グリーン、ピース。
シュウマイの上に乗っているグリーンピースを見るたび、私は少しだけ息が詰まる。
べつに嫌いなわけではない。好きでもない。ただ、あの小さな緑が、いつも妙にひとりだけでいるように見えるのだった。三つ並んだシュウマイの上で、きちんと等間隔に置かれているくせに、どうしても、ひとつひとつの孤立が目につく。埋まり方が違う。沈み方が違う。艶の出方も、どこか違う。
売店の白い灯りの下で、そのことに気づいてしまったのは、たぶん春の終わりだった。
「グリーン、ピース。」
口に出してみると、言葉は思ったより冷たく、ふたつに割れて机の上に落ちた。グリーン。ピース。色と、祈りのようなもの。あるいは色と、破片。
向かいに座っていた同級生が、パンの袋を鳴らしながら私を見た。
「何?」
「べつに。」
私は透明な蓋越しに、ひとつの緑を見ていた。まるで縫いつけられているみたいだった。やわらかな肉の表面に、異物として、しかし最初からそこにある顔をしている。
「シュウマイの上に乗ったグリーンピースはどうして消えるの?」
問いは、誰に向けるでもなく出ていった。窓の外の光に向かって飛んでいく埃みたいに、軽く、頼りなかった。
しばらくして、教室のどこかから声がした。
「それは個性を消して、統一するためだよ。」
だれが言ったのかは、よくわからなかった。前の席の子だったかもしれないし、廊下を通った教師の独り言だったかもしれない。あるいは、もっと古いところから聞こえたのかもしれない。家庭科室の古びた換気扇の奥とか、音楽室の閉じたピアノの中とか、そういう場所から。
「グリーンピースの埋め込み具合に差があるのを消すこと。それがこの世界の大人なんだよ。」
誰も笑わなかった。
笑えなかったのかもしれない。
私は箸を持ったまま、自分の爪の半月を見ていた。左右で形が違った。指の節の太さも少し違う。まぶたの開き方も、たぶん同じではない。髪は寝癖で右だけ跳ねていたし、靴下のゴム跡も片足だけ濃かった。そういう、直すほどでもない差異に、私は守られている気もしていた。完全に整えられてしまったら、たぶん、自分の輪郭がわからなくなる。
売店のシュウマイは、次の週からグリーンピースが消えた。
最初に気づいたのは私だけだった。
透明な蓋を開けても、表面はなめらかで、何も乗っていない。茶色く湿った肉の丸みが、ただ均一に並んでいる。それはたしかに見た目としては整っていた。整っていて、静かで、文句のつけようがなかった。けれど、ひどく無言だった。
あの小さな緑は、どこへ行ったのだろう。
取り除かれたのか、最初から省かれたのか、それとも、もっと見えにくい場所へ埋め込まれたのか。
私はしばらく、グリーンピースのないシュウマイを食べ続けた。味はほとんど変わらなかった。何も変わっていない、と言う人もいるだろうと思った。実際、そうなのかもしれなかった。あんなもの、飾りだよ、と。むしろないほうが食べやすいよ、と。
けれど私は、その「変わらなさ」の中にだけ、耐えがたい変化を見ることがあった。
なくなっても平気なものから先に、世界は手を入れていく。
痛みも、叫びもなく消せるもの。
あってもなくても同じだと見なされるもの。
なくしたところで、たいていの人が困らないもの。そういうものから、静かに、順番に。
夏になるころ、私は夢を見た。
大きな工場のような場所に、無数のシュウマイが流れてくる。白い手袋をした大人たちが、無表情でその上からグリーンピースを摘み取っていく。摘み取られたグリーンピースたちは声も出さず、金属の皿にからからと転がっていく。工場には窓がなく、時計もなく、ただ均一な灯りだけがあった。大人たちの顔はよく見えなかった。のっぺりとしていて、どの人も同じ輪郭をしていた。
目が覚めたあと、口の中に青臭さだけが残っていた。
秋、文化祭の準備で居残りをした帰り、コンビニの棚の隅に、昔ながらのシュウマイ弁当を見つけた。値引きシールが貼られていた。透明な蓋の下、三つのシュウマイの上に、ちゃんと緑が乗っていた。少しだけ位置がずれていて、そのずれが、どうしようもなく救いに見えた。
私はそれを買って、夜の公園のベンチで食べた。街灯の下で見るグリーンピースは、昼よりもずっと小さく、頼りなく見えた。世界が暗くなるほど、小さなものは自分の小ささを隠せなくなる。
ひとつ目を食べる。
ふたつ目を食べる。
最後のひとつだけ、私はしばらく手をつけずにいた。
グリーンピースは、丸くて、緑で、黙っていた。
豆であること以上の意味なんて、本当はないのかもしれない。
それでも、意味はいつも、意味のなさそうなものに宿る。
私は指先でそれに触れた。
冷たかった。
ああ、と思った。
個性というのは、たぶんもっと派手なものではない。
大きな声とか、奇抜な服とか、だれにも真似できない才能とか、そういうことではなくて。
こんなふうに、埋まり方に差があることなのだ。少し浮いているとか、少し沈んでいるとか、その程度のことなのだ。
そして大人は、それを見逃さない。
見逃さないまま、見なかったことにできる形へ整える。
私はグリーンピースを口に入れた。
青臭かった。
やわらかく、少しだけ歯に残った。
思っていたより、味があった。
たぶん、消えるものは、最初から無意味だったから消えるのではない。
消されても大勢に気づかれないから、消されるのだ。
ベンチの前に、風が吹いた。
どこからか小さな紙くずが飛んできて、私の靴の先に触れ、また離れていった。
世界は今日も、きれいに整えられている。
均一で、穏やかで、やさしい顔をしている。
だからこそ私は、ときどき確かめたくなる。
あの小さな緑が、たしかにそこにいたことを。




