ヤンデレ妹に耐えられず自殺した俺。念願だった魔力のある異世界に転生するもトラウマを忘れられず、現実逃避で鍛え続ける！

二章 悪魔との再会

第12話 最強同士による戦闘

　翌日、太陽が高く昇り始めた正午。約束の刻限。

　俺は父親──アドルフ・クロフォードと荒野の中央で向き合っていた。辺りに観衆はその場にいたミリウスだけが離れた丘陵から見守っている。

「では始めるぞ」

「ああ」

　父親の低い声に応え、俺は両手を掲げる。

　瞬時に魔力が沸騰する感覚。身体中に漲るエネルギーが荒れ狂いそうな勢いで循環している。

　一方の親父も穏やかに目を瞑ったまま静かに魔力を纏い始めていた。

「行くぞ、ミナト！」

　砂煙を巻き上げて疾走する巨躯。その姿は風のように速く、魔力が練られた巨大剣を振りかざし全力で俺に迫ってくる。

　まずはいつもの防御だ。魔力シールドを展開する。

「うぉぉぉおおお！！！」

　親父の雄叫びと共に振り下ろされた巨大剣。俺の障壁と衝突した瞬間、空気が破裂するような轟音が響き渡った。

「っ！？」

　障壁にヒビが入る。予想以上の衝撃だった。

　咄嗟に魔力波動を放射。剣を受け止めながらも親父の足元を流動化させ体勢を崩させる。

「小癪な……」

　一瞬の隙を見逃さず、俺は障壁の一部を鋭利な刃状に変形させ反撃に転じた。

　しかし親父は身を翻し刃を難なく回避。間髪入れず再び剣を握り直す。

「なるほど、それがあの帝国との娘の時に使った防御か。大した芸当だ」

「その言葉が本音なことを願うね」

　俺は更に魔力を練り上げる。多重層の障壁を次々に展開し攻防一体の陣形を作り出す。しかし……。

「だが甘い！」

　親父の剣閃が光を帯びる。魔力が刃に集中したのだ。次の瞬間、まるでバターを切り裂くかのように俺の障壁が次々と断ち割られていく。

「ちっ……！」

　直感的に後方へ退避。俺の魔力シールドが相殺されている……いや、破られていた。

　それも技術ではなく、圧倒的な魔力量による暴力的な突破だ。

「あれが三代目国王の力……その肩書きに偽りなし、ですね」

　観戦していたミリウスは驚愕の声を漏らす。

　無理もない。こいつにとっても俺の魔力シールドは未だに攻略不可能な壁だったはずだ。

「防御がダメなら、こっちはどうだ！」

　俺は魔力で練り上げた槍を無数に生成し親父に向けて発射する。

　だが親父はそれらを難なく弾き飛ばす。剣で斬るでもなく体捌きだけ突破したのだ。

「つまらん芸だ。まだその気にならぬなら、私がさせてやろう」

　続けざまに親父は地面を踏み砕く。地中から隆起した岩石の柱が俺めがけて襲いかかる。俺は再び障壁で防ぐが……親父の追撃は止まらない。

「ちぃ……」

　俺も負けじと周囲の土砂を魔力で操り石槍を生み出し反撃する。

　親父はそれらを躱し剣で弾き飛ばしていく。まるで演武の如く華麗な動き。その全てが無駄のない完璧な動作だった。

「魔力による地形操作。我が息子ながら、その類稀なる才能は見事。しかしその程度では私の足元にも及ばんぞ」

　親父の眼差しには一切の容赦はない。俺は魔力で障害物を作り出しつつ後退するも、親父はそれら全てを薙ぎ払いながら猛然と迫ってくる。

　圧倒的な速さとパワー。そして洗練された剣術が合わさった結果はまさに戦神そのものだった。

「(やっぱ一筋縄じゃないか……)」

　魔力量ではこちら部があるとはいえ、技術、力共に圧倒的に親父に劣る。このまま戦ってもまず勝ちはない。

　さて、どうするかと頭を抱えたところだった……。

「がっ……！！」

　親父の剣がついに俺の障壁を貫通し、腹部が豪快に引き裂かれたらしい。激痛と共に大量の鮮血が迸る。

「ア、アドルフ様、これはいくらなんでも……！」

　ミリウスが思わず制止しようと声をあげる。しかしその声は届かない。

　血が飛び散り俺の視界が赤く染まる。

　親父はそのまま俺の首筋に剣を突き付けていた。勝負あり……と少し前なら諦めていたかもしれない。だが……。

「なんだと……？」

　体内から溢れ出した血は、俺の体へと吸収されていく。まるで生き物のように蠢き傷口を塞いでいく。

　それを見て親父の表情が初めて歪んだ。驚愕の色を浮かべている。

「ボケッとしてんな」

「っ……」

　俺は即座に親父の剣を掴み取りへし折る。その勢いのまま距離を詰め掌を突きつけた。

　間髪入れずに掌から高出力の魔力波動を放出。親父を数十メートル先まで吹き飛ばした。

