしたのか?」


「いや、外部からの充電なら、ワイヤレス以外でやるのが通常だって言ってたし、つまり外部と繋がるための接続端末があるってことだろ? 携帯とかパソコンみたいな感じで」


「ふむ……。まあ、ないことはないのう」


「ほらな。それだ。こいつが本当にロボットだってんなら、それがあるはずだ。それ見してみ?」


 まあ、でも実際そんなのないぞなんてぬかしやがったら俺は即行で爺さんを殴って笑って許してや―――


「あぁ、いいぞ?」


「…………え?」


 ―――とか何とか都合よく思ってた俺が少しバカだったのかもしれない。

 すんなりとオーケーコールが来てしまった俺は思わずあっけにとられた。おいおい、そこまですんなり受け入れるって、マジであるってことなのか? 冗談だろ?


「なんじゃ、まだ信じとらんのか? ここまできといて」


「い、いや……。だって、マジであるわけないって思ってたから……、え、てか、ないでしょ?」


「ここまで話題ほっておいてなんでその発想になるんじゃ……。自分から言ってきたというのに」


「え、いや……そんな、身体的に外部との端末埋め込むところなんて……」


「埋め込むって……、はぁ、もうよい。一応ここにあるから見てみ」


「え?」


 そう言って爺さんは自分の右首筋を指さした。

 右耳の下。首の全長の大体中間あたりに位置する部分だが……。


「……え? そこ?」


 俺は思わず聞き返してしまった。

 実際に触ってみればいいが、そこは結構柔らかい部分であって、そんな端末が設置できるほど頑丈じゃない。というか、通常は無理に伸ばしたりしない限りは首全体が若干柔らかい質感を保てるようになっているので、別にこの部分に限った話ではないのだが、それでも、どっちにしろここは置くには柔らかすぎて、固定物を設置しにくいはずだ。埋め込みにくいに決まっている。


 ……あー、これもうバレた?


 俺は少しからかい半分の苦笑いで言った。


「はは、嘘乙。ここ柔らかいからそんな端末とか設置するのには不向きだろう?」


「まあ、そうとも思ったんじゃが、如何せんそこしかスペースがなくてのぉ」


「なくてのぉ、じゃなくって。こんなところに接続端末つけれるかい。柔らかすぎるし、そもそもここ結構首動かす時質感変化するから固形物入れにくすぎるからな? 第一……」


 そんな感じで半ば文句みたいな感じで言い連ねていると、「はぁ」と仕方なさそうにため息をついて、彼女のほうを向きつつそのさっき示した自分の右の首筋をトントンと呼び指す。


 ……すると、


「だから、こんなとこに端末がつけれるわけが―――」


 そんなことを言いつつ、彼女のほうを向いた時だった。


「……ん?」


 彼女の両手がさっき爺さんが示したところに集まり、そしてなんかモゾモゾと動かしていると思うと、すぐに手をそこから放した。


 ……その、手が離れた後の彼女の右の首筋を見た時だった。


「…………えッ?」


 俺は、またもやその彼女のその首筋を見たまま固まった。



 ……その時、俺のその目には、彼女の右耳の下、かつ首筋の中間あたりに位置する部分が……、







 小さく、“ふたが空いている”のが見えていた。







「…………え?」


 俺はさらに少し声質を強くして、かつ少し顔を乗り出させてそこを凝視した。


 俺の目の異常を疑った。真っ先に疑った。

 やはり、今日の訓練云々で疲れてしまったせいか。それのせいなのかと思いながら目を何度もこする。しかし、俺の目に映る光景は全く変わらない。

 何度も「え? え??」とか呟きながら何度も何度も見た。

 しかし、やっぱり目に映る光景は全然変わらない。


 その彼女の右耳下の首筋は、一部分が端末カバーみたいなふたになっており、首筋とは半透明の一本の小さなゴムでつながっている。まんま、旧世代の防水スマホにある端末部分みたいな感じだ。


