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第5話 10年後。再会への兆し

 


 クロフォード家の次男として転生して、早いもので10年が経過した。その間も魔力の鍛錬は怠らず、独自の戦闘技術を築き上げていた。

 騎士団の模擬戦にも積極的に参加し、冒険者ギルドに登録。Sランク相当の実力を認められたことも一度や二度ではない。時には門番のおっさんをたぶらかして王国の禁忌区域に侵入したりもした。

 

 魔力のあるこの世界で他の追及を一切許さない強者になる。その目標は日々現実味を帯びてきていた。


「はぁっ!」


 朝靄が立ち込める訓練場に剣戟が響き渡る。木材同士がぶつかり合う乾いた音と共に汗が飛び散る。

 向かい合う少女の姿勢は整っていて無駄がない。まるで踊るように滑らかな動きで斬りかかる彼女の剣筋。


「ふ……!」


 突きを放つ。狙いは峰。しかしその一撃は最小限の動きで避けられてしまう。すかさず返す刀で横薙ぎを見舞うも半歩退いた彼女に寸前でかわされる。


「甘い……よっ!」

「っ!」


 刹那、少女の剣が蛇のごとく伸びてきた。かろうじて受け止めるも衝撃で手が痺れる。軽装備とはいえ一撃に籠められた重みが凄まじい。

 そのまま押し込まれそうになるのを堪えて反撃に出る。鍔迫り合いから体を入れ替え相手の死角へ回り込んだが。


「勝負あり……だね」


 彼女の唇が微笑みを浮かべる。振り向きざまに放たれた袈裟斬りを受け止める余裕もなく、喉元に木剣の先端が突きつけられてしまった。


「……見違えた。随分と腕を上げたな」


 素直に賞賛の言葉を送る。負けたのは久しぶりだ。正直驚いている。一年前まではこちらが圧倒していたのに。


「本気でそう思ってくれてるなら嬉しいけど、魔力を使わないってのが前提だもんね」


 苦笑しながら少女……カナデは剣を下げた。あの日以来10年の付き合いになるこの少女は今や立派な騎士志望の少年のような風貌……ではなく、間違いなく美少女と呼べる容姿をしている。

 長い茶髪をポニーテールにし、凛とした蒼い瞳と白い肌が印象的な彼女は来年から俺が通うことになるかもしれない公立魔力学園でもトップ5に入るほどの実力者だという。


「強さの方向性は人それぞれだしな。それにカナデは剣術だけじゃなくて治癒だって出来るんだ。十分立派だと思うぞ」

「お師匠からのお褒めの言葉、感謝いたします!尚、魔力を使えば私など触れることすらできないでしょうが、今後も精進するであります」


 わざとらしく敬礼して来るカナデ。これではどっちが勝者なのか分からない。

 しかしこの口の減らなさと明るさ、初めて合った頃を思うと別人のようだ。人間とは環境と努力次第でこうも変わるものなのだろう。


「なーんて。もう少ししたら一緒に学校に通えるし、今から楽しみだね。ニアにも報告したいし」

「すっかりその気なのは悪いが、まだ行くかどうかは決めてないからな」

「ええっ!?ここまできて行くでしょ!?ていうか絶対一緒に行こうよ!約束だよ!」

「いや約束って……俺の自由意志は」

「ふーん。可愛い幼馴染からの誘いを断るんだー?冷たいなー」

「……いい性格になったよな、マジで」

 

 ニヤリと笑う彼女に溜息を吐く。この様子では断固として譲らないだろう。最初に出会った頃は、まるで人形のように感情を失いかけた少女だったのに……今では屈託のない笑顔を見せてくれる。

 もちろんあの悲劇を忘れてしまったわけではないだろう。時折見せる寂しげな表情からもそれはわかる。


「(しかし、魔力学院ねぇ……)」


 実際、この世界には魔力を学ぶ機関は複数存在する。その中でもクロフォード王国はその中でも歴史ある名門で力こそ全て。つまりは実力主義の世界だ。

 俺個人としては今更学院で習うこともなさそうだし、行く意味を見いだせていなかった。

 

