第20話 強くなる為に
「って訳でして、あれからの記憶がないんですよね」
「ふーん。そんなことがあったんだー」
数日後の昼休み。レイブンはルネサンスであったことをカナデに話していた。
どうやら睡眠薬を盛られたという自覚はないらしく、こいつの中では露出度の高いウェイトレスとの楽しい記憶しかないらしい。
「あのまま行けばお姉さん達とより親密になれたのに……なぁ!ミナトもそう思うよな!?」
「ああ、だったらいいな」
「おう!流石に共に死線を潜った戦友だぜ!」
バシッと肩を叩いてくるレイブンに適当な相槌をする。まさかあの店が帝国が絡んでる店だったなんて言ったらこいつはどんなに反応を示すだろうか。
「女の子の前でする話題じゃないと思うんだけど。ミーナートーく〜ん?」
何故かニコニコと笑いながら俺を睨みつけてくるカナデ。
「こいつが誘ってきたんだぞ。奢りだって言うからついて行っただけだ」
「へー。それで色んなウェイトレスさんに鼻の下を伸ばしてたんだー」
「いや、俺は普通にジュース飲んでただけなんだが」
いつの間にか俺が原因になってるような物言いである。これではまるで俺がウェイトレス目当てで行ったみたいじゃねぇか。
流石に不愉快なので訂正しようとするが、レイブンが遮ってくる。
「そうなんですよカナデ先輩!こいつってば最初は照れてたんですけど、俺が寝た後も楽しんだみたいで……」
「お前は誤解を生む言い方するな。そもそも楽しんでねぇから。お前が盛られて寝てる間は別の店に行ってた」
「え?そうなの?」
カナデがキョトンとした顔で首を傾げる。正直彼女には事実を伝えるべきだとは思うが、今はフレイアからの報告待ちが安定だろう。
「カナデには俺がそんな性欲の塊みたいな男に見えるのか?」
「でもウェイトレスさんの大胆な格好を見て喜んでたんでしょ?」
「そりゃあ男だからな。目の保養にはなった」
「なんと、素直に認めるんですねー」
カナデが驚いた様子でこちらを見る。そんなウェイトレスの片目を潰して尋問まがいをしたなどと知ったらどんな顔をするだろうか。
「とにかく、あんな店には二度と行かねぇよ。値段も高かったしな」
「俺はまた行きたいけどな!カナデ先輩も一緒にどうっすか!?」
レイブンがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらカナデに迫る。仮にも女のカナデをあの店に連れて行くのはいくらなんでも無神経すぎるが……。
「うーん。うん、わたしも行ってみようかな」
行くんかい。もう意味がわからん。
「っしゃあ!じゃあカナデ先輩、放課後行きますよ!ついでにデートもしません?」
「あー、ごめんね。わたし部活入ってるから」
「マジっすか……じゃあいいです!ミナト、今夜行こうぜ!」
「嫌に決まってんだろ……」
テーブルの上の皿を片付けながら肩を竦める。食堂の喧騒は続いていて、平和な昼休憩。
前世での日々とは雲泥の差だ。だが同時に焦燥感ももあった。
「お、おい!ミナト!」
不意にレイブンが声を上げた。視線の先を追えばフレイアがこちらへ歩いてくるのが見える。
「ごめんなさいね。食事中だった?」
「いや、片付けるところ」
フレイアは少し申し訳なさそうな表情をしている。どうやら用件は軽いものではなさそうだ。
「放課後、第二会議室に来て欲しいの。ちょっと重要なお話があってね」
「学院関連のことですか?」
カナデが尋ねる。フレイアは首を横に振りながら答える。
「いえ……多分、ミナトくんの方はよくわかってると思うけど」
その言葉だけで俺には大体の事情が読めた。数日前のルネサンスの一件と関係があるのだろう。
「わかった。放課後にすぐに向かう」
「助かるわ。カナデちゃんには初報告になると思うから、お願いね」
