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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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第七章:Operation Snow Blade/01

 第七章:Operation Snow Blade



 ――――それから、およそ一週間後。

 夏真っ盛りな七月のこの日、しかし戒斗たちの身体に降り注ぐのは暑い真夏の日差しではなく、白く冷たい雪の粒だった。

 アラスカ北部、ここは山岳地帯の断崖絶壁。

 真っ白い雪と氷に包まれた、そんな切り立った崖のわずかな出っ張りだけを足場にして、戒斗たちは一歩ずつ進んでいた。

 戒斗と遥、それに紅音の三人だ。

 マリアの操縦するヘリコプターから降りてしばらく、三人はミディエイターの秘密研究施設『エルロンダイク』を目指し、雪と氷に包まれた険しい山岳地帯を進んでいる最中だった。

「……ねえ戒斗、まだなの?」

「もう少しだ、ここを超えれば見えてくるはずだ」

 白い息を吐きながら問う紅音と、それに答える戒斗。

 二人とも、その格好はいつもと違う戦闘服だった。

 白やライトグレーを基調とした、雪に紛れる色合いの分厚い戦闘服。防寒用の帽子やグローブも着けていて、ぶら下げるライフルも缶スプレーで白く塗装してある。

 こんな極寒の雪山だ、こういう格好になるのも当然だった。

「しかし、思いのほか険しいですね……」

 と、遥がいつもの抑揚の少ない声で呟く。

 そんな彼女だけは他の二人と違い、格好はいつもの忍者装束だ。とはいえ寒冷地用のものらしく、いつものそれと比べて分厚く暖かそうな感じ。とにかく遥だけは戒斗たち二人と違い、ある意味で忍者らしい出で立ちだった。