 ……が、一つ思い出そう。


 それが起きているのは、“見た目人間の女性の首筋”である。


 そう、“ 首 筋 ”なのである。


「……………う」


 俺はちょっと意識なく喉奥から漏れた声を呟いた後……


「どうじゃ? ちゃんと端末があるじゃろ? これで今度こそ信じ……」


「うわぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!?????」


「ぬぉっ!?」


 本能の赴くままにそう叫んでしまった。周りは当然びっくりし、目の前にいた彼女も思わずビクッとなって小動物のように頭を軽く引っ込めた。

 そして、そのまま驚きすぎて足のバランスがおぼつかなくなって後ろから倒れ、落下地点にあったソファの手すりの角に後頭部をぶつけて悶えた。

「な~にやってんだおい……」と団長が呆れ半分で声をかけたが、俺はそれにこたえる余裕はなかった。


 結局、未だに激痛が走る頭を我慢して抱えて起き上がったのは十数秒後の話だった。そのあとの俺は、その激痛すらすぐに忘れてその彼女のもとに即行で走り寄った。


「あ、ち、ちょっとごめん!」


「? ??」


 顔の前で両手を合わせて許しを請うたあと、返事も聞かずに俺は彼女の右に立って彼女の例の首筋を確認し、そのふたが開けられた端末周りを軽く手を添えて凝視した。

 当然やられた彼女は絶賛困惑中で、「え、え?」とか言いながら俺のほうを横目みていたが、それ以上はしてこなかった。これまた、可愛らしく透き通った声をしおってからに。


「えぇ……うそだろ……?」


 俺はそれを横目に中をずっと見つめていたが、その目に入ってきたのは、なんとも信じがたい光景だった。


 そのカバーらしきものが空いたところは、横にながい長方形の形をしており、やっぱり小さい。そして、内部のコネクタを差し込むためのポートは完全に黒い金属部品で構成され、そして上半分には反転挿入防止用のための白いプラスチックの板がある。

 ポート自体は一個だけらしく、この長方形の端末口の大きさもそれに合わせているらしいのだったが……、


「ま、間違いねぇ……。これ、最新の規格に則ったUSBポートだ……」


 その形は、確かに爺さんの言ったとおりだった。

 自室にあるノートPCに備えつられているそれと全く同じだった。どっからどう見てもただのUSBポート。それ以外の何物でもない。

 また、触ってみて分かったが、このカバー自体も結構柔らかい。外の外皮に適応させているらしく、これまた質感はただの人間の皮膚と同じだった。


 ……と、俺はここまでの情報を手に入れた上で、もう一度、しつこいようだが確認する。


 ……この端末があるのは、“ただの人間そっくりの女性の首筋”であって、



 つまり、この事実が示すことは……。



「あ……あぁ……ッ」


 それを考えると、どんどんと俺の顔は強張り、そして、少し体が震えてきた。したくてしてるわけではない。体が勝手にこうなったのだ。

 さすがにずっと見ているのもまずいので、視線を外して彼女から離れると、彼女はそのまま俺を横目に見て、俺が用をなしたと見たのか、そのまままた両手で端末カバーをもとの位置にかけた。

 両手を放した後のその首筋は、ただのサラサラしたきれいな肌があるだけだった。密閉性はとても高いらしい。


 例の機械的な端末など、どこにも見当たらない。


 それを見ると、さらに俺は震えが強くなった。


 ……間違いなかった。俺の目に映った情報に、何ら間違いはなかった。



 ……こ、こいつは……



「……う……」


「どうじゃ? これでもう文句はな……」




「うわぁぁぁああああああ!!!!!」




「ぬぁ! また!?」


 本日、第3度目の叫びだった。

 またさっきと同じ周りの反動が起きたが、しかし今度の俺は今度こそ大パニックだった。単純にびっくらこいただけなのだが、中身が中身ゆえその驚きようが我ながら尋常でない。


「え、ち、ちょちょちょ、こ、こ、ここいつ、く、くく首が、首が、ゆ、ゆゆUSBのあれがついて、え、あ、え、ええと……ッ!」


「お、落ち着け篠山! 何言ってるかわからんぞ!」


 団長の言葉も残念ながら俺の頭には入らない。とにかく今目の前で起こったことの整理がつかなかった。

 さらに、爺さんが無理やり話を進めるように言った。


「あー……、まあとにかく、そういうことだ。本人も一応自覚しとるぞ? ロボットだよな?」


 そう彼女にさりげなく聞いた。無視しないでくれ。まず説明責任を果たしてくれと。

 そして彼女も彼女で、


「はい。私はロボットですよ。正真正銘の」


 ただ一言、そう言い放った。明るい笑顔で。サラリと。俺を混乱のどん底に陥れるには十分すぎた。とどめとはまさにこのことである。

 また発狂しそうになったところをさえぎるように爺さんは言った。


「ほらの。ほれ、挨拶挨拶」


 彼女に向かってそういうと、彼女も頷き、俺に言った。

 ……何の疑問も持たずに。


「初めまして。RSG-01Xです。どうぞ、よろしくお願いします」


 そういってペコリと頭を下げる。目測、きっかり45度。

 ごくありふれた、ただただ普通の挨拶だ。

 やはり、声質や発音もまるっきり人間だった。アニメ声優でやっていけそうなほど透き通っていて聞きやすく、かつ耳に優しいその声は、俺にとってはいい耳の保養になった。中国語で言う眼福ならぬ耳福アーフゥである。


 ……だが、喜べない。


「いやいやいやいや、お願いしますの前にちょっと待って! お前今なんて言った!?」


「え? いや、ですから……ロボットって言いましたけど?」


「い や ど こ が だ よ !」


「……え?」


 いや、そんな「何言ってんのこの人?」みたいな感じで疑問的な顔されても困る。原因作ったのほとんどアンタやで?

