第5話
部屋には俺と周防だけが残される。彼女も、今は心配ないとはいえ、俺を殺そうとしてきた人間だ。二人きりにされると正直気まずい。そんな気まずい空気の中、周防が口を開いた。
「……着いてきて。一応、家の中案内しておくから」
その言葉に頷いた後、静かにベッドから出る。すぐに彼女は部屋から出ていったので、慌てて彼女の後に着いていく。彼女はリビング、ダイニング、キッチン、トイレ、風呂の場所を一通り説明した後、ある部屋の前まで俺を連れてきた。
「ここは私の部屋だから。絶対に入ってこないように!」
彼女はその部屋の方を指さし、強い口調で注意してくる。
「わかった。気をつけるよ」
間違って入りでもしたら今度こそ殺されてしまいそうだ。自分に言い聞かせるという意味でもしっかり返事をしておく。
「案内はこれで終わり。後はさっきまであなたがいた部屋を含めて部屋が3つあるから、好きなところで休みなさい」
そう言うと彼女は自分の部屋のドアに手をかける。もう部屋に入ってしまうようだ。まだ頭が整理しきれていないが、聞きたいことは山ほどある。彼女が部屋に戻る前に聞けるだけ聞いておきたい。
「あのさ、周防……周防さん」
呼び捨てで名前を呼ぶと鋭く睨みつけられたので、敬称をつけて呼び直す。
「……あのさ、俺ってこれからどうなるんだ?」
「知らないわよ、そんなこと」
聞きたいことはいくらでもあったはずなのに、焦っているせいか漠然とした質問しか出てこない。そんな質問には彼女も答えようがないだろう。彼女は質問に答えた後、ドアを開けて部屋に入っていく。
「注意しておくけど、財部から指示があるまでこの家から出ちゃ駄目だから。出たら毒で死ぬわよ」
そう言うとドアを閉じて周防が俺の視界から完全に消えた。先程、手の甲の親指と人差し指の間に埋められた毒薬を見つめた。注射器でできた傷口からの血はもう治まっている。毒薬のことを思い出して震え始めた手を押さえながら、心の中で決して家から出ないよう誓った。
周防が部屋に入ってしまったため、部屋の前に俺一人がぽつんと取り残された。このまま周防の部屋の前に立ち尽くしていても何にもならないので、空いている部屋を見に行く。もともといた部屋以外にも二つ部屋があるそうなので、それらの部屋を確認した。しかし、いずれも内装はもともといた部屋と同じく単純なものだった。なのでどの部屋を選んでも同じということで、もともといた部屋に戻る。
「疲れた……」
自然と独り言が出てしまった。そんな独り言が出てしまうくらい、今日は色々なことが起こった。疲れを癒すために、一旦ベッドに入って休むことにする。
ベッドに入ってしばらくしたが眠ることができない。目の前で人が殺された。そんな鮮烈な描写が何度も頭の中で繰り返し再生されてしまい、寝付くことができない。
「くそっ」
悪態をつき、眠ることを諦めてベッドから一旦起き上がる。喉の渇きを感じていたので水を飲むことにした。ベッドから出ると、そのままキッチンまで向かう。冷蔵庫は勝手に開けてよいのか分からなかったので、水道水を飲んで喉の渇きを癒す。その際、コップが見つからずに手ですくって飲んだので、着ていた制服を少し濡らしてしまった。濡れた制服は脱衣所に脱いで干しておき、その間にシャワーでも浴びようと考えつく。殺されそうになったとき、全力で逃走して汗をかいていたので、シャワーを浴びるのも丁度良いと感じた。そうと決まると風呂場に続く脱衣所がある場所へ向かう。脱衣所の扉を開けて中に入ろうとすると、そこには周防がいた。体にバスタオルを巻いており、髪に湿り気を帯びているので、丁度湯上がりだったのだろうか。漫画やアニメではよく見る展開で、ヒロインが恥ずかしがって主人公が慌てふためく場面だ。今この状況がそれに当てはまるかは大いに疑問を感じる。なぜなら周防は怒りと蔑みの感情を込めて俺を睨んでおり、俺の方はその感情を感じ取って血の気が引いていた。きっとその時の俺は顔面蒼白だっただろう。
「すまん、まっ、待ってくれ……」
片手でバスタオルが落ちないようにしっかり掴みながら俺の方へ近づいてくる周防。俺は言い訳をしようとしたが、最後まで聞いてもらうことができず思いっきり頬を殴られた。殴られた勢いでその場に倒れる。片手で体幹が使われていない拳でも十分痛かった。ヒリヒリする頬を押さえて周防の方を向くと、周防は何も言わずに扉を勢いよく閉めて俺の視界から消える。
「ああ……何で今日はこんなついてないんだよ……」
思わずぼやいてしまう。周防が脱衣所にいるし、彼女が入ったすぐ後に俺も入ろうとしたら何を言われるかわからない。今日のシャワーは諦めることにして大人しく部屋に戻った。
部屋に戻ってベッドに入ると、頬の痛みは感じるものの、ようやく眠気が出てきた。時刻は分からないがきっと大分遅い時間になってきたのだろう。少しずつ意識が遠くなっていき、そのまま深い眠りへ入っていった。