第9話
まだ周防は帰ってきていないが、もう出発しないと間に合わない。指定された服装を着ているか確認し、スマートフォンを持って家から出た。指定の場所は名度屋駅構内の銀時計、指定の時間は17時。銀時計については初耳だったので事前に調べてみたが、そこは名度屋駅での待ち合わせによく利用される場所のようだった。ここから名度屋駅までには電車移動が伴う。そのためお金が必要になるが、財部からはスマートフォンの電子決済機能が使えると聞いているのでお金の心配は必要ない。歩き始めてすぐにスマートフォンのマップ機能を起動する。初めての地で見慣れない道だったが、マップ機能のおかげで迷うことなく目的地に向かうことが出来そうだ。
無事、何事もなく銀時計の側に着いた。時刻は16時50分。10分後に何が起こるのだろうか。徐々に指定の時刻に差し迫り、心臓の鼓動が早まっていく。周囲を見渡して警戒を強めていると、こちらを見ている女性を見つけた。その女性は俺より少し背丈が低く、体型は細身だった。彼女は地味な服装だったが、それがかえって麗しい黒髪と容姿を際立たせているように思えた。
「こんばんは。間違ってたらごめんなさい。あの、Zさんですよね?」
「えっ」
声をかけられると思っていなかったので、気の抜けた声を上げてしまった。
「やっぱりZさんですよね!教えてくれた服装の通りだし」
この女性は何を言っているんだ。わけがわからないが、財部に指定された服装が彼女の探していた人物の服装と一致しているということは、彼女は任務と関係している可能性がある。そのため、一旦話を合わせたほうが良いという結論に至った。
「ああ、はい、私がZです。ええと、そちらは……」
「初めまして、私がSです。やり取りしてるときは男の人っぽく話してたから、ちょっと驚かせちゃいました?だとしたらすみません」
「そ、そうなんですね。確かにちょっと驚いちゃいました。またなんでそんな事を?」
話を合わせるにしても、もう少しどういった経緯で彼女と会うことになったのか知りたい。話を肯定し、質問することで情報を引き出そうとする。
「女である事を隠さずに募集すると、超能力者じゃない男の人が来ることがあるんですよ。私は本当に超能力者同士だけで集まってオフ会がしたいんですけど……」
超能力者同士のオフ会という内容から、彼女と会うことになった経緯や彼女が超能力者であることがわかった。何も分からない状態から脱し、焦りと緊張が和らぐ。
「そ、そうなんだ。大変なんですね。ほ、他の参加者はどこかなー?」
「何言ってるんですか。今日は私とZさんだけじゃないですか。超能力者なんてそんなに簡単に見つかりませんよ」
彼女がクスッと笑いながら他に参加者がいないことを教えてくれる。余計なことを言ってしまったと反省したが、冗談を言ったのだと思われたようでその場はやり過ごせた。
「立ち話はこの辺にして、どこか居酒屋にでも入りましょうか」
彼女の事は同い年位の高校生かと思っていたが、お酒が飲める年齢ということで実際には少し年上のようだった。
「……あ、あの、すみません、俺未成年なんです……」
既に死んでいる扱いの俺が法律を守る意味があるのか疑問に感じたが、万が一、身分証明を求められたら面倒だ。そのため素直にお酒を飲めない年齢であることは告げておく。
「あ、そうなんですね。大人っぽく見えたから勘違いしちゃいました。ごめんなさい。それなら喫茶店にしましょうか」
「すみません。ありがとうございます」
彼女の提案で待ち合わせ場所から駅構内の喫茶店へ移動する。
「今日は来てくれてありがとうございます。こうやって超能力者同士で話し合う機会ってほとんどなくて、来てもらえて嬉しいです」
喫茶店に入り、席についてお互い飲み物を注文した後、彼女が口を開く。
「早速で申し訳ないんですけど、Zさんの超能力を拝見させてもらうことってできますか?」
超能力者同士の集まりだ。当然そういった話になるだろう。何より、先程超能力者以外が集まりに来ることもあると言っていたことから、本当に超能力者か確認しておきたいはずだ。
「わかりました。でも、笑わないで下さいね」
彼女が真剣な顔でコクッと頷く。
「……それじゃあ、お見せします」
財部たちに見せたときと同じように、まず自分の手の爪の長さを確認してもらう。その後、自分の超能力を使い、彼女に爪の長さが伸びていることを確認してもらった。
「本当に伸びてる。すごい……」
彼女は素直に驚いてくれていて、笑うようなことはなかった。初めての反応だったので、少し気恥ずかしくなってしまった。
「昔、子どものころ周りに見せたときは、笑われたりからかわれたりしたんです。だから素直に驚いてもらえてるのはちょっと新鮮です」
「分かります……私も自分の能力をからかわれたことがあって……でも大丈夫ですよ。そういったことや、他にも超能力者だから経験するような悩みを話して助け合いたいと思って開催してるオフ会ですから」
オフ会の開催理由を聞いて、彼女の人柄の良さを感じる。
「ありがとうございます。ところで、Sさんはどんな能力なんですか?」
「私ですか?私の能力は……説明するより見せたほうが早いかもしれないですね」
そう言うと彼女はコインを取り出した。