 自分自身で自覚してるとか、それはわかったけどこれで納得しろと? いや、無茶いわないでくれ。

 首筋がカバーだったと思ったら、中にUSBポートがあったとか、いったい誰が真面目に捉えろっていうんだ。


「え、う、うそだろおい!?」


 彼女が思わず驚いた表情を出すが、それに構わずまた彼女を間近でまじまじと見渡した。この間にもとても困惑した目線をこちらに向けていたが、その点からもこいつがロボットだという事実をかき消しかけてしまう。

 中々ロボットだという事実を認識できない。どこからも、あれ以外でロボットっぽい特徴がうまく見当たらなかった。


「(ほ、ほんとにロボットだっていうのかこいつ!?)」


 俺はさらに彼女の全身を“くまなく”見渡した。

 時にはしゃがんで足のほうも鋭く観察し、所々触っても問題なさそうな部分に関しては軽く触ってみたりもした。ここまでくるともう完全にただの変質者であるが、今の俺は理性という赤信号は灯らず、もう形振り構ってはいられなかった。

 彼女はどうしているだろうか。俺の異常ともいえる行動に大いに戸惑ってしまい、もうどうすればいいのと、団長や爺さんのほうを向いて解決策の提示を目線で要求しているころかもしれないし、案外俺が離れるのを素直に待っているのかもしれない。そして、当の他二人は苦笑いしとかしつつ目線をそらすなりしているのだろうか。


 だが、今の俺にそんなことはどうでもよかった。とにかく、彼女がロボットであるということが確かに事実ならば、とにかくそれをどこからでもいいからさらに見つけ出す必要があった。自分が平常心に戻るためにも必要だった。

 だが、残念ながらどこをどう探しても見つからなかった。挙句の果てには、途中顔の様々な部分を凝視しまくったり、彼女の目をず~~っと見続けたりもするという典型的なラブコメならここで彼女側は顔を赤くしてしまう場面まで起こしたが、残念ながらそんな展開は起きなかった上に、それでも見つけられない。

 少し困惑した表情を見せながらも、一応俺の目線をずっと見続けている。


……そして、“運悪く”俺は見つけてしまった。


 彼女の右眼、よくよく奥を見ると……、



 なにか、“カメラのレンズっぽいもの”が動いている。



 俺の顔がとても近くにあるためピントでも合わせてるのだろうか。根本的にはカメラのレンズとほぼ同じ仕組みのようだが、そのカメラのレンズ自体が複数枚小さくまとめられているようだ。これで小さなスペースにコンパクトに閉まっているのだろう。

 そして、俺は思い知った。


 こいつの目は、間違いなく“機械の目”だ。



「……あぁ……ッ」


 そして、その事実は、俺を平常心に戻すどころかさらに混乱に陥れた。


「あ、あぁぁああ……ッ!」


 俺は彼女からぎこちなく震えている足で後ずさりで離れつつ、そのまま相変わらず彼女凝視した。

 一貫して何の声も発さず、俺を困惑した表情で見つめる行為がさらに俺を震えさせた。


「う……うそだろ……ッ!?」


 首を軽く振って震えた声で出たのがこれだけだった。

 そのまま顔をそらし、片手で頭を抱えた。


「(こ、こいつがロボット……、いや、冗談だろおい……!?)」


 なにかの間違いであってくれと、これほど本気で思ったことではなかった。

 別段恐怖しているわけではなかった。ただ、これが事実だということを受け入れるにはとんでもなくでかすぎる事実だったのだ。

 俺の中で何かの常識が一気に崩れたような気がした。ゲシュタルト崩壊やベルリンの壁崩壊で済むんなら住んでもらいたいが、もはや何か“消えた”とも感じとれた。


 いや、マジで勘弁してくれ。なんかの冗談であってくれ。別に嫌ってたりするわけではないが、しかしこれはやばすぎだ。様々な面が人間だろうこれは。


「な、なぁ篠山、少しは落ち着いて……」


 ま、まて。これは実はサイボーグ的なあれで、一部が機械製でしたってオチかもしれない。い、いや、そうだ。そうに違いない!