「よし、この辺りでいいか」

 戒斗は立ち止まると、すぐ傍にある氷の壁を手で触る。

「氷の状態は悪くない、これなら登れそうだな」

「覚悟はしてたけれど、ホントにやるんだね……」

「今更ボヤいても仕方ないぜ、紅音。ここを登らにゃエルロンダイクは見えてこないんだ。……よし、行くぜ二人とも」

 振り向いて紅音にそう言った後、戒斗はその氷の壁にアイスピックを突き刺す。

 そのまま、もう片方の手に持ったアイスピックも刺して……交互に抜いて刺してを繰り返しながら、氷の壁を登っていく。

 それに紅音と遥も続いて、同じように両手のアイスピックを器用に使って登る。

 と、そうして登っていくと……少し広い出っ張りに上がることが出来た。

 階段で例えるなら踊り場のような感じだ。ここで一息ついてから、またその奥にある氷の壁をアイスピックを使って登る。

 そんな風に少しずつ、少しずつ登っていくと……何度目かという氷の壁を超えたとき、急に視界が晴れた。

 遂にこの断崖絶壁を登り切ったのだ。視界はさっきまでの壁と奈落から打って変わって、なだらかな下り坂の雪景色が見えるようになる。

「よし、あの辺りだ……紅音、見えるか?」

「目を凝らせば、なんとかって感じかな。もう少し近づいてみないことにはね」

「ま、当然だわな。……よし行くぞ二人とも、しっかりついてこいよ」

 よく目を凝らしてみると、遠くに人工物らしきものが見える。

 だが今は曇り空で、軽くだが雪が舞っているような空模様だ。降ってくる雪が邪魔をして、肉眼では何となくしか分からない。

 とはいえ、あれがエルロンダイクで間違いないだろう。

 戒斗は紅音と遥に軽く目配せをしてから、遠くに見えるその人工物を目指して坂を下り始めた。

『――――お兄ちゃん、聞こえる?』

 と、そこで左耳のインカムから琴音の声が聞こえてくる。

 例によって、彼女は遠隔でのサポート要員だ。遠く離れた日本からの通信に、ほんの少しだが戒斗たちの心もほぐれる。

「ああ、バッチリ聞こえてるぜ」

「……私も問題ありません。感度良好です、琴音さん」

「こっちも大丈夫、ちゃんと聞こえてるよ」

『おっけー。GPSの位置的に、そろそろ近い感じかな?』

「概ねそんなところだ。雪もちらほら降ってやがるし、これじゃあ寒くて敵わねえや」

『あはは、ちょっと羨ましいかな……こっちはすっごく暑いし』

「隣の芝生は青く見える、ってことだ。……これから潜入を開始する。しっかりサポート頼むぜ」

『りょーかい、任せてお兄ちゃんっ!』

 琴音の元気な声に少しだけ頬を緩めつつ、戒斗は遥たち二人と一緒に遠くのエルロンダイクを目指して歩を進めていく。

 ザクッザクッと足元の分厚い雪を踏み締めながら、歩くことしばらく。段々と近づいていくにつれて、ぼんやりとしか見えなかったエルロンダイクの全容が見えてきた。

「意外にデカいな……これで秘密基地かよ」

「北アラスカも、それもこんな山奥にまで誰も来ませんから。そういう意味では秘密基地ということでしょうか」

 遥の言葉に「なるほどな……」と相槌を打ちつつ、立ち止まった戒斗はその場にしゃがみ込み、双眼鏡を取り出してエルロンダイクの様子を窺ってみる。

 …………そこは、確かに秘密基地と呼ぶにふさわしい場所だった。

 山肌から直に人工建造物が生えているといった外観で、景色に紛れるよう上手く偽装はされているものの、近くで見てみるとちゃんと人工物と分かる。

 地表に出ている面積こそ広くはないが、しかし戒斗が想像していたよりも規模は大きかった。

 というのも、ヘリポートがあるのだ。

 中央広場のような場所にヘリポートがあり、その奥には大きなハッチが……恐らくは施設内部の格納庫に通じるハッチが見える。更にハッチのある壁面の上には監視塔らしき(やぐら)が二ヶ所、通行用のキャットウォークと一緒に生えていた。

 それ以外にも内部に通じるドアが何枚か見えるが、しかし……歩哨(ほしょう)と思しき雪中迷彩の兵士が数名、あちこちを巡回している。

 どうやら、警備は思ったよりも厳重らしい。

「さてと、ここからどうするかだ……」

「正面から堂々と、ってのは避けた方がいいもんね」

 そう言う紅音に「当たり前だろ」と戒斗は肩を揺らして返し、

「まだ例のお嬢さんの顔すら拝んでないんだ、たった三人でいきなりドンパチってのは避けるべきだろ?」

「分かってるよ、言ってみただけ。……でもホントにどうしようか」

「事前に決めた予定では、通気口から潜入するということになっていましたが……戒斗、見えますか?」

 呟いた遥に「今探してる」と返しつつ、戒斗は尚も双眼鏡で探し続ける。

 と、その直後に戒斗はやっと(くだん)の通気口を見つけた。

「……あったぜ。キャットウォークのところ、向かって左の監視塔のすぐ近くだ」

「少しお待ちを。……ええ、こちらでも確認しました。サイファーの情報通りですね」

「怖いぐらいに正確だな、マジで何者なんだ……?」

「今それを考えるのは止しましょう。とにかく今は――――」

 そう、遥が言いかけた時だった。

「ッ、何か近づいてくる……!」

 何かに気付いた紅音がハッとした直後、どこからかバタバタバタ……とけたたましい音が聞こえてくる。

 間違いない、ヘリコプターの飛行音だ。こちらに近づいてきている……!

「マジかよ……二人とも、伏せろっ!」

 こんな時に、まさか気付かれたのか――――?

 苦い顔を浮かべつつ、戒斗は他の二人と一緒にその場に伏せる。

 だがそれは杞憂だったようで、近づいてきたヘリコプターは三人の上をそのまま素通りすると……ちょうどエルロンダイクの真上で止まった。

 空中で静止しホバリングしながら、ゆっくりとヘリポートに降りていく。

「……どうやら、単に飛んできただけのようですね」

「ったく、驚かせやがって……」

 そう呟く遥の横で起き上がりつつ、戒斗は小さく毒づきながら双眼鏡をまた覗き込む。

 見ると、ヘリポートに着陸したのは軍用のヘリコプターのようだ。

 だが、どうも普通のヘリじゃない。

 やたらと角ばったそのフォルムは、どこかステルス戦闘機を思わせる……そう、あれはステルスヘリコプターだ。

 RAH‐66コマンチ。かつてアメリカが1990年代に開発していたステルスヘリだ。

 偵察と攻撃の両方をこなせるステルスヘリという売り文句だったが、しかし計画遅延の果てに開発が中止されてしまった不遇の機体。こんなものが、どうしてミディエイターの施設に飛んできたのか……?

