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第3話 修行の成果。思わぬハプニング

 あれから一年後、俺はひたすらに魔力の研究と鍛錬、他者がそれをどう使うかの考察を行っていた。  

 表向きは普通の赤ん坊を演じながらも内心では常に魔力と向き合い続けていた。


 それでも諦めずに続けた結果、三ヶ月目あたりからようやく実感が伴うようになった。

 魔力の流れを視覚的に捉えられるようになり、「光の糸」のような形で認識できるようになったのだ。 

 そこからは早いもので、六ヶ月目には自らの体内魔力を自在に操れるようになっていた。


 そして身体強化。特に興味深かったのは、「魔力を特定部位に集中させることで身体能力が大幅に向上する」という性質だ。

 例えば足に集中させれば跳躍力が増し、腕なら拳の威力が倍増する。


「ふええぇ!」


 今日もまた母親の胸に抱かれながらも、内心では魔力の実験をしていた。

 手足をバタつかせる振りをしながら、微量の魔力を四肢に循環させている。こうすることで赤ん坊らしく動きながらも筋肉の成長を促進できていた。


「まあミナトったら、今日は特に元気ね」


 とっさに出現させた魔力の波動を消す。この制御能力こそが今後の戦いにおいて重要な要素となる。


 母親は嬉しそうに俺の頭を撫でる。その優しい手つきに安らぎを感じつつも、俺の意識は完全に魔力操作へ向かっていた。

 指先から細い魔力の糸を伸ばし、部屋の隅に置いてある人形に触れさせる。思った通り、微弱ながらも魔力が対象物に干渉する


「(これなら、あの鎖も切れるかもな……)」


 前世のトラウマが頭をよぎる。あの拘束を解くためには十分すぎるほどの力になり得る。

 ただし今はまだ制御が不完全だ。

 赤ん坊の身体では魔力の扱いに限界がある。だが、それまでに出来ることもある。


 基礎的な能力の研鑽と魔力量の増加。本格的に試すその時のために。





 時刻は深夜2時。俺は窓を開ける。王国の広い庭園が月明かりに照らされていた。


「よし、行くか」


 小さな体を丸めて窓から飛び出す。着地と同時に足に魔力を集中させた。地面との接触を感じた次の瞬間、俺の体が宙に浮いた。

 それは翼も装置もない純粋な浮遊。背中から放出する魔力の流れが推進力となり、夜空へと舞い上がる。クロフォード家の敷地から離れると、郊外の荒野へと飛行を続けた。


「はぁ……この解放感だよなぁ」


 5年間。赤ん坊から幼児へと育つ間も、魔力の研究を怠らなかった。

 最初は単純な魔力操作から始め、次第に応用へと発展させていった。そして今、俺は空を飛べるまでになっていた。


 魔力は単なるエネルギーではない。武器であり、防具であり、道具でもある。集中させ方によって全く違う効果を発揮するのだ。


 荒野に降り立った俺は手のひらに魔力を集めた。紫に光る風の刃は飛び道具に最適だ。目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。


「──切れ」


 一閃。遠くの岩が真っ二つに割れた。魔力を剣状に形成し、さらに高速で射出する技。これを編み出すのに半年かかった。


「次は……剣の生成」


 手に持つ見えない刃を振るうと、不可視の斬撃が地面を切り裂いた。この技は範囲攻撃に優れているが、消費魔力が大きいのが難点だ。


 荒野に一人立ち、自分の成長を噛み締める。前世では妄想でしかなかった力。この世界ではそれが当たり前のように使える。


「あーあ……本当に異世界だよなぁ」


 思わず呟いてしまう。だが感傷に浸っている暇はない。今夜は試したい技がまだあるのだ。


「続きだ」


 空中に複数の魔力刃を形成し、周囲360度に解き放つ。

 荒野を切り裂き、草木を薙ぎ倒す。轟音と共に地面が抉れていく光景を見て、思わず笑みがこぼれる。


「ふぅ……やっぱり外でやるのが一番だな」


 この荒野での特訓はもう三年続いている。王宮にいる間は大人たちの目を気にしなければならないが、ここなら全力を出せる。

 もし今、周りにいる大人達と戦ったら……。


「いや、多分負けるだろうな」


 自惚れは危険だ。この国にはギルドや騎士団長など超一流の戦闘者が存在する。彼らと比べれば俺などまだ未熟な子供に過ぎない


 満天の星空を見上げながら、俺は深呼吸した。

 五年間の孤独な鍛錬は報われつつある。この世界での生活は俺にこれ以上ない報復を運んでくれた。

 

