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第4話 初の実戦と出会い

「あぁ?」

 

 男の視線がこちらに向けられる。その目は血走り、理性など欠片も残っていない獣のような目だった。


「なんだ。ガキか。どこから入ってきた」

「そんなことどうだっていいだろ」


 睨み返すと同時に魔力を指先に集中させる。だが、その威嚇はかえって逆効果だった。


「生意気なクソガキが!親の教育も知らねぇのか!」

「親……ね」


 吐き捨てるように呟きながら一歩前に出る。ここで逃げる選択肢はない。


「もういい加減にしろよ。自分の子供を殴り続けて何が楽しいんだ」

「はぁ?こいつらは俺の所有物だ。俺がどう扱おうと勝手だろうが!」

「はぁ……」


 ガン萎えだ。ここまで狂った奴を見ると前世の記憶がフラッシュバックする。あの笑顔と同じだ。こちらの常識が通用しない。


「にしても、おい。人の家に勝手に入り込んでしつけがなってないガキだなぁ?」


 嘲るような声。だがもう我慢の限界だった。

 俺は右足に魔力を集中させ、鋭い蹴りを放つ。魔力により加速された蹴りは男の腹部に命中し、鈍い音と共に吹き飛ばした。


「ぐぁっ!?」


 壁に叩きつけられた男が悶絶する。正直、自分でも驚くほどの力だった。この体の潜在能力は予想以上なのかもしれない。 


「おっ。意外といけるな」


 自分の力に少し驚きながらも俺は子供たちの方を見る。二人とも目を丸くしてこちらを見上げている。恐らく俺が何をしたのか理解できていないのだろう。無理もない。まだ小学生くらいの子供だからな。


