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第28話 最悪の真実


「お……父……様?」


 仮面の下から現れたのは紛れもなくエアハート国王──エルドリック・エアハート。フレイアは絶句し動けなくなる。何が起きているのか理解できなかった。


「はぁ……ここまできてバレてしまうか。まあもう良いだろう。仮の父親を演じるのも終いよ」


 国王だった男は低い笑い声を漏らした。その声は先程までの尊厳ある男とも、最愛の父とは別人のように軽薄で残忍さに満ちていた。


「何……言ってるの?」


 フレイアの声が震える。普段の彼女からは想像もつかない弱々しい声だった。身体はガタガタと震え出し両手で頭を抱え込む。脳が受け入れたくない情報を拒絶しているようだった。


「フレイア……可愛い可愛い愚かな我が娘よ。私の計画遂行の為に踊り続けてくれて感謝するよ」


 エルドリック──いや、彼は不気味な笑みを浮かべている。その眼差しはかつてフレイアが父から受けた愛情の欠片も感じさせない冷徹なものだった。


「あ……ああ……」

「どうせこれが最後になる。冥土の土産に教えてやろう。何故私がお前のような平民を娘として育て上げたと?それは単純な事よ。お前の両親を殺したのは──この私だ」


 その言葉にフレイアは固まった。脳裏を過ぎるのは幼い頃の温かい思い出。母の優しい微笑み、父の大きな背中。


「信じられないか?いや、現実を認めたくなくて思考停止をしてるのか?」


 父の言葉は容赦なく続く。


「お前の両親……父親の方は平民ではあったが魔力の素養があった。世渡りも上手だったみたいで貴族達の評判も悪くなかった。そしてお前の母親……ああ、あの女は魔力操作の天才だったな。あの時代では珍しいほどの高レベルだったんだ」


 男の口から語られる事実は衝撃的すぎた。平民だと思っていた父と、謎の多い母。二人がなぜ命を落としたのか。何故その事件は解決されなかったのか。全てが繋がり始める。


「当時の私は騎士団長でね、国のために尽力してきたつもりだったが……ある時、上から命令を受けた。帝国からの極秘指令だよ。お前の母──フレシアの遺体を要求するというね」


 フレイアの目が見開かれた。あの日、血塗れの現場で動かなくなった両親の姿が脳裏に蘇る。


「フレシアを狙えば当然夫が盾になるだろう。だから同時に殺害する必要があった。それが任務だった。あの日、あの場所で……私が直接手を下した」


 笑い声が響く。かつては優しかったはずの父の口元が歪んでいる。


「どうして……」


 フレイアの声がかすれる。震える指先が震えを押さえようと無意識に握りしめられた。


「そんな命令……断ればよかったじゃない!」

「出来るわけがないだろう?でなければ、今の私はエアハート国王にはなっていなかった」


 フレイアは愕然とする。今目の前に立つこの男は、自らの地位の為に家族を殺し、その罪を隠蔽するために偽りの父親を演じ続けていたという事実に震えるしかなかった。


「そんな……そんなの……」


 言葉が続かない。全身の血が逆流する感覚。目の前が真っ赤に染まる。愛する両親を奪った敵が──最も頼るべき存在だと思っていた父だった。


「私とて所詮は偽りの王族。それでも私はなりたかった。その後は簡単だったぞ。騎士団長だった私が遺体の管理を主張すれば誰も疑わない。お前を引き取って育てると言い出せば尚更だ」


 エルドリックはゆっくりと一歩踏み出した。フレイアは後ずさろうとするが、足が言うことを聞かない。


「両親を失った哀れな孤児を引き取る騎士団長……実に美談ではないか?次期国王として民から信頼を得ることもできる容易かった」


 フレイアの瞳から涙が零れる。裏切られたという事実が重く心を押しつぶす。その表情に嗜虐的な笑みを浮かべた男が言う。


「お前が成長するにつれ母であるフレシアに瓜二つになっていく……その姿を見る度に私は笑いを堪えるのに必死だったぞ。あの憎き女と同じ血を引き継ぐお前が父親を慕う姿を想像しては、腹の底から愉悦が込み上げた」


 フレイアは立ち上がろうとするが力が入らない。精神的ショックが大きすぎた。今まで築き上げてきた価値観が根底から覆される恐怖に打ちのめされていた。


「そうやって長い年月をかけて私はお前を支配した。実に素晴らしい仕上がりだったよ。賢く、勇敢で、それでいて扱いやすい忠実な操り人形だ」


 フレイアの目から溢れる涙が止まらない。怒り、悲しみ、恐怖、絶望……様々な感情が入り混じり言葉が出ない。


「しかし、最後は詰めが甘かったな。セレニテスなどというくだらん学生グループを設立し、よりよってクロフォード王国のガキを招き入れるなどどういうつもりだ?お前は私の“優秀な道具“になりたかったのだろう?最後まで従順にしていれば命だけは助けてやったものを」


 男の掌がフレイアに向けられる。禍々しい紫の魔力が渦巻く。


「安心しろ。お前を殺した後、この国は滅ぼす。本来はあの日、黒龍の襲来によりそうなるはずだったが、あのガキのせいで少々予定が狂わされてしまった」


 フレイアは目を閉じた。もう何も聞きたくないと思った。信じていた全てが嘘だった現実に耐え切れなかった。

 両親の仇がすぐそこにいるのに復讐する力すら残っていない。虚無感だけが胸を満たす。


「だが計画に狂いはない。あのアリスという娘より授けられた"この力"があれば、私一人で全ての民を一掃出来る。そうなれば、私は帝国に貢献した者として更なる力を与えられるだろう」


 かつて国王だった者の手に刻まれた紋様が輝く。魔力とは違うそれが、彼が帝国の下僕であることを証明していた。


「親子の会話は終わりだ。我が愛しき娘フレイアよ、最後くらいはせめて楽に逝かせてやろう」


 魔力が掌に収束し始める。眩いばかりの光が辺りを包み込む。

 フレイアは動くことも声を上げることも出来なかった。絶望が心を支配し四肢の力が抜けていく。


「さあ、我が使命の為に──」


 その時だった。風が吹き抜けるかのような感覚。

 次の瞬間、国王だった者の身体が大きく後方へ吹き飛ばされていた。


「っ……!?」


 フレイアは呆然とその光景を見つめる。やがて、真後ろから聞こえてきた声。


「悪いな、親父水入らずの最期にちょっとだけ邪魔させてもらうぞ」


 背中越しに感じる強い魔力。この魔力の持ち主は間違いなく──"彼"だった。

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