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サイキックス  作者: Ken
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第1話

 それは母に連れられて食料品の買い物に行ったときのことだった。買い物を終えてスーパーから出ると、晴れていた空が暗くなっていく。徐々に消えていく太陽に怖さを感じ、ぎゅっと母の手を握った。初めは怖さが勝っていたものの、徐々にその神秘的な美しさに惹かれていき、目が釘付けになっていった。起こるはずのない時期に見えるはずのない場所で観測された皆既日食。幼いころの暑い夏の日、そんな不思議な現象に遭遇した。


 ジリリリリリリー! 騒々しい目覚ましの音に目が覚める。まだ眠っていたい気持ちに抗いながら、ゆっくりとベッドから起き上がる。

「はあ、急に10年近く前のことを夢に見るなんて。懐かしいな」

あの不思議な現象以降、世界中で特殊な能力に目覚める人が出てきた。特殊な能力というのは、いわゆる超能力と言われるものだ。ただ、今でもその現象と超能力が発現した関係はわかっていないらしい。俺の名前は「晴間はるま 悠真ゆうま」。かくいう俺もその超能力が発現した者の一人だ。超能力という言葉だけ聞くと、未来を予言したり、物体を自在に動かしたりっていうものを想像するかもしれない。しかし、どうやらそんなすごい超能力者はおらず、いずれの超能力も鼻で笑われる程度のものだったそうだ。例に漏れず、残念ながら俺に発現した超能力もとてもちっぽけなものだった。発現した直後は嬉しくてそれを友達に見せびらかしたが、下らなすぎて大笑いされた。それ以降、俺は恥ずかしくて自分が超能力者であることはずっと黙っている。そうすることで変に悪目立ちすることもなく、平凡な学生生活を過ごせてきた。

 昔の出来事の夢を懐かしんだ後、二度寝したい欲を抑えてベッドから這い出る。そして朝食を摂るために部屋を出て一階へ向かう。両親は共働きで、二人とも既に出勤していて家にはいない。誰もいないリビングに着くとテレビの電源を入れた。テレビのニュースをBGMにして朝食の準備をしていると、住んでいる地域のニュースが流れてきたので手を止めてそちらに目をやる。

「本日未明、七王子市の路上で遺体が発見されました。遺体の損傷の特徴から、警察は殺人の可能性を視野に入れて捜査を行うと発表しています」

どうやら生活圏内で殺人事件が起こったようだ。治安が悪い地域ではないはずなので、そのニュースには少し驚かされた。さっさと犯人が捕まってほしいものだ、と何処か他人事のようなことを思いながら朝食の準備に戻る。普段通り簡単な朝食を準備し終えると、さっと食べ終える。続いて歯磨き等のモーニングルーティンを一通り終えると、制服に着替えて高校に向かう。普段通りの一日がまた始まった。


 高校に着き下駄箱に向かっていると、途中で肩を強く叩かれる。

「よっ!おはよう!」

振り返ると、艶のあるアッシュブラウンの髪が肩のあたりまで伸び、目鼻立ちがきりっとしている美しい顔立ちの女子生徒がいた。その女子生徒はほのかにいい香りがして、その香りが女性としての魅力をさらに際立たせているように感じる。一方で、少し着崩した制服やがさつな態度がボーイッシュさを引き出し、男性人気だけでなく、女性からの人気も高い。そんな人気者の彼女の名前は栗花落つゆり 七海ななみ。俺の幼馴染みだ。小さい頃から知っているおかげか、他愛ない話題でも気兼ねなく話すことができる。

「おお、おはよう。今日一限目なんだっけ?」

「ええと、一限目は数学だったかな、確か。ああ、思い出した途端気が沈んできた……って、そうじゃなくてさ、あの話聞いた?」

笑顔から急に沈んだ顔になったと思ったら、今度は真面目な表情になって問いかけてくる。

「近い近い」

「あっ、ごめんごめん」

彼女は近づけた顔を引っ込める。彼女の顔は、ほんの少し赤面していたように見えた。そのときは俺も冷静を装っていたが、実際には気恥ずかしさを感じていた。そのため、そのことには触れずに話題を戻した。

