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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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第二章:永劫回帰のバラード/01

 第二章:永劫回帰のバラード



「そんな……」

「マジかよ、琴音の親父さんが……?」

「……嘘、でしょう………………?」

 今は亡き琴音の父親が、折鶴恭介がミディエイターに関わっていた。目の前に居る彼女、月詠菫とともに……プロジェクト・エインヘリアルに、サイバーギアの開発に関わっていた。

 菫が告げたその言葉に、遥と戒斗、そして琴音の三人は……その衝撃のあまり、言葉を失っていた。

「信じられないだろうし、信じたくはないだろう。琴音ちゃんにこれを伝えることが、どれほど残酷なことかは理解している。だが……すまない、これは紛れもない事実なんだ」

 そんな三人に向かって、菫もまた……苦虫を噛み潰したような、そんな暗い表情でそう口にする。

 嘘を言っているとは、思えなかった。

 こんな状況で嘘をつく必要もないし、恐らく彼女はそういう人間でもないだろう。

 だから、これは紛れもない真実の話なのだ。

 折鶴恭介は――琴音の父親は、ミディエイターに手を貸していたということは。

「……最初のうちは、私も恭介くんも知らなかったんだ。単に完全義体を実用化に漕ぎつけるためのプロジェクトだと、私たちはそう信じていたんだ」

 琴音たちの返す言葉を待たずして、菫は敢えて淡々とした口調で話し始める。

 それは、遠い日の記憶。菫にとってはきっと思い出したくもなかっただろう、彼女にとって懐かしくも忌まわしい……そんな過去の話を、菫は琴音たちに話し始めていた。

「私はサイバネ技術の専門家として、彼は脳科学のプロフェッショナルとして招かれた。最初の頃はそれはそれは楽しかったさ、それに使命感にも燃えていた。私も恭介くんも、まだ若かったからね……世界でまだ誰も成功したことのない、完全義体化を成し遂げてやると。そのことだけを考える毎日だったよ」

「……で、奴らの真意をいつ知ったんだ?」

 と、やっと口を開いた戒斗が静かな声で問う。

 すると菫は「一年ばかし、経ったぐらいだったかな」と答えた。

「だが、その頃にはもう後戻りできなくなっていた。深いところまで知ってしまっていたし、何より恭介くんに関しては……彼らは特に言わなかったが、人質を取られているようなものだったからね」

「人質っていうと、つまり……そういうことか」

 暗に悟った戒斗にああ、と菫は頷いて。

「彼の家族、つまり――琴音ちゃん、君と君のお母さんだよ」

 そう、やはり敢えて淡々とさせた口調で言った。

「そんな……そんなの、そんなのって……」

 琴音は、またも言葉を失っていた。

 無理もない話だ。あくまで他人である戒斗や遥と違って、彼女にとっては……実の父親の話なのだ。そんな琴音が心に受けた衝撃は、きっと二人の想像が及ばないほどに強いに決まっている……。

 そんな彼女を、辛そうな目でチラリと一瞥すると。菫はそのまま話を続けていく。

「あの時点ではもう、後戻りは出来なくなっていた。それもあるけれど……何よりも、私たちは信じてみたかったんだ。ミディエイターの掲げる理想を、ね」

「ミディエイターの、理想……?」

 怪訝そうに呟いた遥に、菫はコクリと黙って頷き返すと。

「彼らの理想、それは――――全人類を、争いから永久に解放することだ」

 そう、ゆっくりと静かな口調で告げた。

「なっ……」

「……馬鹿な!」

 ――――全人類を、争いから永久に解放する。

 それが、ミディエイターの掲げた理想だとでも、奴らが暗躍する目的だとでもいうのか。

 菫の口から飛び出してきたその言葉に、遥は絶句し、そして戒斗は思わず声を荒げてしまう。

「そういや、遥の兄貴も似たようなこと抜かしてやがったが……マジで言ってんのかよ、それ……!」

 続けてそう、かつて遥の兄が――長月八雲が言ったことを思い出しながら、戒斗が呟く。

 それに菫は「意味が分からない、と言いたいのだろう」と淡々とした口調のままで返すと。

「特に、君のような稼業であれば尚更だろうね。しかし――事実として、ミディエイターはそれを最終目的として動いている。あの頃から、恐らく今も変わらないだろう。サイバーギアも何もかも、プロジェクト・エインヘリアルそのものが……その目的を成し遂げるための、手段でしかないんだ」

「そんなの馬鹿げてる、なんてレベルじゃないぜ……ソイツは不可能だ! 出来るのならとっくの昔にどこかの誰かがやっちまってる! それが出来るほど……人は、賢く出来ちゃいないんだ!」

 ただただ戸惑い、声を荒げる戒斗。

 それに菫は「ああ、その通りだ」と肯定の意を示す。

「だが、ミディエイターはそれを本気で成し遂げようとしている。サイバーギアはそのための力だ。そして私たちは……あの時の私たちは、それを信じてみたかったんだ。私も、そして恭介くんも……あの頃の我々は、まだ若すぎたから」

「……若気の至りとでも、言いたいのか?」

「否定はしないよ、戦部くん。事実として若気の至りとしか言いようがない。そして愚かだったよ……例え世界平和のためといえ、あんな化け物を創り出そうとしていたなんて、あの頃の私たちは……あまりに若く、そして愚かだった」

