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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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第一章:Early Summer Days/04

 それから、数日後。

 月曜日のこの日、神代学園は期末テスト期間に突入していた。

 今日から一週間は午前中いっぱいで切り上げ、早いと一限目だけテストをやってすぐ下校だ。

 ちなみに、この日の二年E組は二限目まででおしまい。英語と数学のテストをこなせば、そのまま帰宅コースだ。

 で、そんなテストふたつを終えた後、学園の校門では――――。

「それじゃあ遥、すまんが琴音のお()りは頼んだぜ」

「ええ、承知しました。私にお任せください」

「んもー! お()りってなによお()りってぇーっ!!」

「へいへい、そう言うなって琴音。……じゃあ遥、頼んだぞ」

 神代学園の校門前、テスト一日目を終えた二年生たちが疲れた顔で帰路に就く中、琴音の護衛を遥に任せて――戒斗は二人とはここで別れていく。

「じゃあ戒斗、私たちは行きましょうか。一旦帰って着替えてからの方がいいわよね? 制服のまま行くっていうのもなんか変な気分だし」

「ああ、それで構わない。約束の時間まではまだまだ長いしな」

「だったら後で迎えに行くから、連絡したら降りてきて頂戴」

 香華とそう話しながら、戒斗は――彼女を迎えに来たリムジンに、一緒に乗り込んでいった。

 バタンと後部座席のドアが閉じられれば、リムジンは滑るように走り出していく。

 それを遥は琴音と二人で、ぼうっと校門前に立ったまま見送っていた。

「お兄ちゃんと香華ちゃん、最近なんか一緒なことが多いよねー」

 遠ざかっていく黒いリムジンを眺めながら、ポツリと琴音が何気ない調子で言う。

 それに遥も「言われてみれば、そうですね」と相槌を打ち、

「お二人は何かと気が合うみたいですから、仲良くなって当然なのかも知れませんね」

「へー、意外かも」

「そうですか?」

「うん、何となくだけどねー。香華ちゃんって生粋のお嬢様だしさ、お兄ちゃんと気が合うのは意外だなーって」

「戒斗はあまり立場とか、そういうものを気にしないタイプですからね。香華さんにとっては却ってそういう……フラットな目線、というのでしょうか。そういう接し方をしてくれる相手というのは、きっと嬉しいのだと思います」

「ふーん? 遥ちゃんって意外に細かいところまで見てるよねっ」

「自分では意識したつもりはありませんが……そう、でしょうか」

「うん、すっごい二人のことよく観察してるなーって感じ。流石はニンジャってことなのかなー?」

「忍かどうかは、あまり関係がない気もしますが……」

「いやー、でも本当に仲良さそうな雰囲気だよねー。もしかしてお兄ちゃんと香華ちゃん、私たちの知らない間にそういう関係になってたりして……?」

「それは、流石に……」

「無いとは言い切れないと思うよー? だってほら……転入早々にアレだったしさ、香華ちゃん」

 確かに、琴音の言う通りかもしれない。

 何気ない会話の最中、ふと遥はそう思っていた。

 琴音の言う、転入早々にアレというのは――無論、言うまでもなく香華が彼にキスをしたことだ。

 誰がどう見ても、それは香華のストレートな好意の表れ。まして元から気が合うようだった二人のことだ、もしかして本当にそういう、親密な関係になっていたとしても……決して不思議じゃない。

「……実際、どうなんでしょうか」

 そう思えばこそ、遥はそう――浮かべるのはいつもの薄い無表情ながら、どことなく言葉の端に動揺の色を滲ませて呟く。

 それに琴音も「んー、分かんないなぁ……」と、こちらもなんとも言えない微妙な声音で呟き返して。

「ま、二人が仲良くしてるのは私も嬉しいんだけどねー。でも……ちょっと気になるかな、ホントのところはどうなのかって」

「……いっそ、本人に直接訊いてみては?」

「んー、それはやめとく。なんか違う気がするからさ、そういうの」

 言って、琴音はうーんと大きく伸びをしてから。

「とにかく、この話はおしまいっ! 遥ちゃん、一緒に帰ろっ!」

 そう、敢えて自分から話に一区切りをつけた。

 それに遥も「……はい」と静かに頷き返し。

「では、帰りましょうか」

 琴音と一緒に、彼女もまた帰路に就くのだった。





 ――――と、少女二人がそんなことを話していたとはつゆ知らず。

 いつもの黒いロングコートの私服に着替えた戒斗は、自宅マンションのエントランス前で香華が迎えに来るのを待っていた。

 リムジンで彼女にここまで送ってもらって、私服に着替えたり、ゆったり昼食を摂ったりしてから……二時間ばかしが経った頃。もうすぐ着くと彼女からの連絡を受けて、こうしてここで待っているのだった。

