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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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第二章:永劫回帰のバラード/02

「……やはり、戦う気なのかい」

 菫が呟いたその一言は、そう言ってくるんじゃないかと察していたような感じだった。

 それに戒斗はああ、と頷くと。

「あんたが一度は放棄したサイバーギアを、連中はまだ蘇らせようとしている。それは……ほぼ確実だ。俺たちは遅かれ早かれ、その化け物に真っ向勝負を挑む羽目になる」

「……正気の沙汰じゃないよ、それは。アレは私が知る限りでもとんでもない代物だ。私と恭介くんが携わっていた頃から時間が経ち、よりテクノロジーが発展した今ともなれば……その能力は私の想像すらも凌駕するだろう。ここまで話しておいてなんだが……悪いことは言わない、やめておいた方がいい」

「出来ることなら、俺もそうしたいんだがな。だが……俺たちは現にミディエイターと戦ってるんだ。サイバーギアとの戦闘は避けられない。何より……俺たちは、そのサイバーギアの開発に協力させられている女の子を、助け出さなきゃならんのでな」

「……女の子?」

「葵瑠梨、飛び級したMITを主席卒業したとんでもない女の子だ。知らないか?」

「いや……生憎とそういうのには疎くってね。だが……そうか、戦いは避けられないか。そうだろうね……琴音ちゃんが狙われている以上、私も見て見ぬふりは出来ないか」

「協力、してくれるんだな?」

 確認じみた戒斗の言葉にああ、と菫は静かに頷き返す。

「だが私が携わっていたのは随分と昔のことだ。あの時と今とでは構造も何もかも、随分と変わっていると考えていい。可能であれば詳細を知りたいんだが」

「そう言うと思って、用意はしてある」

 戒斗は頷くと、懐から取り出したものをひょいっと菫に投げ渡した。

 飛んできたそれをキャッチして、開いた菫の手のひらに収まっていたのは――小振りなUSBメモリだ。

 こんなこともあろうかと、転ばぬ先の杖というやつだ。サイファーからマリアに提供されたプロジェクト・エインヘリアルに関するデータのコピーが、このUSBメモリの中には記録されている。

「戒斗、いつの間にこんなものを……」

「この件について、二人に今日話すってのは決めてたからな。本当は遥に渡そうと思って用意してたものなんだが……まさか、こんな形で役に立つとはな」

 きょとんとした遥に戒斗が答えて、遥が「なるほど……」と納得する傍ら。菫はデスクの方に歩いていくと、受け取ったそのUSBメモリを自分のパソコンに差し込む。

 椅子に座って、格納されているデータと睨めっこすること少し。

「これは……完璧とは言えないが、十分なデータは揃っている。こんなものをどうやって手に入れたんだい?」

 向き合っていたモニタから視線を上げると、菫は驚いた顔で戒斗たちの方を見ながら言った。

 それに戒斗は「俺も知らんよ」と大袈裟なぐらいに肩を竦めるジェスチャーをして、

「ただ、データが欠けてるのは知ってる。どのぐらい足りないんだ?」

「割と足りてない、としか言えないね。私も計画の全容を把握していたわけじゃないから。とはいえ……これは凄いな。あのミディエイターを相手に、よくこれだけの情報を集めたものだ」

「全くだぜ、俺にはちんぷんかんぷんだ」

「……とりあえず、このデータに関しては私の方でじっくり精査してみる必要がある。君の質問に答えるのは、その後でもいいかい?」

「構わねえよ、餅は餅屋だ。そもそもが専門家の意見を聞きたくって、あんたに接触することになったわけだしな」

「ふむ、しかし興味深い……ミディエイターはここまで進めていたのか……」

 どうやら菫は、戒斗が渡したデータにすっかり興味津々の様子。

 それを見た戒斗が小さく肩を揺らしていると、すると菫はまたモニタから視線を上げて。

「……しかし、解せない点がひとつあるね」

 と、意味深なことを呟いた。

「っていうと、なんなんだ?」

「琴音ちゃんが狙われている理由だ。私には思い当たる節が無いからね」

「……確かにな」

 言われてみれば、その通りだ。

 彼女の父親・折鶴恭介がミディエイターと関わっていたという新事実は判明したが、しかしそれだけでは理由が弱すぎる。彼がプロジェクト・エインヘリアルに携わっていた頃、琴音はまだ幼い子供だったはずだ。そんな彼女をミディエイターが今になって狙う理由が分からない。

