5.王立ハートヴェル学園
入学初日。
白と紺の制服に袖を通したルベルドは、学園の正門をくぐった。
(……似合わないな)
昨夜、宿の鏡で確認したとき、そう思った。魔界では基本的に黒か深紫の衣服しか着たことがない。この明るい色の制服は、自分には不釣り合いな気がした。まあ、背に腹はかえられない。
朝の中庭は賑やかだった。同じ制服を着た生徒たちが、友人同士で話しながら各棟へと向かっていく。ルベルドは人の流れを観察しながら、自分の教室を探した。
「新入生かな?」
後ろから明るい声でそうかけられた。
振り返ると、茶色の巻き毛の少年が立っていた。ルベルドより少し背が高く、人懐こい笑顔を向けている。
「そうだ」
「俺も新入生だよ!もしかして一年A組かな?」
「……そうだが」
「同じだ! 俺はレイン。よろしく!」
握手を求めてくる手を、ルベルドはとりあえず握り返した。元気のいい奴だ、という感想しかなかった。
「名前は?」
「ルベルドだ」
「ルベルド! 珍しい名前だな。どこ出身?」
「遠くから来た」
「……訳ありってやつか。じゃあ俺が案内してやるよ。一年A組の教室ならこっちだ」
レインは勝手に歩き出した。ついてこいということらしい。ルベルドは少し考えてから、黙ってその後を歩いた。
(……面倒見がいい人間は、利用しやすいから助かるな)
打算的な考えだが、それがルベルドにとって自然な発想だった。
一年A組の教室に入ったルベルドは、ひとまず窓際の席を選んだ。
教室は三十人ほどの生徒が集まっており、自己紹介や友人作りに余念がない者たちで賑わっている。ルベルドはその様子を壁際から眺めながら、座って待った。
―――そのとき。
廊下の方で、かすかに声がした。
「あっ、すみません!」
その声に、ルベルドの耳がぴくりと反応した。
(……聞いたことがある声だ)
反射的に廊下に目をやった。教室の扉の前を、一人の少女が通り過ぎようとしていた。
淡い金色の髪。白と紺の制服。手に抱えているのは大量の本で、廊下の別の生徒とぶつかりそうになり、「すみません」を連発している。
(……コゴメ、か)
ルベルドは思わず立ち上がった。
「ルベルド? どこ行くんだ」
レインが後ろから声をかける。が、それに答えずに自然と体は廊下に出ていた。
コゴメはすでに角を曲がりかけていた。ルベルドは数歩早足で追いかけ―――コゴメが立ち止まった瞬間、正面からすれ違いざまに目が合った。
翠色の目が丸くなった。
「……え。ルベルド、さん……?」
コゴメは抱えた本を落としそうになりながら、ルベルドの顔をまじまじと見た。
「ど、どうして学園に……!?」
「入学した」
「入学って……試験を受けたんですか?」
「ああ」
「え、いつ!?」
「昨日」
コゴメは数秒フリーズして、それからぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、たくさん会えますね! 同じ学園なんだから!」
「……そういうことになる」
ルベルドは素っ気なく答えた。しかし内心では―――そうだ、このために来たのだと、改めて実感していた。
「姉様!」
背後から別の声がした。
廊下の向こうから、短い黒髪の少年が早足で近づいてくる。コゴメと同い年くらいだが、纏う雰囲気は落ち着いていて——どこか鋭い目をしている。
「こんなところで何をしているんです。授業前に職員室へ行くと言っていたでしょう」
少年はコゴメの隣に立って、それからルベルドに気づいた。一瞬だけ目が細くなった。
「……誰です、これは」
「ダリア、失礼だよ!」
コゴメがあわてて言う。
「この方はルベルドさん。この間助けてもらったって話したでしょう?」
「……森で姉様を助けた、という」
少年——ダリアの目が、品定めするようにルベルドを見た。
「ダリア・ハーヴェル。コゴメの双子の弟です」
名乗りは形式的で、笑顔はない。
(……警戒されているな)
ルベルドはそれを察して、まあ当然だと思った。見知らぬ者が突然姉の傍に現れたのだ、弟として警戒するのは自然だ。
「ルベルドだ」
それだけ言って、会釈をした。
ダリアはわずかに眉を上げた。警戒しつつも、礼節には礼節で返すらしく、小さく頭を下げた。
「……話は聞いています。姉を助けてもらったことは、礼を言います」
「礼は要らない。コゴメから聞いた通りだ」
短い沈黙がその場に流れた。
「では姉様、急ぎましょうか」
「う、うん……ルベルドさん、また話しましょうね!」
コゴメは嬉しそうに手を振り、ダリアと共に廊下を歩いていった。最後にもう一度振り返って、にこっと笑った。
ルベルドはその背中を見送った。
(……弟は厄介そうだな)
そう思いながら教室に戻った。




