10.魔法大会当日(ルベルド視点)
大会当日、空は高くよく晴れていた。
学園の大演習場は、通常の演習棟の三倍ほどの広さを持つ屋外施設だ。中央に試合用の魔法陣が描かれた円形の舞台があり、その周囲を客席が囲んでいる。今日は一年生の大会とはいえ、上級生も観客として来ており、客席は相応に埋まっていた。
「緊張するなあ」
レインがルベルドの隣で言った。参加者は番号を書いたゼッケンをつけており、レインは十五番、ルベルドは七番だった。
「お前は平気そうだな」
「平気だ」
「普通緊張するだろ……。俺、一回戦で負けたら泣くかも」
「泣くな」
「そういう問題じゃなくてさ!」
ルベルドはレインの話を半分聞きながら、客席をざっと見た。
コゴメとダリアは―――いた。ダリアは一年生の観客席に、これから試合に出るくせに落ち着いた様子で腕を組んでいる。
一方でコゴメの方はと言うと他より豪華な場所に居た。座り心地の良さそうな椅子が4つ、前を遮るものも一切ない特別な空間だった。コゴメの他に座る三人の格好を見るに王族の女生徒のための観覧席なのだろう。
それぞれ席の隣に騎士らしき男も立っている。
コゴメはどこか楽しそうに周囲を眺めていた。
(……コゴメはあそこで観客か)
大会参加は任意らしく、コゴメは参加していなかった。もしかすると身体が強くない事も理由かもしれない。
「選手入場!」
司会の声が響き、参加者全員が舞台に向かって歩き出した。
ルベルドは正面を見据えて歩いた。
(力加減は決めた。出力はいつもの演習よりやや上。スピードはそれに合わせる。これで「一年生の中で頭一つ抜けた実力者」として映るはずだ)
問題は相手だ。トーナメントの組み合わせ次第では、ダリアと当たるかもしれない。
(……当たったとして、どう動くか)
ダリアは炎魔法の使い手だ。闇魔法との相性は基本的に「属性差なし」のカテゴリーに入るが、炎は出力が高いと防御が難しい。ダリアの実力は演習を通じて把握している。
ダリアこそ正に「才能ある一年生」という水準に収まる。故にルベルドが設定した力の上限の範囲内で、十分に対応できる。
(目立ちすぎず、しかし確実に勝つ)
一回戦は、ルベルドにとって問題にならなかった。
相手は同じA組の少女で、風属性の魔法を使った。速度は悪くないが、精度が低かった。
相手を場外に出せば勝利というルール場、風魔法は他よりも優位かもしれないがそれも当たらなければ意味が無い。
ルベルドは相手の攻撃を最小限の動きでかわしながら、闇の魔力弾を正確に相手の足元に放った。一発で相手が舞台の外に踏み出し―――それで終わった。
「判定、七番ルベルド!」
観客席からどよめきが起きた。時間にして三十秒かかっていなかった。
(……少し早かったか)
ルベルドは内心で反省した。もう少し時間をかければよかった。相手の魔法を「受けてから対処する」という姿を見せれば、「純粋な才能だけでなく対応力もある」という印象を与えられたかもしれない。
(次は少し余裕を持たせよう)
そう決めて、舞台を降りた。
二回戦は考えた通り少し時間をかけた。
相手は水属性の、背の高い少年だった。連続魔法の回転が速く、ルベルドは意図的に二発ほど被弾するふりをした——防御魔法で受けはしたが、「少しよろめいた」ように見せた。観客席がざわめいた。
「おっ、七番が押されてる!」
「でも余裕がありそうだ……」
そういう声が聞こえてきた。ルベルドは内心で「これでいい」と思った。無傷なのも少し違和感を思われるかもしれない。少し苦戦をしている方が自然だというのがルベルドの考えだった。
三分ほどの試合の末、ルベルドが相手の足を闇魔法で絡め取ってから場外へ放って勝利した。
「判定、七番ルベルド!」
準決勝。
相手は―――レインだった。
「お前と当たるとは思っていなかったぞ」
ルベルドは自然にそう言い放った。
「ひでー!俺だってここまで勝ち進んだのに。ま、お前と当たったら勝てないって分かってるんだけど」
「手は抜かない」
「そりゃそうだろ。俺も抜かないよ。でも頼む、一発くらい当てさせてくれ」
「……努力する」
「え、努力するってことは当てさせてくれるのか?」
「そんなわけがないだろう」
レインが期待するような眼差しでルベルドを見たがルベルドからは切って捨てるに返された。
「ひどっ!」