「ありがちな理由ですが、琴音さんのお父上が生前に何かを託されていたとか……?」

 菫と戒斗がうーんと唸る横で、ボソリと遥が呟く。

 しかしそれに菫は「いや、それはないね」と即座に首を横に振り、

「彼はそういうものを大事な娘に渡すような男じゃなかったよ。そんなものを渡せば、いずれ琴音ちゃんの身に危険が及ぶことは明らかだ。彼は……恭介くんは、そこまで愚かじゃない」

 と、キッパリと否定した。

「……すみません、あまりに安直すぎましたか」

「いや、気にしないでくれたまえよ。君の……ええと、君の名前を聞いていなかったね」

「長月遥と申します。宗賀衆は上忍、忍名は『雪華(せっか)』……以後お見知りおきを」

「……すまんが戦部くん、通訳を頼めるかい?」

「あー、要はニンジャってことだ」

「おいおい……まあいい、その辺りの説明はおいおい訊くとしよう。今あれこれ追及したら話が逸れてしまうからね」

 コホン、と咳払いをした菫はまた遥の方に視線を戻すと。

「で、遥ちゃんだったか。君の考えは尤もだよ、まずはそう考えて当然だ。何も間違ってはいない、私の言い方が少し強かったね。すまなかった」

「いえ、そんな……しかしそうなると、余計に謎が深まるばかりですね」

 うーん、と遥が悩ましげに唸る。

 その横で同じように琴音も思案していて、彼女はふと何か思い当たると。

「えっと、もしかして……私そのものが目的だったりとか、しない?」

 なんてことを、何気ない調子で口にした。

「あは、あははは。それは流石に無いよね、うん無い無い。ちょっと自意識過剰すぎるね、私って。あははー……」

 直後にそう琴音は苦笑いで誤魔化そうとしたが、しかし菫はハッとして。

「…………いや、あり得ない話じゃないかも知れないね」

 と、琴音の顔を見ながら呟いた。

「えっ?」

「今の状況を見ると、そうとしか思えないのは事実だ。一応確認しておくけれど、恭介くんに何か大事なものだって渡されたりはしていないんだよね?」

「あ、うん。特にそういうものを貰った覚えはないかな」

「だったら、今考えられる可能性はそれしかない。理由までは分からないが、ミディエイターは琴音ちゃんそのものを手中に収めようとしている……少なくとも、現段階での私の見解はこうだ」

「……ま、確かにそれしかねえわな」

 菫の言うことは、至極尤もだった。

 今の段階で手元にある情報から考える限りだと、そう判断せざるを得ない。どういう意図があってかはともかく、奴らは琴音が持っている何かを欲しているわけじゃなく、折鶴琴音という一人の少女そのものを欲している……と、そう考えるしかない。

 無論、これはまだ推測の域を出ていない。

 だから確定した事実ってわけじゃないが……少なくとも現段階では、そう思っておいて損はないだろう。

「ま、とにかくサイバーギアに関してはじっくり情報を精査してみる。私の中で色々と整理が出来た段階で、また改めて連絡するよ……これが私の連絡先だ」

 言って、菫は走り書きしたメモ用紙を三人にそれぞれ手渡した。

「ありがとよ先生、これから世話になるな」

「いいさ、元々は私たちが始めたことだからね」

 礼を言う戒斗に言って、菫はスッと琴音の方に視線を向ける。

「……こうなったら、私も腹を括ったよ。君らの戦いに関して、私は協力を惜しまない。何より……昔、恭介くんと約束したからね」

「パパと、約束……?」

 首を傾げる琴音にああ、と菫は頷いて。

「自分に何かあったら娘を、琴音ちゃんをよろしく頼むと――昔、恭介くんに頼まれたことがあってね。遅すぎるかも知れないけれど、あの時の約束を……今、果たそうと思ったんだ。それが君らに私が何もかも打ち明けて、手を貸そうと決めた……一番の理由だよ」

 と、どこか遠い目をして……少しだけ寂しそうな顔で見つめながら、菫はポツリと呟いていた。





 外に出る頃には、いつの間にか雨が降り出していた。

 しとしとと小雨が降り注ぐ敷地を、足早に通り過ぎて立体駐車場へ。停めていた車に乗って駐車場を出る頃になると、雨は急に勢いを増していて……小さな物音なんてかき消されてしまうほど、強く降りつけていた。

