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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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第一章:Early Summer Days/05

 そうして街中を走ることしばらく、やっと目的地の医大病院に辿り着いた。

 国立の病院で、広大な敷地の中に医科大学と附属病院が同居している施設だ。だから病院としての機能以外にも、大学棟や研究棟といったものも併設されている。

 そんな医大病院の立体駐車場にフェラーリを停めて、香華は戒斗を連れて中に入っていく。

 立体駐車場を出て、そのまま研究棟のひとつに直接向かう。ここには何度も訪れているらしく、香華は勝手知ったる顔で迷わずに歩いていった。

 そうして向かった先は、一番目立たない敷地の隅っこにある研究棟。その中でも一番端にある……人があまり寄り付かなさそうな、薄暗い研究室だった。

「……なあ、本当にここなのか?」

 廊下の端っこ、そんな研究室のドアの前に立った戒斗が怪訝そうな顔で呟くと、香華は「そうよ」と頷いて肯定する。

「間違いないわ、驚く気持ちは分かるけどね」

「一応、その筋の権威っていわれてる先生なんだろ? こんなカビくさい場所に追いやられてるってのは、なんだか意外でな……」

「変わり者なのよ、月詠先生は。……素晴らしく優秀な人っての間違いないんだけど」

「なるほどな……とにかく、入ってみようぜ」

 小さく肩を揺らして言う戒斗にそうね、と頷き返し、香華は目の前のドアを叩く。

 コンコンコン、とノックすること三回。

『――――開いてるよ、好きに入りたまえ』

 ドアの向こうから返ってきたのは、そんなダウナー気味な女医の声だ。

 いかにも気だるそうな、やる気なんて欠片も感じられない気の抜けた声。でも言葉自体はなんというか尊大で、この辺りからもう変人のオーラが漂っている。

 その声に促されるように、二人は部屋に入っていった。

 ガチャッとドアを開けて、香華を先頭に足を踏み入れる。

 そうして入っていった研究室の中は――なんというか、雑多という印象だった。

 埃っぽいというわけではないのだが、とにかく物が多いのだ。研究室らしく実験器具ばかりなのだが、その大半は医療系とは全く関係なさそうな機械ばかりで……どちらかといえば、医大というより工科大学の実験室のような感じだ。

 まあそれだけじゃなく、単に物があちこち散乱している環境ではある。

 明らかに私物と思しき雑多なあれこれが物凄く雑に放置されているし、部屋の隅には無数のダンボールが……未開封とか開封済みとか、空き箱とか。とにかく山積みになって置かれていた。

 つまりは汚部屋(おへや)の一歩手前だ。

 そんな研究室の一番奥、ドアから見てまっすぐ突き当たりにある大きなデスクの向こうに、(くだん)の彼女の姿はあった。

「やあ香華ちゃん、と……そちらの君は話していた例のお客人だね」

 ギシギシと軋む椅子をくるりと回して、こちらに向き直った彼女。椅子の肘掛けで頬杖を突きながら、値踏みするような視線をこちらに向けてくる彼女こそが――あの、月詠菫だった。

「ふむ、その感じだと興味本位で来た学生って雰囲気でもなさそうだね。香華ちゃんが手ずから連れてくるような子だから、そうだろうとは思っていたが」

 細めた目で、じっと戒斗を遠巻きに眺めながら彼女は言う。

「ああ、君の疑問は言わずとも分かる。どうして私のような人間が、こんな辺鄙(へんぴ)な場所に研究室を構えているか……だろう? 自分で言うのもなんだが、私はいわゆる変人の類でね。しかしなまじ実力も功績もあるものだから、大学も私を扱いかねて……その結果が、この誰も寄り付かないような場所というわけさ」

 そんな彼女は、まるで戒斗の内心を見透かしたかのように――彼が何も言わない内から、その疑問に答えてみせた。

「おっと、名乗るのが遅れてしまったね。月詠(つくよみ)(すみれ)だ。当然知っているだろうが、改めて名乗らせてもらうよ」

 続けてそう言うと、椅子から立った彼女はスタスタとこちらに歩み寄り――スッと手を差し出し、握手を求めながらそう名乗ってみせた。

 ――――月詠(つくよみ)(すみれ)

 なんというか、写真で見たイメージ通りの雰囲気だった。

 濃い紅色(べにいろ)の髪は腰丈のウェーブロング、目元に濃い(くま)の目立つ瞳は翡翠色。背丈は166センチとそこそこ高めだが、肌は病的なまでに青白くって……羽織る白衣がよれよれで皺だらけなこともあってか、凄まじく不健康に見えてしまう。

