第22話 ギルドでの戦い。その果てには
ゲートを通った瞬間、空気が変わるのを感じた。
まるで別世界に足を踏み入れたかのような圧迫感。魔力濃度が桁違いだ。通常の人間であれば長時間滞在できないほどの高密度な魔力が漂っている。
「凄い魔力量だな……」
「そうね。魔力適正の低い人間にとっては毒にも等しい空間よ」
「わたしも、少し息苦しいかも……」
フレイアが軽く髪をかきあげる。カナデも若干顔をしかめているが、すぐに気を取り直したようだ。
湿地帯特有の泥濘に足を取られそうになりながらも進む。周囲には霧が立ち込め視界が悪い。
「気配を感じます。来ます!」
デイモンの警告と同時に茂みから魔獣が飛び出してきた。牙をむき出しにした巨大な蛙型の魔獣だ。全身が赤黒く染まり目は血走っている。
「こいつはCランクね。レックス、デイモン!
「承知しました!
「お任せを!」
フレイアの指示と共に二人が即座に対応。
蛙型魔獣が跳躍する。レックスが素早く回避しカウンターを狙うが相手も動きが速い。
「はぁっ!」
デイモンの詠唱が響く。地面から魔力の瓦礫が立ち上がり魔獣の動きを封じた。
「今です!」
「感謝する!」
レックスの拳が魔獣の腹部を貫く。悲鳴を上げる魔獣。しかしまだ倒れない。怒りに任せて暴れている。
「くっ……やはりこの程度では……!」
「援護します!」
デイモンが追加のを放つ魔力瓦礫を生成し魔獣を押さえつける。その隙にレックスが止めの一撃を放った。
「先輩達、すごい!」
「Cランクとはいえ連携すれば容易に倒せる相手ではないわ。流石はレックスとデイモンね」
「ありがとうございます」
「まだまだです。ですが良い感触は掴めました」
カナデが拍手しながら称賛の言葉を送る。二人は少し照れた様子だ。
「さて次ね。このまま行くとBランクの魔獣も出てきやすくなるわ」
「なら、次はわたしたちの番ですね」
カナデが魔力を集中させる。今の魔獣がCランク。ならば次は彼女に相応しい相手となるだろう。
「敵が何人居るかわからないからな。油断はするなよ」
「わかってますって。ミナトは安心して見てて」
そんな会話をしながら更に進むと前方から異様な気配を感じた。霧が濃くなり視界が悪化している。
「みんな止まって!前方から来るわ!」
フレイアの警告に全員が戦闘態勢を取る。霧の中から二つの影が現れた。犬型の魔獣だが全身が灰色に変色し通常の生物とは違う歪んだ形状をしている。
「Bランクの犬型魔獣……しかも二体。これは実戦経験を積むのに打ってつけね」
フレイアは冷や汗を見せつつ意味深に笑う。同時に、その視線をカナデに向ける。
「カナデちゃん、右の一体をお願い。あたしは左を片づけるわ」
「わかりました!」
「レックスとデイモンは手を出さないで。今の自分の実力でどこまでやれるか試す機会よ」
フレイアの指示に二人は頷く。カナデは迷わず駆けだし右の魔獣へ向かっていく。
「これからAランクの大蛇を相手するって時に大丈夫なのか?」
「不安がない訳ではありませんが、カナデさんならば問題ないはずです」
「ああ、すでに彼女の剣の腕前は我々二人よりも上。彼女の実力を見極める意味でも丁度良い機会だ」
デイモンとレックスが頷き合う。二人ともカナデの実力を認めた上で成長を促そうとしているようだった。
視線をフレイアの方に向けると、そこでは二つの首を持つ魔獣が彼女に襲いかかっている。
フレイアは冷静に相手の動きを見切り、二本の尾と同時に繰り出される攻撃を難なくかわしている。一気に間合いを詰めると魔力剣を横薙ぎに払う。魔獣は両腕で防ぐがその威力で後退させられた。
「やっぱり、一筋縄じゃないわね。でも……」
フレイアはすでに背後を取った態勢で次の攻撃に移行する。しかし魔獣は驚くべき俊敏さで反転すると尻尾を振り上げる。
「甘いわよ」
フレイアは尻尾の動きを完璧に読み切り剣で弾く。その勢いを利用して跳躍すると空中で剣を振り下ろす。魔獣は迎撃しようとするが、時は遅い。
「はい、これで終わり!」
痛恨の致命傷を与える。魔獣は苦しみながらもその場で息絶えた。
「流石に教官様は難なく勝利か……後は……」
カナデの方に目を向けると、彼女は犬型の魔獣と激しい接近戦を繰り広げていた。
「はぁぁっ!」
鋭い掛け声と共に剣を振り下ろすが、魔獣は奇妙な角度に曲がった四肢で予想外の回避行動を見せる。
カナデは咄嗟に体勢を立て直そうとするが、魔獣はすでに攻撃範囲内に入り込んでいた。
「くっ……!」
間一髪で防御態勢を取るが、衝撃で体勢を崩してしまう。それでも彼女は地面を蹴り後方に跳躍すると剣を構え直す。しかし魔獣の攻撃は止まらない。カナデを追い詰めるように素早く回り込み攻撃を繰り返す。
