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棚機の夜  作者: 長崎秋緒
5/10

啓太という人物を語る際に、これほどに彼を言い表す出来事はないだろう。彼の華奢な体つきは力強い波の揺れには耐えられないと誰の目にも思われたし、上品な柔肌の白さは、とても南国の挑戦的な日差しを防ぐようには仕上がっていなかった。日差しを受けた彼の肌は夏の間中赤く腫れ上がり、それは痛みを誘う日焼けで、周囲の人々にさえ神経の痛みを錯覚させるものだった。

 そういったことからも、彼はなにかしら神経を高ぶられる存在に思われていたようだ。特に同学年の女子に対する受けが良かったのもその為だ。

 彼は何時も気遣われた。女子の甲斐甲斐しく体調はどうかと訊ねてくるのに従順な受け答えをする啓太少年は、どうかすると、やはり同じ学級の男子には面白くない存在になった。彼の知らないところで行われる様々な悪事が彼の行いにされ、彼の所有するものが身の回りから不思議に失われていった。

 そういうことが続くと、さすがに啓太も、男子の純粋な、特定の同性に対する悪意に気づかないはずはなく、気づいてしまうと、さらに啓太の心は狭く、息苦しいものに変化していった。狭心症であり、強迫観念と密に結びつく道を辿るのに長い時間は掛からなかった。

 ある梅雨の時期、啓太はとうとう自身のなかで堪え押しこめていた暗い感情に、精神活動の一切を明け渡し、まともな生活に過度の支障から、精神科の門戸をたたくことを余儀なくされた。

 それから彼の長い通院の日々が続いた。頭の奥を占める、つねに湿っぽい日陰にいる感じが彼につきまとう。

 ある雨の強い時期の夕暮れ時に、彼が神経科での診察を終え、といっても何らかの、目覚しい症状の改善はいつもの診察同様観られずに、唯落胆した気持ちと、まだその感情に浸っていたい名残惜しい気持ちとを抱え病院を出た際に、母親が何気ない調子で「新しい傘を買って帰ろうか」と彼を近くの店へ誘うと、啓太少年のゆっくりと母親の顔を見上げるその眼の動きが、母親には「この子は回復までにはまだまだ遠い月日が必要なのだろう」と思わせた。


 ここまでの話は、亮平が帰郷二日目にして啓太少年の身内の者から直接に話を聞く機会を得ることができた際の内容で、あるちょっとした偶然の仕業のような行き違いから、啓太の身内との巡り合わせが生まれる形となったのも、不思議な縁ではあった。

 その日、亮平は再び啓太の軌跡を辿る為、前の日に出会った啓太の親友を名乗る男から聞いていた、啓太と麻己についてのいい話――(男はそういっていた)をもっと聞かせてもらうつもりで、(昨日男に声をかけられた時は疑いの念もあり、男に対する嫌悪感からあまり話を聞く気持ちにはならなかった)再び昨日の場所へ訪れてみたが、昼過ぎになっても男は現われず、それからさらに二、三時間その辺りをぶらついてから、やっと諦めがつき、いずれそうするつもりでいた、啓太の母親の妹に話を聞かせてもらおうと、その職場を訪れる際、啓太も通っていた小学校の近くを歩いてみた。

 通学路には小さな店が幾つかあり、その内学校帰りの小学生で埋め尽くされている商店――実際そういう形容しかできないと思われるほど、たくさんの多種雑多な品物が、少しづつではあるが、狭い店内の至る所に無差別に並べられ、奥の一段高い番台のようなとこに座っている婆さんが、入り口付近の駄菓子を、熱意に満ちた眼差しを持って漁る子供達の集団に、年老いた体に似合わぬ眼光を向け、子供達を監視しているようだ。

 亮平はその光景から、あまり悪い感じを受けなかった。むしろ自然な大人と子供の関係に思われた。自然な子供達の行動だ。

 もし、啓太と麻己がその集団に受け入れられたなら、わずかでも、生まれつきの遠慮深さに鈍い感覚を蓋わすことが出来たなら、あの子供達の輪を外側で眺め続けることはなかったはずだと、今更に子供の無意識な残酷さは全く訝しいの一言に尽きてしまう。そんな風な気持ちに亮平は、どうしても彼らに同情せずにはいられなかった。

 その商店から視線を外すと、亮平は本来の目的を果たす為、学校帰りで騒がしく、子供たちの向かってくる流れに、反する方へ進んでいった。





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