第25話 フレイアの過去。道具として
その後、カナデ達との会話もそこそこに俺は男子寮に戻った。
食堂で軽く食事を済ませると早々に自室へと向かう。今日は本当に疲れた一日だった。
「少し休んだら魔力統制のトレーニングだな……」
部屋に入りベッドに腰掛けながら呟く。フレイアの件は気になるが、俺の目的は変わらない。
この世界にあのヤンデレ妹が居る。理不尽を理不尽で塗り潰すための修行が最優先なのだ。
時計を見ると21時を過ぎている。集中して魔力統制の訓練をすれば4時間は欲しい。最強を目指すなら睡眠も鍛錬も欠かせない。
シャワーを浴びたあと訓練に入ろうと考えていた矢先、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰だ?」
『ミナト君?あたしだけど』
フレイアの声。俺はベッドから立ち上がり扉を開ける。
「ごめんなさい、こんな時間に」
「別に構わんが、大丈夫なのか?」
目の前のフレイアは昼間とは打って変わって暗い表情をしている。
華やかな白銀の髪も今は艶がなく、瞳にも影が落ちていた。
「……入れてもらっていいかしら?」
「ここ、男子寮だぞ」
「そこは大丈夫よ。あたしなら問題になる前に対処出来るから」
落ち込んでるくせにこういう部分はブレないのか……若干呆れつつも部屋に招き入れる。
客用の椅子を勧めると彼女は小さく頭を下げて座った。
「要件はなんだ?」
単刀直入に尋ねるとフレイアは俯いてしばらく口籠もった。
ようやく顔を上げた時には瞳に涙が滲んでいる。
「ごめんなさい。あなたたちに全部黙っていて」
「謝られても困るんだがな。こっちとしては結局誰も傷付いていないし」
「でも……みんなに危険な目に遭わせたのも事実よ」
フレイアの声が震える。彼女の膝の上で握りしめた手が白くなっていた。
「別に全部が嘘って訳でもなかったんだろ?当初の目的通り四人で大蛇は盗伐したんだ。それに、フレイア先輩が保険として俺を同行させたから黒龍も対処出来た。教官としての判断に間違いはなかっただろ」
ギルド後に居たフレイアの父親である国王と数十人の兵士達。おそらくはあの数で黒龍に対抗するつもりだったのだろうが、一人一人の魔力量を測った限りでは非効率と言わざる得ない。
国王が親父並みの戦闘力があるならともかく、だったら最初から単騎で乗り込んでいるはずだ。
そういう意味ではフレイアの方が冷静かつ的確な判断をしたと言えるだろう。まあ、問題はそこではないが。
「でも……」
「わかったわかった。なら償いとして教えてくれ、フレイア先輩がそこまでする理由はなんなんだ?」
そう問うとフレイアは驚いたような顔をした。
「言ってただろ。父親はクロフォード家の協力を渋ってるって。つまりあの国王か」
「……ええ。今回の黒龍の件だってそう。魔力コントロールもろくになってない騎士で構成した部隊を派遣するなんて愚策もいいところだわ」
フレイアの声に怒りが混じる。確かにあの騎士達を見た限りでは相手にもならないだろう。
「あの人はエアハートを歴史的遺産と称して未だにクロフォードへの技術流入を嫌ってる。クロフォードの研究施設がエアハートで稼働し始めてからは特に」
フレイアの口調が変わる。もはや秘密でも何でもないと割り切ったように淡々と話し始めた。
「昔から変わらないの。プライドばかり高くて国民のことなんて考えてない。いつも自分本位で他人の忠告も聞き入れない。本当にダメな人!何が国王よ。学生グループのリーダーじゃあるまいし!」
「お、おう……?」
「昔はああじゃなかったんだけど……年を重ねるにつれてどんどん頑固になって。クロフォード王国に援助を求めてきた他国を馬鹿にするような言動ばかりするようになって」
止まらないフレイアの父親批判。思わぬ方向に話が進みどう反応して良いか迷うが……。
「まあその……多分、俺の親父も似たような感じだぞ。知らんけど……」
