第26話 エアハート王国の崩壊
ギルドでの一件から三日後、俺は特に変わりなく魔力学院の一生徒として過ごしていた。フレイアはあの後にカナデ達の部屋に謝罪に回ったらしく、翌日には以前と変わらぬ様子で登校してきていた。
デイモンとレックスはどうかわからないが、カナデは特に気にした風もなく笑顔で挨拶していた辺り、これといってわだかまりはないのだろう。
そんな訳で、今日も何事もない一日が始まろうとしていた。
「おはようございます、ミナト様」
「ん?ああ、おはようミリウス。早いな」
教室に入るなりミリウスが挨拶して来た。まだろくに生徒も集まっていない時間帯だ。
「ミナト様こそ。相変わらず朝は早いのですね」
「まあな、朝型の方が頭も冴えるし」
「わたくしも最近は早起きしていますよ。日課の走り込みと剣術の鍛錬が気持ちいいですから」
「へぇ、偉いな」
ミリウスは変わらず無愛想だが、最近は微妙な表情変化が判別できるようになって来た。今はちょっと嬉しそうだ。
「先日のギルドの件。随分とお手柄だったようですね」
「何で知ってんだ?」
「わたくしはミナト様の監視役ですよ?この程度の情報収集くらい朝飯前です」
ミリウスが得意気に言う。かつてはアルフェンの付き人にしてメイド訳だった彼女。情報源としての役割もあったのだろう。
「セレニテス……彼らも少しは成長したと思っていましたがまだまだですね。結局はミナト様の手を煩わせてしまいました」
「どこまで把握してるのか知らないが、当初の目的だった大蛇の討伐には成功したんだ。十分に合格点だろ」
そもそもあの黒龍はお前でも間違いなく狩れねぇよ。
……なんてツッコミは喉元で押し留めた。流石に比較するのが残酷すぎる。それとカナデ達の自己評価に影響が出そうで控えておこう。
「つか、あんたってマジで毒口だよな。アルフェンにもそうなのか?」
「元よりアルフェン様は戦闘向きではありませんので」
「おいおい、仮にもクロフォード王国騎士団隊長だぞ?言い方ってもんが……」
「ミナト様の兄してアドルフ様の血を受け継いでいるんです。その程度で満足されては王族としての資質に欠けます」
言い切るミリウス。俺は思わず頭を抱えた。この女、実力至上主義者なのか……?それとも単にアルフェンへの期待値が高いだけか。
「別に戦闘だけが全てって訳じゃない。その分、アルフェンは政治面での才能が光ってる」
「それは所詮、ミナト様と比較されることを恐れた負け犬の言い訳では?」
「お前……主人相手に何てこと言うんだよ」
こんな奴が側近でアルフェンはよく持っているものだ。俺なら三日と経たずに追い出す自信がある。
「では、改めてミナト様に聞きたいことがあります」
「何だ?」
「何故、セレニテスなどに参加しようとしたのです?」
ミリウスは真っ直ぐな視線を向けてくる。これは単なる雑談の延長ではなさそうだ。
「クロフォード王国最強の男を打ち破ったあなたが、わざわざ学園のチームに入る理由がわかりません。カナデ様に誘われたからですか?」
「単純に面白そうだったからな。今まで学生生活なんて経験してなかったし、どんなものか興味があった」
「そんな理由ですか……」
ウンザリしたような言葉とは裏腹に、全く信じてない顔で俺を見てくる。まあ実際嘘であるが……。
「お前だって歳は俺たちと大差ないんだろ?せっかくの学生なんだし親交を深めたらどうだ?」
「必要ありません。わたくしはあくまでアルフェン様の護衛兼秘書。現在は貴方様の監視任務が優先です」
「……まあ、好きにしてくれ」
呆れ気味に応える。相変わらずの仕事人間だ。もしかするとそれが生き甲斐なのかもしれない。
