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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

カナと俺

作者: メイ
掲載日:2026/04/14

あいたいよ

時間差で心に深く突き刺さったりもしますよね

そうなったから書いてみました。

カナが死んだ、ガンだった。

31歳で隣からいなくなった。

14年一緒にいた、最愛のパートナー

5年遠距離恋愛、6年同棲、結婚して2年10か月

ガンだという結果が出たのは、入籍した翌日の12月29日


子宮体癌未分化肉腫

それが病名。

京大病院でもほぼ前例がなく、手探り状態での治療だった。

   

ガンが見つかった時には遅かった。

子宮はソフトボール程まで膨らみ、内部はすべて肉腫だった。

基本的にはすべて摘出、子宮も、卵管も、卵巣も。

リンパにも転移していたので、末期の一歩手前だった。


子供が産めなくなってしまって、二人で泣いた。

そこから抗がん剤での治療がはじまった。

最初は何も影が無かったので肺がんなどに使われる普通の抗がん剤からはじまった。


でも、そこから少しづつ増えてきた。

最初は肺、次にその周り、肝臓、心臓の近く

どんどん増えていった。


だから抗がん剤を変えた。

しばらくしたら、ゆっくりと小さくなりガンが消えていった。


今日はここまで

しんどい。




しばらく効いてきた抗がん剤を使っていたけど、すぐ効かなくなってきた

どんどん増えてきた、2年は一進一退で増えたり無くなったりガンが成長しなかったりの繰り返しだった。


その間は、いろんなことをした。

後悔が無いように

子供は産めなくなったけど、それ以外のことで後悔が無いように


遊園地に行った

海に行った

釣りもした

水族館にも動物園にも行った

旅行して、観光して、本当に色々なことをした。


俺のいとこにも子供がいて、カナは嬉しそうに一緒に遊んでた。

子供が好きでカナは保育士になったから

一番いきいきしていた。



今日はここまで



二年目から少しづつだけどガンが増える速度が速くなってきた

抗がん剤も効きづらくなってきた、ガンのほうが耐性を持ち始めたらしい

肉腫の大きさが変わらなくなってきた


それでも諦めずに治療をしてきた

でも効かなくなってきたことはたしかで

治療方法を変える必要が出てきたかもしれない



もう駄目かもって思うけど、そう思ってるうちはまだ大丈夫っていうことかもしれん



2024年の12月から薬を変えた

翌年の3月に薬が効かない肉腫だらけで、心臓や器官の横とかにでき始めた

だから別の抗がん剤と一緒に放射線治療が始まって、肉腫が一気に小さくなった

でも3回目の治療で入院したとき、頭痛がありMRIの結果、脳にまで転移してることがわかった


でも放射線治療で小さくなったから無くなると思った

そうはならなかった進行は止まったように見えただけで実際は少しずつ大きくなっていた

7月、放射線治療をするために入院したら同じ病室にいた患者がコロナになって

カナも検査したら陽性だった

治療がいったんストップした



8月、MRIの結果どんどん増えていってる

決断しなければいけない時が来た

しぬかもしれない抗がん剤をつかって3割以下でガンがなくなる可能性に賭けるか

治療をやめて最後まで自分らしく生きるか

どっちにしてもその時点で、残りの寿命は3か月か今年中といわれた

カナが選んだのは後者



もう苦しいのは嫌だ

時間は短いけど好きなことして最後まで自分らしく生きる

カナはそういった

そこからは緩和ケアの病院を探したりして、10月にカナの実家がある広島に一緒に帰ることにした

もう歩けなくなってきたから車椅子で移動した


俺も8月末で仕事を止めてずっと一緒に居た

10月9日に広島行きの新幹線に乗った

もう長時間座ることもできなかったから多目的室を借りて横になりながらの移動だった

広島に着く30分間前にくらい膝枕を要求されたので着くまでずっとしてた

頭をずっと撫でてあげた。



実家に着きお母さんたちといっぱい話し合った

でも10月11日にカナが倒れた

脳の腫瘍のせいでおきたてんかん発作だった。

病院の先生からもういつ心臓が止まってもおかしくないといわれた


カナの心臓は倒れてからずっと心拍が早かった

走っている人並だと言われた

右半身も動かなくなった

てんかんは薬で抑えられるけど、意識がずっと朦朧としていた。

ある程度の意識が戻った時フォトを広島で撮ろうと言った



カナの心残りはウエディングフォト

写真を撮らないと後悔すると言っていたから色々動いた結果

カナのお母さんの知り合いとかが集まってくれて病院で撮ることになった。

もうベッドの上からほとんど動けないので専用上半身だけの着物とかを用意してもらった。


10月21日に写真を撮った

カナは綺麗だった。

カナは可愛かった

カナを愛している

看護師さんたちにも祝福してもらえた



10月22日

そして次の日からはほぼ喋れなくなった

後悔することが無くなったんだと思う

一気に力が抜けて動けなくなった。


10月23日

実家近くの緩和ケア病院へ転院することになった

もう左手しか動かせなかった

喋ることもできなくなった


10月24日

まだ意識があった

熱が出始めた、脳に腫瘍があるせいで体温調節が出来なくなったという事らしい

ご飯も食べれなくなった


10月25日

左腕も動かせなくなった

起きているのか、寝ているのかわからなくなった

カナの友達が来てくれた、ずっと横にいてくれた

カナのスマホでカナが好きな曲をずっと流していた

聞こえてたかな


10月26日

夜、カナが旅立った

少しだけ意識が戻っていたのかな?

目を開けて俺を見ていたね

それとも心拍がさがったから意識が戻ったのかな?

でもその瞬間、カナが目を見開いた

心臓が止まって

最後に涙を一筋流して

旅立った



カナの顔が忘れられない、忘れたくない

カナの声が忘れられない、忘れたくない

カナがそばにいない

あいしている

ずっと一緒にいるって言った


今すぐは行けない

今すぐに行きたい

カナに会いたい



俺は弱くなった

カナがいないから

でもすぐに会いに行ったら怒るよね?



あいたいよ

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