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棚機の夜  作者: 長崎秋緒
6/10

 その商店から四、五分歩いた先に、S寺の門構えが亮平の道筋に現われ、幾らか気持ちが高揚してくるのを自覚した。

 常に開かれた状態を保つ門の下を潜り、四角く、塀で囲われた内側の空間に踏み入ると、思っていたよりも敷地の広いことが、亮平に一様の興味を抱かせた。

 門の入り口から奥にある、境内に向かう石畳の両脇には、S寺の正門や、外塀よりもさらに見上げる高さの木々が列を成し、その寺を訪れる者に、神秘的な場所に在る、肌寒い感じを与える効果を得ているようだ。

 実際肌寒いのは、木々が日光を遮っている為でもあると思われた。その為、常にS寺の境内は、建物の輪郭がはっきりとせず、重々しく、外界から漏れてくるはずの微音さえ明確にはさせていなかった。

 境内に向かい歩く石畳が、中ほどで二つに分かれ、左に向かう石畳の先には鐘楼が見える。その上り口を二十四、五ほど上へ登りきると、釣鐘の前に立つことになる。

 釣鐘はかなりの大きさで、これ位の大きさがなければ、町全体の人々に、鐘の音を伝えることはできないものらしい。啓太の視線では、相当な巨大さに見えたことだろう。

 釣鐘の周りは、木の板で囲いはしてあるものの、そうしようとすれば、容易に釣鐘の真下に入り込むことが出来るようで、だからこそ、啓太も強制的にではあったが、釣鐘の真下で強烈な反響を繰り返す、鐘をつく轟音に身を縮こまらせることになったのだが……。

 ある日の下校途中、近所に住み、同じ学校に通う一つ年上の子に話しかけられ、この寺を訪れた啓太は、ある期待を持って少しばかり興奮していた。

 その寺の広い境内は、近くの小学生達にとって格好の遊び場であり、実際啓太も、ゴム製のボールと、竹にビニールテープを巻いて作ったバットを用い野球を楽しむ同級生の姿を、横目に見ながら何度その場を通り過ぎていったことか分からない。きっと、そのことだろうと考え、まさか連中の悪巧みだとは僅かにも考えてはいなかっただろう。

 その寺の境内に入るのは、啓太にとって二度目のことだった。初めに訪れたのは昨年、夏休み半ばのことだった。啓太の住んでいる地区が、寺の周辺の清掃をボランティアで行っていた時に境内の、いつもは閉じられている門が大きく開かれ、大人たちが平然と中へ入っていくのを真似、何気ない装いで、しかし、心の奥は好奇心から起こる震えを抑えることで精一杯だった。境内の中の鐘楼は、その際眼にしていたはずだが、今、同じ学校に通う、見慣れない数人の上級生達に囲まれた状況から見上げる鐘楼の釣鐘は、酷く冷淡で、怒っているように感じられた。物言わぬ威厳で抑えつけてくる父親のような固さがあった。

 鐘楼の内側に啓太一人立たされて、周りの連中が釣鐘を力任せにひっぱると、勢いのついたそれは鐘楼の中心部にぶつかり町中に響き渡るのだった。そんないたずらにさえ啓太は抵抗も出来ずに、脅え竦むだけで、連中が飽きるまで耐えているのを見つけた住職が、子供達を追い返すと、啓太を保護し家に連絡を入れ、血相を変えてやってきた母親に幼い啓太少年は罪悪感で申し訳なくなりもっと言葉が奥の方へ引っ込んでいくのだった。なにもしゃべらずただ母親が住職に頭を下げる姿を、自身の身を切られるような心地で眺めているだけだった。

 その後、いつもより遅く家へ帰ってきた啓太は、暴力的な父と、押し黙って泣きそうな顔を保ったまま、その顔を何時までも崩そうとしない母との間で、釣鐘の下で起こった出来事の恐怖を、再び自身の肌の上に思い起こしていた。

 いつもより遅れた夕飯の場では父親は全く無口で、先程まで啓太のことを強く叩いていた父とは違う、それは仕方がない、しかし自分には耐えられない、という煮え切らない考えが啓太を苦しめているのをやさしい表情で見つめる母親は、それでも、彼が父に打たれている間、それが治まるのを待つだけだった。 


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