「ぬぅ……！」

　しかしそこはやはり王国最強。直撃する寸前に身体を捩り何とか致命傷を免れたようだ。

　空中で体勢を立て直しつつも忌々しげな表情でこちらを見据えていた。その目には明らかな怒りと警戒の色が滲んでいる。

「少しは驚いてくれたかよ。魔力の特性を最大限活用すればこういうこともできんだぜ」

　もっとも、かなりの魔力を消費する上にダメージ量が多ければ即死必至だが。

「……ミナト様、もう人間やめてますよね？」

　離れた位置で観戦していたミリウスが呆れ声を出す。だがその声色には微かな期待が含まれているように聞こえた。

「本気で刺しやがって。マジで殺す気かよ」

　流石に苛立ちが抑えきれず毒づくが、親父は一蹴するように鼻で笑った。

「今更何を言う、生と死をかけた戦いと言ったはずだ。戦場においては容赦なきことが当たり前。それはお前も心得ている筈だ」

　親父は剣を掲げたまま魔力を更に凝縮させていく。間違いなく殺意を込めた一撃が放たれようとしていた。

「すっかりその気か。なら……」　

　俺は冷汗を流す。焦りはない。寧ろ全身の血流が加速していくのを感じていた。

　三代目国王、アドルフ・クロフォード。試すにはもってこいだろう。

「ご希望通り見せてやるよ。本気をな」

　俺は右上を宙に切るように手を挙げた。

　直後、大地が揺れ動く。体内から溢れ出る魔力が、まるで修復されるように俺の右腕へと集結していく。

「な、なんだと……！？」

「これは……！」　

　親父は絶句し目を見開いている。ミリウスも流石に呟きを漏らした。

　出来上がったのは、まさに隕石のような形状の巨大な魔力塊だった。

「馬鹿な……こんな魔力量──っ！？」

　言い終わるより前に、親父の体は魔力塊に吸われるように接近していく。慌てて剣を地面に突き立て抵抗するも、魔力が急速に収束する塊の勢いは止まらずどんどん吸い込まれていく。

「ぐぬぅっ！」

　遂には耐えきれなくなったのか親父は剣を捨て跳躍し離脱を試みる。

「──が、遅いな」　

　すでに親父は俺が手を伸ばせば届く距離まで引き寄せられていた。

　俺は左腕に魔力を込める。無防備となった背に手を掛け───

「死なない程度の威力にはしといてやるよ」

　親父の脇腹に触れた瞬間、俺は魔力波動を炸裂させた。直後に血飛沫が盛大に噴出し親父は声もあげられずにその場へ倒れ伏した。

　気を失った親父を仰向けにし、俺は早速魔力治療をする。

　体内で魔力を縫い合わせるように流し込んでいった。幸いにも致命傷ではなかったようで徐々に親父の呼吸は安定し始めた。

「まぁこのくらいでいいだろ。親父だし死にはしないだろうしな」

「……お見事です。ミナト様。まさか本当にアドルフ様を打ち破るとは」

　ミリウスは珍しく感嘆の声を漏らす。彼女にとっては予想外だったのか表情は驚愕に満ちていた。

「思ったよりギリギリだったけどな。このクソ親父、未完成の切り札まで使わせやがって」

　元より勝つ自信はあった。しかし危ない局面も何度もあった。少しでも判断が遅れていれば敗北していたかもしれない。

「あの隕石のような魔力の塊……あれこそがミナト様の奥の手なのですね」

「まあな。ただ完全に扱いきれていないから、今回はうまくいっただけさ」

　あれは魔力を一点に収束させることで相手を吸引する技だが、制御が難しいうえ魔力消費が尋常じゃない。

　今回の勝因は親父が魔力の膨大さに気を取られて対処が遅れたことにある。俺の魔力があそこまで巨大化するとは予想もしていなかったのだろう。

「それよりも……」

　俺は倒れている父親を見下ろす。普段の無表情さが嘘のように苦悶の表情を浮かべている。痛みに耐えかねているのだろう。

「これで学院に行けるんだろ？」

　俺が声をかけると親父は呆れたように目を開いた。視線には憎らしさが込められているが、それ以上に嬉し気だった。

「……仕方がない。約束は約束だ。だが忘れるな。次は私が勝つ」

「息子相手に大人気ないぞ。ま、精々頑張ることだな」

「若造が……戻るぞ。すぐに手続きを済ませる」

　親父はフラつきながら立ち上がるとゆっくりと歩き始めた。手を貸してやろうかと思ったが断られたので素直に従うことにする。

「はぁ……たかが学校に入学するだけでこんなことになるなんてな……」　

　溜息混じりに呟くが、これも人生経験かと納得することにする。これから待ち受ける学院生活に一抹の不安と期待を感じつつ俺は王国への道を歩いていくのだった。