第19話 負けからの成長
「……一体何の真似ですか、ミナト様」
「そりゃこっちの台詞だ。あんなのぶっ放したらここごと吹っ飛ぶだろうが。少しは加減を考えろって」
ミリウスを睨みつけながら彼女の右手を掴む力を強くする。彼女は苦悶の表情を浮かべながらもこちらを睨み返してきた。
「お前の勝ちだ。早く先輩達の拘束を解いてやれ。それとも──俺とやるか?」
「っ……!」
右手を掴む手から伝わるのはミリウスの明らかな動揺。意図的なのか頭に血が登っていたのかはわからないが、こいつは間違いなくカナデ達を殺す気でいた。その中には王族であるフレイアも含まれているにも関わらずだ。
流石に許容できない。ここでキツく言っておかなければこの先の活動にも支障が出るだろう。
「……相手が悪すぎますね。負けを認めましょう」
ミリウスは不本意ながらも俺の忠告に従い糸の拘束を解除した。
彼女の魔力が霧散していく。解放された四人は崩れ落ちるように地面に倒れた。
「げほっ……助かったわ、ミナト君……」
「ありがとう……ございます……」
咳き込みながらも立ち上がるレックスとフレイア。デイモンは意識はないが命に別状はない。
カナデは……あまり触れないほうがいいだろう。敗北感に打ちのめされた彼女の様子は痛々しいくらいだ。
「少しは身の程を知りましたか?セレニテスへの加入をミナト様がお決めになったならわたくしからは何も申しませんが、自分の実力不足を認めるべきではないでしょうか」
ミリウスは冷淡に吐き捨てる。ただでさえ無力さを感じているであろう四人にここでさらに傷口に塩を塗り込むような物言いである。
「……そうね、確かに慢心はあったわ。次はもっと強くなってリベンジさせてもらうわよ」
だがフレイアは即座に立ち上がった。決意を秘めた瞳でミリウスを睨みつける。王族としてのプライドが彼女を奮い立たせているのだろう。
「……そうですか。まあ期待はしていませんが、その時が来たら相手にならせていただきましょう」
ミリウスは鼻で笑いながら踵を返す。勝者の余裕といった風情だが、フレイアは何処か満足げにも見える。
「いがみ合うのはそこまでにしとけ。傷は治してやるから今日はもう解散だ」
俺は拘束されていた四人、ついでにミリウスにも魔力治療を行った。態度はともかく今の試合、俺自身にも学べる点が多々あった。その礼だ。
「すごい……傷だけじゃくて体力まで」
「これがミナト殿の魔力治療……噂通りの精度だな」
フレイアとレックスの驚嘆を涼しい顔で受け止めるミリウス。この自己顕示欲の強さだけは評価したい。
「ではわたくしはこれにて失礼します。ミナト様、この者達と行動を共にするのは自由ですが、あなたはクロフォード王国にとって必要不可欠な存在ですからどうかお忘れなきよう」
ミリウスは一礼してから訓練所を去っていった。
「……結局何しに来たんだあいつ?」
「警告しに来たんじゃない?実力主義の監視役さんらしいしね」
フレイアは皮肉っぽく笑って見せる。だが、彼女の表情はどこか晴れやかだ。
「でもこれで決まりね。これからもよろしく、ミナト君」
フレイアが手を差し出してきた。レックスも嬉しそうに頷いている。
カナデは俯いたままだったが、しばらくするとゆっくりと顔を上げ手を伸ばしてきた。
「まあ、ほどほどにな」
改めてフレイアと握手をかわす。とりあえず当分はセレニテスの一員として動いていくことになりそうだ。
「さてと……今後の方針とか決めたいんだけど、デイモンを放っておくわけにもいかないか。確認だけど、傷は問題ないのよね?」
「ああ、その内目も覚ますだろ」
フレイアは念のためデイモンの脈を確認すると安堵の表情を浮かべた。
「じゃあミナトくんの言うように今日はここまでにしましょう。悔しい気持ちも大事だけど、それをバネにして一週間後に改めて練習会を提案するのはどうかしら」
冷静な提案にレックスとカナデも同意する。一時の感情に惑わされない辺りは流石は教官として慕われるだけはあるか。
