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魔王リライト  作者: ゆずリンゴ


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15.4年生大会(後編)

 そして―――センの番が来た。


「三十一番、セン・ヴァルト!」


 センが舞台にふらりと上がった。眠そうな目のまま、あくびを噛み殺しているように見えた。周囲から笑い声が少し起きた。


「あの人、やる気ないのかな?」


 レインが困惑した顔をした。


「……ある。おそらく」


「おそらく?」


「感じないのか?あいつから溢れる力を。俺は見ているだけでも寒気がする。不気味な程だ」


 ルベルドには、センの纏う「重さ」が他の二人とも種類が違うことが分かっていた。クロードは大地の重厚さ。エレナは炎の激しさ。センのそれは―――無のような重さだった。


「始め!」


 センは動かなかった。


 相手が魔法を放った―――水の高圧流が走る。センは眼前でそれを手で受け止めた。


「え!?」


 レインが叫んだ。


 手から、暗い色の光が広がった。それは黒に近い深紫——まるで。


(……闇魔法? いや、違う)


 ルベルドは目を細めた。これは闇魔法ではない。似ているが―――質が違う。もっと「無機質」な何かだ。物を分解するような、あるいは存在を均すような性質の魔法。


「虚無属性」


 ルベルドは低く言った。


「虚無……?そんな属性があるの?」


「極めて稀な属性だ。物質も魔法も関係なく、触れたものを「無」に還す性質を持つ。制御が難しいため、歴史上でも使い手はほとんどいない。俺も初めて見た」


「いや、なんでそんなに詳しいんだよ……」


「本のおかげだ」


 センの手から広がった虚無の光が、水の高圧流を静かに飲み込んだ。魔法が分解され、消える。


 センが一歩踏み込んだ。


 その動きは―――先ほどのレオニードとも違う「予備動作のなさ」だった。歩くように自然に近づいて、一瞬だけ手を伸ばした。

 相手が跳んで逃げた。しかし着地した足元に、薄い虚無の膜が広がっていた。


「っ―――!」


 相手が硬直した。足元に触れた虚無が、相手の魔力の循環を一時的に「止めた」のだ。魔法使いが魔力循環を止められると、魔法を行使できなくなる。抵抗しようとしているが身体が言うことを聞かないようだ。


 センが静かに相手に近づき、肩に手を置いた。


「降参、できる?」


 その声は穏やかでなんとなく優しかった。


「……降参します」


「判定―――三十一番セン!」


 会場の静寂の後、盛大な拍手が起きた。


 ルベルドは手を膝の上で握っていた。


(……あれは、たとえ俺が全力でかかろうと対処できる相手ではない)


 冷静に、そう判断した。


 虚無属性は闇属性の上位互換とも言われる幻に近い力だ。加護の神は―――何の神だろう。虚無や無の概念を司る神は、人間界の神話では「終焉神」か「静寂神」が候補になるだろうか。


 考えると同時に―――別の感情も動いていた。


(面白い)


 見ていて面白い、という感情。これだけの実力者が人間界にいたという事実が、ルベルドにとって純粋な驚きだった。


(父上が「争いを望まない」と言った理由の一端が、少し分かった気がする)


 それはもちろん、センほどの実力で父ヴォンドに敵うはずはない。しかしそれは「人間が弱いから争う必要がない」という理由ではない。仮に父が無き魔界でセンのような男がより力をつけ反旗を翻せそうとすればどうなるか。父は魔族の未来の事を見据えてこんな事をしたのではないか。


(……考えすぎか)


 ルベルドは頭を振った。今はそういうことを考える場ではない。


 決勝はクロード対センになった。


 演習場がしんと静まった。四年生の近衛騎士同士が当たる試合。これを見るために来た者も多いのだろう。


「……どっちが勝つと思う?」


 レインが聞いた。


「分からない」


 ルベルドは正直に答えた。


「本来なら、虚無属性は土属性の障壁を分解できる。しかしクロードの障壁は加護による魔力吸収の性質を持っている。虚無に対してもそれが機能するかどうかが分からない」


「……なんか難しいな」


「ああ。だから分からない」


 試合が始まった。


 クロードが即座に巨大な障壁を展開した。円形に地面を包む障壁―――攻防一体の陣形だ。センはその外側に立ち、しばらく黙って障壁を見た。


 センが障壁に手を触れた。


 虚無の光が広がる。障壁がわずかに揺れた―――しかし崩れなかった。


「吸収しているな」


 ルベルドが言っ た。


「大地神の加護が、虚無の浸食を吸い込んでいる」


「つまり、センさんの攻撃が効かないってこと?」


「消耗戦になる。どちらの加護が先に限界を迎えるか、という話になる」


 センは数歩下がり、今度は虚無の魔法を障壁の上に放った。点ではなく面で。


 クロードの目が細くなった。障壁の一部が急速に消耗しているのが見えた―――加護の吸収が追いつかない範囲の攻撃だ。


 クロードが動いた。障壁を閉じて、代わりに地面を隆起させてセンに直接当てにいく。


 センは土柱を虚無で次々と消した。しかし土柱が一本出るたびに、センの魔力も消費される。そういう消耗の読み合いだ。


 試合は十分以上続いた。


 演習場は静寂に近い熱狂の中にあった。

 やがて、センが小さく息を吐いた。


 土柱が一本―――わずかに消すのが遅れた。


 クロードはその刹那を見逃さなかった。土の波が一気に押し寄せ、センを舞台の端まで押し込んだ。センが踏ん張ろうとしたが、足元への加圧と横からの土の壁に挟まれた。


「……参った」


 センが静かに言った。


「判定―――七番クロード!!」


 会場が爆発した。


 ルベルドは静かに観ていた。


 表彰でクロードは勲章を受け取り、深々と礼をした。


「ありがとうございます」と言った後、センの方を向いた。


「いい試合だった」


「うん」


 センはあくびをした。


「俺の魔力量の問題だったよ。クロードの障壁を全部削るには足りなかった」


「お前が吸収量を超えるほどの虚無を展開できたら、俺は確実に負けていた」


「それはそれとして、美味しいものが食べたい。この後クロードが奢ってよ」


「なっ……勝った俺の方が奢るのか。まぁ、別にいいが」


 会場の緊張が一気に和んだ。笑い声が広がった。


 ルベルドは——その場面を見て、思わず口元が少し動きそうになった。


(……クロードは強い。センも強い。エレナも強い。この三人が卒業した後の学園で、俺は特別近衛騎士になる。それは、簡単な話ではない)


 しかし。


(だからこそ、やる意味がある)


 ルベルドはそう思って、席を立った。四日間の大会観戦が終わった。


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