 チラリ、と腕時計に視線を落とす。

 彼女から連絡を受けておよそ十分。そろそろ着く頃のはずだが……。

「っと、来た……か……?」

 そう思った矢先、遠くから車が近づいてくる気配がする。

 どうやら香華が到着したらしいと悟り、戒斗は顔を上げてその気配がする方に視線を向けたのだが……接近してくるそれを見て、戒斗はぽかんとした顔を浮かべてしまう。

 近づいてくる車は、思っていたリムジンじゃなかったのだ。

 てっきり香華のことだから、さっきも乗った黒いロールスロイスのリムジンで来るとばかり思っていた。しかし……甲高い音を立てて走ってくるそれは、とてもじゃないがリムジンとは似ても似つかない代物だった。

「はーい戒斗、待たせちゃったかしら♪」

 彼のすぐ目の前に滑り込んできたそれの運転席(・・・)から、声を掛けてくる香華。

 そう、どういうわけだか彼女が自ら運転してきたのだ。真っ黄色の――とてつもないスーパーカーを。

「な、なんちゅうもんで乗りつけやがったんだ……」

 驚き呆然とする戒斗の見つめる先、目の前にある黄色いスーパーカー。その正体は他でもない、誰もが知っているイタリアの跳ね馬だ。

 ――――フェラーリ・F12ベルリネッタ。

 そう、あのフェラーリだ。最早言うまでもない、世界最高峰にして最高級のマシン。あろうことか香華はそれを自ら運転して、ここに乗りつけてきたのだ。

 かつてはフェラーリのフラッグシップモデル――いわば看板車だった一台。寝そべられるほど長いボンネットの下に、740馬力を絞り出すV型12気筒のハイパワーエンジンを搭載したそれは……イタリア車らしい流麗なデザインも相まって、見る者全てを魅了する不思議な魔力に満ちたマシンだ。

 香華がそんなとんでもないもので乗りつけてきたのだから、戒斗がこうも呆然とするのも当然のことだった。

「前に言ったでしょ? 趣味で色々集めてるのよ。これもその一環なの」

「そ、そうだったな……」

 確かに以前、彼女は趣味でボンドカーをコレクションしているとは言っていた。かといってベルリネッタは別にボンドカーではないのだが……とにかく、こういうものを集めるのが趣味なのは間違いないようだ。

 驚きはしたが、でも香華らしい趣味かも知れない。

 普段クラスメイトとして学園で過ごしていると、どうしても忘れがちになってしまうが……彼女は西園寺財閥の跡取り娘、つまりはスーパー金持ちなのだ。こういう超高級スーパーカーのコレクションぐらい、むしろやってて当然とすら思える。

「ほら、早く乗りなさいよ。月詠先生に会いに行くんでしょ?」

「あ、ああ……」

 だから戒斗は我に返ると、香華に言われるままドアを開けて助手席に座る。

 一応は右ハンドル仕様もあるベルリネッタだが、彼女のこれは左ハンドルのものだ。だから戒斗が座ったのは右側のシートになる。

「じゃあ、行きましょうか」

「……安全運転で頼むぞ?」

「貴方ね、私を何だと思ってるのよ……とにかく、行くわよ」

 ジトーっとした目で戒斗を横目に見つつ、香華はフェラーリを発進させた。

 ガウンっと甲高い音色を上げて、流線形を描く黄色のスーパーカーが走り出す。向かう先は例の月詠菫が勤めているらしい、都内にある国立の医大病院だ。

「ねえ戒斗、暑くないかしら?」

 そうしてフェラーリを走らせながら、ふと香華が訊いてくる。

「別に暑くはないが、急にどうした?」

「その格好見たら訊きたくもなるわよ。暑くないの、それ?」

 彼女の言うその格好、というのは……まあ言うまでもなく、戒斗の羽織る黒いロングコートだ。

 初夏のこの季節、外は爽やかな晴れ模様。まだセミが鳴き出すような時期じゃないにしても、気温はもうかなり高い。とてもじゃないがロングコートなんて羽織ってられない温度だ。