「ごめんなさいね、ミナトくん。本当ならもっと歓迎したかったんだけど」
「気にするな。なんやらもっといいのが見れたしな」
「正直複雑だけど、あなたが満足したならそれでいいわ。じゃあ各自解散ね、これからの訓練はさらに厳しくいくから覚悟しておいて」
「承知致しました」
フレイアの宣言にレックスはデイモンを担ぎつつ力強く頷く。そのままフレイアと共に訓練所を後にし、俺も続こうとしたところでカナデに呼び止められた。
「ミナト……少しいい?」
「ん?ああ」
ボロボロになった訓練所の隅で向き合う俺たち。彼女の表情は暗い。模擬戦での敗北感が未だ消えないのだろう。
「……負けちゃった」
「仕方ないさ、相手が悪すぎだ。クロフォード家でもあれとタイマンやって勝てるのなんて親父くらいだぞ」
慰めでもなんでもなく事実だった。さっきの戦いを客観的に見てもミリウスの戦略・技術・何より魔力量。どれをとっても学院生レベルを遥かに超えている。
むしろ、ニアやアルフェン含め騎士団が束になってかかっても勝てない可能性すらある。そんなやつが何故メイドなんてしてるかは分からないが。
「そうかもしれないけど……ミナトは勝てるよね。止められた時、ミリウスさんかなり焦ってたし」
「まあ、戦略や技術はともかく、純粋な魔力じゃ負けない自信はある」
「そっか……」
カナデは寂しそうに俯いた。普段の明るい雰囲気は鳴りを潜め、まるで初めて会った時のような恐怖と諦めが入り混じった表情をしている。
「はぁ……いいかカナデ、強さに拘るなら落ち込む『だけ』はやめとけ。何も進展はしない。こうしてる間にも先輩達は次にどうすべきか考えてんだぞ。カナデはそのスタートラインにすら立ってないんだ」
「っ……!わかってる!そんなこと!でも……」
俺の言葉に反論しようとしたカナデだが途中で嗚咽混じりになり言葉が途切れる。どうやら相当堪えているようだ。
「……負けず嫌いだよな、本当に。まあこれからは頑張れ」
「それだけ!?女の子が泣いてるんだから『今だけは俺の胸を貸してやる』とか言ってくれる場面じゃないの!?」
「ロマンチストか。んな妄想する暇あるなら鍛錬しろ」
泣きそうだったかと思えば即座にツッコミを入れてくる。涙が引っ込むとはまさにこの事か。その切り替えの速さには感心するやら呆れるやらだ。
「もう!ちょっとは優しくしてほしいな!これでも結構傷ついてるんだよ?」
「いや、だから頑張れって」
「雑!適当!大雑把!荒削り!棒読み!」
ギャーギャー喚き散らすカナデを適当に流しながら訓練所を後にする。
彼女はまだ色々と言いたげだったが、やがて諦めたように肩を落として溜息をついた。
「結局、また助けられちゃったね。ありがと」
「ガス抜き出来ただろ、カナデは十分強いよ。あいつは例外中の例外だからさ」
「うん、でもやっぱり悔しいものは悔しい」
「なら鍛えないとな。暇があったら俺も付き合うぞ」
その言葉にカナデはようやく表情を緩めた。こういうときの彼女の切り替えは早い。
「約束だからね?絶対だからね?」
「ああ、分かったから帰ろうぜ」
「うん!」
夕焼けに染まったカナデの笑顔はいつもより美しく見えた。これも彼女なりの照れ隠しなのだろう。あるいは本気で強くなろうという決意表明か。
「(それはそれとして……だ)」
カナデと足を進めながら、その表情を眺めながら、脳内に浮かぶのは最大の宿敵である前世の妹。
俺とてセレニテスに入ったのは遊びではない。前世であのクソ妹から味わった圧倒的理不尽を打ち砕く。その為にもあいつに繋がる"何か"を見つける必要があるのだ。
「ミナト?何か怖い顔してる……」
「いや……なんでもない。考え事だ」
「そっか。わたしでよかったら相談に乗るからね?」
「ああ、サンキュ」
今度は俺自身が、理不尽を超える理不尽をあいつに突き付けてる。
それが、この世界に転生した俺の原動力なのだから……。