「はい、わかりました」
それだけ言い残し、フレイアは食堂を後にしていく。その後ろ姿が見えなくなるまで俺達は見守った。
「え?何、二人、フレイア様となんかあるの?」
レイブンの問いかけにカナデは苦笑する。
「秘密かなぁ。ほら、食べ終わったなら教室戻ろ」
空になった食器をトレーに乗せカナデは立ち上がる。俺もそれに倣い立ち上がった。レイブンだけが残念そうな表情で呟く。
「なんだよ。せっかく楽しい話になってきたのにな〜」
「また今度な」
ぽんぽんと背中を叩き席をその場を後にする。残されたレイブンは不満そうに頬を膨らませていた。
「セレニテスとしての初活動……といったところでしょうか。成長の糧となるといいですね」
遠目で一人食事を取る元メイド。その視線に気づいたカナデは目が笑ってない笑顔を向けていた。
というかこいつら、すっかり関係が悪化してるな……。
やがて放課後。指定された会議室の前に俺とカナデは佇んでいた。
扉を開けると室内には既にフレイアだけでなくデイモンやレックスも集まっている。
「ご無沙汰している、ミナト殿。カナデさんもご苦労様」
「先輩!もう体は大丈夫ですか?」
「ええ。この前は自分だけ気を失って情けない姿を晒してしまいまして……」
カナデはデイモンと挨拶を交わし室内を見渡す。
巨大なテーブルと椅子のみがある簡素な部屋。壁一面の魔力シールドや防音機能を見るに重要な情報共有に使う部屋なのだろう。
「揃ったわね。じゃあ早速本題に入りましょう」
フレイアが一同の注目を集める。
「初めて聞く人も居るかもだけど、ミナトくんは数日前、ルネサンスという店で事件に遭遇したわ」
「事件?」
カナデが首を傾げる。事前に何も知らされていないから当然の反応だ。
「帝国が絡んでると思われる違法接待施設の摘発よ。偶然居合わせた彼が手助けしてくれたの」
「え?じゃあさっきのって……」
「ま、そういうこったな」
カナデが驚いた様子で俺を見る。昼間の時に話してた内容がまさかこんな裏があるとは思わなかっただろう。
「で、捕まえた女達から何か情報は掴めたのか?」
「残念ながら彼女達もただの下請けでね。上層部については何も知らない。ただ確実に組織ぐるみって事だけは確かでしょうね」
「では、これを機に国王は……」
「すでに騎士団を使って捜査をしているわ。ただ……」
レックスの言葉にフレイアが難しい表情を見せる。それを見たデイモンが続けた。
「騎士団だけでは限界があります。元よりエアハート王国は武力を抑えられている側面がありますから」
「そうなのか?」
初耳だった。フレイアはまだ学生とはいえクロフォード王国でも十分に通用する実力を持っているし、それはレックスやデイモンも同様だ。
「まぁミナトくんのところと比べればって話ね。エアハートの騎士団の規模だけは大きいけど個人単位の実力となると他国に比べたらどうしても……このセレニテスの設立もあたしの独断だから公的な支援は全く得られないし。組織というのも気合いだけでどうにもならないのよ」
フレイアはため息をつく。しかし彼女の目は決して諦めているわけではない。寧ろ強い意志を感じさせるものだった。
「前に言ってたな、クロフォードの力を借りるのは父親が反対してるって」
「ええ。お父様は自国の問題には他家の力は介入させたくないっていう考えだから。ほんと、何の為の同盟国なんだかって思うけど」
「そうなると……今のままだとやっぱり戦力不足じゃないのか?」
俺の疑問にフレイアは頷く。
「もちろん。これからも有力な人材は確保していくわ。ただそれ以上に今のあたし達が目指すべきは……」
「実力向上……だね」
フレイアの言葉を遮ってカナデが告げる。