「で、何の話よ?」

「4組の田中、超能力が発現したらしいよ」

超能力という単語を聞いて、昔の嫌な記憶を思い出してしまい一瞬体が硬直する。しかし、すぐに我に返って返答する。

「今更超能力が発現って珍しいな」

例の皆既日食以降、次々と超能力が発現した者達が現れたが、みな一斉に同じタイミングで超能力が発現したわけでない。むしろ超能力が発現するタイミングは人によりばらつきがあるようだった。噂話なので真偽の程は定かではないが、中には皆既日食から数年以上経ってから超能力が発現したケースもあったようだ。とはいえ、そのようなことは噂でもほとんど聞かないので、大きく期間が開いてから超能力が発言するのはレアケースだと思っていた。

「あんまし驚かないんだ?」

しまった。何しろ自分が超能力者なものだから、世間的には超能力者は珍しい存在だったことを忘れていた。

「いやいや、驚いたって。でも珍しい存在だしさ、直接見るまでは信じられなくって」

七海は俺が超能力者であることは知らないし、教えるつもりもない。そのため、その場は適当に誤魔化してお茶を濁す。

「そういうことならさ、後で一緒に見に行かない?何か頼めば見せてくれるらしいよ」

「は?」

思わず素っ頓狂な返事をしてしまった。頼めば見せてくれる?見世物になるほどの能力なのか?

「どうしたん?さっきから?」

「悪い、何でもない。せっかくなら行ってみるか」

自分の能力が大層なものではないため、勝手にちっぽけなものを想像していた。しかし、実際にはそうではないのかもしれない。俄然興味が湧いてきた。

「よしそれじゃ決まりね!」

約束が決まったタイミングで、丁度予鈴が鳴り響いた。

「やばっ」

「やべっ」

その音を聞き、二人して急いで教室へ向かう。

「それじゃ、放課後でいいか?」

「オッケ!」

「了解。じゃあ、また放課後な」

いつも通り平凡な一日になると思っていたが、今日は少し面白い日になりそうだ。期待に胸を膨らませ、今日一日の授業に臨んだ。


 放課後になるとすぐに七海と合流した。

「おつかれっ!」

「おう、七海もおつかれ」

「で、田中ってどこにいるの?」

「教室にいなかったから聞いてみたんだけど、今日図書委員の当番で図書室にいるっぽいよ」

「よっしゃ、それなら図書室にゴー!」

 図書室に着き、入口の戸を開くとそこは閑散としており、ほとんど人の姿はなかった。そのため目的の人物はすぐに見つかった。

「いたいた」

七海が貸出カウンターの方へ歩き出す。そして、そのまま俺も七海の後に続く。

「こんにちは。はじめまして、田中君」

田中と呼ばれた男子生徒は、急に七海に名前を呼ばれてオドオドしていた。面識のない美人に急に話しかけられたらそうなってしまうのはわかるが、少し落ち着いて欲しい。

「つ、栗花落さんと晴間君?だっけ?な、何か用?」

「田中君にさ、超能力が発現したって噂で聞いたんだけど、それって本当?」

七海が超能力の話題を出すと、オドオドしていた田中の態度が急に変化し、ニヤニヤしながらそのことについて話し出した。

「え、ああ、まあ。一応本当だよ。全く誰だよ、絶対言うなって言ったのに」

絶対言うなと話していた割に広めてもらった事が嬉しそうに見える。田中ってこういう奴なのかと少し落胆した。

「ねえ、ちょっと見せてもらうことって出来る?」

「えー、どうしようかな。二人とも絶対他の人には広めないでもらえる?」

本当は心の中では広めて欲しいという自己顕示欲が垣間見える。ここでそれを正直に指摘して機嫌を損ねてもしょうがないので、適当に返事をしておく。

「もちろん、俺も七海も無闇に広めたりしないよ」

「悠真の言う通り、口は硬いから任せて」

田中は俺と七海に対して訝しげな表情を浮かべる。

「ふーん。全然違う話題なんだけどさ、栗花落さんと晴間君って付き合ってたりするの?」

こいつ、超能力の話を無闇に広めるかどうかに対して訝しげにしていたのではない。俺と七海の会話の雰囲気が仲良さげに見えて、男女の仲なのか怪しんでいたのだ。七海は美人だし、男ならそういったことが気になるのはわかるが、初めての会話で聞くことじゃない。俺の田中に対する評価がまた落ちてしまう。