「カナデさん!」
「あのままでは……流石に加勢を」
レックスとデイモンが焦った様子で口々に言う。正直俺も同じ思いだ。魔獣の攻撃パターンは読めているようだが、肉体の構造自体が異なるせいか反撃のタイミングが掴めずにいる。ただ……。
「もう少し見守ってやってくれないか。まだ勝負は決まった訳じゃない」
俺は二人を制しつつ言った。フレイアも同じ考えのようで無言でカナデを見守っている。
おそらく、カナデは何度か攻撃を受けながらも確実に学習している。
魔獣の動き方、予測不能な動きを逆に利用したカウンターのタイミング。
そして、ついにその機会が訪れた。
「わっ!」
カナデは尻もちをつくような姿勢で地面に転がった。魔獣は好機と見て飛び掛かるが、その瞬間──彼女の体勢が一気に変わった。
「そこ!」
地面に手をつけた状態から魔獣の腹部に向かって回転斬りを放つ。魔獣の勢いを利用した完璧なカウンター。
刃が深々と魔獣の腹部に食い込み悲鳴を上げ、そのまま魔獣は倒れ込んだ。
「ふぅ……」
カナデが立ち上がりながら息を吐く。額には汗が滲んでいる。
「お見事。教官の戦い方とは対照的な戦術だったが、結果的に勝利をおさめたな」
「カナデさん、素晴らしいですよ!」
レックスとデイモンが駆け寄るとカナデは照れたように笑った。
「ふふ……ありがとうございます。でもフレイア先輩のように綺麗には勝てなかったなぁ」
「当たり前よ。あたしは幼い頃から戦い方を叩き込まれてるんだから。でも……」
フレイアはカナデの肩に手を置く。
「今のあなたなら充分戦力になるわ。むしろ経験が浅いのによくやったと思う。誇りなさい」
フレイアの言葉にカナデは嬉しそうに頷き、俺の方に視線を向ける。
「感想待ってるんだけど」
「ん?ああ、良くやったと思うぞ」
「適当!もうちょっと褒めてもバチは当たらないと思うな〜」
カナデはムッとした顔をするが、すぐに表情を緩める。
そもそも、俺自身の主な戦い方は魔力量の力押しが主であり、カナデのような技術に特化した戦法に感想を求められては困る。
「あらあら。仲がいいのは結構だけど、そろそろ本題に行かない?」
「フレイア教官の言う通りですね。奥には目的の個体が居るはずです」
フレイアの言葉に全員が前を向く。確かにこれ以上時間を無駄にしている暇はないだろう。
さらに進むと中心部と思われる池に近づいてきた。水面には異様な泡が浮かんでおり不穏な気配が漂っている。
「見えてきました。あれが例の大蛇……」
「水の中だと厄介ですね。でも逃げられないようにしないと」
レックスとデイモンが緊張した面持ちで立ち位置を確認する。
カナデも剣を構え直し、フレイアは全体を見渡しながら作戦を頭の中で組み立てているようだ。
「ミナトくん、忘れてないわよね。あなたが動くのはあくまでも最終手段。できればこの四人の力だけで勝たせたいの」
「わかってるよ。出番が来ない事を祈っておくさ」
フレイアは短く頷くと手を挙げる。それを合図に全員が陣形を組み始めた。
「正面はあたしが担当するわ。カナデちゃんは左から支援を。レックスは右で攻撃を分散させて。デイモンは後方から援護を」
フレイアの掛け声と共に四人は散開する。同時に大蛇も異変を察知したのか水面から巨大な頭部を覗かせた。
「凄い大きさ……!」
「カナデさん!迂闊に近づいてはダメですよ!」
カナデは思わず感嘆の声を上げるがデイモンに注意され素直に従う。この辺りはやはりフレイアの統率力だろう。
大蛇が大きく口を開け威嚇の咆哮を上げる。その音量だけで肌が反応するほどの轟音だ。レックスが震えを堪えているのが伝わってくる。
「怯むな!あたしたちの力を見せてやるわよ!」
フレイアが剣を高く掲げると同時にカナデとレックスが左右から仕掛ける。大蛇は両方向からの攻撃に対して巨体を捻って回避する。が、デイモンの魔力槍が背中に命中し苦悶の声を上げた。
「良い感じです!攻撃が通ります!」
「油断しないで!このサイズだと生命力も桁違いよ!」
フレイアの警告通り、大蛇は怒り狂ったように暴れ出す。長い胴体を鞭のように振るい攻撃を繰り出してくる。
「うわっ!」
「カナデさん!伏せて!」
デイモンの叫びに従いカナデが回避行動を取る。ほぼ紙一重で直撃を免れた。レックスも攻撃を受ける直前で横に跳躍して逃れた。
「あっぶなー……こんな大きな相手なのに動きが速すぎるよ」
「これがAランク級の脅威です。冷静に分析しなければ……」
カナデとデイモンが感想を述べる間も戦況は刻一刻と変化していく。
