第11話 魔力学院に行きたい
クロフォード王国本邸。王宮に通ずる廊下を進んでいく。その感、様々な視線を向けられた。
使用人たちだけでなく騎士や文官からも怪訝、尊敬、或いは畏怖の眼差し。まさに賛否両論といったところだ。
「ミナト様。1つお聞きしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「ミナト様が王位継承権を放棄されると耳にしましたが、本当のことなのですか?」
「……どこからそんな話を仕入れたんだ」
カナデやニアとそんな話もした気がするが、まさか使用人にまで噂が広がっているとは思わなかった。それだけか俺の行動が目につくのだろうか。
「いえ、別に他意はありません。単純な興味です」
「そういうのはアルフェンの方が適任だろ。あいつは長男だし、政治能力も高い。俺なんかよりも余程王に相応しいと思うが」
俺の回答に対してミリウスの答えは淡白なものだった。
「ミナト様に王位継承権があるのも事実なのですよ。それに、クロフォード王国は戦闘力こそが力の象徴。アルフェン様より遥かに優れた戦闘能力を持つミナト様が選ばれない方が問題です」
驚いた。まさかこのメイドが賞賛に近い言葉を言うとは。
普段から鉄仮面を被ったように感情を表に出さない彼女が俺に向ける視線はどこか複雑なもののように感じた。もしかしたら彼女なりの配慮なのかもしれない。
「いいのか?ミリウスはアルフェンの側近なんだろ」
「わたくしは誰かに忠誠を誓っているわけではありませんので」
さらっととんでもない発言を聞いた気がする。流石に冗談だろうと思い横目で彼女の方を伺う。
表情は全く変わらない。マジか。
「あんただって知ってるだろ。騎士団の中じゃ俺を疎ましく思う奴も多い。力はアルフェンより強いかもしれないが、それだけだ。それ以下は全部負けてんだよ」
「なるほど……つまりは、面倒事はアルフェン様に押し付け、ご自分はやりたいことを好きなだけやろうということですね」
毒口なメイドである。しかし、話が早いのも確かだった。
「そういうことだ。アルフェンに不満があるなら、あんたが鍛えてやったらどうだ?あいつ、魔力量があるのに統制の方はそこまでじゃないからな。そういうの得意なんだろ?」
一瞬だが、ミリウスの肩が僅かに震えた気がした。
本人は隠してるつもりだろうが、この女の内に秘めた魔力量は凄まじい。にも関わらず感知が困難なのはそれだけ魔力コントロールの精度がずば抜けているからだろう。
「……食えない人ですね。例えクロフォード王国の全員を敵に回しても、ミナト様の怒りを買うほうが恐ろしく思います」
「流石に大げさだが、褒め言葉として受け取っておく」
これ以上の問答は不要と判断したのかミリウスは口を閉ざした。
そして案内されたのは王の私室。扉を潜ると国王が玉座に一人腰掛けている。
「アドルフ様、ミナト様をお連れしました」
「入れ」
「失礼します」
威厳に満ちた声音だった。クロフォード王国現国王にして最強の男。その実力は国内のみならず国外でも広く知られている。
「で、要件はなんだよ?親父」
「ミナト様、いくらご子息とはいえそのような態度は……」
「まあ良い。座れ」
促されるままに俺は椅子へと座った。
正面には父親であるアドルフ・クロフォード。強面かつ無口、しかしどこかカリスマ性に溢れているらしくこの男を慕う者は多いらしい。
「まずは先の帝国の娘との試合、見事だった。お前の実力は知っているつもりだったが、まさかあそこまでやるとは思わなかったぞ」
「ん?ああ。周りからはやり過ぎだの言われまくったんだが、大丈夫だったのか?」
「心配するな。むしろ帝国側への牽制にもなった。それどころか今回の件で騎士団内部の引き締めにも繋がるだろう。良くやってくれた」
父親からの称賛の言葉に驚いた。普段から無骨な性格で滅多に他人を褒めたりしないのに珍しいこともあるものだと内心で驚きつつも本題に入った。
「魔力学院に行きたいそうだな」
「ああ、アルフェンも通ってたらしいしな。折角だからと思って」
「カナデと言ったか。あの子の話ではあまり学業は好まないようだったが」
どいつもこいつもベラベラと話してくれる。
さっきのミリウスといい、プライベート情報が筒抜けすぎて怖い。
「最初はそのつもりだったんだけどな、この間のアリスとの試合で気が変わった。あの後色々話したんだが、俺にはない魔力の知識をいくつも持ってたからな。参考にしたい」
もちろん嘘である。いや、正確には真実も半分は含まれているが。親父は特に疑問に思う素振りもなく納得してくれたようだった。
「よかろう。手続きはこちらで済ませておく。ただし条件がある」
「何だよ」
試合の件を話してた時は柔和だった父親の顔つきが変わる。
威圧感が一気に増すのを感じて身構えると次の瞬間には信じられない言葉が飛んできた。
「私と戦え」
「……は?」
一瞬耳を疑った。今、この親父は何と言った?