「七海とは小さい頃からの友達だよ」

チラチラこちらを見ている七海をよそ目にありのままを話す。

「そうなんだ。ごめん、仲良さそうだから気になっちゃって」

「それで?田中君の超能力は見せてもらえるの?」

七海が脱線しようとした話をもとに戻す。七海の話し方からは少し落胆の色が見えた。七海も田中に対して俺と同じような気持ちを抱いていたのだろう。

「ああ、ごめんごめん。誰にも言わないなら大丈夫だよ。丁度今図書室には誰もいなくなったからここで披露するよ」

先程まではまばらにいた人が、いつの間にか完全にいなくなっており、図書室には三人だけが残っていた。

「ちょっと準備に時間がかかるからあっち向いててくれるかな?」

準備という言葉に疑問を感じた。俺の場合、連続で時間を置かずに発動させるのは難しいが、準備なんてものは必要ない。俺の能力がそうなだけで、他がどうなのか知らないので素直に指示に従う。七海も俺と同じく田中とは違う方向を向いていた。

「こっち向いてもらって大丈夫だよ」

その言葉を聞き、俺と七海は田中の方を向くと、田中は両手を俺たちの前に出していた。片手にライターを持ち、もう片方の手は不自然な握り方をしていた。ライターを持っていない方の手は、何も持っていない風を装いたいのかもしれないが、実際には何か持っているように見えた。

「それじゃあいくよ」

田中はライターの火を着けると、ライターを持っていない方の手に火を近づけていった。するとその手の先にも火が着いた。そして、その手を見やすいように俺達の前に掲げた。

「こんな感じでさ、小さいけど火を操ることが出来るんだ」

得意げな田中とは対照的に七海はどう反応すればいいのか困っているように見えた。手品と思えば、高校生の割に面白いものが出来るものだな、と評価されるかもしれない。しかし、超能力と聞いておいてこれだとがっかりしてしまったのかもしれない。でも、実際の超能力なんてこの程度かそれ以下だよ、と教えてあげたい気持ちをぐっと堪える。

「へ、へえ。すごいね」

「そうかな。大したことないよ」

反応に困って絞り出した七海のお世辞に、田中は謙遜しつつも喜んでいるように見えた。

「ねえ、悠真?」

「え?ああ、まあすごいんじゃない」

自分とは違う、優れた超能力が見られるのかと期待していた。そんな中、大したことがない上に手品と疑いたくなるものを披露されて落胆が大きかった。そのためか返事が適当になってしまった。

「何その反応?せっかく見せてあげたのに」

その適当な返事が気に食わなかったのか、田中の態度が悪くなる。

「悪かったよ」

「もういいよ。用事が済んだのならさっさと帰ってくれる」

わざわざ対応してくれたのに、落胆が伝わるような返事をしてしまったのは悪いと思っていた。そのため素直に謝ったのだが既に遅かったようだ。言われた通り、俺と七海は図書室から出ていき、そのまま帰路に着くことにした。


「何か思ってたより大したことなかったかも。本当に超能力かもちょっと怪しかったし」

二人で帰宅中に七海が本音を漏らしてくる。

「それは俺も思った。でも本当に超能力だったとしても、超能力なんてあんなもんらしいよ」

「何それ、どこ情報?」

「ネットで見ただけ」

自分がそうだから、とは素直には言わない。

「何それ、適当やなー」

他愛ない会話をする事が自体が好きなのか、そんな回答でも七海は笑顔で応対してくれる。

「あっ、悪い先帰ってて。忘れ物した」

「忘れ物って何?」

「数学の宿題。明日までのやつだから今日持って帰ってやらないと」

「あー、あれね。それにしても悠真は宿題直前までやらないタイプだよねー」

七海は少し呆れつつも笑っている。

「ほっとけ。それじゃあ俺は一旦学校戻るから。また明日な」

「うん、また明日」

そういって七海と別れ、来た道を戻っていった。


「あったあった」

教室に入り、自分の机を漁ると目的のものが出てくる。無事、忘れ物の回収という任務を終え、一安心する。教室を出る前に窓から外を見ると、既に暗くなり始めていた。

「もうこんな時間か。忘れ物回収したはいいが、帰ってから問題解かないといけないんだし、さっさと帰らなきゃな」

そう、まだ宿題を回収しただけで終えてはいないのだ。家に帰ってそれを片付けなければならないことに憂鬱になりながら教室を後にする。

 俺の住む七王子市は、市内に都市部と郊外の両方が存在している。都市部は多くの商業施設があり、遊ぶ場所には困らない。一方で、郊外は田園風景が見られ、場所によっては街灯も少ない。俺の家は郊外の方にあり、帰る途中には街灯が少なくて薄暗く、人気のない歩道がある。そして丁度その辺りに差し掛かったところで見知った顔を見つけた。