「……この野郎、いい気になってんじゃねぇ!」


 苦痛に顔を歪めながらも男は立ち上がり短刀を構える。どうやら簡単には諦めないようだ。両手に魔力を集める。目の前の男の殺気に満ちた目と視線が合う。


「うおぉぉ!」


 咆哮と共に突進してくる男。その動きは速い。目で追うのも厳しいほどに。

 しかし、すでに俺の周りには魔力で出来た障壁が展開されていた。男の短刀がその障壁に当たった瞬間……。


「なっ……!?」


 驚愕の声。まるで硬い鋼鉄に弾かれるように短刀が跳ね返り、男自身もその勢いでバランスを崩す。


「いい大人が頭に血が昇り過ぎなんだよ」


 今度は左足に魔力を集中させ強烈な蹴りを放つ。魔力による補助を受けた一撃は男の右肩を正確に打ち抜いた。


「があぁっ!?」


 悲鳴と共に男が再び吹き飛ぶ。今度は岩壁に叩きつけられ大量の血を吐き出した。

 肩から出血し動けなくなった男は苦痛に歪んだ表情で俺を睨みつける。


「……おい、何の権利があってこんなことをしやがる!あれは俺が作った失敗作だ!俺の所有物なんだぞ!」


 耳を疑うような言葉。人間をモノ扱いする男の態度。なんかもう、ここまで来ると逆に冷静になれた。そして確信する。


 この男は人として最低最悪。救う価値もないゴミ屑だ。


 右手に更なる魔力を集める。風が唸りを上げ始め辺りの雰囲気が変わる。


「ひっ!?お……おい待て!冗談だろ!?」


 急に焦り始める男。今更命乞いか。


「助かりたいのか?ならさっさと消えろ。そして二度とその二人に関わるな」


 最後のチャンスを与えてやる。男は一瞬考える素振りをみせたが……。


「だ……誰がてめぇなんかの命令を聞くか!俺はあの餓鬼どもの所持者だぞ!どう使おうと俺の勝手だろうが!」


 期待した俺が馬鹿だったらしい。こうなったら仕方ない。


「ああ……そうかよ」


 左手を振るい風の刃を放つ。不可視の刃は瞬く間に男の四肢を切り刻み……ギリギリ死なない程度で止めとく。これでもまだ生かす理由があったからだ。


「ふぅ……」


 恐怖で意識をなくした男を雑に転がし、小さく息をつく。まずこの二人の保護が最優先だ。


 振り返ると、そこには呆然と座り込んだまま力なく抱き合う兄妹(?)がいた。

 兄は8歳ぐらいだろうか?妹は俺と変わらない年齢に見える。二人とも泣き腫らした目で俺を見つめていた。


「おい、大丈夫か?」


 声をかけると、兄は妹を抱きしめる力を強めながら目を鋭く細める。


「だ……誰だ……?」


 警戒心と恐怖心が入り混じった瞳。まぁ当然だ。今起きた出来事はこの子供たちにとっては悪夢同然だろう。


「大丈夫だ。危害を加えるつもりはない」


 出来る範囲で優しく語り掛ける。しかし兄はなかなか信じてくれない。


「嘘だ!大人は皆嘘つきだ!オレ達を騙そうとしても無駄だぞ!」

「(いや、多分歳下だし……)」


 冷静に分析する自分がいる。兄妹揃って相当なトラウマを負ってるみたいだな。こういう時は無理に接点を持とうとするのは逆効果だ。時間が必要だろう。


「とにかくだ、歩けるか?そいつが気を失ってる今の内にここから出よう」


 強引に話を進める。兄は少し躊躇する素振りを見せたが……。


「……わかった。カナデを頼む」


 妹を指差し俺に託す。どうやら少しは信用してくれたらしい。まだ体が思うように動かないのだろう。幼い妹を俺に任せてくれた。意外としっかりした兄だ。


「大丈夫だ。俺もこんな場所さっさと離れたいしな」


 兄から妹を受け取る。華奢な体は俺と同じぐらいだが意識が朦朧としているのか、かなり軽く感じた。兄はふらつきながらも立ち上がる。


「ありがとう……」


 小さく礼を言ってきた。その顔には先程までの敵意はない。ただ純粋な感謝の念だけが伝わってくる。悪くない感覚だった。


 洞窟を抜け荒野に戻ると満月が出ていた。涼やかな風が頬を撫でる。

 色々と話す前に、この見るのも痛々しい兄妹の傷を治療するのが先だった。出来るかはわからないが……。


 両手をかざし集中させる。本来であれば攻撃として使用される魔力だが、医療専門の部隊があるのは把握している。

 過去に試したことはあるが、そもそも怪我をした事がほとんどなかった為成功した例はない。

 それでも魔力を人体の修復に当てるのは理にかなってると信じ、妹と兄の順に魔力を注入していくと……。


「すごい……痛み、なくなっちゃった……」

「……なんだよこれ。気持ち悪いぐらい治っていく……」


 本人達も驚いているが俺自身が一番驚いている。この程度の怪我なら治せるようだ。この力、今後は戦闘中にも役立つかもしれない。


「お前本当に……いや、ありがとうな、えっと……」

「ああ、俺はミナト・クロフォード。5歳だ」

「え?クロフォードって……」

「まあ、一応王子だ。だからって特別扱いする必要はないけどな」


 王子だと告げると二人は放心状態。まあそうなるだろう。

 

「オレはニア、8歳。こっちが妹の……」

「……カナデ。6歳」  


 両者共に茶髪に蒼色の瞳。いかにも異世界人といった風貌だが、子供ながらに容姿端麗な顔立ち。

 兄……ニアは多少心を開いてくれたようだが、カナデは傷が治るなり兄の後ろに隠れてしまった。


「二人共、これからアテはあるか?」


 ダメ元で聞いてみる。しかし、返ってきたのは意外な回答だった。


「オレたち、元々母さんと一緒に爺ちゃんの家に行く途中だったんだ。でも、“あいつ“に捕まっちゃって……母さんも……殺されて……」


 どうやら相当複雑なご家庭だったらしい。実の息子が父親を“あいつ“呼ばわりしている時点でな。だが一つわかったことがある。


「その爺さんは信頼出来る人か?」

「うん、とても優しい人だった。前からずっとオレたち兄妹も可愛がってくれて……だから、母さんも預けようとしたんだ思う」

「そっか。遠いのか?」

「ううん。歩いて行って2時間ぐらい」


 意外と近くて驚く。この世界の地図は見たことないが徒歩ならそれなりに距離がはあるものの、最悪な事態だけは避けられそうである。目的地はその爺さんの家。どうやってそこに辿り着くかだ。


