第40話
「悠真君! 今どこ!? お願い、今すぐ学校まで来て! お願い!」
花見からの着信を取ると、彼女が取り乱した口調で話しているのがわかった。
「待て待て、一体何があったんだ。今丁度その学校から帰っている途中なんだが……」
「うっ、東堂さんが……うっ、東堂さんが私のせいで……うっ、杉崎さんだけじゃなくて東堂さんまで私のせいで何かあったら、私もう……」
電話越しでも花見が泣いているのが分かる。詳細はわからないが、東堂の身に何か起こっているらしい。一瞬、まずは花見を一旦落ち着かせようかと考えた。しかし、花見の焦り具合からまずは直接会って話す方がベターだと判断する。
「わかった、今から向かう。どこで合流すればいい?」
いつまで経っても質問に対する回答がない。スマートフォンの画面を確認すると通話が切れていた。尋常じゃない花見の態度に加えて突然切れた通話。これらのことから緊急を要する自体だと認識する。
「ああ、くそっ!」
今日は特に遅くなる予定もどこかへ遠出する予定もないと綾音に伝えてあった。そのため、彼女は俺の周囲を警戒する必要がないと判断して、先に家に帰宅しているはずだ。まずは綾音に起こった事態と自分は学校へ戻る旨のメッセージを送る。なんで綾音が近くにいないこんなときに問題が発生してしまうのか、自分の不運を呪いたくなる。乗り換えで家路に向かう電車を待っていたが、そのホームから学校へ向かう別のホームへと移り、学校へと戻った。
学校の校門付近に着いたが、周囲を見渡しても花見の姿は見当たらない。先に彼女が学校に入ってしまった可能性を考え、その場で待たずに校門を抜けて学校へ入っていく。
「花見の話だと、東堂に何かあったようなこと言ってたな。確か、東堂と別れたときは彼女は教室にいたはず。まずはそこに向かうか」
校門を抜けて周囲を見渡すと、校舎内は真っ暗でどこにも電気が点いておらず、職員室でさえも真っ暗だった。確かに完全に日は落ちて真っ暗だが、教職員が出払うほどの時間だろうか。そのとき、朝の休み時間に教職員が、『今日はノー残業デーだから家に仕事持ち帰らないといけないのか……はあ……』と非常に悲しいことをつぶやいていたことを思い出す。働き方改革の波が教員の世界にも波及しているようだが、実体はなんとまあ悲しいことだろう、と同情してその教師の背中を見送ったのを覚えている。とにかくそのノー残業デーとやらのせいか、周囲には教師を含めた人がいない。それは大声を上げても助けが来ない可能性があるということだ。唾をゴクリとのみ、周囲を警戒する。何かあった場合、すぐに綾音に連絡が取れるように、ポケットからスマートフォンを出し、しっかりと手に握りしめて歩き始める。
「悠真君っ!」
「ひゃあっ!」
校舎入り口の下駄箱に着いた辺りで急に後ろから声を掛けられる。後ろを振り向くと目を真っ赤に腫らしている花見がいた。驚きのあまりすごく格好悪い声を上げてしまってちょっと恥ずかしい。
「花見か、驚かせないでくれよ。通話が途中で切れちゃったみたいだが、何があったんだ? 大丈夫か?」
「うっ、ごめん、通話中に電池が切れちゃって。うっ、それより早く東堂さんのところに行かないと、うっ」
「花見が無事ならよかったよ。それより東堂に何があったんだ?」
花見はまだ完全に泣き止んでいないのか、ひくひくしながら返事をしている。
「うっ、私、東堂さんがあんなに思いつめてたなんて、杉崎さんと過去にそんなことがあったなんて知らなかったの、うっ。私が杉崎さんに詰め寄ったせいで……私のせいで杉崎さんが……だから私が解決しなくちゃって、そう思って杉崎さんがいなくなった後も色々調べてたのに……ごめんなさい、うっ、今度は東堂さんが、うっ、ごめんなさい」
