序話 バックドロップと居候
この作品を年の差スキーに捧げます。
備考)
本作は食べられません。
「ひなた――ひなたってばっ!起きよーよ。朝だよ。すがすがしい夏休み初日の朝だよ」
耳触りのいい高めの声が寝室に響く。
私、大川ひなたの朝は居候のモーニングコールから始まる。低血圧の私は朝が弱い。ふらふらと半身を起こし、寝ぼけ眼でベッドサイドの片隅にひしめき合うように乱立する目覚まし時計をみやると、5時半を指している。
ごじ・・・はん・・・だと・・・
「――クレアちゃん・・・私言ったよね・・・10時より一分でも前に起こしたら生まれてきたことを後悔させてあげるって。必ず後悔させてあげるって。どんなに起き抜けがしんどいとしても絶対に逃さないって」
今の私はかのフ●ーザ様さえ指先一つでダウンさ!いろいろ混じっている気がするが気にしない!
――てめぇは俺を怒らせた・・・
ふつふつとボルテージを高める。
「だって!」
エプロン姿の少年は口をとがらせる。
「問答無よ「うれしかったんだもん!!」」
――はい?
「長期休みだから一緒に過ごせるんでしょ?大学にしばらく行かないんでしょ?一緒に遊んだり家事したりできるんでしょ!お盆の旅行だって楽しみだし」
一気にまくしたててくる。
「・・・で?」
「・・・うっかりボクが起きた勢いでひなた起しちゃった・・・ごめんなさい」
生まれてきたことを後悔させる前に涙目でうなだれている居候――クレアを見てしまうとどうにも怒れない。普段迷惑を掛けられたためしが無いというのも情状酌量の余地を大いに作っている。
男の子で13歳といえばやんちゃな年頃だと言うのに聞き分けがいいし、大人びているし、それでいて素直でひねくれていない。なんというか天使のような中身なのだ。
外見にしたって女の私ですら負けを素直に認めざるを得ない端正さだ。褐色の肌は艶やかで肌理が細かく、腰まで伸ばしている長い銀髪はどこぞのシャンプーのCMに出演している女優に勝るとも劣らない。こうなんというかコンプレックスを刺激しまくりつつも母性本能に訴えかけてくる非常に厄介な生き物なのだ。
・・・ん?私の容姿だと?そんなもん言うものか!誰が好きこのんで美形と並べて描写されたいものか!
「・・・いつもいつも上目遣いが通用すると思わないことだね。明日からちゃんと自制してくれるなら許したげる」
まあ最近かまってあげてなかったしね――主に定期試験のせいだけど。
「ありがと!――もう一度寝る?」
かいがいしく床に投げ出されたタオルケットを私に掛けようとする。
「――起きる」
さすがに6つ下の子供に二度寝する様を見せつける気は毛頭ない。
ん?手遅れだと?その意見は却下する。
「ひなただーいすき」
ギュッと私に抱きつくクレア。シャンプーの残り香はいい。けれど今は早朝とはいえ、真夏なのだ。
――暑い
「は・な・れ・な・さ・い!!」
大学生初めての夏休み初日。私はバックドロップを6つ年下の少年に極めた。
両親にはこっぴどく絞られたが私は間違ってはいない・・・はずだ。朝のまどろみこそ至宝の時間だと思う。それを邪魔したのだから、それ相応の報いは受けるべきだろう。
「理不尽だ」
「「どこが!!」」
即座にハモリで突っ込みが入った。借りていた本を返し終えての大学付属の図書館からの帰り道、私は今朝の顛末について至極まっとうな感想を口に出したのだが。
「クレア君も苦労するよ。こんだけ尽くされているのにありがたみを感じないヤツ(ひなた)にひっかかっちゃってさ」
ため息をついたのは佐野梓。いまどき黒のポニーテールを崩さない涼しげな目元がチャームポイント(?)の小柄な美少女だ。
「そうだよねー。愛妻弁当まで作ってもらってアンタいちゃもんつけてなかったっけ?」
ジト目でこちらを睨みつけてくる背が高い方は西園寺真奈美。紅茶色に染めたショートボブが今風(?)のきれいなコだ。
「・・・鮭フレークでハートマークでかでかと描かれたら文句も出るだろ」
ぼそっと呟く私に両サイドから姦しく罵詈雑言を浴びせかけてくる。
曰く――
あんなできたコそうそういないよ!!
美形で気立てが良くて家事も上手い
おまけにあんたに好意を抱いてる
しかも同居しているのだろう?
朝起こしてもらうとかどんだけだよ
(二人とも彼氏持ちじゃないか・・・)
口に出しかけて飲み込む。関係ないと切り捨てられるのがオチだ。
「これ以上騒ぎたてたら、講義ノート来期から有料化してやる」
いい加減うっとうしいダブルスピーカーはピタリとやんだ。よく訓練された女子大生だ。
「そういや明日さ。映画って何見るんだっけ?」
「アンタね・・・誘った張本人でしょうが」
「クレアにせがまれたからさ―」
「「あの子も一緒かっ!」」
「?言ってなかったっけ?」
「学割だし安いっていう理由で誘われた気がするんですけど?」
真奈美がげんなりした顔でこぼす。
「どーせアンタが渋ったからクレアくん妥協案出してきたってとこなんじゃないの?」
暑いのに外出したくないとか何とか言ってさ、と見てきたように梓が呟く。
「えすぱー佐野」拍手をてきとーに送る。
「「あんたこそ教育し直す必要がありそうね」」
私はさながらグレイタイプ捕獲のように、両腕をがっしりとホールドされて近場のドトールに引きづり込まれ、二時間膝詰めで説教を食らった。
――理不尽だ。
あなたのお暇を慰めるお手伝いになれば幸いです。
宜しくお願いします。