第35話 カナデの正体
「おじいちゃーん。心配かけてごめんね!」
「カナデ!?お前……!無事だったか!」
カナデの姿を見るなり爺さんが駆け寄る。その隣ではニアが安堵の表情を浮かべていた。だがすぐにカナデが連れてきたセラに気づく。
「……き、貴様、あの時の!」
「ちょっ、おじいちゃんストップ!この子、悪い子じゃないから!」
「子供……まさかそいつがオレを不意打ちした奴か!?」
爺さんが近くにある刀に手をかける。ニアも戦闘態勢に入ろうとするが、カナデが必死で二人を止めている。セラはその様子を無表情で眺めていた。こいつには緊張感ってものがないのだろうか。
「落ち着け爺さん、ニアも」
「ミナト、お前まで何言ってんだ!こいつはカナデを攫ったんだぞ!」
「いや、誘拐じゃなくて……説得?強引だったけど」
「どっちにしろ犯罪だろうが!」
二人は聞く耳を持たず臨戦態勢を解こうとしない。そんな状況にも関わらずセラは一歩前に出て淡々と話し始めた。
「……先程の行動は謝罪する。確かに私は彼女を拉致した」
「ふん、認めたか。なら話が早い。大人しく捕まってもらおう」
「でも私は悪くない」
「何ぃ?」
「あのままではカナデと会えない。行動するしかなかった」
「ふざけるな小娘!それが理由になるか!」
「なる。我が血族の未来がかかっている。カナデは最後の希望」
「ち、血族……?」
爺さんが目を見開く。ニアは言葉の意味が理解できず困惑している。
「なんだ爺さん、知ってるのか?」
「い、いや……知らん。聞いたこともないな……」
そう言いつつも、爺さんの顔には動揺の色が浮かんでいた。どうやら何か心当たりがあるらしい。
「……このくそじ──老人が真実を語っている可能性は8%。動揺が確認できる。推定、我々に関わりがあるか情報を隠している」
「くそじじいは禁止って言っただろ」
「……わかった」
セラは小さく頷く。本当は言い足りないって顔してるが。俺がセラを咎める横でカナデが仲裁に入る。
「おじいちゃん、話してあげて。それに、わたしはもう知っちゃってるから」
「……お前」
「えっと……オレにはさっぱりなんだが?血族とか吸血鬼とか?」
ニアが首を傾げる。頑なに口を閉ざしていた爺さんが溜息をつくと、観念したように口を開いた。
「……ミナトよ、お前さんは知っていたか?今から500年前、世界が吸血鬼という種族によって支配されていた時代を」
「いや、初めて聞いたな」
「それも当然。あの時代の真実は歴史から抹消されているからな」
爺さんの声は重い。それはただの昔話というより、禁忌の知識に触れるような響きがあった。
「今から500年前……ワシが生まれる遥か昔の話だ。当時の世界は人間と吸血鬼が争いを続けていた。長きに渡る戦いの末、人間が勝利を収めると同時に吸血鬼達は歴史の表舞台から姿を消した。その時、最も討伐に貢献した国が後にクロフォード王国となる『ソイル帝国』だ」
歴史の授業で聞くような内容だった。まさに御伽噺のような話だが、爺さんの真剣な表情を見る限り冗談ではないようだ。
「吸血鬼は不死に近い生命力と強大な魔力を持っていた。彼らが作り出した魔力技術は現在のものよりも遥かに洗練されていたとも言われる。だが、それ故に人間からは畏怖され憎まれた」
「だから滅ぼされたってわけか?」
「そうではない。一部の賢明な吸血鬼達は自分たちの過ちを悟り、自ら表舞台から身を引いたという。人間と共存の道を模索しようと……だが」
「一部は戦争を選んだ、と?」
爺さんは頷く。興味深い話だが、何故平民であるこの男がそんな専門家レベルの知識を持っているのか気になる所ではある。
やがて、爺さんは懐から一枚の古いを取り出した。色褪せたその写真には白髪の女性が映っている。
「ニア、カナデ。お前達は見覚えがあるだろう?」
「え……な、なんで……」
ニアは困惑しながらも写真を見つめている。一方カナデは本当に事情を知っているのか複雑な表情を浮かべていた。
「……母さん?」
「そうだ。お前達の母親であり、ワシにとっては義娘だったユリシアだ。彼女こそ最後の吸血鬼の生き残り」
ニアの顔が凍りつく。セラは無表情ながらも微かに目を見開いている。
俺自身も衝撃を受けていた。カナデとニアの母親が吸血鬼?つまりは、あの10年前の事件で……?
