表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
95/125

第七章:Operation Snow Blade/03

 三人揃って通気口から潜り込み、狭いダクトの中をしばらく這いずっていく。

 こんな場所だから当たり前だが、冗談みたいに埃っぽい。同じようにダクトを這いまわるネズミも何匹か目撃したぐらいには、通気口のダクト内部は――本当に当たり前なのだが、薄汚れていた。

 ……しかし、確かに遥たちの言ったように、先に誰かが潜り込んだ形跡がある。

 ダクトの内側に堆積した埃が、ちょうど人の身体ぐらいの幅だけ拭き取られているのだ。遥が言ったように掃除したという感じじゃなく、ちょうど今の戒斗たちのように潜入のために使ったような……そんな雰囲気の痕跡だ。

 とはいえ、これは良いことでもある。

 先に潜り込んだのが誰にせよ、潜入するにはこのルートで正解ということだ。戒斗たちはそんな先人に(なら)うように、ゆっくりとダクトの中を這っていった。

「……着きました、恐らくここが予定のエントリーポイントです」

 そうしてしばらく這いずっていった先で、先頭に居た遥がそう呟いて止まる。

 彼女のすぐ目の前には、通気用の金網がある。どうやらここでダクトから出ようということらしい。

「少しお待ちを。……大丈夫、外れました」

 その金網を取り外して、遥は空いた隙間から下に飛び降りていく。

 続いて戒斗と紅音も同じように飛び降りてみると、どうやらそこは食糧庫のようだった。

 割と手狭な、まさに物置といった薄暗い空間にダンボールが山積みになっている。先に遥が安全確認をしてから降りたから当然だが、中に敵の姿はなかった。

 ……が、出入り口の扉は半開きになっている。

 引き戸……というよりはハッチか。それが半分開いていて、そこから向こう側の様子が見える。

 戒斗たちは見つからないように、ひとまずダンボールの陰に身を隠した。

「――――俺だ、どうにか潜入には成功したぜ」

 そうして山積みになったダンボールの後ろに身を隠しながら、戒斗は小声でインカムに呼びかける。

 すると返ってくるのは『おっけー』という、琴音の相変わらずな間延びした声だ。

『じゃあ、まずはアクセスポイントを探して。サイファーって人から貰ったデータによると、その食糧庫の中にあるはずだから』

 戒斗は「了解だ」と返しつつ、辺りを見渡してみる。

 とはいえ、周りはダンボールだらけだ。

 食糧庫というだけあって、あるのは食べ物や水といったものばかり。街でも手に入る普通の食料品が大半だが、その他に長期保存の効くレーション――軍用の食糧もある。それ自体は全てアメリカ軍のMREだ。

「……多分、あれっぽいな」

 そんなダンボールの山の中で、戒斗はそれらしき物を見つけた。

 壁に取りつけられている、四角い電子機器だ。太いアンテナが何本も生えたそれは、一見するとWi‐Fi(ワイファイ)のルーターか何かにも見えるが……とにかく通信デバイスであることは確かだ。