 だ、だってここまで精巧なのはあり得ないんだ。たぶん、頭部の一部が機械的になっているのかもしれない。それくらいだったら今の技術でも試験的に行われてるから、もしかしたらやれないことはない。極秘裏に技術が進んでてそれを導入したんならまだ極秘技術云々で説明ができる。あと、それをロボットっていう傾向もごくまれにSFではあることはある。そうだ! きっとそれだ!


「お、おい、篠山聞いて……」


 だ、だがどうやって確認する? 爺さんや団長に直接聞くか? いや、この二人はさっきから一貫してこいつのことをロボットって言っている。そんな奴らに聞いたってどうせ帰ってくるのはロボットって単語だけだ。サイボーグかなんかなんてわかるはずもない。

 ……ハッ! そ、そうだ! もうめんどくさいから本人に直接聞こう! 一々回りくどい考え方はなしだ! この際なりふり構っていられるか!


「お、お~い……、聞こえてるか~……?」


 よ、よし。そうなれば善は急げだ。とにかく本人に直接確認してやる。

 ……で、どう聞けばいい? 直球で「あなたはロボットですか?」て聞いたら気を使わせるか? いや、しかしほかにどう聞けと? どうやって聞けっていうんだいベイビー? ん? ベイビー? ……あ、そうだこれだ!


「……お、おいそろそろいい加減に……」


「よ、よしこれでいくぞ」


「え?」


 俺はくるっと彼女のほうを向くと、顔を石像のようにガッチガチに強張らせつつ一直線にスタスタと彼女の目の前に立った。

 俺の出す雰囲気がいろんな意味ですさまじいのか、困惑にプラスしてついでに怯えているようにも見える。だが、安心してくれ。すぐに終わる。


 さ、さっさと聞いてしまって事実確認を……、え、えっと、なんていうんだっけ……。


 え、えっと……。


「……あ、あー……」


「?」


「……あ、」







「……Are you robot?」


“あなたはロボットですか?”







 よ、よし、言えたぞ。何とか言えたぞ。

 何か最初の趣旨と間違えた内容を言ってる気がするが、しかし問題ではない。うん、問題じゃない。


 さ、さて、彼女の反応は……?




「……、?」




 当然、疑問の顔を前面に出して首をかしげるしぐさだけだった。



「(って何やってんだ俺ぇぇぇぇええええええ!!!!!????)」


 俺は後ろを振り返ってしゃがみつつ今度こそ絶望感の中で両手で頭を抱えた。


 さて、一体全体俺は何をしたかったのかここでよく考えようか。

 第一なんで突拍子もなく英語になってんの? 何がベイビーからはじまってよしこれだだよ。自分でやっておいてこの行動の意味が全然分からないよ。ほんとにわけがわからないよ。

 というか、内容よく見たら配慮のかけらもないじゃないか。もろストレートに聞いてるじゃないか。もう最初っから内容から発言まで何もかもがグダグダだよコンチクショウが。

 彼女自身自分の中でこんな問いの答えなんで出せるわけねえだろ。ロボット?だよ。相手はロボット?だよ。出せるわけねえだろ。いや、仮に人間でも出せねえよこんな問いの答え。


 アホですか? 俺は完全なるアホなんですか? いやいや勘弁してくださいよ俺こう見えても下士官軍人なのに。経歴だけを見れば一般曹候補生を最短2年9ヵ月で出てその後ちょっとの期間だけで曹長にまで上がった空挺団員とかいう自分で言うのもなんだけどそんじょそこらでは見ないほどの超エリートなんだよ!


 俺はしばらくの間大パニックに陥ってその場でうずくまった。オーバーリアクションだと言われたらそれまでだが、しかし、これは変えようがない俺の本心だった。助け舟なんて期待していないが、もうどこで歯止めをかけようにもできず、もう何が何やらで頭が真っ白同然だった。






「……で、どうします? 彼、あんなになってしまったんですが」


「はぁ……まったく、SFにのめりこんだからってあそこまでとはな……。仕方ない、あー、おい、ちょっと……」








 なんか向こうで話し声が聞こえる。しかし今はそんなことはどうでもいい。向こうの事情など知ったことか。


 じゃあ何か? 爺さんの言っていたことは1から10まですべてリアルの話ってことなのか? 彼女がロボットで、爺さんが作った最高のAIがアレに入ってて、そんで、その人間顔負けの身体能力を出すほどの電子機器が? あれの中に全部だと? アホか。アニメじゃないんだぞこれは。