 クロフォード王国第二王子という身分は安定した地位を保証してくれるし、家族も俺を愛してくれる。だが……。


「それでも……あのクソ女の本当の意味から解放されるには……」


 もうこの世にはいないはずの妹が、今でも俺の脳裏に浮かぶ。

 目を閉じると必ず訪れるあの笑顔。「兄さん」の呼びかけが耳を離れず、夜中に汗だくで起きることもある。それに終わりが来るかなどわからない。


 もしかしたら、永遠に付き纏う悪夢なのかもしれない。


「……いいさ。俺は、それを糧に必ず強くなってやる」


前世の地獄を乗り越えるために。あの恐怖を塗り替えるために。今、この時を生きているのだ。


「っても、そろそろ帰らなきゃか」


 これ以上外にいると体調を崩してしまう。 俺は再び魔力を展開し、宙へと浮こうとした。


──うわああああぁぁぁ!

──やめろ!やめろよぉぉ!


「ん?」


 突如として夜の荒野に響いた悲鳴に、俺は反射的に顔を上げた。

 風の音だけが支配するはずのこの場所で、はっきりと人の声が聞こえたのだ。


 耳を澄ませる。遠く離れた岩陰から断続的な怒声と泣き声が聞こえてくる。いや、それだけではない。


「魔力……?」


 微かだが確かに感じる魔力の気配。こんな時間、ましてや荒野の真ん中で戦闘が行われているはずがない。何かがおかしい。

 警戒心を高めながらも、好奇心に駆られて俺は魔力を纏い素早く移動した。


 岩陰に到着すると、そこには何もなかった。ただの岩盤。だが、確かに声が聞こえる。


 まさか……下か?地面に魔力を注ぎ込み周辺を探る。すると地中から魔力の反応を感じた。


「おぉ、まさかの洞窟……」


 知らなかった。こんな荒野の地下に洞窟が存在していたとは。

 慎重に穴を探すと、岩の隙間に人が通れるほどの入口があった。中は真っ暗だが、奥から微かな明かりと悲鳴が漏れ出ている。


「……いや、待て。行くのか?」


 一人呟く。いくらなんでも危険すぎる。子供の冒険心だけで地下に潜るのは自殺行為だ。それに、俺はまだ完全ではない。


「……でも」


 脳裏に焼き付いた記憶がよみがえる。監禁された日々。助けを求めても誰も来なかった恐怖。あの時の自分と似たような状況に苦しんでいる人がいるかもしれない。

 耳を澄ます。聞こえてくる声は明らかに幼い子供のものだ。


「助けて、誰か……」

「怖い……怖いよぉ……もう……嫌だ……」


 泣きじゃくる声が断続的に続いていた。その声音は五年前の自分を思い起こさせた。絶望と恐怖に支配された無力な存在。


「くそ……もう、なるようになれだ……」


 覚悟を決めた。両手に魔力を込めつつ、一歩踏み出す。暗闇の中を進んでいくと段々と大きくなる悲鳴と怒声。一体何が起きているのだろうか。


「……ッ!?」


 次の瞬間、視界が開けた。そこに広がっていた想像以上の地獄に俺は思わず息を呑む。


「痛いぃ!叩かないでぇ!」

「やめろっ!やめろよぉぉ!」


 汚れた床の上に投げ出された幼い二人の子供。服は破れ体中にいくつも痣ができている。そして彼らを見下ろすのは屈強な大男だった。手には鞭のようなものが握られている。


「父親の言うことが聞けねえってのか!誰がてめぇらみたいなゴミを養ってやってると思ってんだ!」

「うわあああ!もう叩かないでぇ!」

「やめろぉぉぉ!!!」


 子供たちの泣き声が洞窟に響く中、大男の怒声が轟く。鬼のような形相で鞭を振るう男。その姿はあまりにも醜く禍々しかった。見ているだけで吐き気がする。


「おい、なんだよ……これ」