フレイアが剣に魔力を纏わせ直接攻撃を仕掛けるも皮膚は異常に硬く致命傷を与えるには至っていない。
「まさにボス級……力もタフさもさっきの魔獣とは桁違いか」
俺は浮遊し、一人魔力障壁の中で四人の戦いを眺めていた。あの大蛇、魔力量だけならミリウスに匹敵するか。
「はああっ!」
「たあああっ!」
レックスとカナデが左右から同時攻撃を仕掛ける。しかし大蛇は巨大な尾で簡単に弾き飛ばしてしまう。
「くそっ……!」
レックスが舌打ちするがまだ諦めてはいない。すぐさま体勢を立て直す。
「一旦距離を取って下さい!僕の魔力で拘束します!」
デイモンの叫びに全員が離脱する。すると大蛇の周りに魔力が練られた無数の鎖が出現し絡みついていく。だが大蛇は容易くそれを引き千切ってしまう。
「ちょ、効果なし……!?」
「構いません!今の一瞬で十分です!」
フレイアが魔力を収束させている。彼女の周囲には限界まで高めたであろう魔力の奔流が渦巻いていた。
「受けなさい!これが最大火力よ!」
フレイアの剣から放たれる極太の魔力ビームが一直線に大蛇へ向かう。直撃した部分は爆発音と共に蒸発するような勢いで吹き飛ばされていく。
「おぉ……」
思わず感嘆の声が出る。騎士団でも中々見ないレベルの息のあったコンビネーションだった。しかし……。
「まだ生きてます!」
デイモンの声が上がる。見れば大蛇は体をくねらせながら再生しようとしている。恐るべき生命力だ。
「このままじゃ消耗戦になるわ……みんな!最後のチャンスよ!」
フレイアの呼びかけに全員が頷く。カナデとレックスが左右から挟撃の構えを取り、デイモンが魔力を高めて補助を行う。
「カナデちゃん、あたしが援護するわ!とどめを頼まれてくれる?」
「え?わたしですか?」
急な指名にカナデは驚くがすぐに覚悟を決めた顔つきになった。
「……はい、わかりました!」
カナデは魔力剣を宿らせ一気に加速する。大蛇は鋭い牙で迎え撃とうとするがフレイアの牽制射撃が炸裂して隙を作った。
「はあああっ!」
カナデの剣が大蛇の口内へ突き刺さる。そして更なる力を加えてそのまま喉奥まで押し込んでいく。
大蛇は苦しみの声を上げるが、カナデは剣を握りしめたまま抵抗する。
「これで……終わりっ!」
カナデの叫びと共に魔力剣が大蛇の体内を貫通する。大蛇は最後の力を振り絞って暴れるが遂に力尽き動かなくなった。
「やった……!勝った……」
「ええ。やりました!皆さん無事ですね?」
レックスとデイモンが安堵の声を上げる。フレイアは深く息を吐いて汗を拭った。
「見事だったわ。全員の連携があってこその勝利ね」
「でも……すごく疲れたぁ」
カナデがへたり込みながら言うと他のメンバーも同意するように頷く。確かに消耗戦であった以上当然だろう。
しかしこれで一つの課題をクリアできたことは確かだ。俺は魔力障壁を解いて地に降りる。
「よう、お疲れ。全員見事な戦いぶりだったな」
「ええ。正直かなり危なかったけどね」
フレイアが苦笑混じりに返す。レックスとデイモンはお互いに労いの言葉を交わしており、カナデは泥だらけの姿ながら満足そうな表情だ。
「……惚れ直しちゃった?」
「煽る元気が残っていれば大丈夫だな。治療してやろうと思ったんだが」
「冗談ですー。でもありがと」
カナデはくすくす笑う。俺は全員に魔力ヒールをかけた。
「ふぅ……かたじけない」
「助かりました……」
デイモンとレックスが安堵の表情を浮かべる。フレイアも肩の力を抜いていた。
「これで依頼は完了ね。戻りましょうか」
「そうですね。思った以上に疲れてしまいました」
フレイアの提案に全員が賛成した。怪我や体力は回復しても精神的な疲労は大きいだろう。
「ごめんね、みんな、成仏してね……」
カナデは息絶えた大蛇に手を合わせる。それは大蛇だけでなく、今までに倒してきた魔獣全てに向けたものだろう。
真意は定かではない。しかしこの大蛇も、元は人間の身勝手で捨てられた被害者だった可能性が僅かでもあるならば彼女の祈りは正しいものかもしれない。
やがて、全員でその場後にしようとゲートのある方向に目を向けた瞬間——
「ん?」
唐突に魔力反応を検知した。それも、今まで全く感じなかったのが嘘のような気配。
「ミナト?」
「ミナトくん?どうしたの?」
──来る!
「っ!?まずい、全員構えろ!」
「え?」
突然の轟音と共に衝撃波がその場にいた全員を襲う。
反射的に四人を魔力障壁で囲み、俺は宙へと浮遊した。
「な、何!?」
混乱するフレイアの声。魔力障壁の中で彼女たちの安全は確保できたが問題は目の前の存在だった。
突如として現れたのは──漆黒の鱗に覆われた巨大な竜だった。