「見つけたぞ、ここに接続すればいいんだな?」

『うん、繋いでくれたらこっちから施設のシステム掌握に入るから。全部をコントロールするには時間が掛かるけれど、警備システムぐらいなら多分すぐ握れちゃうと思うよー』

 琴音と会話しつつ、戒斗はその壁にある機器を見上げる。

「弱ったな、こりゃあ手が届かねえぞ……」

 が、問題はその高さだ。

 壁の機器は天井のすぐ近くにある。結構な高さだ……とてもじゃないが、背伸びしたって届きそうにない。

「すまん遥、ちょっと手を貸してくれ」

「? 分かりました。ですがどうすれば……」

「肩車だ、ほら乗ってくれ」

 と言って、戒斗はその場にしゃがみ込む。

 が、遥は一瞬ぽかーんとした後。

「かっ……肩車ですかっ!?」

 と、何故か顔を真っ赤にして戸惑った。

「そうでもしなきゃ、あんなとこ届かねえだろ?」

 だがそんな遥の反応もよそに、戒斗は平然とした顔で言う。

「そ、それはそうですが……」

「この中で一番軽いのは遥だ、それ以上は俺の腰が持たん」

「ちょっと戒斗、それって私が重いって言いたいのかな?」

 ギロリと紅音に睨まれたが、戒斗は何も言わずに肩を竦めるジェスチャーだけで返す。

「とにかく、肩に乗ってくれ」

「だ、そうだよ遥ちゃん。実際それが一番なのは確かだもの」

「は、はい……分かりました」

 遥は戸惑いながらも、戒斗の肩に乗っかる。

「しっかり掴まってろ、落ちるなよ……!」

「わわっ……!?」

 両足に力を入れて、グッと立ち上がる戒斗。

 大きく揺れる中、遥は驚きながらも彼に掴まって振り落とされないようにする。

 そうして彼女を肩車しながら、戒斗は例の通信機器の傍まで近寄っていった。

「どうだ遥、繋げられそうな感じか?」

「少し待ってください……外れました、この感じだといけそうです」

 そうして手探りでその機器の様子を探ること少し、遥は機器の蓋を開けることに成功した。

 ガチャッと蓋が開いて、中の電子基板やらが露わになる。

「よし、後はコイツを繋いでくれ」

 言って、戒斗は取り出したデバイスを下から彼女に手渡した。

 それは――――意外なことにスマートフォンだった。

 マリアと琴音曰く、秋葉原の電気屋で買った中古のスマートフォンを改造したものらしい。中身のOSやらはこういう工作用に全く別物に作り替えられているとのことだ。

 要はスマートフォンなのは外側だけ、中身は二人お手製のハッキングデバイスというわけだ。

 それを受け取った遥は、コードを繋いで壁の通信機器と接続する。

「琴音さん、繋ぎました」

『おっけーおっけー、こっちでも確認したよ。侵入するには少し掛かるから、皆はそこで待っててね』

 インカム越しの琴音の声を聞きながら、遥はとりあえず通信機器の蓋を半分閉じておく。

「戒斗、もう大丈夫です」

「オーライ、よっとっと……」

 それから戒斗に降ろしてもらい、後はデバイスを適当なダンボールの上に置いておけば完了だ。

「……! 二人とも、誰か近づいてくる!」

 その直後、ハッとした紅音に言われて二人は身を隠す。

 すると、コツコツと二人分の足音がこっちまで近づいてくる。

 入ってくるかと身構えた戒斗たちだったが、しかしその足音は食糧庫の近くで立ち止まると、何やらそこで話し始めた。

 半開きになったドアから聞こえてくる、二人の会話。それに戒斗たちは耳を傾けてみることにした。

「――――前から訊いてみたかったんだが、お前はなんでここに?」

「訊くなよ、そんな分かり切ってることを」

「いいじゃねえか、聞かせろよ」

「金だよ金、ミディエイターは金払いがいいからな。それ以外に来る理由なんてあるか?」

「ま、そうだろうけどよ……俺もお前も短い付き合いじゃねえからな、チョイと気になったんだよ」

「そういうお前はどうなんだ?」

「……俺も、似たようなもんさ。元は海兵隊だったんだが、何の因果かこんなところに……な」

「へえ、俺は陸軍だったよ」

「……何にしても、ちゃんと給料が出るなら文句はない。例えこんなクソ寒い山奥に連れてこられたって、その分を頂けりゃ何も文句はねえのさ。上の掲げてるお題目が何であれ、俺には関係ねえよ」

「ああ、例の……」

「そうだ、例のアレだ。人類を争いから永久に解放するなんざ……はてさて、本当に出来るのかねえ?」

「知らねえよ。マジになって信じてる奴も多いみたいだが、俺らの知ったことじゃねえ。違うか?」

「いんや、違わねえよ。まあ仮にホントにそれが出来たとしたら、俺たちみたいなロクデナシは食いっぱぐれちまうがね」

「ははは、確かにな」

 笑いながらそんな話をしつつ、二人はまた歩き出して……食糧庫の前から、遠ざかっていく。

 ……どうやら、ここの兵士たちは軍隊崩れが多いらしい。

 まあ、潜り込む前から何となく察していたことだ。外に居た連中の立ち振る舞いを見れば自ずと察せられる。皆どう見ても素人という感じじゃなかった。

 ……が、ミディエイターに雇われている理由は千差万別といったところか。

 さっきの奴らが話していた通りだ。あの二人みたいに金目当ての奴も居れば、ミディエイターが掲げる例の理想――全人類を、争いから永久に解放するなんて与太話を、本気で信じてる奴もいる。