「何を情けない声を出している?魔力学園に行きたいのなら、この私を越えていけ。それだけだ」
「いや意味わからんわ!戦争に行くわけじゃねぇんだぞ!?」
急すぎる展開についていけずに思わず叫んでしまう。たかが学校に入学するために親とガチバトルさせられるなんて誰が想像するだろうか?
そもそも親父と戦うことに何のメリットがあると言うんだ。
「勝てば学院への入学を認める。負ければ当然認めない。簡単な話だ」
淡々と述べる父親の顔からは冗談を言っているようには見えなかった。むしろ本気でやろうとしていることが伝わってきて逆に恐ろしいくらいである。
「正気かよ……」
「私はいつだって正常だ」
いや絶対に狂ってんだろ。
「どうした?私の言うことが不服なのか」
「……ルールは?」
「生死を問わずだ」
やっぱり頭おかしいじゃねぇか。
「魔力も無制限?」
「お前相手に手加減は不要だろう」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
「ならどういう問題なんだ?まさか父親相手に怪我をさせたくないとか考えるような子供ではないだろうな?」
父親が放つ威圧感が増していく。まるで重力が増したかのような圧迫感。
なるほど、これが国王の力……んな訳あるか。ただの脅しだ。だが効果は抜群だった。
「はぁ……わかったよ。受けてやる」
腹を括った。もうどうにでもなれという気持ちだった。
父親と戦うことになろうとは夢にも思わなかったがここで怯んではいられない。
それに俺は……もう逃げないと決めたのだから。
「うむ、それでよい。日取りは明日、正午。互いに合流した後、王国から離れた荒野に移動する。そこならば周りの建物が巻き込む心配もなかろう」
建物が吹き飛ぶ前提なのかよ。そんなバトルするつもりはないが。
だが下手をすると俺の魔力コントロールが追いつかない可能性もある以上否定はできなかった。
「今日はしっかりと体を休めておくが良い。ではな」
言いたいことだけ言って親父は部屋を出て行った。嵐が去った後のように静かになり俺は溜息をつく。
「勝算はおありで?アルフェン様の10倍は手強いですよ」
この無愛想メイド、実は楽しんでるんじゃないかと思えるような口調で話しかけてきた。
「アルフェンを10倍強化した程度で勝てる男が国の王になれると思うか?」
「確かにそうですね。訂正します。アルフェン様の100倍は手強い」
側近への敬意などまるで感じられない。これは流石にアルフェンに同情したくなった。
「まぁなんとかなるだろ。間違いなく簡単な相手じゃないだろうが」
「余裕があるのですね。相手はこの国最強の猛者。あなた様と同じで生まれつき並外れた魔力量を持って生まれた存在です。加えてアドルフ様は独自の訓練法により人智を超えた領域まで到達しています」
「だろうな」
「それでも、あなたが勝つと?」
ミリウスの視線は冷たく刺すように痛かった。どうやら俺を試しているようだ。思えば、このメイドとここまで長く会話したのは初めてだった。
「勝つさ。必ずな」
「……そうですか、ではその言葉を信じましょう。応援しております、ミナト様」
薄っすらと笑みを浮かべながら一礼する彼女。やはりこのメイドはつかみ所がない。
負けるつもりは毛頭ないが、相手はこの国最強の猛者。何故俺に勝負を挑んできたのかは分からないが、勝敗を分けた時のリスクは計り知れないだろう。それこそ国の行く末を左右する事態になってもおかしくはない。
だが関係はない。俺は俺自身の目的の為に動くのみだ。




