第七章:Operation Snow Blade/04
周囲に気を配りながら、慎重に食糧庫から出る。
すると、目の前にあったのは手すりのある狭い廊下。食糧庫は吹き抜けの二階にあったのだ。
「これは……」
「凄いね、思ってた以上だよ」
その廊下から下を見下ろしながら、戒斗と紅音が感嘆の声を上げる。
――――格納庫。
分かり切っていたことだが、ここは格納庫だった。
外のヘリポートから直通の広い格納庫で、さっき双眼鏡で確認した大きなハッチもここから見える。駐機されている機体はUH‐60ブラックホークやUH‐1ヒューイといった、輸送にも使える汎用ヘリコプターばかりだが……中には小型の軽汎用攻撃ヘリ・MH‐6リトルバードや、ヨーロッパ製のティーガー攻撃ヘリといった変わり種もある。
何にしても、そのどれもが軍用ヘリコプターばかりだ。
ここにある機体の総額だけで、一体どれほどのものか……。
想像するのも嫌になるぐらいだ。これほどまでの戦力を有しているとは、分かり切っていたことだが……ミディエイターという秘密結社は、どうやら相当な規模の組織らしい。
「……とにかく急ごう、エレベーターは下にあるから」
「あ、ああ……」
そう言って先に行く紅音に続き、戒斗も戸惑いがちに頷きながら歩き出した。
気付かれないよう、慎重に廊下を歩いて行き、下の格納庫スペースに続く階段を降りていく。
とはいえ、ここに居る人間の数はそう多くない。まして格納庫という物の多い環境なら、身を隠しながら進むのは容易だ。
戒斗たちは駐機されたヘリコプターの合間を縫うように進み、難なくエレベーターの前まで辿り着けた。
「……クリア、中には誰もいないな」
ボタンを押してエレベーターを呼んで、開いたドアの向こうに銃口を向ける。
が、中には誰もいない。戒斗はふぅと小さく息をついて安堵しつつ、遥たちと一緒にその中に乗り込んだ。
ドアを閉じ、B3のボタンを押して地下三階へ。
ふわりとした感覚とともにエレベーターが下降すると、やがてチーンとベルが鳴って到着。自動ドアが開くと、戒斗たちは警戒しつつその先に進んでいった。
「琴音、まだバレた様子はないか?」
そのエレベーターの先――各区画を繋ぐフロアの廊下を歩きながら、戒斗がインカム越しに話しかける。
『んーと、まだそんな感じはしないね』
「そうか……ま、表の死体に気付くのも時間の問題だろうがな」
戒斗が気にしているのは、それだった。
さっきの潜入時に戒斗が狙撃した、あの遺体たちのことだ。
紅音が始末して蹴落とした奴は――まあ気付かれる心配は少ないが、問題はキャットウォークや監視塔に転がっている奴らの方だ。場所が場所だけに隠しようがなかったから、あのまま放置してきたのだが……それに敵が気付いていないか、戒斗はそれが気掛かりだったのだ。
とはいえ、すぐには気付くまいとも踏んでいた。
屋外のキャットウォークや監視塔ぐらい高く人目につかない場所ならば、下からはよっぽど注意深く見ないと気付けはしないはず。バレるとすれば、交代の人員があそこまで行った時か……それとも、無線に応答が無いと気付いたタイミングだろう。
しかし、奪った無線機からは今のところ何も聞こえてこない。それに監視カメラで施設内の様子を見ている琴音も問題ないと言っている以上、まだ大丈夫なのだろう。
……が、それも時間の問題だ。
今はとにかく、出来るだけ急いで瑠梨の元まで辿り着く必要がある。可能であれば騒がしくなる前に、彼女と接触して脱出の準備を整えておきたい。
「ま、行くっきゃないよね」
横でそう言う紅音に「だな」と頷き返しつつ、戒斗は二人を連れて廊下を足早に進んでいった。
「っと……お客さんだ、隠れるぞ」