 だから香華は気を利かせて……というか単に気になって訊いたのだろうが、戒斗は「問題ない」とあっけらかんとした顔でそれに答えて。

「今日のは夏用だ、薄手だからこれで案外暑くないんだぜ」

 と、なんとも斜め上な回答を続けて言うのだった。

「……わざわざ夏用を用意するぐらいなら、最初から着なきゃ良いんじゃないの?」

 そんな戒斗にジトーっとした、呆れっぽい視線を向ける香華。

 ちなみに、彼女も同じようにブレザー制服から私服に着替えていた。

 黒いブラウスの上からブラウンのジャケットを羽織り、下は赤黒チェックのプリーツスカートに黒のニーハイといった感じの、どこかで見たようなコーディネートだ。

 別に私服の彼女を見慣れていない、というわけではないのだが、最近はもっぱら制服姿ばかりを見ていたからか、妙な新鮮さを戒斗は感じていた。

「ま、今となっちゃ俺のトレードマークみたいなもんだからな。最初はマリアの真似して着てみたんだが……今更このスタイルを変える気にもならなくってな」

「マリアさんの真似って……あー、あの人も年中着てるものね、あの白衣」

「そういうことだ。とにかく暑くはないから気を遣わないでくれ」

「貴方がいいなら、私はいいんだけどね」

 隣の戒斗をチラリと横目に見ながら、そう言った香華はふぅと小さく息をつき。

「……そういえば、二人にこのこと教えなくていいのかしら」

 と、何気ない疑問を口にした。

「なんの話だよ、藪から棒に」

「遥ちゃんと琴音ちゃんによ。ミディエイターが関わってることなんだから、早めに教えてあげた方が良かったんじゃないの?」

 ――――そう、二人にはまだ話していないのだ。

 サイファーからの依頼と、彼女からもたらされたプロジェクト・エインヘリアルの情報。そのことを戒斗たちは、まだ遥と琴音には打ち明けていなかったのだ。ミディエイター絡みのことであるにもかかわらず、だ。

 どうして、未だ話さずに今日へ至ったのか。

 その答えは――今まさに、戒斗の口から語られるところだった。

「……例の医者先生から情報を引き出して、話がある程度まとまってから二人に話した方がいい。マリアもそう言ってただろ?」

「それは、そうなんだけどね。でもなんか悪いじゃない、秘密にしてるみたいで」

「相当に入り組んだ話だからな。少なくとも例の先生と接触して、何かしらの情報が得られてからの方がいい……っていうのは、俺もマリアと同意見だ。現に俺もまだ混乱してるぐらいだからな、話のスケールの大きさに」

 それが、理由だった。

 基本的にとんでもない話しか出てこないミディエイター関連の話だが、しかし今回の突拍子の無さは今までの比じゃない。

 プロジェクト・エインヘリアル――――。

 秘密結社の企てる謎めいた計画。それによって開発される完全義体のサイボーグ。更にそれに協力させられているのがMIT卒の天才少女ときた。

 こんな意味不明な話、聞かされて数日が経った今でも戒斗は混乱しているぐらいだ。せめて二人には話がある程度纏まってから話した方がいい……というのは、マリアも戒斗も、そしてあの場に一緒に居た香華も同意見だった。

 少なくとも、月詠菫と接触して、何かしらの情報が得られるまでは。

 だからこそ戒斗たちは、ミディエイター絡みの話なのに未だ二人には話していなかったのだ。

「ま、それはそうだけどね……スケールの大きさに戸惑ってるってのは、私も同じだもの」

 そんな会話を交わしている間にも、街中を走る黄色いフェラーリは……やがて都内へと入っていく。

 とはいえ、まだまだ距離はある。目的地の医大病院に着くまでは、もうしばらく掛かりそうだった。

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