 まあ何にしても、敵であることに変わりはない。抱えている事情が何であれ、敵であれば全て倒すだけのことだ。

「……! また誰か来ます……!!」

 と、そんな二人が去っていったのも束の間、遥がまた別の足音を聞きつけた。

 今度は一人のようだ。真っ直ぐにこっちに近づいてきているのが分かる。

「ああくそ、おい琴音! まだ終わんねえのか!?」

『待ってよお兄ちゃん、もう少し待って! あと少しで終わるから、まだそこから動かないでっ!』

「ちょっとちょっと……ねえ戒斗、なんか入ってきそうだよ1?」

 焦った声で紅音が呟く傍らで、戒斗も「泣けてくるぜ……!」と毒づきながら、二人と一緒にダンボールの陰に身を隠す。

 そうした時、ガラリと戸が開く音がした。

 誰か食糧庫に入ってきたのだ。チラリと顔を出して様子を窺ってみると、数は一人。呑気に鼻歌なんて歌いながら、この薄暗い食糧庫の中に入ってきた。

「ええっと、確かこの辺だったよな……」

 と、入ってきた男は何かを物色し始める。

 そして探すこと数分、男は「あったあった」と呟きながら、ダンボールの中から何かを取り出した。

 ウィスキーの瓶だ。銘柄はジャックダニエル、どうやらこっそりウィスキーをちょろまかしに来た不届き者らしい。

 さて、ここからどうするか。

 このままやり過ごしてもいいが、奴が通信機器の異常に気付く可能性はある。高いところにあるから目に付いてはいないが、何かの拍子で見上げられれば一発でバレるだろう。なにせ機器の蓋は半開きで、見るからに怪しいコードが下まで伸びているのだから。

(……情報も欲しい、ここは仕掛けてみるか)

 そんな状況を鑑みて、戒斗はその男の排除を選択した。

 声は出さず、ジェスチャーと目線だけで二人に合図をする。遥と紅音がコクリと頷いたのを見て、戒斗はそろりそろりと動き始めた。

 抜き足差し足、戒斗はゆっくりと音もなく、しゃがみ込んだ男の背後に忍び寄る。

 そうして近づきながら、左手でそっと静かにナイフを抜刀。いつもの折り畳みナイフじゃなく、ちゃんとしたコンバットナイフだ。

 静かに抜いたナイフを逆手に握り締めて、ゆっくり忍び寄って――そして間合いに入った瞬間、戒斗は意を決して飛び掛かった。

「なっ!?」

「――――おおっと、動くなよ」

 背中から羽交い絞めにするように拘束しながら、戒斗は男の首にナイフの切っ先を突き付ける。驚いた男の手から滑り落ちたウィスキーの瓶が、ゴトンと鈍い音を立てて床に転がった。

「動くのも、大声を上げるのも駄目だ。分かるな?」

 静かに、低く唸るような声で戒斗が男の耳元に囁く。

 すると男はコクコク、と無言のまま何度か頷いた。

「なあに、簡単な質問だ。葵瑠梨はどこにいる?」

「だ、誰だ……?」

「しらばっくれるなよ、ルリ・アオイ博士だ。ここに居るのは分かってる。正直に答えた方が身のためだぜ?」

「あ、ああ……あの博士か……そ、それなら(ノース)ウィングの研究所に居るはずだ。前に何度かあっちの警備に回されたから、その時に顔も見てる」

 彼の言う(ノース)ウィングというのは、ここから北方向にある区画だ。

 山ひとつをくり抜く形で造られたエルロンダイクは五つの区画に分かれていて、それぞれ東西南北と中央にある。戒斗たちが居るのは(サウス)ウィングだから、ちょうど真反対の方向になるか。

「で、その(ノース)ウィングにはどうやって行く?」

 それを思い出しながら、戒斗は男への質問を続けた。

「中央のメインブロック以外の各フロアは、それぞれ地下三階のフロアで繋がってる。だが(ノース)ウィングの研究室周りは、何故だか警備はここの比じゃないぐらい厳重だ。あ、あんたたちが何でここに居るかは知らないが……や、やめておいた方が身のためだぜ」

