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第9話 ヤンデレ妹との再会


 信じられなかった。信じたくはなかった

 頭の中は混乱していた。目の前で起きている事実を受け入れられずにいる。いや……受け入れたくないのだ。 


 しかし……彼女が放った言葉は紛れもなく俺を「兄」と認識したものだった。 


「あり得ない……あり得るはずがない……」


 必死に否定の言葉を探すが上手くいかない。そんな俺の狼狽を楽しむように目の前の少女は微笑んだ。


「嘘だと思いますか?ですが残念ながら、これは紛れもない真実なんですよ。ミナト・クロフォード君?」

 

 そう言うとアリスはゆっくりと歩み寄ってくる。美しいアッシュブロンドの髪が月明かりに照らされ幻想的に輝いていた。


 ……その美しい姿から目が離せない。それ以上に言いようのない恐怖を感じていた。


「何故……お前がこの世界にいるんだ……!」

「何故って……兄さんと同じ理由です♪」


 少女は俺の首筋に腕を回し抱きつくように密着してきた。全身が硬直し動けなくなる。

 体温と鼓動が直接伝わってきて思考が麻痺しそうだった。


「あぁ、やっと会えましたね。あの日から15年……この瞬間をどれほど待ち望んでいたか……」

「っ!?」

 

 自分の中にある魔力統制が上手くできない。その間も段々と近づいて来る唇。密着寸前になった瞬間──


「離せっ!」


 咄嗟に魔力シールドを展開し、彼女の身体は容赦なく弾き飛ばされる。室内にあったソファーや家具が激しい音を立てて散乱した。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が乱れ心臓が激しく脈打つ。冷や汗が頬を伝って落ちていく。頭が、上手く回らない。


「……もぅ、久しぶりの再会なのに相変わらず冷たいんですね」

「黙れ……黙れよ。それ以上近づくようなら……」


 警告の意味を込めて手に魔力を集約させる。先ほどとは比べ物にならない規模の魔力密度。それでもアリスは怯むことなく艶やかに微笑み続けている。その瞳に宿る狂気じみた光に背筋が凍る。


「ふふ……もう兄さんは私の物なんですよ。前世では出来なかった分も沢山愛してあげますから♪」

「ふざけるな……俺は──俺はお前の所有物じゃない!!」


 言い終わるより早く強烈な魔力球を叩き込む。

 それはアリスの足元で炸裂し、轟音と共に床材を粉砕した。舞い上がる埃と煙で彼女の姿が隠れる。


「次は殺すぞ……」


 今の俺とこいつの実力差は明白。本気を出すまでもない。10分の1の魔力を解放すれば消し炭に出来るだろう。


 ……それなのに……俺の身体は子羊のように小刻みに震えていた。怒りでも恐怖でもないもっと根源的な部分からの畏怖。 


「痛いですよ、兄さん。でも同じくらい嬉しいです。やっぱり私の事を覚えてくれていたんですね」

「……っ!」


 煙が晴れた先にいた前世の妹は片足を失っていた。

 しかし、その痛みなど微塵も感じさせない恍惚とした表情で立っている。


 切断面からは夥しい量の血液が流れ続けているにも関わらず……だ。


「ずっと……ずっと待っていました。あの日からずっと。兄さんが自殺してしまった日の事を忘れたことは一日もありません」

「……やめろ」

「でももう安心してください。今度こそ必ず兄さんを救ってみせます。その為にここに来たんですから♪」


 アリスの言葉が脳内で反響する。

 救う……俺を?前世で俺の人生を滅茶苦茶にした張本人が?


「──ふざけるなよ……お前がッ!お前が全て奪ったんだろうがっ!!」

「はい。だから今度は私が与える番です♪」

「何を……言ってるんだ?」


 そう問いかけるとアリスの口角が上がり今まで以上に禍々しい笑みを浮かべた。

 やがて、失った片足を宙に浮かせるとゆっくりと再生させていく。その光景は悪夢以外の何物でもなかった。


「化け物が……」

「可愛い妹の間違いですよ♪」


 アリスは笑う。未だ混乱する脳内で、俺の覚悟は決まった。

 俺はもうあの頃の俺ではない。こいつの実力は試合の時にある程度把握している。


 これ以上ふざけたことをぬかすなら……例え前世の妹といえど容赦しない。 


「あはははははははははッッ!!その凄まじい魔力、ずっと!ずっと私を想って育ててくれたんですよね!?嬉しい♪」


 魔力の奔流が迸る。これまで封印してきた全力の解放。指先に収束された破壊の奔流が膨れ上がっていく。周囲の空気が悲鳴を上げるように震えた。


「ふふっ……まだまだ兄さんとお喋りしていたいのは山々ですが、今日のところはここまでにしましょうか」

「なに?」


 アリスが意外な提案をしてきたことに一瞬だけ虚を突かれた。しかしすぐに気を引き締める。


「残念ですが、今の私では兄さんに触れることもできませんし、それに……」 


 少女は失った片足を指差した。切断面から溢れる鮮血が床に広がっていく。先ほどの再生は完全ではなく断面は醜く歪んだままだ。とても戦闘行為を継続できる状態ではない。


「だから、今は退かせてもらいますね?帝国の皆さんにこの姿を見られるのは色々と都合が悪いですし、兄さんのお友達の方々も来られたようですので♪」


 不意に廊下から複数の足音と人の声が近づいてくるのが聞こえた。おそらくはニアとカナデだろう。


「覚えていて下さいね、兄さん。私は絶対に諦めませんから」

「……二度と俺の前に現れるな」

「それはできません♪」


 アリスの笑顔は一層深まる。


「だって私は……」 


 その時、ドアが蹴破られるように開いた。


「おい!なんだよさっきの……」


 驚いたようにニアとカナデが室内に入ってくる。アリスの姿はすでになかった。

 床に残っていたはずの血痕も綺麗に消え去り、俺が魔力で吹き飛ばしたはずの家具さえ元通りになっている。まるで何もなかったかのように。


「(あいつ、何をしやがった……)」


 魔力にこんな使い方があるなんて聞いたことがない。これではまるで超能力、もしくは幻術だった。いや魔術か。


「あれ?何もないね」

「でも確かにこの部屋から……」


 とりあえず、今はこいつらの説得が先だろう。


「なんだ兄妹揃って、どうかしたのか?」

「あ、いや……さっき、やたらでかい爆発音が……」

「おいおい、それで俺を犯人扱いとは随分だな」


 自分でも驚くほど冷静だった。何事もない部屋に困惑するニアに適当な説明をする。当然納得しそうになかったが最終的には押し切った。どう考えても正直に話せることではない。


「アリス様は?もう帰ったのか?」

「ああ、元々さっきの試合の反省点を少し話し合ってただけだしな」

「そう……なんだ」


 二人は疑念を持ちつつもそれ以上の追求はしてこなかった。


「よし、じゃあ今日は解散だな」


 何事もなく部屋を出ようとする。左手をドアノブに手をかけたところで、左手が何かに包まれるような感触を感じた。


「っ!?」


 俺は思わず魔力障壁を展開させようとしたが──


「手、震えてるよね?」


 カナデが不思議そうで、なおかつ心配気な声で言った。感触から伝わって来るのは確かな温もり。そして心の底から伝わってくる親愛の情。


「何があったの?」


 真剣な眼差しで問いかけてくる。その視線に耐え切れず目を逸らした。


「別に。気のせいだろ」


 無理やりその手を振り払い、そのまま部屋を後にした。

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