呪いのゲームソフト【vsマイナー】
八月十日 午後八時三十三分 練馬区
鬱蒼とした森の木々のように、十四階建てのマンションが数棟立ち並んでいる。
その内の一棟の新築のマンションは、北西に走る一方通行の道に接してオートロックの入り口があり、常に監視カメラが作動していた。
そのマンションの五階、501号室のリビングでは大人が五人は座れるであろう
大きな黒い牛皮のソファーに腰を掛けて、42V型ハイビジョンプラズマテレビを愉しむ葵の姿があった。
私立女子高校三年の北島 葵は、白いTシャツにジャージパンツというラフな格好で
ポテトチップスを口に運んでいく。床に置かれた扇風機の風が葵の長く艶やかな髪を靡かせる。
テレビの大きな液晶に映るのは、若手のお笑い芸人。葵の好きな芸人であった。
家の中には、葵以外にはペットのミケ猫がいるだけで人間はいない。
葵の両親は田舎に住む父の母、つまり葵にとっての祖母が倒れたという一報を受け、帰省していた。両親は葵も連れて行こうとしたが、葵自身が
「一人でも大丈夫だから。それにこれでも受験生だし、勉強しなきゃ」
と言うので、心配ではあったがいくらかのお金を置いていき、葵に留守番を頼んだのだった。
「あははは! 超ウケるんですけどー!」
しかし、葵は勉強などせずに今もこうしてお笑い番組を見ながら大笑いしていた。
つまるところ葵が残ったのは、自由気ままな一人暮らし気分を満喫したかっただけなのだ。
番組が終わると葵は特にやりたい事もなく退屈な時間を持て余していた。
両親が田舎に帰省すると決まった時、葵は片っ端から友達に家に泊まりで遊びに来ないかと誘ったが、全員に受験勉強で忙しいと断られたのだ。
……友達より勉強を取るなんて酷い奴らよね
と葵は勝って極まりない言葉を心の中で吐き捨てた。
退屈な葵は4LDKの一人では広すぎる部屋を見回す。すると一つのモノに目が留まる。
それは父が趣味で集めている古いゲーム機だった。父はカセット式の古いゲーム機を好んで集めていた。
普段はゲームなど全くしない葵だったが、暇潰しには良いかとゲーム機を起動させる。
コントローラーを手に取りテレビ画面を見る。
――ゲームソフトが入っていません。ソフトを入れてください。
テレビ画面に表示された文字。それを見て初めて葵はゲーム機だけではゲームが出来ないことを知った。
葵はゲーム機の近くにソフトがずらーっと並べられているラックを発見する。
葵の父は几帳面で購入日が記されたシールがソフトに貼られており、きちんと購入日ごとにソフトが並べられている。
葵はその中で今日の日付けが貼られていたソフトを取り出す。
どうせやるなら一番新しいソフトを、という単純な理由で葵はそのソフトを選んだ。
そのソフトのパッケージには【Curse adventrue】と赤い文字で書かれている。
そのソフトをゲーム機本体に差込み電源を入れると、テレビ画面にパッケージと同じタイトルが表示された。
タイトルの下には、ドット絵キャラの女の子が右から左へと歩いている。
このキャラクターは可愛いなと葵は思った。が――。
ぽとり。と女の子の首から上が落ち、低く籠もった笑い声が――。
「え?」
葵は背後を振り返る。だが、別段何もない。
「気のせいよね……」
葵は背後から笑い声が聞えたような気がしていた。
テレビ画面にはタイトルと首を失った女の子。そしてスタートの文字が記されてあった。
葵の親指がスタートボタンにかかる。それは怖いものみたさから来る衝動だったのか、気持ち悪いと思いながらも葵はスタートボタンを――押した。
「痛っ!!」
スタートボタンを押したその刹那、コントローラーを持つ指先にバチッと静電気に似た痛みが走った。
コントロールを持つ指先に目をやるがケガなどは一切ない。
葵の戸惑いを無視してゲームはすでに始まっていた。暗く不気味なBGMが流れ、一人の女の子キャラクターがぽつんと立っている。
それはタイトル画面に出てきた女の子だった。
葵は自分の手を気にし、ゲーム画面を見ていない。操作されずにプレイヤーキャラとなる女の子は立ち止まったままだ。
すると右画面から敵キャラクターらしきお化けのような白いフワフワとしたドット絵キャラクターが
左画面の隅っこで佇んでいるプレイヤーキャラに迫る。
葵はやっと視線をテレビ画面に向けたが、プレイヤーキャラは敵キャラに接触し点滅して消えた。
「ああぁぁっ!!」
突然葵は悲鳴を上げコントローラーを投げ捨て右手の甲を左手で押さえる。
「うぅっ!!」
そこからは、紅い鮮血が流れていた。
――痛いっ痛いっ! なんなの! なんなの!?
葵は自分に起こった出来事が理解出来なかった。
しかし、ゲームキャラクターが敵キャラクターに接触した瞬間に激しい痛みに襲われた。
それはつまり……。葵は恐怖よりも理解不能で理不尽な状況に怒りが込み上げてきた。
だが、そんな怒りもすぐに引っ込む事になる。画面を見るとプレイキャラは復活しており、再び敵キャラが迫っていたのだ。
咄嗟に葵は投げ捨てたコントローラーを手に取り敵キャラから逃げようとした。だが――。
「どうやって操作したらいいのよ!!」
ゲームをした事もなくソフトの説明書すら読んでいない葵は、どう操作すれば良いのかわからなかった。
適当にガチャガチャと動かすがプレイヤーキャラは逃げるどころか逆に敵に近づいて行く。
そして再び敵キャラに接触してしまった。
「ぐっあぁおおっ!!」
先程よりも一段と大きい声で葵は叫んだ。その声はあまりにも低く、男の声と間違う程のモノだった。
「いやだ……いやだぁ……」
葵はソレを見て恐怖と激痛によりソファーを濡らした。
葵の目線の先、そこには――有り得ない方向に曲がっている右足の姿があった。
「やだやだやだやだやだやだっ!」
葵は激痛を堪えてコントローラーを握り直す。敵が再び迫っていたのだ。
――逃げなきゃ、逃げなきゃ! 死んじゃう! 殺される! 嫌だっ!!
このままでは死ぬ。葵はそう直感していた。
だが、焦りと恐怖と激痛により冷静な操作など出来る訳もなく敵キャラから逃げることは出来そうもなかった。
「いやぁーっ!!」
葵は恐怖を抑えられなくなり、コントローラーを投げ捨て頭を抱えて強く目を瞑った。
――……あれ?
どれくらいそうしていただろうか。葵の体に再び新しい激痛が走ることはなかった。葵はおそるおそる目を開ける。すると
「にゃーっ」
ミケ猫がゲーム機のリセットボタンを踏みながら、葵を見て鳴いていた。
画面には何も映し出されてはおらず真っ暗になっている。
……助かった……の?
葵は一気に体から力が抜け落ちた。ソファーに深く腰を沈めて泣き出す。
それは激痛による涙か安堵による涙か。
「ミケぇ、ありがとうありがとう。あんたは私の命の恩人よぉー」
ミケ猫を抱えて葵はミケにほお擦りをしようとした。しかし――
にゃーお、みゃぁーお!
紅く染まったミケ猫が鳴く。
扇風機の風が床に置かれていた説明書のページをパラパラと捲る。
――決してプレイ中にリセットしないで下さい。
元々は連載で書いていた作品を短編に練り直し投稿した俺の作品。
これで本家に迫れるだろうか。俺はドキドキしながら、みんなの反応を待った。
つづく
次回から物語は動き始めます。