八
玄関先で二人が向かい合い、何を話すでもなくお互いを盗み見るよう、相手の隙を覗いながらの探り合いを行っている傍を通行人が二、三人も行き来すれば、麻己はご近所にいらぬ疑いを抱かれぬようにと慌てて彼を家の中へと引き入れてはみたものの、すぐに奥の方から老人の麻己を呼ぶ声が聞こえると、自身の反射的にとった浅はかな行動を後悔し始めるのだった。
亮平にしてみれば一目麻己の顔を見るだけのつもりだったのが、こうなってしまってはもう少しだけ彼女の近況を窺っておいても構わないだろうという大胆な見積もりで、いつのまにか玄関の上がり框を越えた彼の足が、ほとんど有無を言わさぬ態度だったのに麻己はうろたえるだけで、彼が室内に上がりきる勝手気ままな態度に恨めしそうな眼差しを送るのがやっとだった。
先ほど老人の声がした部屋から亮平を遠ざけるように彼女は、反対側にある客間へ引き入れ、そこにある木製の座卓の前に腰を下ろし胡座をかいた。今彼のいる畳部屋には子供用の小さな椅子くらいしかなかった。それの用途を推理しているうちに麻己がお盆に載せたお茶を運んできながら、それは老人が床に腰を下ろす姿勢が辛くなってきたので、と説明され納得したように、頷きながら湯飲みを口に運んでみせ、少しお茶を含んだだけで受け皿に戻し、向かい合って座っている彼女の首をかしげた、何かものを言いたそうなのに、そのきっかけをただ不器用に待つだけの自分を憮然とした態度で眺めている彼の表情に落胆の顔を探し出すと、麻己自身化粧っ気のない自分に今更ながら思い当たると途端に自身を恥じてしまい、その感情さえ久しく味わっていなかった異性の女に対する視線に、内心僅かばかりの安堵に加え、一人嬉しさをも自覚してしまうのだった。
麻己から帰郷の理由を訊ねられると、至って当たり前の口調をして、気まぐれでのことだと言い、すぐに会話を麻己自身のことに切り替えた。一人で老人の介護は大変だろうと訊いてみると、
「でも、わたししかいないから、それに啓太君のところにも行かないといけないから……」
麻己の口から啓太の名前が聞かれた際に、亮平自身思いもかけなかった感情を覚え、彼女に対して不愉快な態度をしてみせたい衝動が口をついて、
「でも、啓太のことはおまえの責任ではないし、見舞いも義務ではないからそんなしょっちゅう行くこともないだろう。それは過剰すぎる対応だ。俺から見ると、まるで責任を負いたくてそうしてるのかって、正直歯痒いな、おまえのその態度が」
なんとかしろよ、と言わんばかりの亮平のむき出しの言葉が麻己には正面から受け止めるには、耐え難いほど辛辣な言葉に感じられ、思わず体ごと背けてしまうほど狼狽してしまった。
彼女は老人の介護に縛られる生活の中で、自身の幸せを望むことを半ば放棄した状態で、軋轢から逃れるために考えることを拒否した奴隷のようだ、と亮平はその愚かしくも愛おしき対象の麻己をどうにか自分のモノにできはしないかと算段を練り始めているあざとい己の本性にもそれほど良心が咎めることもなかった。
「じいさん、どの程度なの? いっそ施設にでも……ダメなのか?」
一度奥の間に視線を遣り、その行為を恥じるようにうつむき、うん、とだけ呟く。それだけで、過去の記憶が亮平の中に呼び起こされてくる。
付き合いがあった高校時代も、麻己は会話の核心に近づくほど無口になり、最後は自分の意志表示を放棄する、その曖昧な態度が当時の亮平を粗暴たらしめた要因の一つとなっていた。彼は、過去も今現在も、麻己の弱気な性格を破壊したいという妄執に駆られ、彼女に対し加虐的な要求を突きつけたくなるのだった。
その後、金の工面を手伝うことも提案したが、予想通り彼女はそれを曖昧な返事で拒否するだけだった。耐えきれなくなった亮平が鬱積した感情を当てつけがましく床に叩きつけ出て行く姿に麻己は恐れつつ、その感情の片隅に僅かな期待を抱かずにはいられなかった。