「よう、田中じゃん。田中も家こっちの方なんだ?」

「晴間君。そうだけど……」

田中は嫌そうな顔をしているように見えた。先程の別れ方を考えれば自然な反応だ。

「さっきは悪かったよ」

こちらとしても申し訳なかった気持ちがあるので、再度謝罪を行う。

「もういいよ」

ぶっきらぼうな返事のため、本心かどうかは不明だ。だが、田中の見せた超能力に対する不躾な反応は表面上は不問にしてくれたようだ。

「そういえばさ、超能力に関してなんだけど、もう誰にも見せない方がいいと思うぞ」

「何?何で?まだ何かあるの?」

田中はイライラしながら返答する。単なる手品のようにも見えたが、本当に超能力だった場合に備えて、田中には警告したいことがあった。

「超能力者って結構珍しい存在じゃん?カルト教団とか反社組織とかが誘拐するみたいなこともあるらしいし、身の危険感じる前に人前で披露するのやめとけよ」

超能力なんて手品かそれ以下のことしか出来ないのに、そんな奴を誘拐するなんて捕まったときの刑罰と利益を天秤にかけると誰もしないのではないか。そう思っているのだが、噂でそんな悪い話も出回っている。火のないところに煙は立たない。俺が超能力を人前で披露しないのは、こういう悪い噂があるというのも理由の一つだ。

「は?そんなの信じてるの?余計なお世話だよ。バイバイ」

「お、おいっ」

田中は呆れた表情を浮かべ、足早に俺から離れようとする。俺が田中を呼び止めようと声を出したそのとき、後ろから突然不気味な声が聞こえてきた。

「こんばんは」

振り返るとそこにはロングコートを着た男が立っていた。年齢は20代中盤くらいだろうか。マスクをつけているため、顔全体ははっきりわからない。その男の背丈はがっしりしており、掴み合いになったら俺や田中の体型では勝てそうにはない。男は片手を後ろに回して何か隠しているようだった。明らかに怪しい。恐怖から心臓の鼓動が早くなる。

「な、何ですか?」

俺は恐る恐る口を開く。男は俺の声を無視して田中の方を向く。

「君、超能力者なんだってね。本当?」

男は田中を指さして確認する。しかし、田中もこの危険な雰囲気を察知してか、首を横にブンブン振り、否定している。

「嘘つかないでよ、ちゃんと調べたんだから。本当は君だけに用事があったんだけど、中々一人になってくれなかったから我慢できなくて話しかけちゃった」

男がそう言いながら隠していた手を徐々に露わにする。すると手には大きなサバイバルナイフが握られていた。それを見た瞬間、俺は全力で逃げ出した。

「うわあああ」

田中は腰を抜かしてその場に倒れてしまい、逃げ遅れてしまった。

「田中っ!」

田中を助けるため、振り返って田中の方へと向かおうとする。

「超能力じゃない!手品、手品、手品、てじ……」

男が田中に馬乗りになり、逆手にもったナイフを胸に向けて振り下ろす。田中は必死に男の腕を持ってナイフが刺さっていくのを止めようとするが、体格の差がある上に体重をかけてナイフが振り下ろされているため、刺さっていくナイフは止まらない。すぐに田中の声が小さくなっていき、ついには何も聞こえなくなってしまう。動かなくなった田中を見て、心臓の鼓動がさらに早くなる。逃げないと殺される。そう確信した。

「うわあああ、誰か、誰か助けてくれ!」

なりふり構わず大声を上げる。しかし、周囲には人影はなく、誰も助けは来ない。それでも声を上げ、生きるために全速力で走る。

「えっ」

何もないはずのところで転ぶ。何かに躓いたわけでもない。何が起こったのかわからないが、転んでしまったことは理解できた。それを理解したあと、すぐに絶望が襲いかかってきた。

「逃さないよ。運が悪かった思って諦めてよ」

男の方を向くと既に田中から離れてこちらに近づいてきていた。早く立て、と頭の中で叫ぶ。しかし、恐怖で足が震えて立つことが出来ない。

「な、なんで?ちょ、超能力者……」

自然と浮かんでくる疑問が口から出てくるが、うまく舌が回らない。

「ああ、なんで超能力者を殺したかって?それは俺も超能力者だからだよ。ちなみにさっき君を転ばせたのが俺の能力。人の関節をね、ほんのちょっとだけ操作できるんだよ。一回使っちゃったら数時間は使えないんだけどね」