「あの人とあなたのお父様を一緒にしないで!比べることすら烏滸がましいわ!」
どうやらそこは譲れないラインらしい。フレイアの語調が荒くなる。しかしそれも一瞬で彼女は再び落ち込んだ表情を見せた。
「ごめんなさい。こんな話をするつもりじゃなかったのに……」
「いいよ。そっちの方が楽なこともあるだろ」
「……うん」
フレイアは俯く。長い髪が顔を隠し表情が見えなくなる。沈黙が続く中、俺は続ける。
「それで……」
「どうして黒龍の話を黙っていたかって?」
俺の言葉をフレイアが引き継ぐ。彼女は顔を上げると決意を固めた表情で答えた。
「お父様がクロフォード王国に心を許すならどんな手を使っても構わないって決めてたの。だから、今回のような異常事態を利用して……」
「利用?」
聞き返すとフレイアはコクリと頷いた。
「お父様から聞いたわよね?あの怪物は、かつて先代の国王と他国がやむを得ず個別のゲートに封印した魔獣。だからそれを討伐すればお父様もクロフォード王国の力を認めてくれると思った。でも、まさかあんな……」
フレイアが唇を噛む。瞳に涙が浮かんでいる。
「あんな……あたし達が到底手に負えない程の化け物が出てくるなんて……」
「要は、実力を誇示するにはちょうどいい相手だと踏んだわけか」
彼女の意図が読めた。自分の父親の面子を保ちつつクロフォード王国の戦力をアピールするチャンスと見たのだ。
だがそれはフレイアの考えが甘いと言うよりは黒龍が異常だったと言うべきだろう。仮にあのまま国王や騎士団が黒龍に挑んでいたらと思うと寒気がする。最悪ゲートの外に逃げられれば数時間と持たずにエアハート王国は壊滅していたはずだ。
「本当にごめんなさい。許してもらえなくても仕方ないわ」
「あのな……」
「だって当然よね。あたしは自分の目的のためにあなた達を利用した。裏切られたと思ったでしょ?」
フレイアの声が震える。俺は頭を抱えたくなる思いだった。犠牲者こそ0だったが、それは結果論に過ぎない。彼女が危険を冒し仲間を危険に晒したのもまた事実なのだ。
だからと言って恨んでいるかと言われれば否だ。むしろ彼女の行動原理は理解できる。親の期待に応えようとする気持ち自体は誰だって持つものなのだから。
「別に裏切られたとか思ってないさ。元から俺ら、利用し合う関係みたいなもんだろ」
「でも……」
「確かに驚きはしたけどな。まあ過ぎたことだ」
「そうだけど……」
それでもフレイアは納得出来ないようでモジモジしている。そんな彼女にため息をつきながら告げる。
「ならさっきの続き、聞いていいか?話を聞く限り、先輩の父親はお世話にも国王なんて器には見えないんだが、どうしてそこまで忠誠を誓えるんだ?」
単純な疑問だった。いくら父親とはいえ自分を貶めてでも守るべき相手なのだろうか?するとフレイアは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「あたしね、元々は王族じゃなかったの。あの人とも血が繋がっていない。レックスやデイモンと同じ平民の孤児だったのよ」
突然明かされた真実に思わず息を呑む。
「お父さんもお母さんも優しくてね、貧乏な家庭だったけれど幸せだった。あたしが5歳だった時……突然だったわ。外で稽古をして帰って来た時に見たのは──そんな二人が血塗れになって倒れている姿だった」
淡々と語るフレイアの声音に感情はこもっていない。だからこそ、それが逆に彼女の悲しみを際立たせていた。
「犯人の手掛かりは殆どなかった。現場の荒れ具合から見て強盗とかでもないみたいだし……捜査も虚しく結局は迷宮入り。周りの人達は同情してくれたけど、それ以上に好奇の目で見られてね。そんな時に出会ったのが今のお父さんよ」
フレイアが当時を思い出しているのか遠い目をする。
「その時、あの人は言ってくれたの。『君のような才能があればいつか国を変えることが出来る。一緒にその未来を目指さないか?』って」
