4.入学試験
翌朝、ガロンに連れられて王立ハートヴェル学園を訪れた。
学園は街の北側、小高い丘の上に建っていた。石造りの正門をくぐると、広い中庭に噴水があり、その奥にいくつもの棟が連なっている。生徒らしき少年少女が何人か行き交っており、制服——白を基調に紺のラインが入ったジャケット——を着ていた。
(大きいな)
ルベルドは無表情を保ちながら、内心で感嘆した。魔界の城と比べれば小さいが、これだけの施設を人間が作り上げたことは、素直に認める気になった。
ガロンが受付の教員と何かやり取りをして、ルベルドは試験室へ案内された。
試験会場には、ルベルドと同年代らしき子どもたちが十数人いた。皆どこか緊張した面持ちで、隣同士でひそひそ話している。ルベルドは空いている席に座り、周囲をそっと観察した。
(……ここにいる奴らは様々だな)
裕福そうな身なりの者もいれば、ルベルドと同じく旅人風の装いの者もいる。魔法の才に多少自信があるらしく胸を張っている子もいれば、腕に剣だこのある子もいた。
程なく、試験監督の教員が入室してきた。四十代ほどの、眼鏡をかけた細身の男だ。
「では筆記試験を始める。制限時間は一刻。静粛に」
問題用紙が配られた。
ルベルドは一通り目を通した。確かに難しくはない——昨夜の詰め込みで十分対応できる内容だ。ただ数問、情熱の大陸固有の歴史に関する問題があり、そこだけはガロンから聞いた話を頼りに答えた。
三十分ほどで全問書き終えた。残り時間は見直しに費やし、筆を置いた。
昼を挟んで、午後は実技試験だった。
中庭の一角に試験用の演習場が設けられており、受験者が一人ずつ前に出て課題をこなす形式だ。魔法試験を選んだ者は、的当てと魔法制御の二課題をこなす。
ルベルドの番が来た。
「得意な属性は?」試験官が聞く。
「闇属性です」
周囲の受験者が少しざわついた。闇属性は希少で、習得が難しいとされている。ここまでで初めて基本型とされる――火――水――草――土――以外の属性の者が現れた。
「では、あの的に向けて闇属性の魔力弾を三発。その後、魔力制御の課題として炎を手元で三秒以上維持すること」
「……炎の制御、ですか」
「基本属性は必修だ。ただ、他属性での代替も認める。得意な属性で構わない」
ルベルドは的を見た。三十メートルほど先に置かれた木製の的だ。
(力を抑えて。……この程度なら「少し得意な子ども」の範囲に見えるはずだ)
ルベルドは右手を持ち上げ、指先に闇の魔力を集めた。意識的に出力を落とす。普段の一割にも満たない力で、魔力弾を三つ作り出した。
(放つ)
三発が寸分違わず的の中心に当たった。的がわずかに揺れる。
試験会場がしん、と静まった。
「……精度が高いな」試験官が呟くように言った。
「次の課題。魔力制御を」
ルベルドは再び力を抑えながら、今度は手のひらの上に小さな炎を展開した。安定させたまま五秒、七秒と保持し続ける。
「よし、十分だ」
試験官が止めた。
「終了」
ルベルドは手を下ろした。
後ろから聞こえる受験者たちの声が、以前よりも少しだけ大きくなっている。いくつかの視線が刺さるのを感じたが、気にしなかった。
(……目立ちすぎたか)
少し迷ったが、もっと下手に見せようとすれば逆に「わざと外している」と思われる可能性もある。この程度なら「闇属性の才能がある子ども」で収まるはずだ。
問題はない、とルベルドは判断した。
試験の結果は翌日に通知されることになっていたが、ガロンが学園の知人を通じて早めに確認してくれた。
「合格だよ、ルベルド。筆記は全受験者中最高点。実技も首席だそうだ」
ガロンの雑貨屋の奥で、ルベルドはそれを聞いた。
「……そうか」
「喜ばないのかい?」
「別に嬉しくはない。入れればそれでいい」
ガロンはくすくすと笑った。
「相変わらず面白い子だね。入学は来週からだ。制服と教材の準備が必要だが——」
「費用は払える」
ルベルドは胸元から小さな布袋を取り出した。魔界から持ってきた金貨が数枚入っている。人間界でも価値は同じようにあるはずだ。
「ほう。旅人にしては随分と余裕があるね」
「……貯金だ」
「では制服の採寸と教材の手配は私がしてあげよう。学園の近くに安い宿もある。ガイドしてやろう」
「……なぜそこまで」
「言ったろう、君の目が気に入った、と」
ガロンは柔らかく笑った。
「旅の子どもが一人でどうにかしようとしている。手伝いたくなるのは、老人の性分さ」
ルベルドはしばらく黙って、それからぼそりと言った。
「……ありがとう」
お礼を言うのは得意ではない。言い慣れていないから、どうにも声が小さくなる。
しかしガロンは満足そうに目を細めただけで、何も言わなかった。