花見が俺の制服を掴みながらまた泣き出し始めた。花見は自分の中に溜まっている想いをただ吐き出すだけで、まともに会話が出来ていない。その内容を聞く限り、俺と東堂の教室での会話を聞いていたであろうことが推測できた。先日、花見と廃校となった小学校への調査に行ったが、その帰りに彼女は東堂に盗聴器を仕掛けていたことが判明している。おそらくはそれをまだ回収しておらず、その盗聴器で俺と東堂の会話を盗み聞きしていたのだろう。
「落ち着け!」
花見の両肩をガシッと掴み、彼女の顔を真正面から見つめる。花見はビクッと肩を震わせたが、すぐに落ち着いて彼女も俺の顔をまっすぐ見つめてきた。
「東堂に何があった? どうにか出来るかわからないが、まず話を聞かせてくれ」
荒い呼吸を繰り返し、少し落ち着いた辺りで花見が口を開いた。
「気付いていると思うんだけど、悠真君と東堂さんが話しているのを家で聞いてたんだ。まだ東堂さんから盗聴器を回収出来てなかったから、その盗聴器を通じて」
本来なら咎めるべきところだが、その盗聴器により何か危険を察知できたようだ。そのため、盗聴器の件は特に言及せずにそのまま花見の話に耳を傾ける。
「悠真君が東堂さんから離れた後、東堂さんはまだ少しの間教室にいたみたいなんだ。でも、その後に教室から出る時に……」
そのまま花見が東堂に起きたことを説明し始めた。
「あー、かっこ悪いところ見られちゃったな。まあ、しょうがないか。気を取り直して、そろそろ帰ろ」
東堂は誰もいない教室で独り言を言った後、カバンを持って教室から出ていく。その際、廊下に何か落ちているのを見つける。
「ん? 何これ? キーラベルっていうのかな? それじゃあ近くに鍵も落ちてるってこと?」
周囲に鍵が落ちていないか見回すが何も見つからない。日が落ちて暗いせいもあるだろうと思い、彼女は今日は探すのを諦めて、明日また探してみようと決めた。そして足早に教室前の廊下から去り、校舎の出口へと向かっていった。既に生徒たちは帰宅しており、途中、教員の姿も全く見えなかった。そんな中、東堂は一人の教員を見つける。
「あ、先生、これ、さっき教室の前に落ちてたんですけど……」
東堂はその教員にキーラベルを見せる。それを見た教員はコクっとうなずくと、東堂からキーラベルを受け取る。
「それじゃ、私はこれで。さよならー」
そう言って教員に背を向けた瞬間、彼女はその教員に首を閉められた。
「せんせっ? なんで?……」
急なことで頭が混乱し、助けを呼ぼうとする動作が遅れた。首が強く締められ、すぐに何も考えられなくなる。東堂は意識が朦朧とし、だんだんと体の力が抜けていった。ドサッと彼女が廊下に倒れる音とともに彼女の声が途切れた。
花見が東堂に起きたことの説明を終える。キーラベル、まさかそのせいで東堂が襲われたのだろうか。もしそうであれば、責任の一端は俺にあると言っても過言ではない。手に嫌な汗が流れ始めていた。
「その先生っていうのは誰なんだ? 盗聴器だから音しか聞こえなかったんだろ? 本当に東堂がその先生に襲われたんだな?」
「東堂さん、先生としか言ってなかったから……その先生の方は何も喋らなかったから誰かはわからない……先生にさよならって言った後の東堂さんは声色が異常だった。それにそのすぐ後、人が倒れる音が聞こえたから襲われたのは間違いないよ!」
「話はわかった。ひとまず警察に通報しよう」
手に持ったスマートフォンを見ると、画面が真っ暗になっていた。花見だけでなく、俺の方のスマートフォンも電池が切れてしまっていた。心の中で舌打ちし、スマートフォンをしまう。警察へ通報は出来ないが、綾音には連絡済みだ。いずれ彼女も学校へ来てくれるだろう。そのタイミングで彼女に警察への通報を頼もう。
「すまん、駄目だ。俺も電池切れだ。花見、俺は東堂を探して助けに行こうと思う。お前はどうする?」
杉崎の協力者を探すという任務に関係する可能性があるため、このまま見過ごすわけにはいかない。何より、俺のせいで人が死んだとあっては寝覚めが悪い。
「私も東堂さんを助けたい!」
「それじゃ、決まりだな」