フレイアの告白に言葉を失う。想像以上の過去に何も言えないでいると彼女はフッと笑った。
「その後は、お父様に育てられながら学校に通って沢山勉強したわ。魔力理論はもちろん政治学から経済学まで幅広くね。もちろん、お父様の役に立つためよ」
「親孝行な娘だな」
俺の言葉にフレイアは小さく笑う。だがその笑顔はどこか悲しげだった。
「そうよ。だからお父様があたしを認めてくれるために必死に努力した。軍務や外交でも功績を上げるようにしたりね。おかげでお父様も徐々にあたしを認めてくれるようになったわ」
そこまで話してフレイアは再び俯く。
「でもそれは上辺だけだった。今思えば当然なのよね。あたしの血筋は平民だもの。王位継承権なんてない。いくら努力しても決して越えられない壁があった……」
その言葉には深い悲しみが込められていた。だが同時に彼女は諦めようとはしていない。むしろより一層の決意を感じさせる。
「だからこそ……お父様があたしの価値を認めてくれる唯一の手段があると思ったの。それがクロフォード王国とのパイプ役。あの人が認めれば、少なくともエアハート王国での地位は確保出来ると思ってた。だからこの機会を利用するつもりだったのに……」
「なるほどな」
フレイアの覚悟が伝わってくる。父親からの愛情を欲しがりながらも現実は厳しい。それでも諦めたくない彼女の心情が痛いほど分かった。
「お父様があたしのことをどう思っているかなんて分からない。ううん、もうどうでもいいわ。プライドが邪魔して素直に認められないなら、例え黒龍だろうと、どんな手を使ってもクロフォード王国がエアハートに必要な存在だと思わせないと。あたしはあの人の──"優秀な道具"なりたいから」
道具……言い得て妙な表現だ。おそらくフレイアの本心なのだろう。フレイアの言葉に含まれる諦念と決意。二律背反的な感情が胸中に渦巻いていた。
「まあ、先輩の事情はわかった」
「ありがとう……というか、なんか辛気臭い話になっちゃったわね。もうおしまいにしましょ」
フレイアが微笑む。その表情はさっきまでの陰りがない明るさを取り戻している。
「勝手なお願いなのは承知だけど、もし良ければこれからも協力してくれないかしら?あたしとクロフォード王国の橋渡し役みたいな形で」
冗談じゃない。面倒ごとが増えそうだ。だが……。
「まあ、考えておく」
「頼りにしてるわ」
フレイアは立ち上がりドアの方へ向かうが……。
「ねぇ、ミナト君」
「なんだ?」
「今日の戦い見て思ったけど……やっぱりすごい魔力量よね」
フレイアの視線が俺を捉える。まるで獲物を狙う獣のような鋭い眼光を放っていた。
一瞬で距離を詰められる。目の前に迫るエメラルドグリーンの瞳。華奢な指が俺の胸板に触れる。
「おい、近いぞ」
「あら、動じないのね。年頃の男の子ならもっと可愛い反応をするかと思ったけど」
「そうでもないぞ。心臓が早鐘を打ってる」
「ふぅん……嘘つきね」
フレイアは喉の奥でクスクスと笑う。その仕草は妙に色っぽく感じてしまう。しかし次の瞬間には元の表情に戻り一歩離れた。
「なーんてね。カナデちゃんたちにも謝りに行かなきゃいけないし、そろそろ行くわ」
フレイアは踵を返す。そして最後に振り返って言った。
「それじゃあ、また学校で。期待してるわよ」
ドアが閉まる音と共に彼女の姿は消えた。残された俺は溜息をつく。
「……フレイア・エアハート、闇が深い女だな」
まさか父親の“優秀な道具”になりたいなどという願望を持っているとは想像すらしていなかった。
しかも心酔してる訳ではなくあれだけ欠点を指摘しておいてなお献身しようとする精神。狂っていると言ってしまえばそれまでだが、それを俺がどうこうできる問題でもない。
「ま、話くらいなら聞いてもいいけどな」
共に戦う仲間になった以上、同情心くらいは持ってもいいだろう。深入りは避けたいが。
そんなことを考えながら、俺はいつも通り魔力統制を始めるのだった。