「本当に助かったよ。後はオレたちで何とかするから。行こう、カナデ」

「……うん」


 そう言って歩き出そうとするニア。てか妹、めっちゃ見てくるし……傷が癒えたとはいえ、やはり相当の恐怖を味わったのだろう。その足元はおぼつかなく、ふらついている。


「やるしかないか……」

「え?」

「連れて行くよ、手貸せ」


 何を言ってんだこいつとばかりの視線のニアをよそに、俺は二人の手を無理やり取る。

 カナデの手に触れた瞬間、恐れのような感情が伝わってきた気がした。


「ちょっ……お前!?何を……」


 抵抗する間もなく二人の体が浮かび上がる。

 驚いた顔をする兄妹を見て少し愉快になった。魔力を足裏に集中させると3人分の体重を支えても余裕なのは俺の魔力量が多いせいだろうか。


「嘘……飛んでる……」

「わぁ……」

「目閉じてろ。舌噛むなよ」

「ちょっ……待っ……きゃあああぁぁぁっ!?」


 情けない悲鳴を上げるニア。だが俺も初めて人の視線がある中で空を飛ぶので少し緊張する。まぁ、こんな機会滅多にないから楽しむとしよう。


 所々で道案内をされながら、高度を上げると街の灯りが小さく見える。その美しい光景にカナデが歓声を上げる一方でニアは必死に目を瞑っていた。 


「あれだな。速度落とすぞ」


 夜の冷たい風が頬を撫でる。この調子なら問題なく到着できそうだ。

 地上に降り立つとニアはしばらく立ち上がれず膝をついていたが……。


「すごい……すごかった……」

 

 興奮気味に呟くカナデの純粋な感想に思わず笑みがこぼれる。こういうところは普通の女の子と変わらない。


「はぁ……はぁ……あ、ありがとな。ここまで来たら後はオレたちで大丈夫だから」

「ああ、気をつけろよ」


 未だに荒い呼吸を繰り返すニアを横目に帰ろうとする。だが……


「待って……」


カナデが突然俺の裾を引っ張る。予想外の行動に少し驚く。てか、なんか力強くね?