 とはいえ、他国からの留学生も多く集まるため情報網としては優秀。貴重な文献や施設にアクセスしやすくなるメリットもあるので未だに「はい」とも「いいえ」とも言えないのが現状なのである。


「やあミナト。魔力なしの模擬戦とは珍しいね」


 穏やかな声と共に現れたのは漆黒の髪を清潔に整えた青年。


「こんにちは、アルフェン様」

「こんにちは。カナデ。いつもうちの弟と仲良くしてくれてありがとう」


 軽く会釈するカナデに微笑みかける。その動作一つとっても洗練されていて嫌味がない。流石は将来を有望視される才人だ。

 クロフォード王国の嫡男、アルフェン・クロフォード。背筋がピンと伸びた優雅な立ち姿はいかにも侯爵家の御曹司といった風格だ。


「アルフェン。何か用か?」


 俺が尋ねるとアルフェンは柔和な笑みを浮かべたまま近づいてきた。その隣には見慣れた顔のメイドが控えている。


「実はね、一週間後に他国との交流戦があるんだ。相手は15歳の子らしいんだけど」

「それで?」

「君に出てもらいたいんだ。クロフォード王国の代表としてね」

「は?」


 思わず声が漏れる。冗談じゃない。何故俺がそんな面倒なことに首を突っ込まなきゃならないんだ。


「お断りだ。大体そんなのがあるなんて聞いてないぞ」

「ああ。今さっき決まったことだからね。相手側の要望で急遽組まれたんだ」

「何で俺なんだよ。アルフェンや親父の方が適任だろうが」


 アルフェンは困ったように眉を寄せる。


「相手の希望なんだ。同じくらいの年齢で実力がある者と戦いたいと」

「その条件ならカナデだって十分戦力になる」

「はいはーい!わたし出たいです!」

「駄目だ」


 即答したアルフェンにカナデが頬を膨らませる。困ったような笑みを浮かべつつも諦める気配がない。


「父上の命令でもあるんだ。それに……」


 そこで一旦言葉を切り、アルフェンはわざとらしく辺りを見回した後、声を潜めて続ける。


「ミリウスが言うには、相手はかなりの実力者らしいよ。君にとっても良い経験になるんじゃないかな?」

「ミナト様、どうかわたくしの顔に免じてお願い致します」


 それまで沈黙を守っていたメイド……ミリウスが口を開いた。整った顔立ちに完璧な笑みを浮かべた美女。この王宮で働く者としては完璧すぎる程の立ち振る舞いだが……。


「………」


 彼女の碧い瞳が俺を射抜くように見据えていた。      

 その眼差しには警戒心と観察眼が宿っている。少なくとも好意的な視線ではない。


「はぁ……わかったよ。当日には結界でも張っとけよな。観客を巻き込んだら面倒だから」

「助かるよ。詳細はまた後日知らせるから」


 そう言って去っていくアルフェンの背中を見送りながらミリウスの横顔を盗み見る。いつも通りの無表情。だがその奥底にあるものが見え隠れする。まるで品定めでもするような視線……。


「気になるんだ?」


 カナデが不思議そうに訊いてくる。どうやら顔に出ていたらしい。誤魔化すように頭を掻きながら答える。


「別に。それより腹減ったろ?昼飯食いに行くか。祝いに奢ってやるよ」

「いいの!?やったー!」


 無邪気に喜ぶカナデを横目に俺は密かに溜息をついた。少し面倒なことになったのかもしれない。


「(まあ、考え方によっては好都合か)」


 何せ俺は現在進行形で実戦不足だ。魔獣討伐でも似たようなものだが対人戦闘はまた別の意味で刺激となる。

 しかも、その相手が“特別“であればあるほど面白い。


「さて、何処で食うか。肉料理にするか?それとも海産物メインか……」

「うーん、悩ましいね。でも美味しいものは絶対食べたいよね」


 そう言いながら腕を絡めてくるカナデ。俺は楽しげな声を上げる幼馴染に手を引かれながら手を引かれながら食堂へと向かった。その時の俺にはまだ知る由もなかったのだ。

 

 この交流戦が運命を大きく変えることになることを……。


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