 こんなフィクションまがいな事実なんてほんとにあるのか? 今でさえにわかに疑わしい。しかし、まずはどうにか心の整理をつけなければ。

 ……そうだ。ここは素数だ。素数を数えるんだ。心を落ち着かせるためには素数を数えるに限る。

 えっと……、1、3、5、7、9、……って、


「(これ素数じゃなくてただの奇数じゃねぇかぁぁああああ!!!!!)」


 とりあえず、なんでか知らないけどもう泣きたい。なぜか今はそんな気分だった。

 なんで泣きたいのか自分でもわからない。こんな自分に呆れてるのか、それとも事実がいろんな意味でひどすぎてそれで泣きたいのか。もう頭の中が全然落ち着いてくれない。落ち着けといっても全然落ち着いてくれない。体は正直がまさかこんなところにまで出てくるとは。そこまで正直でなくて別段現実の生活には苦労しないってのに。


 もうやだ。誰でもいいからとりあえず俺に助け舟を……



「あ、あの……」


「ッ!? は、ハイッ!!」



 後ろからいきなり声をかけられたため、思わずバッと立ち上がって後ろを向くと、そこには心配そうに俺を見ている彼女がいた。

 どうやら俺を気遣って声をかけてくれたらしく、それ自体は純粋にうれしかったのが、今の俺はそれを甘んじて受け入れる心の準備がまだ全然住んでない。

 そのまま体が震えた。目の前にいるのがロボットだという現実と否定感情がせめぎ合い、まだ頭の整理がついていなかった。


「だ、大丈夫ですか……?」


「え、あ、え、えっと……」


 どう答えればいいのかわからず思わず軽くあたふた。回答に困っていると、彼女も彼女でやはりどう接すればいいのかわからなかったのか、向こうも軽くあたふた。初デートに来たカップルの初会話かと言わんばかりの初々しいあたふたぶりなわけだが、そんな感じの状況がほんの少し続く。……チラッと左を見ると、そんな俺たちの状況を半ばほのぼのとした表情で見ていたが、これほどまでに「助け舟の一隻ぐらいだせゴラァ!」とか思いつつ思いっきりぶん殴りたくなったことはない。

 ……とはいえ、このままでいるのもまずいので、何かしらの返答をしとこう。今度はちゃんとした内容でいく。


「あ、う、うん……、ご、ごめん、びっくりしたよね?」


「い、いえ、お構いなく……。私は大丈夫ですから」


「あ、ああーうん、そう……。そ、そりゃよかった……」


 そしてそのまま無理やり笑みを作る。向こうも、とりあえず笑みで返してくれた。結構かわいらしくて、冷静に見れば中々俺の好みだったりするが、しかしそんないらない下心はここでは置いといて。


「え、えと……、とりあえず、しつこいようで申し訳ないんだけど、確認一ついい?」


「はい。どうぞ」


「え、えっと……」




「……君、マジでロボット?」




 やっとまともな質問ができた気がした。これをするまでにいったいどれだけの時間と労力を使ったことか。もしかしたら今日の訓練の時より労力使ったかもしれない。違う意味で。


 一応はまともな質問ゆえ、彼女もすぐに理解してくれた。それで帰ってきた返答は……



「はい。そうです」



 それだけだった。

 俺の顔を目開かせて驚きのものに変えるのには十分だった。俺はそれだけでも「ヒェ~」とつぶやきながら目線を体全体に向ける。

 ……うん。冷静になって考えてみても全然ロボットに見えん。今この会話しかり、しぐさしかり。まるっきり人間だった。

「うぬぬ……」と軽く唸る。


「(……こりゃ、どんだけロボットの要素探しても本人から出さない限り見つからねえぞこれ……)」


 それだけ、こいつは“精巧”に作られていた。

 未だに信じられない気持ちは多々あるが……、しかし、ここまで来てしまったら受け入れるしかないだろう。

 いくらこっちで真実を拒んだって、事実は事実なんだ。変えようがなあるまい。


 ……ふむ……。


「……あー、ごめん、ちょっと失礼する」


「?」


 俺はその場を早足で離れて、


「爺さん、ちょっと来て」


「え、お、おい!」


 爺さんの手首をつかんでこれまた早足で無理やり部屋の隅に連れてくる。とはいえ、爺さんも爺さんで足腰弱くて杖ついている状態なのである程度はカバーした。


 ……とりあえず、






 爺さんから、これはいったいどういうことなのか、



 とにかくいろいろと聞き出すしかあるまい……。いや、というか聞き出してやる…………



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