 思わず吐き捨てるように呟く。前世では親という存在は欠落していたが、それでも愛情というものは知識として知っていた。何より今の両親は俺を大切にしてくれている。だからこそ余計に耐え難かった。


「あぁ……あぁ……」


 嗚咽混じりの声が聞こえてくる。小さな少年は体を張って少女を庇い、その体には既に多くの傷跡があった。もう既に立つこともできない状態だ。


「やめて……お父さん……お願い……」


 少女の涙声に大男は冷笑を浮かべた。間違いなくこの男こそが「父親」なのだろう。だが俺の知る親とはかけ離れすぎている。


「はっ!誰がてめぇみたいなガキを守ると思ってんだ!お前なんか生まれた時からいらねぇんだよ!」


 少女に向かって鞭が振り下ろされる。少年は必死に少女を庇おうとするも間に合わず、その小さな背中に新たな傷跡が刻まれた。


「うわあああああぁぁ!!痛いいいぃぃぃ!!」


少女の絶叫。あまりにも残酷すぎる光景に、俺の心は凍りついた。あの日、監禁されていた自分を思い出す。何もできず、ただ震えるしかなかった無力さ。


「……ごめん。ごめんな………お母さん……」


 涙を流しながら少年が呟く。二人に母親はいないのだろうか?それとも……。


「はぁ……はぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 少女の謝罪が続く。それを受けて男は嗤いながら再び鞭を振り上げた。


「謝るだけじゃ済まねえんだよ!何遍言わせんだ!」

「痛い!痛いいいぃぃ!!」

「やめて!お願いします!僕が……僕が代わりに!」


 少年の言葉も空しく再度振り下ろされる鞭。子供たちの悲鳴が洞窟内に響く。あまりの惨状に言葉を失うばかりだった。俺はこのまま傍観者になるべきか、それとも去るか……?


 ──兄さん♪


「っ!?」


 突然頭に響いた声。妹の声だ。かつて俺を監禁したあの悪魔の声。幻聴か、それとも俺の罪悪感か。


 ──見捨てましょう。可哀想ですが関係ありませんよね?


 笑い声。悪魔の囁き。それが俺の全身を貫く。


 ──あなたはもう助かりました。これからは自分の人生を謳歌すべきですよ?


 そうだ。確かにその通りだ。俺には関係ない。あんな奴ら放っておけばいい。だって、あいつらは俺の敵ではないんだから。だが──


 ──あの人達を見捨てなさい。きっと後悔しませんよ?兄さんは、もう自由なんですから♪


「っ……!」


 耳を塞ぐ。違う。絶対に違う。

 俺はまだ自由じゃない。この悪夢から抜け出していない。俺は、まだ……。


「うわああぁぁ!!痛いいぃぃ!!」

「うるせぇ!黙れクソガキ共!」


 子供たちの悲鳴と男の怒声が重なる。同時に、妹の幻聴も更に大きくなっていく。


 ──ほーら。可哀想でしょう?助けたいでしょう?


 耳元で囁くような声。同時に心臓の鼓動が早くなり体が熱くなる。 

 俺の中で何かが変わっていくような感覚に襲われた。まるで全身の血が沸騰しているかのような高揚感と共に体中を駆け巡るエネルギー。


「さぁ、最後の親孝行の時間だぜ。てめぇらの血を捧げな」

「嫌あぁ!やめてぇ!」


 男が何かを取り出す。それは錆びついた剣だった。それが子供たちに向かって振り下ろされようとした瞬間──


「……おい」


 気づいた時には、俺は声をかけていた。男がゆっくりと振り向く。血走った目が俺を捉える。


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