 目を細めて、その瞳の奥に深い悲しみと後悔を滲ませて……菫はそう、呟いていた。

 そんな彼女の方に、今まで黙っていた琴音は一歩だけ近づいて。そして彼女の顔をじっと見つめる。

 薄っすらと涙に濡れたガーネットの瞳が、菫の翠色をした瞳と真っ直ぐに向き合う。

 注がれる彼女の視線から、菫は思わず目を逸らしそうになったが……でも、グッと堪えて正面から向き合った。ここで彼女から目を背けてはいけないと、そう……思ったから。

「菫お姉ちゃん……ひとつ、訊いてもいい?」

 そんな菫に向かって、琴音は静かに問いかける。その声は、僅かにだが震えていた。

「なんだい、琴音ちゃん」

「私のパパは……折鶴恭介は、そのせいで死んじゃったの? そんなものに関わっていたせいで……ミディエイターに、殺されたの?」

 彼女が投げかけたその問いかけを聞いて、戒斗と遥はハッとする。

 ――――折鶴恭介は、ずっと昔に交通事故で死んでいる。

 それは今まで、特に気にも留めていなかったことだ。しかし菫が話したことを踏まえると……偶然の事故死という以外に、もうひとつの可能性が浮かび上がってくる。

 もしかして、折鶴恭介はミディエイターに消されたのではないか――――。

 その可能性に至ったからこそ、琴音は問いかけたのだろう。

「……いや、それは違うよ」

 だが菫はそんな彼女の疑問を、すぐに首を横に振って否定した。

「彼は消されてなんかいない。あれは本当に偶然の、不幸な事故だったんだ」

「……本当、なの?」

「現に今もこうして私が生きていることが、その証明になってくれると思いたいんだがね」

 言われてみれば、その通りかもしれない。

 かつてミディエイターに手を貸していたにしては、彼女が今もこうして生きているのは不自然なことだ。

 もしかしたら、今も協力関係にあるのではないか……と戒斗は一瞬思ったが、でも違う。昨日会った時のあの口振りから察するに、今はもう菫とミディエイターとの縁は切れている。仮にそうじゃなければ、知りすぎた戒斗には既に刺客が差し向けられていてしかるべきだ。

 が、現に一度として襲撃は受けていない。

 それが菫とミディエイターの縁が切れている何よりもの証明だし、同時にそれは……彼女が今言った言葉を裏付けてもいた。

「脳科学のスペシャリストだった彼は、完全義体化を実現するための要……つまり機械の身体に脳を移植し、それを安定させるための研究を日々重ねていたんだ。しかし恭介くんが事故で亡くなったことで、安定した脳移植を実現する目途は立たなくなった。そのままサイバーギアは開発続行不能と判断されて、プロジェクトは凍結……私は解き放たれた、というわけさ」

「……それこそ、口封じに消されそうなもんだがな」

 戒斗がそう言うと、菫は「確かにね、私もそう思っていた」と小さく肩を竦めて頷く。

「が、あの時点で私は学会でもサイバネ技術の権威として名が通っていたからね。つまりは有名人だったわけで……そんな私の口を下手に封じれば、却って大事になりかねないとミディエイターは考えたのだろう。プロジェクト・エインヘリアルについて一切の口外をしないことを条件に、私は彼らから解き放たれたのさ」

 ――――これまでの話を、少し整理しよう。

 月詠菫は今は亡き琴音の父親・折鶴恭介とともにサイバーギアの開発に関わっていた。菫はサイバネティクス技術の専門家として、恭介は脳科学のプロフェッショナルとして。どちらも優れた科学者であった二人は、人類が未だ実現していない完全義体化――即ち、脳以外の全てをインプラントに置き換えることを実現するために、ミディエイターによって集められた。

 当初は何も知らなかった二人だが、しかし研究を始めて一年ちょっとのタイミングで、実はミディエイターという秘密結社が裏で糸を引いていたことを知った。

 だが、まだ若かった二人はミディエイターの掲げる理想――全人類を争いから永久に追放する、即ち世界平和の実現という理想を信じたくて、サイバーギアの開発に協力し続けることにした。

 もちろん理由はそれだけでなく、恭介に関しては実質的に彼の家族、つまり琴音や彼女の母親が人質に取られていたというのも大きかったが。

 とにかく、菫と恭介はサイバーギアの開発を続けていた……が、恭介が亡くなってしまった。それはミディエイターに消されたわけじゃなく、本当に偶然の事故だった。

 そして恭介の死によって、サイバーギアの要たる安定した脳移植を実現する目途が立たなくなり、結果としてサイバーギア開発計画は凍結。その時点で既にサイバネティクス技術の権威として有名だった菫は、口封じに消されることはなく……計画に関する一切のことを口外しないのを条件に、再び自由を手に入れた。

 ――――と、整理するとこんな感じだ。

「なるほどな……話は分かった」

 戒斗は呟くと、チラリと菫に視線を向ける。

 いつの間にか移動していた菫は――またさっきのように壁際にもたれ掛かりながら、うつむいていた。

 その暗い横顔に滲むのは、深い懺悔と……懸念の色。

「ひとつ、あんたに訊きたいことがある」

 そんな彼女に向かって、戒斗は問いかける。

「……なんだい? ここまで話しておいてなんだが……今の私はとても無力だ。まして君のように戦う力もない。生憎だがこの私では、君の力にはなれないと思うがね」

 暗い横顔のまま、横目の視線を投げかけてくる菫。

 戒斗はそんな彼女と視線を交わし合いながら、静かな口調で問うのだった。

「――――教えてくれ、生身の俺たちがサイバーギアを、完全義体の化け物を殺す方法を」

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