そうして歩いている最中、戒斗は近づいてくる気配に気が付いた。
十字路の右側、複数の足音がこっちに接近している。数は……多分、三人から五人ぐらい。
どこかに、身を隠せるところはないか――――。
辺りを見渡した戒斗は、近くにドアがあるのを見つけた。
鉄製の自動ドアには『ARMORY』と――つまり武器庫と書かれている。廊下に身を隠せるような物がない以上、ここに飛び込むしかない。
そう思って戒斗はドアに近づいたのだが……しかし、どうやったって開かない。
「くそっ、セキュリティロックが掛かってやがる!」
どうやら、ドアには電子ロックが掛かっているらしかった。無理に蹴破ってもいいが……警報が鳴るか、そうでなくても音でバレてしまう。
「琴音!」
『分かってる! 五秒待って……よし、開けたよっ!』
戒斗が呼びかけてすぐ、琴音がその電子ロックを遠隔で開錠。シュッと独りでに開いた扉の向こうに、戒斗たちは急いで飛び込んだ。
直後、十字路から五人のミディエイター兵士たちが現れる。
その五人は十字路を左に折れて……ちょうど今まで戒斗たちが居た方の廊下を、呑気に談笑しながら歩き去っていった。
「……間一髪、でしたね」
そんな兵士たちの気配を、閉じたドア越しに感じながら――そう呟いた遥に「全くだぜ」と返しつつ、戒斗はふぅ、と安堵の息をつく。
「にしても、凄い武器の量……見てよ戒斗、全部高級品ばっかりだよ」
と、武器庫の中を見渡しながら琴音が言う。
戒斗も同じように武器庫の様子を眺めてみると、確かに……彼女の言う通り、保管されているのは全て質の良い高級品ばかりだ。
「こっちはSCAR‐L、あっちはナイツのSR‐16に……スゲえな、スティンガーミサイルまであるぜ」
武器庫にあるのは、そのほとんどが高級品ばかり。どれもこれもが軍の官給品とは比較にならないほど、上質かつ値の張るものが並べられている。
中には戒斗が言ったように、スティンガーミサイル――小型の地対空ミサイルまであるほどだ。
一誠の店でも中々お目に掛かれないような重火器まで、この武器庫にはたんまりと詰め込まれている。ここまでの武器弾薬を平然と揃えられるほど、ミディエイターの資本力というのは……やはり、凄まじく潤沢なようだった。
「ねえ戒斗、ちょっと頂いてっても良いんじゃない? これだけあるんだし、さ」
「ソイツはご機嫌だが……流石に持てねえよ、これ以上はな」
ニヤッとして言った戒斗に「冗談だよ」と紅音が返す傍ら、戒斗は小さく肩を揺らす。
『――――皆、聞こえるかい?』
とした頃、インカムからマリアの声が聞こえてきた。
「感度良好だ、どうしたマリア?」
『いや、少し悪いニュースがあってね。そっちの雲行きがどうも怪しい感じなんだ……天気予報によると、これからその辺り一帯はかなり激しい吹雪に見舞われるらしい。嵐みたいな天気になるはずだ、そうなったらヘリじゃ近づけなくなる……瑠梨ちゃんの確保、出来るだけ急いでくれ』
「なるほどな。脱出に関わってくるとなりゃあ、確かに悪いニュースだ……オーライ、可能な限り努力はしてみる。なあにチョイとトラブルはあったが、今のところ順調な方だ。これから博士の研究室がある北ウィングに向かう、あんたはコーヒーでも飲みながらゆっくり待ってればいいさ」
『そう楽観できる状況じゃないんだけれどね……まあいいさ、とにかく早めに彼女と接触してくれ。合図があればすぐに離陸できるよう、僕も準備万端に整えておくから』
最後にそう言って、マリアは通信を終えた。
戒斗は小さく肩を揺らしつつ、二人の方に振り返ると。
「……ってことらしい。こりゃあマジに急いだ方が良さそうだな」
と言って、二人を連れて武器庫を後にしていくのだった。