 激しく叩きつけるような強雨が降る街中に、戒斗はカマロを走らせる。

 ワイパーを最高速で動かして、やっと追いつくぐらいの大雨だ。そんな雨粒がボディを叩く音が聞こえる中、しかしこれといった会話は無いまま……ただ無言のままに、彼は二人を乗せた車を走らせていた。

「…………」

 チラリ、とバックミラーを見る。

 そこに映るのは、後部座席に座る琴音の顔。頬杖を突いて窓の外をぼうっと眺める彼女の横顔を、バックミラー越しに戒斗は見た。

 そんな琴音の横顔には……なんとなく、重たい雰囲気が滲んでいる。

 いつもの能天気な彼女らしくない、物憂げな表情だ。でも琴音がそんな顔をしている理由は分かる。だからこそ戒斗は不思議に思わなかったし、また彼女に掛ける言葉も見つからないでいた。

 折鶴恭介が、自分の父親がミディエイターに深く関わっていた。

 大好きだった父親が、自分を今も付け狙っている謎の組織に関与していたのだ。琴音が受けた衝撃は、その心の動揺は……戒斗にはとても推し量ることなんてできない。

 それを分かっているからこそ、戒斗はそんな彼女の横顔をバックミラー越しに見るだけで、どう声を掛けていいか分からないでいたのだ。

「ん……大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 そんな戒斗の視線に気付いてか、それとも単にタイミングが重なっただけか。

 窓の外を見つめたまま、琴音はポツリと呟いた。

「びっくりは、したよ? 正直まだ心の整理はついてないや。でもね……パパは何もやりたくてやってたわけじゃなかった。最初は純粋に良いことだと信じて、その後も私やママを守るために……何よりも、世界をより良くしたかった。それが分かっただけでも、私は大丈夫だから」

「……琴音さん」

 助手席の遥が、案じたような表情を浮かべる。

 その後でチラリと戒斗の方を見るから、戒斗もコクリと静かに頷いて。

「なあ、琴音」

 と、後ろの彼女に声を掛ける。

 すると「なに?」と、今度はこちらに顔を向けながら琴音が反応した。

 互いの視線が、バックミラー越しに向かい合う。

 そんな彼女の顔を見ながら、戒斗は一言。

「…………無理は、するなよ」

 ただ一言、それだけを琴音に言った。

「うん……ありがと、二人とも」

 それに琴音はニコリと微かに笑って、また窓の外に視線を移すと……後は何も、言わなかった。

 響くのは雨粒が車の屋根を激しく叩く音と、ワイパーが窓をキュッキュッと撫でる音。そして……互いの息遣いと、V8エンジンの乾いた音色だけ。

 雨に濡れた窓の向こうに見えるのは、同じく雨に濡れた東京の街並み。摩天楼ひしめく都会の中に紛れるように、カマロは雨風を切って走り抜けていく。

 そんな街中に車を走らせる戒斗の横顔を、隣から遥がチラリと見る。

 だが、何も言うことはない。

 彼女もまた、何を言っていいか分からないでいたのだ。同時に今は琴音をそっとしておいてやった方がいい。そんな思いもあって、遥は戒斗をチラリと見るだけで、何かを言おうとはしなかった。

「――――『巷に雨の降るごとく』」

 そんな彼女の視線を感じながら、車を走らせながら……戒斗はポツリ、と呟いた。

「『我が心にも、雨ぞ降る』……誰の詩だったか」

「確か……ヴェルレーヌの詩、でしたか」

 呟いた遥に「ああ、そうだったな」と、戒斗はフッと小さく笑って頷く。

「心の傷は、いつか時が癒してくれる。きっと、こんな雨みたいに……流れゆく時間が、何もかも洗い流してくれるさ」

「……そう、でしょうか」

「あくまで俺の経験則だが、な。だが今は……そう、信じていたい」

「私も……そう、思います」

 遠くを見つめながら、ハンドルを握りながら呟いた戒斗に、遥もコクリと静かに頷き返す。

 ――――巷に雨の降るごとく、我が心にも雨ぞ降る。

 降りしきる激しい雨は、まだしばらく止みそうになかった。





(第二章『永劫回帰のバラード』了)

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