98.やり直せる
「一つ聞かせてほしい」
ルベルドが前に出た。
アップが顔を向けた。
「アダムの創設者について、何か知っているか」
「……創設者については、俺は詳しくない」
「正直に答えてくれ」
「正直に言っている。上位の構成員でも、創設者に直接会った者は少ない。俺もあの男の顔を数回見たことがある程度です」
スルクが少し前に出た。
「どういう人物だった。見た目でも、喋り方でも、何でもいい」
「……黒い長い髪。白と黒の服。肩に赤い布をかけていた。年齢は三十前後に見えたけど、目が——」
「目が?」
「年齢と合っていなかった。顔は若く見えるのに、目だけが妙に古い。ずっと何かを見続けてきた人間の目をしていた。それが印象に残っている」
ルベルドは確認した。
「あの男はどこにいる」
「分からない。組織の中でも、創設者の所在を知っている者はいない。あの方は誰も信用などしてない。俺には、何かあった時に集合場所の一つを教えられているだけです」
「その場所は」
アップが少し間を置いた。それから、静かに言った。
「……北東の廃砦だ。一つ目の神域から更に北東に進んだところにある。アダムが使っている拠点の一つです。創設者がいるかどうかは分からない。ただ、情報が集まる場所だと聞いている」
スルクがルベルドを見た。ルベルドは小さく頷いた。
「最後に一つ」
ルベルドがアップに言った。
「刻印は、もう使うな」
「……忠告ですか」
「スルクが言っていたように、あの刻印は体を壊す。改良版でも、長期的には保証されていない。コゴメ——人から奪った祝福の血を使った術式が、永続して安全であるはずがない。それを分かった上で使い続けるのは、弟の悼み方ではないだろう」
アップが黙った。
長い黙り方だった。
それから、手を下ろした。腕に走っている刻印の輝きが、静かに薄れた。魔力の供給を止めたのだと分かった。
「……一度、考えてみます」
それだけ言った。
◆◇◆◇
スルクが拘束を解いたのは、しばらくしてからだった。
「逃げないか」
「逃げたところで、どこに行くんですか」
アップがそう言って、木の幹から体を離した。足元が少し揺れたが、倒れなかった。
ノクタールがアップの方を見た。
「さっきの話——弟さんのこと。一つ聞かせて」
「なんですか」
「弟さんは、あなたに何かを頼んだ?加護を得た後、あなたに何かを言った」
アップが少し考えた。
「……何も言わなかった。急に力が暴走して、あっという間でした。言葉を交わす時間もなかった」
「そうですか」
「最後に見た弟の顔が——困惑した顔でした。何が起きているのかを理解できないまま、ただ困惑していた。怒る時間も、恐れを知る時間も無かったんでしょう。ただ、困惑していた」
「その顔を見て、あなたは何を思いましたか」
「……何も、できなかった、と思った。傍にいた。力があった。それなのに何もできなかった」
ノクタールが少し間を置いた。
「その無力感が、今のあなたを動かしているのかもしれない」
「……」
「神への怒りではなく、守れなかった自分への怒りが。弟さんへの罪悪感が」
アップは答えなかった。
「分かりません、俺には」
最終的に、それだけ言った。
「分からなくていい。ただ今日、あなたは正直に話してくれた。それは評価する」
ノクタールが長杖を立て直した。
「この山で、私がやっていること。山の神の傍で守り、時には目覚めを待つこと。それだけ。誰かに力を与えることも、神を利用することも、私にはできない。ただ、傍にいて、見守っている」
「……それが、あなたの役目ですか」
「そう」
「意味が分からない。それに意義があるとは思えない」
「私にも、完全には分かっていない。でも、師から引き継いだ役目だから続けている。傍で見守ることが、今の神に必要なことだと師は言っていた」
アップが少し空を見た。
秋の空は、遠かった。
「……弟が加護を得た時、俺もただ傍にいることしかできなかった。それが嫌だった。傍にいるだけでは何もできないと、ずっと思っていた」
「傍にいることは、何もしないことではない」
ノクタールが言った。感情を込めた声ではなかった。しかし、確かな重みがある言葉だった。
「この神が目覚める時に、傍に誰かがいることが、神にとって意味を持つと師は言っていた。それが正しいかどうか、私にはまだ分からない。でも、信じているからこの仕事をしている」
アップはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと、祠の方を向いた。
古い木造の祠。苔の生えた屋根。石の台座に刻まれた古い紋様。何十年、何百年と、ここに立ち続けてきた場所。
「……俺は、アダムを抜けることができるのか」
小さく言った。
独り言に近かったが、三人が聞いた。
「抜けられる」
スルクが答えた。
「創設者はたとえ裏切ったとしても人間を殺したい訳ではない。むしろ、守りたいんだろう。ただ、確実に安全な訳でもないから——俺の方で手を打とう」
「……なぜあなたがそんなことを」
「色々あってね。アダムの情報を集めていると、抜けたいのに抜けられない人間も出てくる。助けられる場合は助けてきた」
アップが少し目を細めた。
「あなたは不思議な人ですね」
「よく言われる」
スルクが笑った。