 第一、コマンチは試作機がたったの二機しか存在していないし、それも今は博物館入りしている。そもそも飛んでいること自体があり得ないはずの機体だ。

 とすればミディエイターが何らかの手段でデータを入手し、自前で作った機体ということになるが……。

 何にしても、奇妙なヘリであることに間違いはなかった。

「……コマンチか、試作で終わったステルスヘリがなんでこんなところに……?」

「私にも分かんないよ、そんなこと」

「……どうやらミディエイターは、私たちが想像するよりも遙かに大きな組織のようですね」

 疑問を呟く戒斗と、それに返す紅音と遥。

 戒斗はそれに「みたいだな……」と神妙な声で返しつつ、そのコマンチの様子を双眼鏡で窺う。

 着陸したコマンチはやがてエンジンを停止させて、高速回転していたメインローターが止まる。

 そうすればキャノピー横が開いて、乗っていた二人がヘリポートに降り立った。

 双眼鏡越しに戒斗が見つめる、その視界の中。コマンチから降りてきたのは――――。

「ッ、あの二人は……!?」

 ハッと顔を青ざめさせた戒斗は、双眼鏡を放り捨ててSR‐25スナイパーライフルを構える。

 構えたライフル、そのスコープの向こうに見える二人の顔。

 それは――――どういうわけだかあの二人、戦部暁斗と長月八雲の二人だったのだ。

 スコープのレンズに切られた十字のレティクル、その中心に暁斗の横顔を捉える。

 ヘリポートにやって来た数名の兵士たちに出迎えられて、彼らと談笑を交わす暁斗。そのすぐ傍に八雲の姿もある。

 距離はそう遠くはない、十分に狙える距離だ。後はこのトリガーを引きさえすれば――――。

 ほんの少しの逡巡(しゅんじゅん)を経て、戒斗はトリガーに人差し指を触れさせた。

「…………戒斗、待ってください」

 が、それを遥が横から制する。

 手を伸ばし、彼の構えていたライフルを下げる遥。それに戒斗が「なんで止める!?」と返せば、遥は静かに首をふるふると横に振り。

「今は、博士を救出するのが最優先です。ここで騒ぎを起こせば……それも難しくなってしまいます」

「だが、絶好のチャンスだぞ……!?」

「それでも、今は駄目です。……落ち着いてください戒斗、貴方らしくありませんよ?」

 焦る戒斗に、あくまで冷静な声で遥は言う。

 そんな彼女の顔を見て、戒斗は一度目を閉じて。大きく深呼吸すると……構えていたライフルを静かに下ろした。

「………すまん、先走り過ぎたな」

「いえ、お気になさらず。気持ちは私も同じですから」

 遥に小さく詫びながら、戒斗は放り捨てた双眼鏡を拾い上げる。

 改めて覗いてみると、もう暁斗たちはコマンチの傍を離れていて。ちょうどドアを潜って施設の中に消えていくところだった。

『――――僕だよ、皆聞こえるかな?』

 と、そうした時にマリアからの通信が入ってくる。

「聞こえてるぜ、マリア」

『こっちは一旦戻って、今は燃料補給の最中だ。そっちの状況はどうだい?』

「可もなく不可もなく、って言いたいところだが……ちょっとマズいことになった。暁斗と八雲……遥の兄貴がエルロンダイクに来やがったんだ」

『……なるほど、確かにマズい状況だね。一応確認しておくけど、まだ仕掛けてないよね?』

「寸前だったがな、遥が止めてくれた」

『オーライ、なら結構だ。カイトのことだから、そういう状況なら絶対仕掛けると思ってたけれど……ナイスフォローだよ、遥ちゃん』

「いえ、大したことはしていません」

『……とにかく、あの二人が居たところで目的は一緒だ。今回はあくまで瑠梨ちゃんの救出が最優先、可能な限り戦闘は避けてくれ』

「了解だ、善処する」

『合図があればいつでも出られるよう、僕も準備しておくから』

 それだけを言って、マリアは通信を切った。

 戒斗はふぅ、と息をつき、双眼鏡を懐にしまう。そうして遥と紅音の方に振り向いて、二人の顔をチラリと見る。

「さてと、それじゃあ始めるとしようぜ」

「とにかく、今は内部に潜り込むのが先決だね……戒斗、援護は任せたよ」

「……参りましょう、お二人とも」

 分厚い雪の地面を踏み締めて、立ち上がる三人。

 雪と氷に覆われた極寒の雪山で、状況は静かに動き始めるのだった。

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