 それこそ、仮にも医者の先生がこれでいいのかと思うぐらいに。

「あ、ああ……戦部戒斗だ」

 そんな彼女が差し出してきた手を握り返し、握手を交わしながら戒斗も名乗り返す。

「ふむ、戦部くんか……で、そんな君は一体何の用があってこの私を訪ねてきたのかな。香華ちゃんの知り合いなら、普通の男の子ってわけじゃあなさそうだが」

「直接あんたに訊いて、確かめたいことがあってな。香華があんたと知り合いだってんで、協力してもらったまでのことだ」

「はっ、良いねえ。君のその誰にだって物怖じしない感じ、実に私好みだ」

 愉快そうに言って、菫は研究室の窓際の方に歩いていく。

「で、私に確かめたいことっていうのは何かな?」

 そうしてブラインドの下りた窓の傍に立ちながら、菫はそう訊き返してきた。

「とても、重要なことだ。俺にとっても、あんたにとっても」

「面倒な前置きはいいよ、聞かせておくれ」

「――――『プロジェクト・エインヘリアル』」

 ボソリと戒斗がそのワードを呟いた瞬間、菫の顔がピクリとほんの僅かに反応したのを、戒斗は見逃がさなかった。

 どうやら脈アリらしい。例のサイファーとかいう正体不明のクライアントの情報は正しかったようだ。

「…………ほう?」

 菫は顔色を変えず、しかし興味深げな視線をチラリと横目で彼に向ける。

「もっと言うなら、あんたが関わっていた完全義体のサイボーグ兵士……サイバーギアについて色々と訊きたいことがある」

 そんな彼女の視線に、スッと目を細めた戒斗も真っ直ぐ視線を向け返しながら、静かにそう言葉を続けた。

 菫と戒斗、静かな研究室の中で二人の視線が交錯する。

「……香華ちゃんが連れてくるぐらいだから、只者じゃないとは思っていたが……まさかサイバーギア絡みとは思わなかったよ。懐かしい名前だ……しかし、君のような若者がそれを知っているとは意外だ。ねえ香華ちゃん、彼は一体何者なんだい?」

「スイーパー、と言って貴女に分かって頂けるかしら?」

「ふむ、残念ながら私には理解不能だ」

「要はフリーランスの殺し屋ですよ。彼はミディエイターに真っ向から戦いを挑んでいるんです。プロジェクト・エインヘリアルのことも、それに月詠先生……貴女が関わっていたことも、その中で知ったことです」

 香華がそう言うと、菫は少しの間だけ無言のままにそっと目を伏せて。

「……残念だが、あの計画について私の口から話せることは何もない」

 また視線を二人の方に向けると、静かにそう拒絶の意思を示した。

「それと香華ちゃん、この件にはあまり深入りしない方が身のためだ。ミディエイターやプロジェクト・エインヘリアルについて、君がどれだけ把握しているかは知らないが……君が関わるべき相手じゃない」

「本当なら、そうするのが一番なのかも知れませんね。でも私だってもう当事者みたいなものなんです。現に……間接的にだけれど、私もミディエイターに狙われましたから」

「……というと、例の噂は本当だったようだね」

「噂、ですか……?」

「君のところの豪華客船が謎のテロ組織に襲われたって噂さ。眉唾物の話だとばかり思っていたが……いや、連中が関わっていたのなら納得できる」

「あんたのその言い草だと、計画に関わっていたこと自体は認めるんだな」

 戒斗が言うと、菫は「ああ」と頷き肯定する。

「その部分に関しては、否定しないよ。私のところにまで辿り着くような君だ、嘘をついたって無駄だろうからね」

 だが――――。

「――――だが、私の口から話せることは何もない。プロジェクト・エインヘリアルのことも、サイバーギアのことも……もちろんミディエイターのことも。私から君に話せることは、残念ながら何もないよ。あの計画は……もう、終わったんだ」

「いや、終わってない。一度は終わったのかも知れねえが……また、動き出している」

 視線を逸らした菫に戒斗は言うが、しかし菫は「終わったんだ」と遮るように言い。

「……少なくとも、私にとっては終わったことなんだ。ずっと昔に、終わったことなんだよ」

 と、口調こそ穏やかなれど……明確な拒絶の意思を、再び示すのだった。

「……すまないね、折角来てもらって悪いが、すぐにお引き取り願おうか」

 続けてそう、出ていけとやんわり戒斗たちに言う。

 ――――どうやら、取りつく島もないみたいだ。

 このままここに居座り続けて粘ったとしても、得られる情報は何もないだろう。本人に話す気が欠片もない以上、これ以上はどうしたって時間の無駄だ。

「……分かった。なら今日のところは(・・・・・・・)そうさせてもらう」

 だから戒斗は言うと「行こうぜ」と言って、香華を連れて素直に研究室を後にしていくのだった。

「ちょっ、戒斗……これでいいの?」

「良いんだ、今はどうしようもない。とにかく行こうぜ」

「わ、分かったわよ……すみません月詠先生、お邪魔しました」

 戒斗と、彼に手を引かれた香華が部屋を出ていく。

 ガチャっと音を立ててドアが閉まると、研究室には菫ただ一人だけになった。

 そんな一人きりの研究室で、指先でブラインドを少しだけ広げながら……窓の外を眺めながら、菫はポツリと呟いていた。

「もう、何もかも終わったんだ……私たちの若気の至りは。サイバーギアはもう、過去の遺物でしかないんだよ……」

 そうだろう、恭介くん――――?

 彼女の呟いた言葉は、誰もいない研究室の中で静かに反響して……そして、やがて消えていく。最初から何もなかったかのように、全てが嘘や幻だったかのように……ただ、霧散していった。

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