その後も他愛のない話を繰り返した。この時間が平和だと思うのも、たった三日前までの生活が激動だったせいだろうか。
魔獣や黒龍との戦闘を終えてようやく日常を取り戻したかと思っていた矢先──突如として地響きが襲ってきた。
「っ!?」
衝撃と共に天井から小さな石片がパラパラと落ちてくる。
やがて聞こえて来る生徒達の悲鳴。これは普通の地震ではない。魔力的な波動を感じる。
「緊急事態です!皆さん落ち着いて避難してください!」
教師の叫び声が響く中で窓の外を見ると、空を覆い尽くすほどの黒雲が見える。
いや、違う。それは──巨大な群れだ。
「あれは……」
流石に動揺を隠せない。眼下には街に溢れかえる無数の魔獣。狼型、鳥型、蜥蜴型など種類は様々だが共通して全てが通常より肥大化している。
建物が崩壊し火の手が上がり、悲鳴が轟く光景に思わず目を疑った。
「ミナト君!居る!?」
室内に慌ただしくフレイアが飛び込んできた。額に汗を浮かべ呼吸が乱れている。それだけで只事ではないと判断出来る。
「おい、これは一体……」
「わからないわ。突然魔獣の群れが押し寄せてきたの。規模が大きすぎて手が回らない」
フレイアも相当混乱しているらしい。俺自身、未だに状況を把握できない中、ミリウスが冷静に質問を投げかける。
「現在の被害状況は?原因は特定出来ていますか?」
流石クロフォード王国のエージェントというべきか。感情的にならず淡々と状況把握に努めている。
「詳しくは調べられないけど……多分ギルドからの魔獣だと思うわ。でも何故あそこから魔獣が出てくるのか理由がわからない」
「ならまずは対応が優先だな。先輩は戦える奴を集めて街の防衛に向かってくれ。こういう時のセレニテスだろ?」
「ええ。わかってるわ。すでにカナデちゃんに招集命令を出してる。直ちに集まるはずよ」
流石に手際が良い。やはり生徒達のまとめ役としての能力はあるようだ。
「俺は原因を探ってくる。ミリウスは外に居る魔獣の排除をしてくれるか?できる範囲でいい」
「了解しました」
何気ない顔でうなずき、ミリウスは教室の窓から宙に飛び出す。
一瞬遅れて外から轟音と共に魔獣の断末魔が聞こえてきた。容赦ないなアイツ。
「ミナト君は原因の特定……出来るの?」
「飛べる奴は俺くらいだろ。あの規模じゃ通常の魔獣が自然発生したとも考えにくい」
「……頼んだわ」
フレイアが俺を見つめる。その瞳には不安と期待が入り混じっていた。それに応えるように俺は窓枠に足をかける。
「生きろよ」
「あなたもね」
短いやり取りの後、俺は全力で跳躍した。背中の翼が生えると同時に急加速で上昇する。
空から見下ろした光景はまさに地獄絵図だった。
建物は次々と倒壊し炎が上がる。逃げ惑う人々の悲鳴と魔獣の咆哮が入り混じる。
「流石に笑えないな……」
このままでは数時間と持たずにはエアハート王国が焦土と化すかもしれない。最大限に魔力障壁を展開すれば魔獣共は一掃できるだろうが、それでは建物や民間人も巻き添えを食らうだろう。かと言っても今の俺のレベルでは手加減は難しい。
やはり手遅れにならない内に根源を断つしかないと思い、俺はギルドのゲートに急行することにした。
*
室内に最後の一人が駆け込んだのは、災害発生から十分も経たない頃だった。
「よし……全員集まったわね」
フレイアの声には珍しく緊張感が漂っている。
集まったのはカナデ、デイモン、レックスのセレニテスメンバー三名。全員が混乱と恐怖の入り混じった表情を浮かべていた。外からは魔獣の雄叫びと建物の崩れる音が絶え間なく響いてくる。
「一体何が起きているんだ。急にこんな……」
「落ち着いて下さいレックス。まずは状況を把握しましょう」