「面白いおなごだった。見た目こそ今のカナデとそう変わらないが、ワシよりも遥かに長い年月を生きていた。息子は相当に荒れていたからな。ユリシアは奴を支えるべく努力してくれた……残念ながら届かなかったが」
爺さんの声に哀愁が混じる。10年前、カナデとニアに虐待と呼ぶのも生易しい行為を繰り返していたあの男。当時の二人からも母親が殺されたことは聞いていたが、その母親が吸血鬼だったとでもいうのか。
「彼女は人間と吸血鬼の架け橋となるべく、何百年もの間人里で暮らしていた。そして息子と出会い、お前達を産んだ。だが息子が……だが息子は、いや、あの男は……!」
「……おじいちゃん。もういいよ」
カナデが静かに諫める。その目には哀しみと覚悟が宿っていた。血の繋がった自分の息子が愛する嫁を殺め、二人の子供に残虐な行為をし続けたという事実を思い出させたくはないんだろう。
「セラ……と言ったな。お前さんはカナデの何を欲している?」
爺さんが改めてセラに向き直る。セラは無表情のまま淡々と答えた。
「カナデは吸血鬼の血を濃く受け継いでいる。彼女の魔力には我々の種族を救う力がある」
「救う?吸血鬼は滅んだのではないのか?」
セラは首を横に振る。
「純血は私を除いて全滅している。しかし眷属は残っている。吸血鬼の事情を知りつつ、再興に協力してくれた人間達」
「なんと……」
「彼らは吸血鬼の魔力に適応した存在。でも弱っている。我々が存在するにはカナデが必要」
ようやくカナデを連れ去ろうとした理由が明らかになる。血族の未来を担う特殊な魔力の持ち主を求めていたわけだ。
「人間と吸血鬼のハーフは通常の吸血鬼よりも多くの魔力を持つ。それは吸血鬼の一族再生には不可欠な因子」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!今までスルーされてたけど、カナデがハーフならオレは……」
「……あなたは純人間。父親の血が濃かった。それにハーフの場合、吸血鬼の血は女性にしか受け継がれない」
ニアが呆然とする。自分が純人間と聞いて複雑な表情を浮かべている。
カナデの視線は宙を彷徨い、爺さんは腕を組んで沈黙していた。
「私は吸血鬼を再興させるために生きてきた。カナデの魔力こそがそのための鍵」
「どうやって使うつもりだ?」
「直接注入する。その過程で私は吸血鬼の遺伝子を活性化させる」
簡潔な説明だが危険性を感じる。魔力の直接注入なんて人体への負担は計り知れない。
「セラよ、危険はあるのか?」
「データ上ではない。過去の研究資料では成功例もある」
「う、うむ。では確率は?」
「67%」
微妙すぎる数字だなおい。案の定爺さんとニアは顔を顰める。カナデは不安そうにしながらも頷いた。
「そんなギャンブルにカナデを使うわけにはいかん!」
「でも必要なこと」
セラが珍しく主張する。彼女の瞳には強い意志が宿っていた。
「おじいちゃん、わたしは……」
「ダメだ!絶対に認めん!」
カナデが口を開きかけたが爺さんの大声に遮られる。
「……どうすれば許可してくれる?」
「まずはお前さんのことをもっと知りたい。ユリシアのことはワシも責任を感じている。だがそうやすやすと孫娘を危険な目に遭わせるわけにはいかん」
「理解した。情報提供はする」
「ミナト、お前さんはどうする?」
「俺?」
爺さんがいきなり話を振ってくる。何故か巻き込まれた感が強い。
「カナデの好きにすりゃいいんじゃないか?吸血鬼の未来だのハーフだの言われても俺には関係ないし」
「ちょっと!?ミナト、冷たくない!?」
「……酷い」
カナデとセラが非難の目を向けてくる。カナデはともかくとしてこの幼女までも俺の同行を希望している。
さっきの爺さんの話が本当なら、吸血鬼の討伐に最も貢献したのは過去のクロフォード王国になるのでは?それにしては随分友好的だなと、胡散臭さが増す。
「大体どうやって一族を再興する気だ?生き残ってるのはカナデとセラの二人だけなんだろ?」
どうなら話が核心に触れたらしい。セラの表情が僅かに強張る。
「……それは」
「カナデから魔力を貰ったところでどうやって吸血鬼を増やす?それとも吸血鬼ってのは単体生殖でも可能なのか?」
「……言葉が汚い。あなたは」
セラは初めて不機嫌そうな声を出した。確かに言い方が悪かったかもしれないが、事実確認は重要だろう。
「魔力があれば子供が出来るのか?吸血鬼にも性別はあるんだろ?成功したとしてこれから先どうやって生きていくつもりだ?」
畳みかけるように質問を投げる。セラは俯いたまま答えようとはしない。やはり何か隠しているらしい。そこへ爺さんが追い打ちをかける。
「ほら見ろ!詰めが甘すぎる!そんな無計画なやつに孫を任せられるか!」
爺さんの正論に反論できないようだ。セラはしばらく考え込んでから小さな声で言った。
「……男性と交配して子孫を残す。カナデの魔力と、適切な男性の遺伝子があれば可能」
「は……?」
まさかの言葉に場が凍りつく。カナデとニアは唖然とし、爺さんも険しい顔をしている。
俺は内心で溜息をつく。ああ、これ面倒な展開になりそうだ……。
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