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魔王リライト  作者: ゆずリンゴ


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7.学園の日々

 学園生活というものは、思ったより忙しかった。


 ルベルドがそれを実感したのは、入学から三日目のことだった。

 午前中に魔法理論の座学が二コマ、午後に剣術の基礎実技が一コマ、その後に属性別の魔法演習が一コマ——一日に四つも授業が詰め込まれている。魔界でも修練はしてきたが、こうして他者と並んで学ぶ形式は初めてだった。


「ルベルド、次の魔法理論の課題、もう終わった?」


 放課後の廊下でレインに声をかけられた。


「昨夜終わらせた」


「早っ! 俺まだ半分も……」


 レインが頭を抱えた。


「なんでそんなにできるんだ、お前は」


「集中すれば難しくない」


「集中の問題じゃないだろ……」


 レインはぶつぶつ言いながらも、ルベルドの隣を歩いていた。入学初日からこの調子で、レインはルベルドのそばにいることを特に気にしていないようだった。ルベルドの方も、レインの無害な気安さを悪くないと思い始めていた。


 あくまで「情報収集に便利」という理由からだが。


「そういえばさ」


 レインが少し声を潜めた。


「お前、一年A組で早くも有名人だぞ」


「……なぜ」


「入試で筆記も実技も首席だったって噂が広まってる。しかも闇属性で、精度も優秀だったって試験監督が同僚に話したのが漏れたらしくて」


(……やはり目立ちすぎたか)


「それで?」


「いや、だから声かけてくる奴が増えるんじゃないかな、って。俺は嬉しいけど、ルベルドは嫌そうだよな」


 正しい予測だ。


「必要以上に関わる気はない」


「言うと思った」レインは苦笑した。


「でも友達くらいは作ったら?」


「お前がいれば十分だ」


 本音ではなく、会話を終わらせるための言葉だった——のだが。


「……えっ、俺でいいのか?」


 レイン急に照れた顔をした。


「急に何だよ、恥ずかしいんだけど」


「深い意味はない」


「そういうこと言う奴に限って本心だったりするんだよな」


 平静を装いレインが面白そうにしてチラチラと言うのにルベルドは返事をしなかった。


 廊下の角を曲がったとき、向かいから数人の生徒が歩いてきた。その中に——ダリアがいた。


 ダリアはルベルドと目が合った瞬間、わずかに顎を引いた。


「ルベルド」


 名前を呼んだのは挨拶なのか確認なのか、判然としない声だった。


「ダリア」


 ルベルドも同様に返した。


 数秒の沈黙。ダリアの隣にいた生徒たちが、二人の様子を読めずに視線を泳がせている。


「……魔法理論の課題は終わったか」


 ダリアが言った。


「昨夜に」


「そうか」


 それだけ言って、ダリアは通り過ぎた。


 レインがルベルドの耳元に近づいた。


「なんか緊張したな……。あいつ、ダリア・ハーヴェルだろ?王女様の弟の。お前と知り合いなの?」


「少しな」


「入学三日でどこでそんな縁を……」


「縁というほどでもない」


 ルベルドは正直に言いながら、廊下の奥へ消えたダリアの背中を目の端で追った。


(……警戒は続いているな)


 問題は、その敵意がこれからどう動くかだ——ルベルドはそれだけを考えていた。


 授業の中で、ルベルドが最も気を遣っていたのは「力加減」だった。


 魔法演習の時間は特にそうだ。属性別に分けられた演習棟で、生徒それぞれが課題を与えられてこなす。闇属性のクラスにルベルドを含めて三人いたが、あとの二人は初級魔法を安定させるのに四苦八苦している状態だった。


 ルベルドは演習の時間、意識的に出力を制御した。中級魔法の課題を出されれば、「少し得意な新入生」の範囲でこなす。精度は少し落とし、速度も抑える。完璧にやり遂げれば褒められるが、あまりに完璧だと目立ちすぎる。


(加減が難しいな)


 演習を終えた帰り道でそう思った。力を抑えることは技術的には容易だが、「どの程度が不自然に見えないか」の基準が難しい。魔族の常識と人間の常識は違う。


 そのあたりの感覚を養うために、ルベルドはこっそり他の生徒の演習を観察していた。どの程度の力が「一年生として優秀」とされるのか。どのくらいの精度が「上手い」と評価されるのか。


 観察の結果、ルベルドが出した結論は「自分の本来の力の十分の一以下を使えば十分すぎる」というものだった。


(……人間というのは、存外に限界が低いな)


 悪口ではなく、純粋な分析の結果だった。神の祝福を受けた者であれば話は変わるだろうが、祝福を受けていない一般の人間の魔法適性は、平均的な魔族よりずっと低い。この学園に集まっているのは人間界でも優秀な部類だろうが、それでもルベルドが「加減する必要がある」レベルだった。


(……とはいえ)


 ルベルドは少し考えた。


(特別近衛騎士になるためには、この中で一番優秀でなる必要がある。力を抑えすぎると結果が出ない。かといって本気を出しすぎると別の問題が起きる。どこで線を引くか、だ)


 難しい問題だった。しかし、悪くない問題だとも思った。


 魔界ではこういう「頭を使う」場面が少なかった。力が全ての世界では、考えることより押し通すことの方が多い。


(魔力の精度を高める訓練にもちょうどいい)


 ルベルドは独りごちて、宿への帰路についた。


 学園生活が一週間を過ぎた頃、ルベルドは学園の構造を概ね把握した。


 棟は大きく分けて五つ。教室棟、演習棟、図書棟、食堂棟、そして王族関連の特別棟。コゴメは特別棟を出入りすることが多く、授業は通常の教室棟で受けている。護衛がついていることも分かった——常に二人、特別近衛騎士と正式な騎士の側近がいる。


 コゴメとは廊下ですれ違うことがあった。


 廊下ですれ違ったとき、コゴメはルベルドを見つけてぱっと笑顔になった。が、すぐ後ろに護衛がいることに気づき、声は出さずに小さく手を振った。ルベルドも無言で、軽く顎を引いて返した。


 それだけだったが……なぜか、夜になっても少しそのことを考えた。


(……護衛がいては話しかけることもできないな)


 ルベルドは近衛騎士になる必要性を、改めて実感した。


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