レックスが震える声で問いかけると、デイモンが冷静さを保とうと努めていた。
「現在、街中に無数の魔獣が発生しているわ。目視確認した限りだとほとんどがD級、C級の魔獣だけど、数が多すぎる。騎士団も動くとは思うけど、これだけの数を相手にするのは難しいでしょうね。何よりも一般市民の安全確保が最優先よ」
フレイアは簡潔に状況を説明していく。生徒達を扇動する指導者としての使命感が伝わってくる。
「ならば、至急救援が必要ですね。でもなぜ今になって……」
「わからないわ。ギルドの調査は三日前に終わったはずなのに」
「……本当にわからないのですか?」
レックスが疑問を抱く。先日の一件、事情があったにせよ危険な任務に意図して自分達を巻き込んだフレイア。また彼女が隠し事しているのではないかと勘繰るのも無理はない。
対するフレイアは唇を噛んで俯く。レックスの言わんとしていることを察したようだ。その場に重い沈黙が訪れるが、それを打ち破ったのはカナデの手打ちだった。
「先輩達、今は言い争うよりやることがあるんじゃないかな。わたしたちも出来ることがあると思う」
いつも通りの明るい口調。だがその瞳は真剣だ。カナデは周りを見渡しながら続けた。
「ここで待機していても被害は拡大するだけだし、市民が襲われているなら助けに行かないと。誰かが止めなきゃ」
「賛成です。市民の命が優先です」
「……ああ、すまない。カナデさんに同感だ」
デイモンとレックスが即座に賛同する。仲間同士で責め合うより前にやるべきこと。それを一番理解しているのは彼女だった。
そんなカナデの姿を見てフレイアは我に返り、大きく息を吸い込んだ。
「ありがとう、カナデちゃん。……そうね。今はあたしたちのできることをしましょう。ギルドのゲートに関してはミナト君が調査に向かっている。それにミリウスさんも先陣を切って魔獣の駆除を始めているから」
不安が全くない訳ではないが、自分とは比較にならない者達が既に動いていると知り、カナデ達は勇気づけられる。
「我々も直ちに救助活動に向かうわ。魔獣の討伐と怪我人の手当てを並行して進めましょう」
「了解!一人でも多くの命を救わなきゃ……ですよね」
カナデが元気よく答える。彼女の天真爛漫さが絶望的な状況下で皆の緊張を和らげていた。
「デイモンとレックスはまず中央広場に向かって。怪我人の救護を優先して」
「はっ」
「任せて下さい!」
フレイアが即座に指示を出す。まだ学生である自分達に出来ることを必死に模索し、的確に命令を下す。これまで彼らを導いてきた指導者の風格がにじみ出ていた。
「カナデちゃんはミリウスさんと同じく魔獣の殲滅を。出来れば北方面に移動してくれると有難いわ。ぐれぐれも無茶はしないように」
「はい!それじゃあ、行ってきます!」
三人が次々と窓から飛び出し、魔力の推進力を利用して飛び去っていく。室内に残されたのはフレイアのみとなった。
「さて……問題はお父様なのよね」
ポツリと呟いた。ギルド調査のために大量の騎士を動かし警備体制も万全にしていたはずだった。
なのに、この異常事態でなぜ一切連絡がないのか。下手をすれば黒龍以上の脅威が突然出現している。
「(まさか、何かトラブルでも……)」
嫌な予感が拭えない。しかし今ここで一人で悩んでも始まらない。一刻も早く国王を捜し出して直接確認するのが最優先だ。
「この国を守ってみせる。あたしはお父様の……優秀な道具なんだから」
自身に言い聞かせるように宣言し、フレイアも外へと飛び出した。空には魔獣の群れが飛び交い、地上には黒煙が立ち上る。混沌と化した王都を前に、彼女の瞳に強い決意が宿っていた。




