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棚機の夜  作者: 長崎秋緒
2/10

 長い間空き家になっていた為に、庭は雑草が生え放題、そのうえ若者の遊び場になっているらしく、外壁にはスプレーで落書きがされ、弁当の容器やポリ袋、空のペットボトルに空き缶が草地に埋もれ、壊れたテレビや家具などの不法投棄までされ、とうてい人の住む気配などは感じられなかった。

 これだけの時間が経っているのに未だ啓太が町の人々からどういった扱いを受けているのか、その根深い蔑みの眼差しが覗えるような荒れ具合を解し得る者は、おそらくこの地に住んでいた町民のほとんどに違いなかった。

 啓太が生まれた漁師町で、彼の名を知らない者はいないほど、津原啓太という人物は有名人だったのは、彼が無意識に引き起こした数々の事件の為だった。


 ある日の放課後、まだ小学生だった啓太は同級生数人の命令で、小さな商店にやって来ていた――

 アイスケースの商品に軽く目をやり、店番する、干からびた皮膚に斑のような染みを映すじいさんの、垂れきった瞼の奥までは除けはしないと諦め、入り口に近いところで慎重に品定めをする啓太少年が、店内を行ったり来たりを繰り返し、店番のじいさんを注意深く観察しているのを、店の外で数人の同級生が、彼とは違った緊張感を持って監視していた。

 文房具が好き勝手に並ぶ木製の棚にある、日焼けした消しゴムを手に取り睨みつける。色のついた消しゴムからは上っ面だけの芳香が微かに鼻先をかすめるくらいだ。それでも彼は、なんてことはない只の「ニオイケシゴム」に多分な嫌悪感を込め睨みつけずにはいられなかった。

 昨日、ここに同じクラスの女子さえいなければ、またこんな汚らしい駄菓子屋なんかに来ることはなく、誇り顔でこの店の前を通るはずだった今日の自身を思い浮かべ、短く整えられた爪先を消しゴムに押しつけ棚に戻す。

 標的にされていた同級生のうち、自分だけがまだ悪の手に染まっていない。男の子特有の歪んだ自尊心からか、啓太はその行為が果たさなければ成らない使命であるかのように、その行為を止めてしまうという考えは浮かんでこなかったし、断れる勇気も持ち合わせてはいなかった。

 クラスの悪い連中に目をつけられ、仲間内での親睦を深める為の“儀式”を強要されているのだが、それをしなければリーダー格の溝口がどういった制裁を加えるのかは、一度グループを抜けようと試みた別の仲間の受けたリンチ紛いの行為で充分理解していた。

(これは、自分の為にやることなんだ)と自分に言い聞かせ、啓太は老夫婦が道楽同然で営んでいる駄菓子屋に、店の外には溝口達の監視付きで居るのだが、目当てのアイスはじいさんから正面に見える位置にあるケースの中で、店内に他の生徒がいない今がチャンスなのに、焦る気持ちは小刻みな足踏みとなり、よけい怪しまれることにも頭が回らないほど狼狽していた啓太をみかねて溝口が使いを寄越してきた。

 店内を何気ない調子で、それでもゆっくりと正確に啓太の場所までやって来て、耳元で囁く。(早くやんないと、防空壕に閉じ込めるって溝口が言ってるぞ)

 そういった田舎には、昔の防空壕跡が点々として残っており、溝口が仲間の制裁の為に使うそれは、入り口付近を棒で突きでもすれば、すぐさま土砂崩れが起きるくらい脆くなっている、人工的に作られた穴で、そこに数時間ほど閉じ込められ、入り口には溝口とその取り巻きがいて、溝口に土下座して謝るか、格好悪く泣き出すかしなければ、出してもらえないのだった。


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