「余計なことは喋るな」

「わ、分かったよ……それで、まだ何か訊きたいことでもあるのか……?」

「いや、もう十分だ」

 言って、戒斗はそのまま男の首を締め上げた。

 すると男は少しの間、なんとか逃れようともがくが……すぐに意識を失ってしまった。

「あらら、始末しちゃったの?」

 と、ダンボールの陰から出てきた紅音がそれを見て言う。

 だが戒斗は「いんや」と首を横に振り、

「殺しちゃいねえよ、敵とはいえ忍びないからな」

 そう、小さく肩を揺らして呟いた。

 ――――意外なことに、戒斗は男を気絶させるだけに留めていた。

 理由は本人が言ったように、単に忍びないと思ったから。要は気まぐれだが、たまにはこういうのも良いだろう。

「ふーん? まあいいけどね」

 紅音が意外そうな顔でそう言う傍ら、戒斗はナイフを鞘に収めた後で、気絶したその男の装備を漁り始める。

「……どうするんですか?」

 それに遥がきょとんと首を傾げる傍ら、戒斗は「コイツを頂くのさ」と言って、男から剥ぎ取った物を見せつけた。

「なるほど、無線機ですか……」

「一番の武器は情報だからな、コイツが欲しかったんだ」

 戒斗が男から剥ぎ取ったのは、軍用の無線機だった。

 これがあれば、敵の無線を傍受することができる。この無線機が欲しかったというのも、戒斗が男に攻撃を仕掛けた理由のひとつだった。

「……すまん遥、どこかに縛れそうなロープとかないか?」

 そんな無線機を頂戴した後で、振り向いた戒斗が言う。

「縄ですか……あ、見つけました。細いパラコードですが」

「それでいい、寄越してくれ」

 戒斗は遥が見つけたパラコード――パラシュート用の頑丈な紐を使い、気絶したその男を縛り上げる。

 後は適当なダンボールに貼ってあったガムテープを剥がし、口にペタッと貼ればOKだ。使い古しのガムテープでも、貼らないよりはマシだろう。

『――――よし、侵入成功っ!』

 と、戒斗が気絶した男を物陰に放り込んだタイミングで、琴音の声がインカムから聞こえてくる。

「ったく、待ちくたびれちまったぜ」

『むー、私だって頑張ったんだよー?』

「へいへい、分かってるよ。……で、もう外してもいいのか?」

『うん、デバイスはもう外しちゃって大丈夫。そこのネットワークとこっちで直に接続したから、もうデバイスを経由する必要もなくなったからねー』

 と、いうことらしい。

「了解だ。……じゃあ遥、また肩車するから乗ってくれ」

「わ、分かりました……」

 戒斗はまた遥を肩車して、用済みになったハッキングデバイスを取り外してもらう。

『おっけー、とりあえず警備システムはこっちで握れたよっ』

 デバイスを外し、遥を降ろしたところで――また琴音からの報告だ。

『監視カメラは全部こっちで使えるようになったよー。警備室にはループ映像を流してあるから、しばらくは誤魔化せると思うよっ』

「よし、これで好きに動けるようになったってわけだな」

『えーと、それで瑠梨って人の居場所だけれど……情報通りにお兄ちゃんたちの反対側、(ノース)ウィングの研究室に居るっぽいね』

 ――――実を言うと、瑠梨がどこに居るかはサイファーの事前情報で既に把握していた。

 だから、さっき男に訊いたのはあくまで情報の裏を取るためだったのだ。

「オーライ、なら今から向かう。道案内は頼んだぜ、琴音」

「お願いね? 私たちが迷子になるかは琴音ちゃん、貴女次第だから」

「……よろしく、お願いします」

『おっけー、琴音ちゃんに全部お任せだよっ!』

 琴音の元気いっぱいな声をインカム越しに聞きながら、戒斗たち三人は頷き合い……警戒しつつ、食糧庫の外に踏み出していく。

 ここからが本番、葵瑠梨の救出作戦はまだ――――始まったばかりなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