「あの……おにいちゃんも……」


 潤んだ瞳で見上げてくる。その表情は何か訴えているようだ。

 そして、その小さな手が俺の手をしっかりと掴んで離さない。


「どうした?」

「あ……こらカナデ!」


 ニアは慌てて止めようとするが遅かった。カナデが思いっきり俺の手を握り締めた瞬間……。


「っ!?」


 脳内に鮮明な映像が流れ込んできた。兄を守るために必死に戦う小さな少女の姿。その瞳から溢れる涙。そして何より……深い深い絶望。


「……」


 言葉を失う。この小さな女の子は今までどれだけ辛い思いをしてきたんだろう。俺の知ってるどんな暴力よりも残酷なものを見てきたのかもしれない。


「……お前」

「……」


 答えない代わりに首を横に振る。それは肯定を意味していた。彼女の中には確かに“何か“が残っている。消えることのない深い傷跡として。


「あ……えっと……カナデ?」


 戸惑うニアを見て我に返る。まさかニアには見えてないのか?だとしたら、彼女は一体……とりあえず今は聞かない方が良さそうだ。


「歩けない距離じゃないんだ。また何かあれば、今度はそっちから来ればいい」


 ポケットに入れてあった地図を渡す。詳細には書かれていないが概要だけでも分かるはずだ。


「うん!ありがとう!お兄ちゃん!」


 満面の笑みを浮かべるカナデ。この世界じゃ君の方が年上のはずなんだけど……まぁ良いや。彼女が少しでも明るくなれたならそれで。


「え?王族が住んでるとこ……?てか距離的には1日かかるんだけど……」

「そこは頑張れ。じゃあな」

「あっ、おい!」


 そして再び夜空へ飛び立つ。見下ろすと灯りのついた家を見つけたのか急いで向かう二人の姿が見える。


「……次がなければいいんだがな」


 小さく呟いて再び夜空へと羽ばたく。しかし、この日から俺とあの兄妹との奇妙な関係が始まることに、この時はまだ気づいていなかった。

 それはそれとして……俺が向かう先は先程二人が捕まっていたあの洞窟だ。


「虫の息だが、生きてはいる……か」


 そこには変わり果てた男が蹲っている。四肢は切断され血塗れだが、まだ息はあるようだ。

 俺は静かに近づいた。男の目が憎悪と殺意で満ちている。もはや喋れもしない程の出血の中、まだ抵抗しようとする根性は大したものだ。前世の俺よりよっぽど勇ましい。


 欲を言えば、詳しい事情を聞き出せれば良かったが……俺が知りたいのは別のことだ。


「悪いな、あんたにはちょっと協力してもらうぜ」

「っ!?」


 男の体内に大量の魔力が流し込む。量だが、不思議と男は苦しみながらも死ぬ気配がない。

 それでいい。魔力を解き明かす実験台としては申し分ない。今後、俺がもっと高みに行く為の研究材料だ。


「うおおおぉぉ!?」


 苦悶の叫び声を上げる男。意識があるのが辛いだろうが、知ったことではない。実験動物としては最適な条件だ。魔力の変化過程を調べる絶好の機会だ。

 この男の末路に同情する者はいない。因果応報という言葉があるが、まさにそれだ。


「はぁ……はぁ……お、お前ぇぇ……こんな

ことをしてタダで済むと思うなよぉ……」


 男の声が響く。痛みと恐怖に震えながらも、彼はまだ抵抗の意思を見せていた。

 その視線には怒りと憎しみが滲んでいる。まるで獲物を狙う猛獣のような目だ。


「正義の味方でも気取ってんのか!?俺がてめぇに何をした?あぁ!?」


 息も絶え絶えに悪態をつく男。血を流しながらもその執念深さには驚かされる。

 だが俺はそんな言葉に耳を傾けるつもりはない。ただ淡々と自分の目的のために行動するだけだ。


「悪いな、俺は正義とか悪とか関係なく自分の都合で動くタイプなんだ」


 そう言って俺は魔力を練り上げる。男の体内に流れ込む魔力量を少しずつ調整しながら観察を続ける。

 体内の魔力循環が乱れ、血液中に魔力が溜まっていく様子は興味深い。やはり魔力と血液は密接な関係があるようだ。


「ぐあぁぁっ!?や……やめろ……この悪魔め……」


 男が絶叫する。俺にとってはどうでもいい悲鳴だ。今はこの実験の結果を見届けることが優先される。

 体内魔力の濃度が一定を超えた途端、男の肉体に明らかな変化が現れ始めた。


 皮膚が青白く変色し、血管が浮き出る。目は充血し焦点が合わなくなる。呼吸は荒く脈拍も不規則になっている。


「ふむ……反応はこんなものか」


 冷静に分析する。男の体は既に限界を超えつつある。このままでは死ぬだろう。

 だがそれが狙いだ。人体実験というのは失敗と成功の積み重ね。データさえ取れれば結果はどうでもいい。


「あ……ああ……体が……バラバラに……」


 男の体が痙攣し始める。筋肉の収縮と弛緩を繰り返し、骨格が悲鳴を上げる。

 内臓も次第に機能しなくなり始めているようだ。肺胞が膨張し呼吸困難を起こしている。


「おい、もう少しデータを取らせろ」


 魔力をさらに注入する。男の口から泡が吹き出る。眼球は飛び出さんばかりに突出し、もはや人間の面影はほとんどない。


 次の瞬間、男の全身が紫色に包まれた。血管が破裂し血飛沫が飛び散る。内臓が膨張し皮膚が引き裂ける。骨が砕け散り肉が蒸発する。凄まじい爆音と共に男の体は爆散した。


「流石に限界だったか……」


 残されたのは僅かな肉片と血痕のみ。だがこれは予想通りの結果だ。むしろ想定よりも長く持った方だろう。


 俺は小さく息をつく。人体に過剰な魔力を注ぎ込むと暴走して自壊する。この法則は魔力研究の基本となる。だからこそ国の騎士団の連中は魔力のみに頼らず剣術や体術も磨く。戦闘経験の浅い奴ほど魔力に頼りがちになる。魔力だけを高めたところで強くなれるわけではないという教訓だ。


「……そんな常識は覆すけどな」


 俺にはこの恵まれた肉体と魔力量がある。技術や体術、そんなものは対人戦でしか得られないものだ。俺が欲しいのは他者の追及を一切許さない圧倒的な強さ。その為には誰にも成し遂げていない壁を突破しなければならない。誰も挑まない禁域に手を出すことで初めて真の強者になれる。


「さて……と。そろそろ帰るか」


 爆発音は夜風に掻き消された。証拠隠滅も完璧だ。

 洞窟を後にし夜空を見上げる。月明かりが幻想的な光景を作り出していた。今夜はいつもより星が綺麗に見える気がした。


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