チンパンジー開発マネジメント
場所は地方SIerのソフトウェア開発部。俺は、自称「チンパンジー」。自分で言うのもなんだが、手が早く、好奇心旺盛で、群れの空気に敏感だ。実際のチンパンジーも騒々しいし一時もじっとしていない。表情が豊かで激しく怒ったり笑ったりする。ある意味、チームメンバーでは浮いている存在だが、ソフトウェア業界ではままあることだ。奇妙な人物が一人くらいいても、プロジェクトは回る。
俺たちのプロジェクトは典型的なウォーターフォール開発で、要件定義、設計、実装、テストの各工程ごとに部門の縄張りが分かれている。頂点、つまりプロジェクトマネージャにはボス猿こと「ゴリラ」がいて、儀礼(朝会、承認印、議事録)を重んじ、群れの秩序を保つことに全力を注いでいる。時には、暴力で...はまずいので、激しいドラミングを繰り返す。つまりは、怒鳴り散らすのだ。普通ならばびびってしまうところだが、俺たちには慣れっこだ。まさしく「ドラミングをしている」状態が続いているだけだ。単なる威嚇に過ぎない。
要件定義フェーズでは、ボス猿のサブについている通称「オラウータン」が活躍する。あの仙人のような顔を客先に出して、業務コンサルティングをやるのだ。オラウータンの髭が客には効くらしい。あたかも、先を見通す言葉は、まるで神託のようだ。相手の業務分析のために的確な質問を投げていく。そして、答えをじっと待つのだ。
「そして、その次は、どうなさるので?」
じっとオラウータンに眺められると、つい本音を言ってしまう。オラウータンは、相手の言葉を繰り返しながら、要件を引き出していく。
オラウータンには特技があって、フランジ(頬のひだ)に特殊なフェロモンを持っている。ときとしてそれを嗅がせて客を落とす。ちょっと難解な要件があっても、フェロモンを効かせることによって、なにやらどうでもいいような雰囲気に持ち込んでしまうのである。決して性的な話ではない。仕事の上でだ。オラウータンは貴重な戦力となっている。
設計から実装、そして単体テストまでを一括して受け持つのは、集団でいるのが得意な「ニホンザル」たちだ。勿論、ほんとうの猿ではないことを断っておく。しかし、海水で芋を洗ったり、動物園の上で座り込んでいる姿はまさしく「ニホンザル」そっくりである。彼らは温泉が好きだ。
ニホンザルたちが設計から実装までを一括で行うのが、このプロジェクトの肝となっている。ゴリラの号令一下で動くニホンザルたちは、自分たちのボス猿(群れである協力会社という下請け会社にもマネージャはいるのだ)よりも、ゴリラの命令に従う。ニホンザルのボス猿だとしても、さすがにウォーターフォール開発のゴリラには適わない。
次々とゴリラは火のついた樽を転がしてくる。そう、炎上物件だ。せっかく、オラウータンがまとめてくれた要件定義をないがしろにしてしまうのが、ゴリラなのだ。顧客の話を聞いて、ゴリラは炎上物件を次々と流す。マリオのように、ニホンザルたちは火の樽を飛び越えて次から次へと上に上がっていく...のではなく、コーディングを進めていくのである。
山のようなコードが次々とできあがっていく。実にニホンザルの連携は素晴らしい。
テストフェーズでは、テスターこと「テナガザル」達が活躍する。テナガザルは、その名の通り手が長い。コードのあちこちを引っ掻き回して、バグ...たる虫や果物を見つける。こっそり隠されているバグ...じゃなくて果実をテナガザルたちは素早く見つけるのである。
うまい果実が見つかれば、テナガザルの手柄であり、彼らは歌を歌う。オスとメスとのデュエットは実に美しいものだ。その声は 1km 離れたところでも届くほど響きがよい。つまりは、テストの結果をアピールするのである。いわば、品質管理の砦だ。
たいていの場合、テナガザルの声はコーディングを行うニホンザル達に届く。それは、バグであり不具合票だ。
そこまではいい。
だが、テナガザルの声は、たまにオラウータンやお客のところまで届くのだ。そうなると、たまったものではない。オラウータンの神託がゴリラに伝わってしまうのだ。
ゴリラがドラミングを叩きだし、オラウータンが神託を次々と伝える。ニホンザル達が慌ただしくグルーミング(毛繕い)を始めるのだが、それが順調ならば構わない。いつものことだ。
さて、俺ことチンパンジーの役目は、その好奇心と慌ただしさにある。ひと時ニホンザルの間に挟まっていたこともあるが、どうもあのグルーミング・コミュニケーションには慣れない。チンパンジーは群れの動きには敏感であるが、群れのままでいることができない。- 離合集散性(フュージョン・フィッション社会)を持っている。ニホンザルの母系社会で育ったまとまりよりも、離散集合性を持っていて、常に浮ついて移り気の性格から離れられないのだ。
そんな俺ではあるが、移り気な他の業界よりも、このソフトウェア業界が似合っている。ちょっと、移り気で心変わりが多い俺であっても、この業界にはうまく染まっていける。いや、染まらないという形での貢献ができるらしい。
「あ、いや、メガネザルさん、いやぁ、今日はいい眼鏡をしてますね。どこで、購入なさったんで?」
「え? いや、これは...じゃなくて、いつもの眼鏡だろう! それに眼鏡じゃなくて自前の目だし」
「いやいや、なんだ、吃驚してしまいましたよ。メガネザルさんのその眼鏡。ほら、噂の AI ってのがついているんでしょう?」
「あ、いや、そう? 気づいてくれた?」
「ええ、もちろん! ちょっといつもと色合いが違うなと思って」
「そうなんだ、白内障用のレンズを入れ替えてだね、そこに AI チップってのを入れたんだよ。これがさぁ、ちょっと、面白くて」
「へぇー、どんなのです? 株価とか天気予報とかですか? それともエッチな画像とか」
「いやいや、そんなの仕事で見てたら困るだろう。でもな、競馬が見られるんだよ」
「え? 競馬ですか?」
「そうそう、競馬。これがなかなか面白くてさぁ。AI の予想が...」
と、お客の利害関係者のメガネザル社長との話が弾むのである。いやぁ、ソフトウェア開発のほうは全くわからないのだけど、俺にも居場所があるってのはいいよね。
【完】
チンパンジーをマネジメントする、ってのならこれぐらいの芸を出して欲しかった、という感想小説




