第4話
財部は俺に技研の職員になれと言った。話を聞いている限り、技研が危険な組織なのは間違いない。そんなところに入るなんてごめんだ。
「はあ?」
突然、財部の隣で興味なさそうにしていた周防が声をあげた。
「晴間君はともかく、何で綾音が驚いてんのさ。晴間君を生かすにはそうするしかないでしょ」
「それはそうだけど、どう見ても役に立たないでしょ、この能力」
周防に役立たずと言われた。他人にはっきり言われると傷つくが、自分も心の中ではそう思っているので言い返すことができない。
「役に立たない超能力者なんていないよ。彼にも十分使い道はあるさ」
そう言ってもらえるのはありがたいが、やはり危険な組織に入るのは遠慮したい。
「あの、そんな危険な組織、正直入りたくないんですけど……」
「晴間君、さっき言った通り、君が生きるためには技研に入るしかないんだよ」
財部が真面目な表情で話を続ける。
「晴間君は技研に関する秘密、具体的には職員の綾音の顔と彼女が超能力者を殺害する現場を見てしまった。本来は秘密を守るために殺さなければいけなかった。だけど、幸いにも君は超能力者だった。超能力者であれば技研に入る事自体は難しくない。技研に入れれば、秘密を知っていたとしても助かる。何せ関係者なんだからね」
確かに関係者であれば秘密を知っていても殺す理由にはならない。だが、技研に入ってしまうと結局危険な仕事で命を落としてしまうのではないだろうか。加えて、自分が死ぬのも嫌だが人を殺すのもごめんだ。
「俺、人殺しなんて出来ないですよ……」
「大丈夫、晴間君には経験値稼ぎは期待してないよ。安心して」
「俺、ただの高校生だし、すぐに殺されちゃうんじゃ……」
「それも大丈夫。晴間君には綾音とペアで動いてもらおうと思ってる。綾音と一緒なら問題ないさ」
「はあっ!?」
笑顔で話す財部と対照的に、周防は怒りの感情を含んだ声を発する。
「もともと顔を隠してなかったっていう綾音のミスが発端でしょうが」
やれやれといった表情で財部は周防を諫める。周防は、渋々のようだが、その場では静かになる。
「考えてみてくれ。そもそも綾音が介入しなかったら君はあの場で死んでいた。せっかく拾った命だ。ここで無下に捨てるなんて勿体ないだろ?」
心の中には不安が渦巻いている。しかし、もはや技研に入る以外に生き残る道は無いことを理解すると覚悟が決まった。うつむいていた顔を上げて財部の方を向く。
「覚悟は決まったかい?」
「俺、技研に入ります」
こうして俺は技研への入所を決めた。
「良かった。それじゃ早速、技研の方に事の経緯と晴間君の入所の申請をするね。とっ、その前に」
財部は、どこに持っていたのか、注射器を取り出しながら話す。その注射器は、普段見かけるものと比較すると針のサイズも注射器自体も少し大きい。
「な、何ですかそれ?痛っ」
手を掴まれ、抵抗しようとする間もなく、手の甲の親指と人差し指の間に注射器が刺される。財部は注射器を押し、何かを俺の手に注入している。注射器が引き抜かれると、刺された箇所から血が出てくる。
「はい、これで完了」
「な、何したんですか?」
「体に毒薬を埋め込んだんだよ。無理に取り出そうとしたり、技研の指令に従わなかったりしたときに流れるやつだね」
毒薬と聞いて血の気が引く。命のやりとりが発生する仕事をする危険な組織だ。裏切り者が出ないようにそういったことをするのは自然なことなのかもしれない。だが、自分の体に毒があることに不安の色が隠せない。
「大丈夫、ちゃんとしてたら何も起こらないよ」
財部は緊張や不安を和らげるためか笑顔で話を続ける。
「は、はい」
「手に変な違和感もないでしょ。そのうち慣れるから心配しないで」
今日一日色んなことが起こり過ぎた。さすがにもう疲れた。家に帰って休みたい。
「あの……ところで俺はいつ家に帰れるんですか?」
「ん?君はもう家に帰ることは出来ないよ。通り魔に殺されたことになってるからね」
「えっ」
今日何度目の驚きだろうか。想定していなかった返答に間抜けな返事をしてしまう。
「技研に入る人は、原則入る前の人間関係はリセットする必要がある。なぜならその人間関係を逆手に敵対する者に脅される可能性があるからね。君の場合は通り魔に殺されたことにして、今までの人間関係をリセットして貰うことにした。残念だが、もう親戚や友人に会うことは許されない」
もう親や友人に会えないのかと思うと、気持ちが落ち込んでくる。急な別れになってしまい、別れの言葉すら言えていない。みな心配しないだろうか。
「もう今日はゆっくり休みなよ。この家の中なら自由にしてもらって大丈夫だから」
落ち込んでいる俺を見て慰めるように財部が言葉をかけてくる。
「はあ?何言ってんのよ!?」
またもや周防が怒りの声をあげる。
「何か問題でもあるかな?」
対照的に財部は落ち着いた声で対応する。
「あるに決まってるでしょ!今ここにはわたしが住んでるでしょうが!」
ここは周防の家なのか?自分の家に知らない男が住み着くのは嫌だろう。けれど遠慮してしまうと野宿になってしまうのではないだろうか。あんな通り魔にあった後に正直外で夜を過ごしたくない。申し訳ないが、こちらから断りを入れられる程の心の余裕はないため、黙って事の成り行きを見守ることにする。
「この家は綾音の持ち物?」
「いや、違うけど……」
「そうだよね。技研が用意している職員用の仮住まいだよね。間取りは?」
「4LDK……」
「そう、4LDK。つまり綾音が使ってる部屋以外に3つ部屋が空いてる。で、他にこの付近に技研保有の仮住まいはあったっけ?」
「ない……」
「それじゃ、晴間君はここで休むしかないよね?」
「わかったわよ!もう!」
財部が周防を少しづつ追い詰めていく。すると周防は途中で諦めて、俺がこの家に住むことを渋々だが了承してくれたようだ。
「大丈夫、大丈夫。次の指示が決まるまでさ、多分」
財部は怒りに震える周防の肩を叩きながら諫める。
「それじゃ僕はこれで。晴間君は僕からの指示があるまでこの家でゆっくりと休んでて」
財部は片手を上げて別れの挨拶をすると、部屋から出ようとする。
「ま、待ってください。財部さんはここには住んでないんですか?」
「住んでないよ。色々技研の規定があるんだけど、今僕はここには住めないんだよ。詳しく説明するのは面倒だから省くけど」
そう言うと財部は部屋から出ていってしまった。