超能力者だから超能力者を探して殺した?何を言っているのかさっぱりわからない。

「さっきの子、超能力者じゃないな。いつになったら当たり引けるのかなあ。昨日の今日でまたニュースになっちゃうよ。動きづらくなっちゃうなあ」

男はこちらのことは気にせず独り言を続ける。独り言を聞いて、朝の殺人事件のニュースを思い出す。朝に戻れるなら他人事のように聞いていた自分を全力で叱ってやりたい。

「何を言っているのか分からないって顔だね。いい表情見せてくれてるから、冥土の土産に教えてあげるよ」

男は恐怖に引きつった俺の顔を見てにやりと笑いながら話しかけてくる。

「超能力者って言ってもさ、実際は大したことは出来やしない。でも実はその能力は強化できるらしいんだよ」

「そ、それが超能力者をこ、殺すこと?」

「そう。察しが良いね。RPGで敵を倒して強くなっていくように、超能力者も他の超能力者を殺すと強くなっていくらしいんだ。ぜひ本当かどうか試してみたくてね。そうそう、界隈では超能力者が超能力者を殺すことを『経験値を稼ぐ』って言うらしいよ。まさにRPGだよね」

そんな馬鹿げた話があるわけない。そして、そんな話を信じて人を殺すこの男は狂っている。

「君に用はないんけど、生かしといて警察行かれるのも面倒だからここで死んでね」

田中のときと同じように、男は俺に馬乗りになりナイフを振り下ろしてくる。とっさに両手を胸の前に構え、恐怖で目を閉じた。しかし、いつまで経っても体にナイフの感触を感じることはなかった。恐る恐る目を開けると、制服を着た女の子が男の手を持って動きを制止している。月明かりに照らされた女の子の横顔は、見た者はみな美しいと答えるであろうほど容姿端麗だ。そして背中まである黒髪は、月明かりとのコントラストにより見とれてしまうほど綺麗だった。

「君誰?手、離してくれる?」

男は女の子に話しかける。男は掴まれている手を動かして、女の子の手を振り払おうとしているようだ。しかし、振り払うことができないどころか、ほとんど手を動かせていない。女の子の体格は俺より小さくてスレンダーに見えるが、目の前の狂人を上回る筋力を持っているようだ。

「がはっ」

女の子は男の話を無視し、俺に馬乗りになっていた男に回し蹴りを食らわせた。その蹴りは足だけでなく、体幹も使い、力強いものとなっていた。その筋肉の使い方や綺麗なフォームから格闘技の技術があるように見受けられる。不意の蹴りを食らった男は後ろに大きく吹き飛び、倒れる。

「てめぇ、何しやがる!」

男は蹴りを食らった胸部を押さえながら立ち上がる。不意の一撃にイラついたのか、口調が乱暴になっている。女の子はそれも無視して男に近づいていく。

「来るんじゃねえ!」

男はナイフを順手に持ち替え、近づく女の子に斬りかかろうとした。女の子は紙一重でナイフを躱し、先程蹴りを加えた箇所に拳でカウンターを食らわす。男は怯んで一歩下がった後、何か覚悟を決めたようにナイフを構える。

「次で必ず殺してやる」

そう呟くと、男は女の子に再度切りかかった。またもやナイフはすんでのところで躱され、女の子がカウンターをお見舞いしようとする。男は躱された後にカウンターが来るのがわかっていたようだった。しかし、カウンターを無視して躱されたナイフを再度女の子に向けて移動させていた。肉を切らせて骨を断つ。女の子のカウンターの方が早く決まるだろう。しかし、男はそれに耐えて、そのまま女の子をナイフで刺そうとしていた。

「もらった」

男がにやりと笑う。その直後、女の子のカウンターが男に決まる。そして男の動きが止まった。女の子に向かっていた男のナイフはピクリとも動かない。

「お前、どこに隠してた。まさ……かお前も超能力……」

最後まで言葉を発することなく男はドサッと倒れた。その胸には小さなナイフが刺さっていた。

「正解」

女の子は男の胸に刺さったナイフを回収した後、こちらに向かってくる。何が起きているのか理解できず、俺は呆然と彼女を眺めていた。

「あなたも超能力者?」

それが、彼女が俺に話しかけた初めての言葉だった。

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