第8話
長時間車に揺られているとようやく名度屋市に入る。市に入った後も車での移動は続く。車は中心地から外れた方向へ向かっているようだった。
「はい、着いたよー」
財部が車を降りるように指示してくる。車から降りてみると周辺は閑静な住宅街だった。街灯の明かりがあるので真っ暗ではないが、周辺は薄暗くて他に誰も外にはいなかった。車を降りてすぐ側にある一軒家に向かって財部と周防が歩いていく。取り残されないよう急いで俺もその後ろに続いて行った。
「外で話すのは避けたいから、とりあえず中に入るよ」
財部が玄関前でそう言うと、鍵を開けて家に入っていく。そしてその後に俺と周防も続いた。リビングに着くと、そこで財部が止まって口を開いた。
「任務の詳細は追って連絡するけど、とりあえず決まったことだけ伝えておくね。晴間君は綾音と二人一組で任務をこなしてもらうことになりました。晴間君、今後僕からの指示がない場合は、綾音の言う事に従って行動してね」
「あっ、はい、わかりました」
周防の強さは間近で見ているので、彼女と共に行動できることに安堵した。内心、一人で危険な事をこなさなければならなくなったらどうしようかと考えていた。周防の方は、こうなる事は事前に予想してたらしく、手を組んで少しため息をついただけで驚いてはいなかった。
「綾音、伝えておきたい事があるからちょっとこっち来て」
財部が少し離れたところに周防を呼び、小さな声で会話する。財部は普段通りの笑顔で話す一方で、周防は一瞬不快な表情をしたように見えたのが気になった。しかし、結局何を話しているのかは聞こえなかった。会話を終えると二人が近くに戻ってくる。
「それじゃ今日は移動だけだから、後は今後に備えて二人ともゆっくり休んでおいて」
そう言って財部がその場から立ち去ろうとする。
「ちょっと!」
周防が声量大きめで財部を引き止める。
「晴間がこの家で休むとして、私の拠点になる場所はどこ?」
財部は一瞬ポカンとした後、床を指さして笑いながら言った。
「ここ」
「はあっ!?」
周防が怒りの混じった声をあげる。二人一組で任務をこなす事は想定していたが、同じ拠点に住むことは想定していなかったようだ。
「二人一組で任務をこなすんだから当然でしょ。それに、さっき綾音に話した内容も加味すると晴間君と近いところにいてもらわないと困るわけ」
「ぐっ!」
財部の言葉に周防が怯む。先程小さな声で話していたことが関連するようだが、俺にはその内容は分からない。
「わかってもらったようで何より。七王子市の家と同じで空き部屋は4つあるから、好きな部屋使って休んでおいて。近い内にまた来るから。それじゃバイバーイ」
そう言い残すと、財部はリビングから出て行く。すぐに玄関から音が聞えたので、そのまま外に出たのだろう。リビングに取り残される周防と俺。リビングに気まずい雰囲気が漂う。
「なんか悪いな」
特に俺は何も悪いわけではないと思うが、こうなってしまったことを周防に一言詫びる。周防はリビングのドアを勢いよく開けて出ていってしまった。
「はあ」
一人になった途端、ため息が漏れる。これから周防とうまくやっていけるだろうか。幸先の悪いスタートとなってしまったことに不安を隠せずにいた。
「とりあえず部屋決めて休むか」
リビングから出て、空いている部屋を見つけて入ると、そこは七王子での家と同じ簡素な内装になっていた。部屋にある質素なベッドに入り、静かに眠りに着く。
一晩明けて昼頃に玄関の呼び鈴が鳴った。そのときは周防は部屋にこもっていたようだったため、俺が応対することとなる。玄関を開けてみるとそこには財部が立っていた。
「おはよー、晴間君。今日は君に必要なもの持ってきたよ」
財部は、俺の手持ちが今着ているルームウェアだけしかないと知っているので、いくつか衣料品を買ってきてくれたようだ。それらは財部の感性なのか、いずれもシンプルなものとなっていた。
「あの、これって俺の分だけですか?」
念の為周防の分について聞いてみる。
「綾音は自分の分は自分で用意するってさ」
周防も年頃の女の子なんだ。考えてみれば、どういった関係かは知らないが、男に着替えを持ってこられるのは嫌だろう。財部は衣料品の他にスマートフォンも手渡してきた。
「僕と綾音の連絡先が入っているスマホ渡しとくね。わかっていると思うけど、ご両親含めて君が死んだと思っている人達に連絡してはいけないよ。もし連絡してしまったら、君も連絡を受けた方も無事では済まないからね」
スマートフォンを手渡すときに、財部は真剣な顔で忠告してくる。ゴクリと唾を飲んでゆっくりと頷いた。
「今日はこれだけだから。またね」
そう言うと財部は颯爽と家から出ていく。その日は本当にそれだけで、後は昨日と同じ通りに家で休むこととなった。
次の日の朝、起きてリビングに向かうと人の気配を感じなかった。どうやら周防は外出しているようだ。軽食を摂って部屋に戻る。充電してあったスマートフォンを見ると、今夜、任務を開始すると財部からメッセージが送られてきていた。任務の内容としては、今夜、指定の場所に指定の服装で来ることとなっている。場所はスマートフォンのマップ機能を使えば迷うことはないだろう。服は財部が用意したものを着て行けば良い。指示内容自体に困ることはなかったが、具体的な任務内容が書かれていないことが不安だった。不安を解消するため、任務内容や周防は随行するのかを返信して確認した。すると財部からは、任務内容は行けばわかるし、周防は後から俺に合流して任務に当たるとの返事が来た。その返事にますます不安が募っていく。不安が解消されないまま時間が過ぎていき、任務のために外に出なければいけない時刻となった。