試合が始まった。レインは土属性の魔法を使う。地面を隆起させて攻撃する型で、範囲が広いのが特徴だ。こちらもルールーの上なら強い魔法だったがルベルドは地面の振動を足裏で感知しながら動いた。
今回は少し本気に近い動きをした。
―――「本気に近いように見える」動きを。スピードを出し、連続して魔力弾を放ち、しかし最終的な一手は「ぎりぎりで決めた」ように演出した。
レインの土の壁をかわし、足元に闇の拘束魔法を展開した。レインが踏み出したところで地面が暗く染まり、足が縫い止められる。
「うわっ、うわ……動けない!」
「降参するか」
「……降参!!」
「判定、七番ルベルド!」
観客席から拍手が起きた。ルベルドは舞台を降りながら、レインに手を差し出した。
「悪くなかった」
「俺の一番うまい攻撃、全部かわしたくせにかよ……」
レインは苦笑しながら握手を返した。
「でも楽しかった。決勝、頑張れよ」
「ああ」
決勝の相手は―――ダリアだった。
舞台の向こうに立つダリアは、落ち着いた顔をしていた。感情を表に出さないのが、あの少年の流儀らしい。しかし目には、はっきりとした闘志があった。
(……本気で来るな)
ルベルドはそれを察した。ダリアはルベルドの強さをある程度把握しているはずだ。それでも勝つつもりで来る——それがダリア・ハートヴェルという少年だ。
「七番ルベルド、二十番ダリア。決勝試合、始め!」
先にダリアが動いた。
舞台上を何本もの炎が走った―――細く、速く、直線的に。
ルベルドはこの魔法をかわすのではなく自らの闇魔法をぶつけ相殺させ対処した。
ダリアの表情が一瞬歪んだ。
ルベルドが飛んで避ける事が予想外だったのだろう。実際攻撃が単純な直線攻撃であればルベルドもそうしていた。
しかし、そうしなかったのはルベルドが魔力の流れを読み取るのが得意だったからに他ならない。ダリアの放った炎は確かに中々の火力とスピードを持ち合わせていたが、魔力の流れがどこか曖昧だった。魔力操作にも優れたダリアが火力の低下にもつながるミスをするとはルベルドには考えられなかった。
そんなルベルドの推測は正しく、先程の攻撃には避けた方向に合わせて瞬時に曲げて追撃できるように準備がされていた。一度かわされた技だ。この種明かしがされることはない。
ダリアの炎魔法は「範囲」ではなく「速度」と「精度」と「精度」を両立させて来ていた。元より速度に特化した型だと理解していたが、実戦ではより速く、工夫も凝らされていた。演習で見たときより、確実に実力が上がっている。
(……大会に向けて練習を積んでいたな)
ルベルドは闇の防御壁を展開しながら、ダリアの攻撃を観察した。射出の速度、間隔、方向性——パターンを読む。
ダリアも攻撃しながらルベルドを読んでいるはずだ。動きのパターン、防御のタイミング。互いに相手を分析しながら動く試合は、ルベルドにとって久しぶりの感覚だった。
(……面白い)
そう思ってしまった。魔界では力で押し通すことが多く、こういう「読み合い」の楽しさを忘れていた。
ダリアが連続攻撃を仕掛けてきた。七発、八発——速度は落ちず、むしろ調子が上がっている。ルベルドはその中で一発を意図的に防御で受け、左腕を少し引いた。
(少し苦戦したように見えたはずだ)
観客席からは「おお」という声が上がった。
ダリアの目が細くなった。勝機を感じたのか、踏み込んでくる。
(そこだ)
近距離での炎魔法は、出力が上がるが制御は難しくなる。ルベルドはダリアが踏み込んだ瞬間に足元へ闇の拘束魔法を展開した。ダリアがそれに気づいて跳ぼうとしたが、ルベルドはその上方に向けて魔力弾を三発放った。
「―――っ」
ダリアが拘束から抜けながら二発をかわす。しかし三発目——最後の一発がダリアの肩を掠め、ダリアが大きく体勢を崩した。舞台の端に足が踏み出る。
「判定——七番、ルベルド!!」
観客席が大きくどよめいた。
ルベルドは舞台の中央に立ったまま、息を整えた。
(……多少本気に近くなったが、これくらいなら問題ない範囲だ)
舞台の外に出たダリアが、ルベルドを見ていた。くやしそうな顔は一切せず、ただじっと見ている。
「……強かった」
ダリアが静かに言った。
「お前もな」
ルベルドは答えた。
「本番に向けて練習したのが分かった」
「次は負けない」
「俺も負けるつもりはない」
短い交戦の後の短い会話。それだけで十分だった。