「あたしもあの時のミリウスさんの対決で身に沁みてわかったわ。学園最強なんて持ち上げられて来たけど、今のままじゃどうにもならないって」
カナデだけでなく、フレイアも、デイモンもレックスも決意を固めた顔つきだ。どうやら模擬戦での敗北は確実に強い影響を与えたらしい。
「正直、帝国との戦いはクロフォード王国の協力を仰がないと厳しいと思うわ。帝国側もそれが分かってるからこそ、クロフォードには友好的に接しているのでしょうから」
フレイアの言葉にアリスとの交流戦を思い出す。奴ら的にはあの試合はこちら側の戦力を測る目的もあったのだろうか。
「話はわかった。つか、聞けば聞くほど切羽詰まり過ぎてるようにしか見えないんだが」
「あら、そうでもないわよ。だって……」
フレイアはこちらに満面の笑みを浮かべる。
「帝国の魔力発展に貢献した天才、アリス・ノワールが手も足も出ず、彼らが最も恐れるクロフォード王国3代目国王、アドルフ・クロフォードをも上回るあなたがこちら側にいる。それだけで充分よ」
その言葉に、レックスとデイモンは驚愕の表情を見せた。カナデは……少し寂しげな表情だが。
「まあ、だからといって勝ちが確定するわけじゃないし、あたし達も努力は惜しまないわ」
フレイアの強い言葉。彼女らがこの危険な道を歩み続ける覚悟は相当なものだろう。
その覚悟の重さが伝わり、俺は小さく溜息をつく。
「まあ、出来る限りでご期待には応えてみるさ」
「ええ。頼りにしているわ。ミナト・クロフォード第二王子」
フレイアは優しく微笑む。しかし瞳の奥には熱い闘志が灯っていた。
「でも、ずっとミナトに頼るわけにもいかないよね。わたしたちも頑張らないと」
カナデが握り拳を作る。表面上は笑顔を作っているが、ミリウスとの戦いで負った傷が完全に消化出来ていないのは明らかだ。
「大丈夫よ、カナデちゃん。むしろ本題はこれからだもの。全員この後、予定は空いてるかしら?」
全員が頷く。フレイアはニヤリと笑うと立ち上がる。
「そう。なら早速実地訓練と行きましょうか」
「実地訓練……ですか?」
「ええ。実力をつけるには机上の空論ではダメ。実際に現場で経験を積むのが一番よ」
レックスが興味深そうに眉を上げる。デイモンは少し警戒したようにフレイアを見つめている。
カナデは……既に目を輝かせている。どうやら先日の敗北から早く挽回したかったようだ。
「具体的にどういう訓練なんだ?」
「魔獣退治よ。エアハートには王立ギルドがあるの。そこで依頼を受けて魔獣討伐に挑む。力を磨くには最適でしょ?」
ギルドと来たか……クロフォード家でも頻繁に受けていた。数年前は親父にバレるまでクロフォード王国第二王子の権限を利用して魔力量を鍛えていたもんだが。
「確かに効果的ですね。我々には実戦が足りないと常々思っていました」
「同意します。ただ……相手は魔獣ですか?私達だけで対処できるレベルかどうか」
レックスは即座に賛同したがデイモンは慎重派らしく懸念を口にする。
「魔力学院屈指の実力者が四人揃ってるのよ?しかもそこに……」
フレイアは俺をチラッと見て意味深な笑みを浮かべる。
「俺が保険役としてついてくんだろ?」
「察しがいいわね。いざという時はお願いしたいわ」
やはり予想通りだった。こっちとしては別に構わないが、あくまでサポート役ということらしい。
「詳しい事情は現場に着いてから説明しましょう。それじゃあみんな、準備ができ次第校門前に集合ね」
フレイアの号令に従い、それぞれが素早く支度を始める。
カナデはウキウキとした様子で跳ねるように外へ向かい、レックスとデイモンもすぐに準備を整えていった。
「何事もなければいいけどな……」
内心で溜息をつきながら俺も外へ出る。こうしてセレニテスメンバーによる初めての実地訓練が始まったのだった。




